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2017年12月

2017年12月30日 (土)

喪中欠礼のハガキが今年は16人も

おじいさん、おばあさんが亡くなられたかたが多く、どなたも90歳を超えている。
 
ぼくは3月19日で86歳になる。過ぎてみればあっという間だ。
 
この写真、新宿の京王プラザホテルでぼくの著書の出版を祝う会のときのものだ。
 
B
 
ぼくの親友、お寺の住職で劇団「人間座」の演出家の江田和雄君、父と握手しているのが國學院大学教授の阿部正路君、ふたりとも70代でこの世にいない。
 
両親はぼくが一番活躍していたときに亡くなっていて、みじめな時代を知らないのは、最高の親孝行だった。
 
こんな両親の笑顔を見られたのだから、良かったというしかない。
 
 
 
平成30年、どんな年になるのだろうか。
 
痔の痛みに負けてはいられない。
 
新しい年にもブログを書き続けますから、ぜひ、応援してください。
 
良い年をみなさんお迎えください。

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2017年12月28日 (木)

春までお休みだ!

「文ちゃんと語る会」いつから始めたのか記憶にないが、3、4年は続けている。
 
最初の会場はカフエ邪宗門、森鴎外の長女の森茉莉さんが、仕事場として使っていた店だ。
 
和物の骨董品、ランプ、とっくり、火縄銃などが飾られている。
 
会場としては申し分ないのだが、下北沢の駅から歩いて20分もかかる。
 
 
 
駅に近いところをと、2番目のカフエは、北口の商店街の2階にある占茶。
 
ご夫婦で営業していて、ママは奥の部屋を使っての占いで有名な方だ。
 
ご主人がカウンターに入っていて、コーヒーを淹れてくれる。
 
文ちゃんと語る会には理想的な店だったが、なんでまた会場を移したのか忘れている。
 
 
 
3件目のカフエはつゆ艸だ。ここもご夫婦で営業している。
 
カウンターの席は3脚だけ。ここに座るのは老人ばかり。ママの由美さんの笑顔に魅せられて通ってくる。
 
よしもとばななさんがお気に入りの店だ。ご主人は以前、和物の骨董店をやっていた人なので、ばななさんが感心するぐらい、置かれている骨董品が考えて展示されている。
 
ここも長くは続かなかった。ちょっと店が狭すぎるのと、外から店の中が見通せるので、語る会には不向きだった。
 
 
 
4軒目が南口の露地の奥の陶器とコーヒーの店「織部」だ。椅子がゆったりしていて、落ち着ける。
 
ここに移ってからもう1年以上になる。
 
 
 
ぼくは、文ちゃんと語る会を休んだことはない。
 
それが12月の16日の会に出られなかった。11日に入院、そして12日に手術、一週間も入院していた。
 
ぼくは内臓は丈夫なのか、86年の中で入院したのは、胆のうに石が溜まって、それを取り除くための手術で入院、その次は左ひざに人工ひざを入れる手術で、東京医大病院の外科病棟に入院したのが、13年ほど前だった。
 
今回の入院は痔の手術。1週間で退院したが、一向に痛みが止まらない。なんとオムツを履いての生活だ。
 
便器に座ると便が出ない。それがオムツの中だと出る。なんとも変な肛門だ。
 
 
 
椅子に座っての仕事は痛くてつらい。痛みが2週間ほど続いてるのだから堪ったものではない。
 
年賀状を織部の店長がデザインしてくれて、早々に300万も作ってしまったので痛さを我慢して書いている。
 
 
 
文ちゃんと語る会は、1月、2月はお休みにしたい。
 
3月から再開して、続けたいと思っている。
 
それまでには元気を取り戻したいものだ。
 
A
ヨーロッパの古い絵はがき

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2017年12月18日 (月)

屋根裏に隠していた『薔薇族』

「読者アンケート・肉親にホモがバレた時、バレかかった時のこと」(1990年6月号)
 
 
 
「中1のとき父が「お前の好きそうな本がある」と言って、近所の本屋に注文して買ってくれたのが『薔薇族』との出会いでした。
 
「なかなかないんですねえ」と言いながら、本屋のおじさんは、表紙をつけて届けてくれました。
 
母は「これからは自分で買いなさいよ」って。嘘だとお思いでしょうが、実話です。
 
バレるもバレないも、わが家はすべて公認です。
 
今では「今日は男んとこに泊まるからね」と外出する僕。わが家は今日も平和です。(埼玉県・メタル姐御・22)」
 
こんな親子ばかりだったら、苦労はないけれど。
 
 
 
