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2017年10月

2017年10月30日 (月)

老後をどう生きたらいいのか!

『薔薇族』の読者にとっては、異性との結婚の問題が大きな悩みごとだった。これは30年も前の話だ。
 
「伊藤文学のひとりごと」のコーナーに、「独身男が増えているというけれど」と題して書いている。
 
 
 
「新潟県の一読者から、結婚についての手紙をもらいました。
 
結婚問題で悩んでいる人にひとこと。結婚を決意するとき、最低3つのことが必要。
 
①相手の女性を世界一、大切にできるか。
 
②その女性の髪を手でとかしたり、日光浴でオイルを体にぬってやっても、ぬられても違和感がないか。
 
③その女性を思い浮かべ、マスターベーションのフィニッシュを迎えられるか。
 
 
 
①は女性が結婚する時、家族を捨ててくるようなものだから、男性の方も、自分の両親や男友達、どれをとっても、その人を一番大切にできるかだ。
 
男友達と今まで通りセックスして、さらに結婚したい人は結婚するな。女を馬鹿にするにもほどがある。
 
 
 
②は生理的に女性が駄目な人。その女性に触れるだけで、鳥肌のたつ人。触れられても逃げ出したい人。宇宙の果てへとんで行け!
 
 
 
③結婚するには、お互いに努力が必要。その一例に書いたけど、もし、これができたら、君は大いに希望を持っていい。
 
ときには女房に甘える男っていいと思う。女房をときには守ってやれる男っていいと思う。
 
 
 
おれ、結婚3年目。女房と1歳の長男と、女房とお腹の中にひとりかなの3.5人家族。女房に小さな幸せしかやれないおれだけど、休みのとき、近くの公園にピクニックに行って、幸せ!という女房が一番好きだ。」
 
 
 
Y君、もう君の世界は違ってしまった。みんなにアドバイスはありがたいけれど、近くの公園にピクニックに行って「幸せ!」という女房が一番好きだという君。
 
もう、君はあちらの世界の人になってしまったのだから、『薔薇族』は、もう卒業したのだし、読まなくてもいい。手紙なんかよこしてはいけない。
 
君の言っていることは、まったくもってその通り。ひとつも間違っていない。しかし、相手の女性を思い浮かべ、マスターベーションのフィニッシュを迎えられる読者が果たして何人いるか? 君は例外中の例外だったから、女性ともうまくいき、子供も2人もつくることができた幸福な人だ。
 
君がいう条件が3つともかなわなくても、それでも結婚しなければならない読者がすべてなのだから悩みは深い。女がそばにきて、鳥肌たっても、女と結婚しなければならない『薔薇族』の読者の結婚は、業が深いというものだ。」
 
 
 
今の世の中、ノンケの人たちの中にも結婚することのわずらわしさを嫌って、女性と結婚しない人も増えてきている。
 
ただ世間体のために、親や、家族のために地獄の苦しみに耐えて女性との結婚にふみきる必要がなくなってきた。
 
今まで独身できたけれど、50歳を過ぎて、やはり同じくらいの女性、もうセックスをしなくてもいいような女性と結婚した人もいる。誰でも50をすぎれば、1人で暮らすことは不安なことだ。
 
お互いに病気の時など、二人で助け合って生きていかなければならない。年を重ねれば、1人よりも2人のほうがいいに決まっている。これもひとつの老後の生き方かもしれない。理想としては男同士で夫婦のように住んで、お互いに助け合っていくのが最良の方法とは思うけれど……。
 
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明治時代の絵はがき

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2017年10月28日 (土)

『薔薇族』はポルノ雑誌ではないと!

