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2017年12月

2017年12月11日 (月)

老後のことなど考えていないうちに!

1985年1月号(今から32年も前のことだ)ぼくが52歳の頃の『薔薇族』だ。
 
そんな若い頃の話なのに、「伊藤文学のひとりごと」のコーナーに「誰もが歳をとるのです」のタイトルで、ぼくはこんなことを書いている。
 
 
 
「昭和57年3月29日(1982年、35年も前)に亡くなられた、漫画家の富田英三さんがお元気だった頃の話です。
 
日本で一番早く『ゲイ』という単行本を出され、またアメリカのグリニッジビレッジの風俗をいち早く持ち帰って、若い芸術家を集めて「ビザールの会」を結成したのです。
 
「ビザール」とは、「風変わりな」という意味で、ちょっと変わった人間ばかり集まっていたのです。
 
とにかくいろんなことをやって、ぼくら夫婦(先妻の舞踊家・ミカ)も参加していた。
 
いちばん新宿が若い芸術家が集まって、燃えていた時代です。
 
(富田さんはパーティ好きで「マルキド・サドのジュスティーヌ」という映画が日本に入ってきた時に、ヘラルド映画が宣伝のために、渋谷の山手教会の地下の劇場「ジャンジャン」で、宣伝のためにマスコミを集めてイベントを開らき、ミカの踊りが話題を集めた)。
 
 
 
その頃の仲間の1人のFさんという広告代理店に勤めている人がいました。
 
ちょっと暗い人だなという印象があったけれど、当時のぼくはゲイの世界を知らなかったから気にも留めなかったが、時代が変わって、ぼくが新宿に「伊藤文学の談話室「祭」」を出した頃、そのFさんがひょっこり顔を出したのです。
 
Fさんのことなど忘れてしまっていたころ、突然電話がかかってきたのです。
 
 
 
下北沢の喫茶店で会ったのですが、前から痩せて神経質そうな人だったけれど、なおさら痩せてしまっていました。
 
ぼくより先に喫茶店で待っていたのに、何も注文していないのです。
 
もう、Fさんは60歳になっていたのです。
 
ぼくだって52歳にもなっているのだから、あっという間に20年以上も経っていたのです。
 
Fさんはまったくの無一文なので、コーヒーを注文しなかったのです。
 
最近、自殺未遂までしてしまって、東京にまた舞い戻ってきたとのことでした。
 
 
 
「どこかゲイ旅館で働くところがないでしょうか」というのが、ぼくを訪ねてきた理由だったのです(もう忘れてしまってるが、少しはお金をあげたのでは)。
 
しかし、ゲイ旅館といっても、60歳を過ぎた人をやとってくれません。
 
紹介をしたものの、どこも断られてしまいました。
 
 
 
Fさんのことから色々と考えさせられてしまったのですが、ぼくも14年間、いろんな読者を見てきました。
 
年配の人で女性と結婚せざるをえなくて、なんとか結婚して、子供を作った人。
 
うまくいかないで離婚してしまった人もいるでしょうが、そうした人たちは、まあ、まあうまくいっているようです。
 
 
 
ところが結婚しないで、1人で生活している人達です。
 
全部が全部みじめになっているわけでないし、優雅に暮らしてる人も多いが、Fさんのような人もいるのです。
 
女性と結婚して家庭を作れば、家も建てなければならないし、子供がいれば教育費もかかるから欲望のままにというわけにはいきません。
 
ひとり暮らしの人は自由気ままで、見栄っ張りで、おしゃれな人も多いから着る物や食物にぜいたくしてしまう。
 
それに飽きっぽい人が多いから、一つの仕事が長続きしない。
 
若いうちから老後のことを考えて、貯金もしておかねば。
 
 
 
みんな誰もが歳をとるのです。
 
歳をとったからといって死ぬわけにいかない。
 
みんな老後のことを考えましょう。」
 
 
 
いいこと書いてるけど、お前の今はどうなんだと言われてしまいそう。
 
B
まだまだ元気です

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2017年12月 9日 (土)

三宿病院に入院することに!