「夜中に急にマスがかきたくなったので、『薔薇族』を出して、そのままイッて眠ってしまった。
 
朝、遅刻しそうだったので、しまい忘れて帰ってくると、ベッドにあるはずなのに、本が机の上に置いてあるではないか。
 
母親は何も言わなかった。だけど外出のたびに「誰と?」「どこへ?」「いつ帰るの?」「どういう友達?」コールが増えだして、少し困っている(神奈川県・ゼロサン・18)」
 
こういう話はよくあった。母は心配しているんだ。
 
 
 
「屋根裏に隠していた『薔薇族』の位置が変わっているので、おかしいなと思っていた。
 
ある時、弟の洋服ダンスを開けたら、ナ、ナント『薔薇族』が。俺のじゃないことはたしか。
 
兄弟でホモなんて冗談じゃねえよ。こんな苦労、俺ひとりで充分だよ。
 
その後、弟は狂ったように女をとっかえひっかえ。
 
ささやかな抵抗に終わらなければいいと願うやさしい兄貴は、オイラのことだな。(愛知県・純情・29)」
 
兄弟でとか、親子でという読者もいたっけ。
 
 
 
「学生時代、同居していた下級生(下宿のルームメイト)を深く愛してしまった。
 
偶然、彼もゲイだったが、僕は彼のタイプではなく交際を断られた。
 
僕は絶望のあまり気が狂ったようになり、母に男性を愛してしまったこと話してしまった。
 
母は気が動転し、深く悲しんだ。
 
しかし、僕はいずれ話さなくてはならないと考えていたので、ちょうどいい機会だと思った。
 
母は父とは別の男性(妻子のある)を好きになり、離婚したあとだったので、僕と母の2人は、世間が許さない愛を共有する関係になり、愛や、性についてなんでも話し合う間柄になった。
 
彼に迷惑がかからないようにと、僕は下宿を出た。
 
しかし、僕は今でも彼の面影を大切にして生きている。(奈良県・バラライカ・30)」
 
どこの家でもいろんなことがあるものだ。
 
 
 
「親父が嫌いなことと、田舎がいやで東京に出てきたけど、無理やりに連れ戻されそうになり(31歳のとき)思いきって告白しました。
 
当時、父母とも亡くなっていましたので、少しは気が楽でした。長姉は「やっぱり」という言葉。次姉は泣きわめき、末姉は呆然、兄は号泣(初めて見た)。
 
現在は理解してなくても黙認という形かな。
 
体だけは気をつけろと言ってくれています。兄姉たちにありがとうという気持ち(東京・いろいろあって・37歳)」
 
親が亡くなれば、独身のホモはいつか兄妹と疎遠になるものだ。内藤ルネさんも、藤田竜さんも、兄妹が多かったのに、亡くなっても誰も現れなかった。寂しい話だ。
 
B
イラスト・美濃村晃

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2017年12月16日 (土)

こんなすごい本って見たことない!

本ってあまりにも安すぎる。
 
これだけの画家、写真家の作品をコレクションし、海外のアーティストの作品もあり、今まで見たこともないエロティックアートを1冊の本に収めているのに…。
 
 
 
『画集 偏愛蒐集』(玄光社刊・税込価格3240円)が出版された。
 
30人もの内外の画家、写真家の作品を1冊の本で見れるなんて、ありがたいことだ
 
ヴァニラ画廊で、本の中の作品を出版記念展示される。
 
ヴァニラ画廊でなければできない展示会だ。入場料500円も安すぎる。千円にすべきだった。
 
A
https://www.vanilla-gallery.com/archives/2017/20171206ab.html
 
ぼくは新潟に「弥彦の丘美術館」と「ロマンの泉美術館」をオープンさせ、ぼくのコレクションを展示してきたが、そこで日本で最初の「バイロス展」を開いた。
 
バイロスの知名度は低いが、あれほど美しく優雅で、艶冶で華麗な蔵書票や挿絵を残しながら、バイロスの名は一般の美術史から黙殺されている。
 
バイロスの絵には、秘かに愛蔵して独りで楽しむ官能と悦楽の誘惑がある。
 
 
 