「手が痛くなるくらい拍手を送って、ぼくが賞をもらったようにうれしかった! ―名古屋モード学園のファッション・ショーに出席して 伊藤文学」
 
1983年4月号に載った見出しだ。1月31日の毎日新聞の朝刊に、こんな記事が載っている。
 
「ファッションの専門家を養成する名古屋モード学園(谷まさる学園長)が30日、名古屋市民会館大ホールで「第15回ファッション・フェスティバル」を開いた。
 
同学園ファッションデザイン学部2年の学生140人が参加、テーマ別にデザイン・センスと技術をショー形式で発表する催し。
 
今回のテーマは「マガジンを着よう」。現代には若者たちの心をとらえるさまざまの雑誌が出ているが、それらを自分の感性でデザイン化。
 
第1部の男だけの本『薔薇族』から始まり、『ザ・テレビジョン』『スタッフ』『ウータン』『フォーカス』『遊』など第18部の『詩とメルヘン』まで、あっと驚く大胆なセンスの作品、140点が登場」とある。
 
 
 
「舞台に駆け登りたかった。ヤッた! 『薔薇族』をテーマにした8人のグループによる作品が、グループに与えられる賞のグループ賞に入ったのだ。そして個人賞も『薔薇族』をテーマにした作品で、増田容子さんがモード賞を獲得し、他のほとんど賞も独占してしまったのだ。
 
ぼくが賞をもらったようにうれしかった。手が痛くなるほど拍手をおくった。わざわざ名古屋まで来てよかった。なんとも言えない感動がからだの中をかけめぐった。本当にさわやかな感動だった。
 
たかが一学園のファッションショウでというかもしれない。確かに18の雑誌を学生たちが選んでくれたわけだが、18の雑誌の編集長、いや、編集者が一人でも、東京からわざわざ名古屋の「名古屋市民会館」に来ただろうか。誰ひとり見には来まい。でも、あえて『薔薇族』の編集長であるぼくはこの会場に来たのです。
 
来てよかった。ひさびさの心地よい感動でした。『薔薇族』をテーマに選んだのは、昼間に仕事を持っている夜間部の学生(男1人と女7人)8人によるグループなのです。
 
秋のころに話があって、資料を学生たちに送ってあげました。電話でも何度も話をしました。そのなかの女の子が編集部に尋ねてもきました。
 
そして、ぜひ見にきてくださいと言って帰っていったのです。その熱心さに、なんとして行ってみようと心に決めていたのです。(中略)
 
 
 
本屋の片隅で売られている雑誌は『薔薇族』だけ。早く言えばポルノ雑誌なんだから、桜田門に4回、お世話になっているし、5回も始末書を書かされているし、罰金も50万も払っている。そんなことがぼくの心の中を去来するのです。(中略)
 
学生たちは薄汚いポルノ雑誌だとは決して考えていないでしょう。ほとんどが女性だから『薔薇族』は美しく、そしてカッコよく映ったに違いないのです。
 
ぼくは雑誌を作るにあたって、いつも思うことは「気品を!」ということです。少しでも美しく! と心がけてきました。
 
近所の小さな喫茶店で、まずいコーヒーで乾杯して、興奮を冷ましたのです。布が厚くて針がみんな折れてしまった。指が傷だらけになってしまったと、1人の女の子が指を見せてくれました。
 
打ち上げの会が始まるまでの短い時間をわざわざ見に行ったぼくに感謝して集まってくれたのです。」
 
 
 
『薔薇族』はたんなるポルノ雑誌でないことを若者たちが証明してくれた、うれしい夜でした。
 
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パリで一番古いデパート「ボンマルシエ」のカード

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2017年10月23日 (月)

尊敬していた小学校の先生が!

学校の教師にゲイの男が多いと書いたけれど、それを裏付けるような松山の高校2年生からの投稿。
 
 
 
「俺ね、小学校の先生に愛されたんだ。その先生46歳ぐらい。なんとなく俺のこといつも可愛がってくれていた。
 
小6のころだ。特別に勉強を教えてくれていたし、何でもよく教えてくれたもん。小学校を卒業して中学へ通うようになった。
 
あれは夏休みだったんだから中1だよね。キャンプに行こうと誘われたの。いいキャンプ場が近くにあったもんだから、俺大喜びで連れて行ってもらった。
 
俺と仲良しのAとBの3人。テントを張って、飯ごう炊さんやって、遊んで、4人で相撲などやって、歌を歌って……。星空がとても美しかった。
 
 
 