伊藤さんは元気だ、元気だと人に言われる。
 
母校世田谷学園の同期会の世話役を20数年も続けてきた。
 
会場を選びチラシを作り、名簿を見て発送する作業を続けてこられたのは人を集めることが好きだからだ。
 
最初の頃は5、60人は集まり、先生も何人も出席してくれてにぎやかだった。
 
それが年を重ねるごとに出席者が減り続け、今年の同期会は、ぼくを含めて7人になってしまった。
 
来年の3月でぼくは86歳になるが、親友はすでにこの世にいない。
 
 
 
ぼくは内臓が丈夫なのか、胆石の手術で日航機が、山中に墜落した年に入院したぐらいだ。
 
12年ほど前には左膝に人工膝を入れる手術で1ヶ月ほど入院したこともあった。
 
86歳にもなると、あっちこっちが老朽化してくる。
 
 
 
一番困るのは耳が遠くなってきたことだ。
 
「文ちゃんと語る会」でも小さな声でしゃべられると、全く聞こえない。
 
会を始める前に、大きな声でしゃべってくださいと断ってから話を始めている。
 
 
 
息子の嫁がネットで、耳がどのくらい悪くなっているかを調べてくれるところが、三軒茶屋にあるというので連れて行ってもらった。
 
目の検査と同じように、言葉を大きくしたり、小さくしたりして聞かせ、それに答えるという調べ方だ。
 
その結果はイヤホンをつけなければダメだということだ。
 
その値段は最低で15万円だ。
 
そんな高いものとても買えない。
 
 
 
新聞広告で「1分間で耳が聞こえるようになる」という本を買ってみたが、今探してみたがすぐに見つからない。
 
少し読んでみたがマッサージの仕方など、いろいろ書いてあるがとても続けられそうにない。
 
テレビは時代劇ばかり見ているが、字幕がついてるので助かる。
 
 
 
さて、いよいよ聞こえなくなったらどうしようか。
 
そのへんであの世へおさらばしてくれればいいが、こればかりはどうにもならない。
 
 
 
目は街の目医者に白内障だと言われ、東京医大の眼科を紹介してくれた。
 
東京医大の医者は手術しても今以上に見えるようにはなりませんよと言って、目薬を出してくれた。
 
その目薬を今も内科の医者が出してくれているので、1日3回使っているが、おかげさまで目の方は悪くならない。
 
 
 
僕の親父は痔が悪かった。
 
トイレが血だらけだったのを覚えている。
 
年をとってからは良くなったようだ。
 
 
 
痔は遺伝だと聞いたことがある。
 
悪いところだけ似てしまったのか、ぼくも痔が悪い。
 
便秘で便が出なくなると、人には言えないぐらいつらい思いがする。
 
医者から便がやわらかくなる薬をもらって長いこと飲み続けている。
 
飲んでいても便が出なくなることが、時たまあったが、何とかきりぬけてきた。
 
 
 
それがついに最悪の状態になってしまった。
 
便が出ないものだから、気張りすぎて、お尻からコブみたいなものが、飛び出してしまった。
 
痛いのなんのって。
 
 
 
3日も便が出ないからお腹が張ってくるし、肛門科の医者に診てもらうしかないと、息子の嫁がネットで肛門科の医院を探してくれた。
 
太子堂のゴリラビルのまん前にあった。
 
診察してもらったら、入院して手術するしかないと言われてしまった。ショック!
 