ぼくのコレクションの中からバイロスの作品が展示されるようだが、ぜひ、よく見てほしいものだ。
 
ぼくがバイロスの作品を購入した時は、高価だったが、おそらく今は安く売られるに違いない。
 
バイロスの作品を見て、拒否反応を起こす人もいるだろうが、バイロスの作品に引き込まれていく人もいる。
 
 
 
最近、古い時代劇ばかり見ているが、拷問のシーンがよく出てくる。犯人に自白させるためだ。
 
神田の明治大学の中に、江戸時代の拷問に使われた道具などを展示する博物館があるそうなので、見に行きたいとずっと思い続けているが、まだ果たせずにいる。
 
ヴァニラ画廊にも、見に行きたいと思っているが、12月11日から1週間、目黒にある三宿病院に入院することになっている。
 
12日に手術を受けるまで辛い拷問のような状態が続いている。ちょっと文章に書けないような状態だが、我慢するしかない。
 
あとは医師にまかせるしか。つらい! つらい!

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2017年12月11日 (月)

老後のことなど考えていないうちに!

1985年1月号(今から32年も前のことだ)ぼくが52歳の頃の『薔薇族』だ。
 
そんな若い頃の話なのに、「伊藤文学のひとりごと」のコーナーに「誰もが歳をとるのです」のタイトルで、ぼくはこんなことを書いている。
 
 
 
「昭和57年3月29日(1982年、35年も前)に亡くなられた、漫画家の富田英三さんがお元気だった頃の話です。
 
日本で一番早く『ゲイ』という単行本を出され、またアメリカのグリニッジビレッジの風俗をいち早く持ち帰って、若い芸術家を集めて「ビザールの会」を結成したのです。
 
「ビザール」とは、「風変わりな」という意味で、ちょっと変わった人間ばかり集まっていたのです。
 
とにかくいろんなことをやって、ぼくら夫婦(先妻の舞踊家・ミカ)も参加していた。
 
いちばん新宿が若い芸術家が集まって、燃えていた時代です。
 
(富田さんはパーティ好きで「マルキド・サドのジュスティーヌ」という映画が日本に入ってきた時に、ヘラルド映画が宣伝のために、渋谷の山手教会の地下の劇場「ジャンジャン」で、宣伝のためにマスコミを集めてイベントを開らき、ミカの踊りが話題を集めた)。
 
 
 
その頃の仲間の1人のFさんという広告代理店に勤めている人がいました。
 
ちょっと暗い人だなという印象があったけれど、当時のぼくはゲイの世界を知らなかったから気にも留めなかったが、時代が変わって、ぼくが新宿に「伊藤文学の談話室「祭」」を出した頃、そのFさんがひょっこり顔を出したのです。
 
Fさんのことなど忘れてしまっていたころ、突然電話がかかってきたのです。
 
 
 
下北沢の喫茶店で会ったのですが、前から痩せて神経質そうな人だったけれど、なおさら痩せてしまっていました。
 
ぼくより先に喫茶店で待っていたのに、何も注文していないのです。
 
もう、Fさんは60歳になっていたのです。
 
ぼくだって52歳にもなっているのだから、あっという間に20年以上も経っていたのです。
 
Fさんはまったくの無一文なので、コーヒーを注文しなかったのです。
 
最近、自殺未遂までしてしまって、東京にまた舞い戻ってきたとのことでした。
 
 
 
「どこかゲイ旅館で働くところがないでしょうか」というのが、ぼくを訪ねてきた理由だったのです(もう忘れてしまってるが、少しはお金をあげたのでは)。
 
しかし、ゲイ旅館といっても、60歳を過ぎた人をやとってくれません。
 
紹介をしたものの、どこも断られてしまいました。
 
 
 
Fさんのことから色々と考えさせられてしまったのですが、ぼくも14年間、いろんな読者を見てきました。
 
年配の人で女性と結婚せざるをえなくて、なんとか結婚して、子供を作った人。
 
うまくいかないで離婚してしまった人もいるでしょうが、そうした人たちは、まあ、まあうまくいっているようです。
 
 
 
