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2018年1月15日 (月)

年をとって、己を知る!

2006年の7月に、河出書房新社から『『薔薇族』の人々=その素顔と舞台裏』という本を出版することができた。
 
『薔薇族』を支えてくれた14人の人たちのことをどうしても書き残しておきたかったからだ。
 
「ゲイ雑誌にゲイの文化をとり入れた」と題して、ぼくのよき相棒だった藤田竜さんのことを巻頭にもってきた。
 
「『薔薇族』黄金時代の表紙絵を描く」内藤ルネさんを最後にしている。
 
 
 
316ページもの厚い上製本で、写真も多く入っていて、自分で言うのもおこがましいが、今読んでも読みごたえのある本だ。
 
この本に当然入れるべき人だったのに、入れそこなってしまった人がいた。
 
年賀状を出したら、その人からうれしい手紙が返ってきた。
 
 
 
紹介した14人の中で、元気な人は少年愛の稲垣征次君だけで、あとの方はすでにこの世にいない。
 
手紙をくれた方は、京都に住む鞍嶽三馬さんだ。86歳のぼくと同じ年のようだ。
 
力のないヨタヨタの文字で読み取るのが大変だ。
 
 
 
「賀状の正月、それらの大袋から文学さんの過去の手紙が多数出てまいりました。
 
読むうちに涙がにじみ出て、俺も若かったし、文学さんも若かったのだと、今年86歳になった小生は涙を流して、おのれの年齢を考えさせられました。
 
息子さんの京都大学時代に、なぜ会う機会を持たなかったのか、残念至極、今となってはもう過去の出来事と憂うしかありません。
 
 
 
賀状が毎年少なくなってきました。死が横たわっているのでしょう。
 
京都に来て一番友情を保った彼(明治大学野球部のOB)も、一昨年前からこの世を去りました。
 
毎日近くの公園のグランドで、キャッチボールをしたことが、小生の人生の一番の幸福な時でした。
 
 
 
今年の正月、本願寺に参りました。家族の兄弟、そして彼の想い出を胸にたたんで、頭を深く涙をおさえてしまいました。
 
今はもう発展場など夢の夢、あんな世界に俺も生きていたのかと思うとぞっとします。
 
 
 
年齢は悲しいものです。弱いものです。年をとっておのれを知る。人生はなんとも厳しいものなのでしょうか。
 
文学さん、今年も元気で、メシをうまく感じてください。小生も今年中は、まだ大丈夫でしょう、と思います。お元気で文学さん」
 
 
 
鞍嶽さんは東京でレコード店を経営していたが、店をたたんで京都のネクタイで有名な「菱屋」でデザイナーとして働きだした。
 
東京にいた頃、「祭」で何度か出会ったと思うが、どんな方だったのか思い出せない。
 
鞍嶽さんが薔薇族に寄せてくれた原稿は、ものすごく多かった。彼の原稿が載った『薔薇族』を探したが、3冊しか見つからない。
 
1985年8月号「スクープ!! 日本人エイズ患者に単独会見!!」の151号の114ページに「京の男だより・9 この道はうちの生命どす」9ページもの長い文章だ。連載してくれていたのだろう。
 
33年も前のことだから、53歳の時のことで、お互いに若かった。
 
1980年の10月号には、稲垣足穂のことをやはり9ページも書いている。1978年の4月号には、「わが風物詩・11 阿呆物語」を12ページも書いている。
 
 
 
ああ、年は取りたくないものだ。
 
鞍嶽さん「菱屋」が造ったネクタイの美術館の館長もされていた。
 
「年齢は悲しいものです。弱いものです。」
 
ずっしりと胸にひびく。弱気にならずに元気を出そう。人生はこれからだ。
 
A
イラスト・木村べん

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