 
 
確か自衛隊の病院だと思うが、三宿病院を紹介してくれた。12月6日(水)に入院することに。どんな手術をするのだろうか。
 
こんなことブログに書いたって、若い人には理解できまい。
 
86歳になってみなければわかるわけがない。
 
さて、どうなることか。
 
A
世田谷学園の同期会

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2017年12月 3日 (日)

『江戸男色考』の芝山さん逝く

芝山はじめさんのお名前を忘れることはできない。

『薔薇族』に小話と「江戸男色考」を長いこと連載してくれた方だ。

小話は昭和39年8月に『365日しびれる本=新作風流小話』として、ナイトブックス15に本になっている。

「江戸男色考」もよく調べたものだ。これは批評社から3冊になって刊行されている。

夏の終わりごろだったろうか。芝山さんから電話がかかってきて、原稿を書き上げたので本にしたいということだ。

どんな内容の本か聞き損なってしまったが、今の世の中、自費出版でないと、本にすることは難しい。

「10月に夫、肇が91歳にて帰天致しました。」と、奥さまからはがきが届いた。亡くなる寸前まで原稿を書き続けていたのだろう。

芝山はじめさんは、大正14年11月生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、株式会社東急文化会館に入社、「渋谷東急」の支配人をされていた。

新作落語の脚本も多数書かれていたので、東急文化会館で出版記念会を開いたおりには米丸さんも出席されていた。

あとがきにこんなことを書かれている。

「仕事は夜、自宅にかぎられたから、原稿用紙にむかう数時間は、それこそ物凄い、血の出るような緊張であった。創ったコントの数はこの本に選ばれた550話の、ゆうに数倍を超えている。」

『薔薇族』に連載された小話は、読者が面白がって読んでくれる作品ばかりだった。


 あの晩

 妻が夫の胸にかわいい頭をもたせながら言った。

 「この子ができたのはいつだったかしら? あなたがパーティでお酒に酔って帰ったときかしら。音楽を聴きながらコーヒーを飲みすぎて眠れなかった晩かしら。

 それともあなたがポーカーで夜明かしして、一晩中、帰ってこなかった晩だったかしら……」


 ある推理

 妻が外出から帰ってきて、主人の部屋のソファーに腰をかけた。

 「まあ、このソファーはあたたかいわね。だれか今までここにすわっていたのね」

 「うん、家政婦のM子が世間話をしていたんだよ。さっきまで……」

 「あら、そう」

 彼女は、つぎに夫の膝の上に腰を移して言った。

 「まあ、ここも熱っぽいわね。M子、きっとここにも腰かけていたのね」

  

 
 親切すぎる
  
 Q氏がひどく不幸そうな顔をしているので、友人のY氏がわけを尋ねた。


  「ぼくの恋人のP子知ってるだろう。彼女は今時珍しい生娘なんだがね。ぼくがどんなに口説いてもOKって言わないんだ」
 
 「なるほど、ぼくはできることなら力になるぜ」
 
  「君から言ってくれないか、彼女に」 
 
 さて、2,3日後、Y氏がQ氏に言った。 
  
  「おい、喜べ! 彼女、君の申込みに双手をあげてOKだって言ってるぞ。こんなすばらしいことならって……」   
 

 
「江戸男色考」もよくぞ調べたものだ。「ラブオイル」のようなものは、江戸時代にもあったようだ。
 
「通和散」とよばれていた。芝山はじめさん『薔薇族』の読者のために、いろんなことを教えてくれた。ありがとう芝山はじめさん。
 
最後まで書かれていた原稿、なにを書かれていたのだろうか。

 

安らかにおねむり下さい。

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2017年12月 1日 (金)

次回「文ちゃんと語る会」、テーマは「美輪明宏さんと森茉莉さんを語る」

次回「文ちゃんと語る会」は12月16日(土)開催です。
美輪明宏さんと森茉莉さんについて語ります。
 
日時・12月16日(土) 11時~13時
場所・下北沢南口から4分、カフエ「織部」
住所・〒155−0031 世田谷区北沢2—2—3
電話・03—5432—9068
会費・コーヒー代のみ
 
初めての方・女性・話を聞きに来るだけの方、
どなたさまも歓迎です。ぜひ、お気軽にお出かけください。

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