ところが結婚しないで、1人で生活している人達です。
 
全部が全部みじめになっているわけでないし、優雅に暮らしてる人も多いが、Fさんのような人もいるのです。
 
女性と結婚して家庭を作れば、家も建てなければならないし、子供がいれば教育費もかかるから欲望のままにというわけにはいきません。
 
ひとり暮らしの人は自由気ままで、見栄っ張りで、おしゃれな人も多いから着る物や食物にぜいたくしてしまう。
 
それに飽きっぽい人が多いから、一つの仕事が長続きしない。
 
若いうちから老後のことを考えて、貯金もしておかねば。
 
 
 
みんな誰もが歳をとるのです。
 
歳をとったからといって死ぬわけにいかない。
 
みんな老後のことを考えましょう。」
 
 
 
いいこと書いてるけど、お前の今はどうなんだと言われてしまいそう。
 
B
まだまだ元気です

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2017年12月 9日 (土)

三宿病院に入院することに!

伊藤さんは元気だ、元気だと人に言われる。
 
母校世田谷学園の同期会の世話役を20数年も続けてきた。
 
会場を選びチラシを作り、名簿を見て発送する作業を続けてこられたのは人を集めることが好きだからだ。
 
最初の頃は5、60人は集まり、先生も何人も出席してくれてにぎやかだった。
 
それが年を重ねるごとに出席者が減り続け、今年の同期会は、ぼくを含めて7人になってしまった。
 
来年の3月でぼくは86歳になるが、親友はすでにこの世にいない。
 
 
 
ぼくは内臓が丈夫なのか、胆石の手術で日航機が、山中に墜落した年に入院したぐらいだ。
 
12年ほど前には左膝に人工膝を入れる手術で1ヶ月ほど入院したこともあった。
 
86歳にもなると、あっちこっちが老朽化してくる。
 
 
 
一番困るのは耳が遠くなってきたことだ。
 
「文ちゃんと語る会」でも小さな声でしゃべられると、全く聞こえない。
 
会を始める前に、大きな声でしゃべってくださいと断ってから話を始めている。
 
 
 
息子の嫁がネットで、耳がどのくらい悪くなっているかを調べてくれるところが、三軒茶屋にあるというので連れて行ってもらった。
 
目の検査と同じように、言葉を大きくしたり、小さくしたりして聞かせ、それに答えるという調べ方だ。
 
その結果はイヤホンをつけなければダメだということだ。
 
その値段は最低で15万円だ。
 
そんな高いものとても買えない。
 
 
 
新聞広告で「1分間で耳が聞こえるようになる」という本を買ってみたが、今探してみたがすぐに見つからない。
 
少し読んでみたがマッサージの仕方など、いろいろ書いてあるがとても続けられそうにない。
 
テレビは時代劇ばかり見ているが、字幕がついてるので助かる。
 
 
 
さて、いよいよ聞こえなくなったらどうしようか。
 
そのへんであの世へおさらばしてくれればいいが、こればかりはどうにもならない。
 
 
 
目は街の目医者に白内障だと言われ、東京医大の眼科を紹介してくれた。
 
東京医大の医者は手術しても今以上に見えるようにはなりませんよと言って、目薬を出してくれた。
 
その目薬を今も内科の医者が出してくれているので、1日3回使っているが、おかげさまで目の方は悪くならない。
 
 
 
僕の親父は痔が悪かった。
 
トイレが血だらけだったのを覚えている。
 
年をとってからは良くなったようだ。
 
 
 
痔は遺伝だと聞いたことがある。
 
悪いところだけ似てしまったのか、ぼくも痔が悪い。
 
便秘で便が出なくなると、人には言えないぐらいつらい思いがする。
 
医者から便がやわらかくなる薬をもらって長いこと飲み続けている。
 
飲んでいても便が出なくなることが、時たまあったが、何とかきりぬけてきた。
 
 
 
それがついに最悪の状態になってしまった。
 
便が出ないものだから、気張りすぎて、お尻からコブみたいなものが、飛び出してしまった。
 
痛いのなんのって。
 
 
 
3日も便が出ないからお腹が張ってくるし、肛門科の医者に診てもらうしかないと、息子の嫁がネットで肛門科の医院を探してくれた。
 
太子堂のゴリラビルのまん前にあった。
 
診察してもらったら、入院して手術するしかないと言われてしまった。ショック!
 
