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2018年4月 7日 (土)

ひとりで誕生日のお祝いを!

「原稿を書き上げました」という電話があり、その何ヶ月後に親族から、亡くなられたという知らせがあった。
 
芝山はじめさん、わが社から出版した、新書版の「ナイト・ブックス」の15。『365日しびれる本』富田英三さんの装画で、280円。昭和39年8月31日発行(1964年)だ。今から54年も前の本。
 
父が女狂いで、出版の仕事は、ぼくに任せきり。すべてぼくひとりで、著者との交渉から、営業までやって、月に1冊は必ず出していた。
 
著者の略歴を見ると、大正14年11月生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。株式会社東急文化会館に入社。東京ジャーナル、東急文化寄席支配人をへて、現在、ロードショウ劇場、渋谷東急支配人。東急文化寄席在任中。NETテレビ寄席。お笑い横丁などを企画した。
 
コントのほか「犬のくせ」「映画見物」などの新作落語も多数執筆している。
 
 
 
『薔薇族』には、「コント69」と、「江戸色男考」を長いこと連載してくれた。
 
「江戸色男考」は、貴重な研究で、批評社から3冊の本になっている。
 
最後にまとめられた原稿は、何を書かれたのだろうか。芝山さんも気がかりになっていただろうが、本になるのを見ずに亡くなられてしまった。
 
今の時代、よほど面白い原稿でないと、自費出版するしか本にはできない。
 
芝山さん、無念だったと思うが、ぼくの力ではどうにもならない。
 
芝山さん、痩せていて色白で、病的な感じのする方だったが、よくぞ長生きされたものだ。
 
娘さんが2人いたように記憶しているが、もうかなりのお年になってるのでは。
 
パーティ好きのぼくは『365日しびれる本』を出したときに、東急文化会館の宴会場で出版記念会をしてあげた。
 
芝山さん、お友だちもあまりいないようで、出席者は少なかったが、芝山さんが考えた新作落語を演じた、有名な落語家、桂米丸さんも出席してくれた。
 
奥さんと娘さんも出席してくれたが、お会いしたのはそのときだけで、お顔もまったく覚えていない。
 
『薔薇族』に協力してくれた人たちが、次から次へと、あの世へ行かれてしまう。なんとも寂しい話だ。
 
 
 
3月19日のぼくの86歳の誕生日。
 
身内の者は、何の関心ももってくれないが、宅配で、冷凍のうなぎが届けられた。昨年も贈ってくれた男性だ。
 
B
 
薔薇の花も送られてきた。読売新聞社発行の『The西洋骨董・アンティック』(昭和52年1977年)豪華なムックと呼ばれる雑誌で何号も出ている。41年も前だ。
 
執筆者のほとんどがゲイの人だ。西洋骨董を愛する美意識の高い人たち、彼女も若い頃、これらの雑誌に執筆していたので、担当編集者が紹介してくれたのだと思う。美しい女性だった。
 
ゴルフの道具?を販売する会社の社長さんと結婚されたとき、披露宴に招かれて出席したことを覚えている。その女性から薔薇の花が送られてきた。よく覚えていたものだ。
 
A_2 
ケーキも何人からか送られてきた。身内は無関心なので、スーパーの「おおぜき」の中に売り場を持つ、梅ヶ丘の美登利寿司から、900円のお寿司を買ってきて、ひとりで誕生日を祝った。
 
C
 
NHKの番組に『薔薇族』の内藤ルネさんが描いた号が紹介され、ぼくも初めてNHKでおしゃべりすることができた。
 
今年はいいことがありそうな予感が!
 
 
★コメントよろしく

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コメント

弥彦村もグランドホテル跡地におもてなし広場が建ちロマンの泉美術館、弥彦の丘美術館の付近になりやら建設される話題も三條新聞で報じられています。
最近は弥彦村に来る事もなくなったようですが、小林村長のこれからの手腕を見守りたいと思います。
昔イカールのエッチングを見て何時かはと思っていましたが小品ですが手に入れました。

投稿: 弥彦 | 2018年4月 8日 (日) 20時44分

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