12時真夜中、いよいよテントに入って寝ることになった。ふたりずつ毛布に入ることになった。すると先生は、「二郎お前と先生だぞ」と、さっさと毛布に入ったのです。
 
AとBはきゃあ、きゃあはしゃぎながら毛布へもぐりこむ。俺少し恥ずかしかったけど、先生の横へ、そっともぐりこんだ。
 
なかなか眠れなかった。なぜか先生の体温が伝わってくるもんね。AとBはひそひそ毛布の中でささやいていた。そしていつの間にか静かになって眠ったらしい。
 
俺なぜか眠れない。先生はじっとしている。するとね、先生、くるっと俺の方へ向きを変えて、俺の頭の下へ左手を入れ、右手で俺のからだをぐっと抱くようにして引き寄せて、先生と向き合うようにしてしまったの。
 
当然向き合って体が密着してしまった。うわー、くすぐったいよう、でも俺、黙っていた。先生の息が首すじにかかる。いい匂いだった。先生から足を俺の足に絡ませて、まきこむようにした。もう、ぴったり。俺の耳に先生は唇を当てて、かむようにしているんだ。(中略)
 
 
 
「先生、苦しいよ。きついよう、暑いよう。」と言ったんだ。先生たら「次郎が可愛くてたまらん。もう、離さないぞ!」
 
ああ、やっぱり先生は俺のことを可愛がってくれるている。先生のとこ男の子がいないから、俺のことを自分の息子のように思っているんだな。そう思って苦しかったけど、がまんすることにしたんだ。
 
 
 
先生は腰をぐっと俺の方へ突っ張ってくるんだ。するとね、びっくりしちゃった。その時初めて気が付いたの。先生のチンポがすごくかたくなって、こりこりと俺のチンポとくっついていること。
 
俺のもどうしたのかかたくなっているんだ。いつの間になったんだろう。俺、変な気持ち。いやだ、先生たら、尊敬してた先生がチンポ勃てて…...。頭の中、ぐるぐるいろんなことが回転して、もう暑いのも苦しいのも忘れてた。
 
先生は俺を下に敷くようにして、俺の上に体をのせてきたんだ。こんどは、はっきりとチンポとチンポと、ぐりぐりと当たっている。
 
すると先生は突然、俺にキスしてきた。唇と唇がぴったり。あっ、これがキス。
 
先生の手が下へ伸びて俺のチンポをつかんだ。先生は俺のパンツを脱がそうとする。俺、お尻を持ち上げてやった。するとチンポとチンポがモロにぶつかって、先生、腰を使ってこすりつけてくる。(後略)
 
中学2年のころ、あの白い液が出たよ。それから中学卒業するまで、先生と一ヶ月に2回ぐらいの割で遊んだんだ。(松山市・星二郎)」
 
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大正時代の年賀状
 
いやらしい感じがしない。むしろ微笑ましい感じだ。少年愛なにが悪いんだ。いい話ではないか。

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2017年10月21日 (土)

『薔薇族』を妻に知られないように焼き捨てて!

「80歳に近い老人の私、性に目覚めてから、現在までを書く。
 
当時、尋常高等小学校時代の4年から5年の頃だと思う。留守居をしていて、一人で宿題をやっていると、7つ年上の兄が突然帰ってきて部屋に入り、「勉強か」小声で急に僕の手を持って半勃ちのものを握らされ、ずんずん太く長くなり、大人のはこんなに大きいのかと思い、何とも言えない快感に打たれ、僕のも小さいながら勃った。もう5、6年もすれば、こんなにも大きくなるものかと思った。
 