 
 
確か自衛隊の病院だと思うが、三宿病院を紹介してくれた。12月6日(水)に入院することに。どんな手術をするのだろうか。
 
こんなことブログに書いたって、若い人には理解できまい。
 
86歳になってみなければわかるわけがない。
 
さて、どうなることか。
 
A
世田谷学園の同期会

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2017年12月 3日 (日)

『江戸男色考』の芝山さん逝く

芝山はじめさんのお名前を忘れることはできない。

『薔薇族』に小話と「江戸男色考」を長いこと連載してくれた方だ。

小話は昭和39年8月に『365日しびれる本=新作風流小話』として、ナイトブックス15に本になっている。

「江戸男色考」もよく調べたものだ。これは批評社から3冊になって刊行されている。

夏の終わりごろだったろうか。芝山さんから電話がかかってきて、原稿を書き上げたので本にしたいということだ。

どんな内容の本か聞き損なってしまったが、今の世の中、自費出版でないと、本にすることは難しい。

「10月に夫、肇が91歳にて帰天致しました。」と、奥さまからはがきが届いた。亡くなる寸前まで原稿を書き続けていたのだろう。

芝山はじめさんは、大正14年11月生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、株式会社東急文化会館に入社、「渋谷東急」の支配人をされていた。

新作落語の脚本も多数書かれていたので、東急文化会館で出版記念会を開いたおりには米丸さんも出席されていた。

あとがきにこんなことを書かれている。

「仕事は夜、自宅にかぎられたから、原稿用紙にむかう数時間は、それこそ物凄い、血の出るような緊張であった。創ったコントの数はこの本に選ばれた550話の、ゆうに数倍を超えている。」

『薔薇族』に連載された小話は、読者が面白がって読んでくれる作品ばかりだった。


 あの晩

 妻が夫の胸にかわいい頭をもたせながら言った。

 「この子ができたのはいつだったかしら? あなたがパーティでお酒に酔って帰ったときかしら。音楽を聴きながらコーヒーを飲みすぎて眠れなかった晩かしら。

 それともあなたがポーカーで夜明かしして、一晩中、帰ってこなかった晩だったかしら……」


 ある推理

 妻が外出から帰ってきて、主人の部屋のソファーに腰をかけた。

 「まあ、このソファーはあたたかいわね。だれか今までここにすわっていたのね」

 「うん、家政婦のM子が世間話をしていたんだよ。さっきまで……」

 「あら、そう」

 彼女は、つぎに夫の膝の上に腰を移して言った。

 「まあ、ここも熱っぽいわね。M子、きっとここにも腰かけていたのね」

  

 
 親切すぎる
  
 Q氏がひどく不幸そうな顔をしているので、友人のY氏がわけを尋ねた。


  「ぼくの恋人のP子知ってるだろう。彼女は今時珍しい生娘なんだがね。ぼくがどんなに口説いてもOKって言わないんだ」
 
 「なるほど、ぼくはできることなら力になるぜ」
 
  「君から言ってくれないか、彼女に」 
 
 さて、2,3日後、Y氏がQ氏に言った。 
  
  「おい、喜べ! 彼女、君の申込みに双手をあげてOKだって言ってるぞ。こんなすばらしいことならって……」   
 

 
「江戸男色考」もよくぞ調べたものだ。「ラブオイル」のようなものは、江戸時代にもあったようだ。
 
「通和散」とよばれていた。芝山はじめさん『薔薇族』の読者のために、いろんなことを教えてくれた。ありがとう芝山はじめさん。
 
最後まで書かれていた原稿、なにを書かれていたのだろうか。

 

安らかにおねむり下さい。

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2017年12月 1日 (金)

次回「文ちゃんと語る会」、テーマは「美輪明宏さんと森茉莉さんを語る」

次回「文ちゃんと語る会」は12月16日(土)開催です。
美輪明宏さんと森茉莉さんについて語ります。
 
日時・12月16日(土) 11時~13時
場所・下北沢南口から4分、カフエ「織部」
住所・〒155−0031 世田谷区北沢2—2—3
電話・03—5432—9068
会費・コーヒー代のみ
 
初めての方・女性・話を聞きに来るだけの方、
どなたさまも歓迎です。ぜひ、お気軽にお出かけください。

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