それからというものは、成人した人の男性器を見たり握ったりしたくなった。小学校を卒業するころになると、仲の良い友達と2、3人でお互いにオナニーをやりあった。
 
卒業すると男ばかりの職場で寮生活に入り、先輩、後輩とやりあった。とくに気の合った2つ年下の後輩が、毎晩のように僕の寝床に入って知らぬ間にパンツより引っ張り出してしごいたが、寝たふりをして快感を味わった。
 
今思うに兄はノンケだったが、僕はホモがかっていたと思う。僕は男ばかりの8人兄弟の5番目で、結婚は25歳の時だった。
 
また男の子ばかり6人が生まれ、職場も男ばかりなのに、男のものが見たくて、それに握りたいと思う心が断ち切れない。
 
駅や公会堂など、となりで用を足す人のがよく見えるようなトイレを見つけて、小用がしたくなくても、気付かれないように並んで、用を足している人の性器がよく見えるような姿勢で盗み見するのが楽しみである。
 
大きくてよい色、よい形に当たると快感を感じ、その日は痛快に暮れ、寝床について、ああ、あれは握ってしごきたかったなあと、やるせない思いにふけりながら、オナニーで一発出してから快い眠りについたことも何度かあった。
 
盗み見をしたとき、気づかれて僕のをわざと覗いて見た人もふたりかいた。
 
団体旅行などで隣の床に寝ている人に手を出して、2、3度、逃げ出した者がいて、なんとかごまかして知らぬ顔をしているもどかしさが、なんとも言えなかった。
 
一方では快く握らせて知らぬふりをして、互いに快感に打たれる者もいて、それらの人とは、2、3度機会をみて扱きあった。
 
なかには近所の結婚している人がいて、留守のときは電話がかかり、僕もひとりの時は知らせて、肛門は互いに使ったことはないが、口と手で思うままにやりあった。年間2、3度は機会があって、最上の快感を味わっている。
 
子供が6人もいるからバレないようにと心配で、毎月『薔薇族』を愛読しているし、妻に知られないように焼き捨ててしまうのも心苦しいが『薔薇族』を読むことによって、大変若返り、妻には10年も前から触れたことがなく、5、6年前までは1年に1度あるかないかだった。
 
妻は冷静で結婚当時でも、5度に2度はオナニーをやらなくては、心が落ち着いて眠れず、そのためか僕はオナニーのほうが、現在では満足で、80に手が届くというのに、月に5回はオナニーにふけるのも『薔薇族』のたまものと感謝している。
 
僕は女性器には魅力を感じないが、男性器は美術的で高価な美術品のように思え、夏の増刊号のデカ男性器のページを切り取って宝物として、ひそかに隠して時々出しては眺めて、これが本物だったらなと思い、心新たに若返るのである(翁)」
 
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イラスト・藤田竜
 
6人も子供がいたというのだから、奥さんにしても子育てに大変だったのでは。経済的なことは書いていないが、貧しい暮らしではなかったのだろう。『薔薇族』がこういう役目を果たしていたとは……。

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2017年10月16日 (月)

こんな人がホモかも?

1998年の『薔薇族』7月号No.306に読者アンケートの記事が載っている。タイトル「こういう理由でホモではないかとニラんでいる周囲の男を報告!!」おそらく藤田竜のアイデアだろう。
 
 
 
短髪上司
 
「妙に野郎言葉を使うわりには気配り行きとどいた短髪の職場の上司。いつだったか休憩所の机の上にカップみそ汁をこぼしたとき「キャ!!」と両手をあげてました。(東京・マリコの屁・27歳)」
 
突然なにかが起きた時、隠していた本性が出てしまうものだ。
 
 
 
ミエミエ教師
 
「私は教員です。授業中、男子ばかり当てたり、女子は除け者にしたり、男子とふざけあっても女子には指一本触れない。
 
部活は男子ばっかりで、ヤケに熱心。そんなミエミエの先公は意外と多い。俺は健全な教師だけど。(福井・ドリアングレイ・40代)」
 
『薔薇族』の読者の中で、圧倒的に教師が多かったけれど、仕事はみんな熱心だったのでは。
 
 
 
体を触る
 
「ぎょうさんいる。用もないのに人の体触ってくるやつとか。酒が入るとそれが更にひどくなる。
 
シラフだと良きマイホームパパなのに。
 
男を見たらまずホモと思え! これが私の正直な気持ちです。(宮崎・しょう丸・32歳)」
 
これはぼくも感じていました。男に触われる仕事に就く人が多いのは当然のことだ。「男を見たらまずホモと思え!」そんなにホモの人が多かったら、『薔薇族』はもっと売れていたのでは。
 
 
 
男に抱きつく
 
「高校時代の同級生。やたらと男に抱きついていたし、あるときには勃起までしていた。今、どこで何をしているのやら。そういう場所でバッタリ会うことを楽しみに、10年が過ぎましたが、一度も会わずじまい。やはりノンケだったのかな。(大阪・アフロピア・32歳)」
 
10年も経てば人相も、体型も変わってしまうし、会ってもわからないかも。会わないで良かったのか。高校時代の良き思い出として残しておいた方が。君だって変わっているのだから。
 
 
 
J系にくわしい
 
「中学時代からの友人M君とは、芸能界、特にジャニーズ系の話では異常に盛り上がります。
 
「アイツむかつくよな」と言いながら、なぜかやたらと詳しい。僕は彼がホモだと信じているし、たぶん彼も僕のことをホモだと思っていると思います。
 
でもお互いにカムアウトしないまま、10年のお付き合いです。(神奈川・カミセン大好き・21歳)」
 
ハッテン場にひんぱんに出入りしているような人は、読者アンケートに投稿してくれないのでは。精神的に純な読者が投稿してくれているようだ。
 
 
 
覗こうとする
 
「僕が転勤してった先の店員S君。僕のモロ好み。彼とはよく目が合うんだよな。
 
トイレでも僕のすぐ横に来るし、ふざけて覗こうとするし……。本当にカッコよくていい子なんだよ。(静岡・金太マカオに着く・28歳)」
 
ヤマジュンの「くそみそテクニック」みたいにトイレのそばのベンチに座っていて、「やらないか」って声をかける。そんなことできない人たちだ。
 
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イラスト・長谷川サダオ
 
読者に問題を作って呼びかけると、みんな答えてくれる。『薔薇族』の読者ってありがたい人たちだった。
 
ネットじゃこんなことできないのでは……。
 

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2017年10月14日 (土)

やらないか! 行動を起こせばチャンスは!

1988年『薔薇族』8月号の「快調! 読者アンケートシリーズ・こんな意外なところで男とデキた」これも藤田竜君のアイデアだろう。
 
今から29年前、ネットもスマホもない時代、読者はどんな出会いで男とデキたのか。
 
 
 
海外旅行同行客
 
「僕は旅行会社に勤めていますが、海外添乗に出かけた時のことでした。ヨーロッパ12日間の旅行の参加者とデキてしまったのです。
 
その方は27歳で別の参加者の女性から誘いがあっても応じず、ひとり参加ということもあってか、なにかと僕に話しかけてきたのです。
 
最後の夜、ホテルで一緒に飲んで、そして誘われるままに、デキてしまいました。僕の口から言うのも変ですが、すごくカッコいい方でした。半年ほど付き合いましたが、僕の東京転勤で別れてしまいました。(東京・メイト・26歳)」
 
旅行会社の添乗員には、ゲイの人が多いのでは。神経が繊細だから、よく気がつくので……。飛行機のパーサーにも。
 
 
 
百貨店回遊
 
「あるデパートで僕の少し前をすごく好みのコが歩いていたので、思わずつけてしまった。エスカレーターで後ろに乗ってケツをじっと見ていたら不覚にも勃ってしまった。
 
大きめで締まっていそうで、ズボンの上からビキニのラインがくっきり見えて、ビキニからはみ出したケツが盛り上がって、すごくセクシー。
 
うろうろつけまわすうちに見失ってしまったけど、俺はジーパンでこすれてビンビン! 気を落ちつけようと屋上に出て、タバコを吸いながらトランクスの中を直した。
 
ふと前を見ると30歳ぐらいの男がじっと見ている。マズイなあと思いながら、デパートの中に入ったらつけてくる様子。もしかしたらと思ったら、また俺のはビンビン。
 
そのあと人のあまりいないブックセンターの隅で声をかけられた。聞くと俺が好みのコをつけてる時からずっと見ていたとか。
 
それでデパートのトイレでやったんだけど、狭いところで人の出入りも激しく、ヒヤヒヤしながら声も出せず尺八したりするのが、妙に興奮してスリルがあった。ああ、あのケツのでかいコとやりたかった。(神奈川・ケツ好き・28歳)」
 
デパートのトイレで、さぞかしスリルがあったのでは。これ以上コメントできません。
 
 
 
映画館なみ
 
「通勤バスの帰りで、前向きのふたり掛けシートだから誰にも気づかれずにデキたら嬉しい話。
 
初めは当然ひざが触れ合うのだが、その男は離れようとしない。こちらが強く押したら押しかえしてきた。私は大胆になって手で相手のももに少し触れると、相手もそこに手を持ってきた。
 
小指が触れ、絡み合い、ついに握り合った。相手は膝にバッグをのせていた。徐々に股間に手を伸ばしていくと、すでに硬くなったモノがうずいていた。
 
これでOK 。口をきき合う。同じく終点までということがわかり、銭湯での再会を約束していったん別れた。
 
バスや銭湯で人目を気にしながらタッチし合うのは、スリルがあって楽しいものだ。(熊本・活火山・45歳)」
 
行動を起こせば、チャンスはあるものだ。多くは気が弱くてこんなことできない人の方が多いのでは。
 
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イラスト・長谷川サダオ
 
今の時代、自宅でゲームをしたり、ネットにかじりついていて、外出しない人が多いという。ネットで男がデキたという話はどんなものなんだろうか?

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2017年10月 9日 (月)

ゲイであることの悩みも、ネットが解決してくれる?

ぼくはネットや、携帯電話などない時代に出版の仕事をしてきた。印刷屋の職人が活字を1本1本、ひろって組んでいた時代だ。
 
ネットや、スマホなんていうものが現れて、世の中すっかり変わってしまった。
 
昨日も世田谷学園時代の同級生、宮川君と三軒茶屋のカフエで出会った。ぼくがスマホを購入したにもかかわらず、宝の持ち腐れで使わずにいるのを知って、さんざんお説教されてしまった。
 
電話を受けることと、自分の書いたブログを読むことができるだけで、メイルのやりとりや、写真を送ったりすることすらできない。
 
ブログだって原稿用紙に書いて郵送すると、若者が土曜と月曜に更新してくれている。ありがたいことだ。
 
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イラスト・長谷川サダオ
 
ぼくのブログを読んで、コメントをしてくれる人が、少ないけどいる。それが褒めてくれていれば素直にうれしいし、批判や悪口であったとしても、読んでくれてのことだから、気にならないと言えば嘘だが、ありがたいことだ。
 
『薔薇族』が廃刊になってからすでに十数年。20代の人は『薔薇族』のことをまったく知らない。
 
性に目覚める頃、女性に関心がなくて男性に心を惹かれ、自分がゲイではないかと考えるようになったとき、手にした『薔薇族』で世の中には自分と同じような人がいることを知り、それが心の支えになった。
 
現在のネットの時代、ネットを見ればなんでも知ることができ、仲間を見つけることもたやすくなった。
 
自分がゲイではないかと知ったとき、すべてネットが解決してくれる、いい時代になったものだ。
 
ぼくの役目はネットがなかった時代のことを書き残しておくことだと思う。ゲイの情報がまったくはいってこないのだから、それしかないのでは……。
 

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2017年10月 8日 (日)

次回「文ちゃんと語る会」のお知らせ

次回「文ちゃんと語る会」は10月28日(土)開催です。
 
日時・10月28日(土) 11時~13時
場所・下北沢南口から4分、カフエ「織部」
住所・〒155−0031 世田谷区北沢2—2—3
電話・03—5432—9068
会費・コーヒー代のみ
 
初めての方・女性・話を聞きに来るだけの方、
どなたさまも歓迎です。ぜひ、お気軽にお出かけください。

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2017年10月 7日 (土)

進駐軍相手の男性もいたとは!

秋葉原のイベント会場で、トークショーをやるというので出かけた。山川純一の話が中心のようだ。
 
秋葉原、しばらくぶりだが、下北沢の小さな店ばかりの商店街ばかり見慣れているのでその変わりように驚くばかりだった。
 
午前11時半に待ち合わせということだったが、30分以上も前に着いてしまったので、駅のすぐ近くのビルの地下にあるルノアールの看板が目に付いたので入ってみた。
 
広いお店で内装も立派で、椅子も豪華だ。下北沢にはこんな大きなカフエはない。ブレンドコーヒーが540円。お客さんはチラホラだ。
 
 
 
ビルの2階のイベント会場は広い。お店もそれなりに並んでいるが、お客が少ない。会場の片隅に椅子が2、30脚並べられ、話をするのは3人。おひとりは女装の男性、もうひとりはボーイズラブの漫画作家の若い女性。司会者は若い男性。
 
椅子に座っているお客さんは、10人ちょっと、話は山川純一の話が中心、ひとりでしゃべってしまった。
 
A
 
『薔薇族』の創刊号と2号と『ひとりぼっちの性生活』を机の上に並べたが、何人かの男女が近寄って宝物に触れるように手にとって見ている。『薔薇族』の誌名だけは知っている。もう廃刊になって10数年経っているのだから、若い人は知らないのは当然だ。
 
その中のひとりの女性は、埼玉県の川越の近くに住んでいて、女装の雑誌を中心に並べて売っていた。
 
『GHQの恥部=某女装子が語る終戦秘話』(川嶋ビリッジ・定価300円)と『女装文化の歴史=現代女装界事典』(定価600円)をプレゼントしてくれた。
 
B_2
 
C
 
わが第二書房で刊行した『女の防波堤』のことを書いたが、女性だけがアメリカの進駐軍によって、ひどい仕打ちを受けたのかと思ったら、若い男性もアメリカ兵におもちゃにされていたことをこの本で知った。
 
戦争に負ければ、どんなひどい仕打ちを受けても文句の言いようがない。
 
この雑誌に書かれた生き証人は、90歳を越えて生存していて、取材をして書いたそうだ。
 
アメリカ人だって女好きもいるし、男好きもいる。男性も新聞広告で募集されたようだ。
 
「進駐軍要員緊急募集・自動車運転手(英語の出来る者)」とあるが、敗戦当時の東京で車の運転ができて、英語がしゃべれる人って、僅かな人だったに違いない。
 
D
 
「代々木公園近くの石碑に、公園からNHK周辺に、敗戦後、GHQの居住地「ワシントンハイツ」があったと記されている。
 
60数年前にこのワシントンハイツで働いていた日本人がいた。当時、GHQ幹部付きのドライバーとして働いていたM美さん(男性)
 
髪型はマシュマロヘアーに、制服は女性用軍服(タイトスカート)と強制的に女装をさせられていた。さらに幹部相手に毎夜、菊門(アヌス)姦淫を強要されていた。
 
昭和21年(1946年)秋、終戦の翌年、M美さんは新聞広告にあった広告を見て、日比谷にあったGHQの事務所へ出かけた。
 
M美さんは小型車運転免許しか持っていなくて、採用対象外と断られてしまった。階段を下りる姿をGHQ工兵隊長が、見かけて気に入って採用してしまった。」
 
それからの話は長くて紹介しきれない。
 
アメリカ兵にもゲイは多かったようだ。日比谷公園で米兵にハントされた日本の若者の話は『薔薇族』に載せたこともある。戦争って恐ろしい。

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