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2018年4月14日 (土)

藤田竜君のしんみり話から、ルネさんの偉大さが!

『薔薇族』の良き相棒だった藤田竜君が、こんなしんみりとした話を書いているとは知らなかった。
 
今から31年前、1987年(昭和62年8月号・№175号)一番後ろのほうのページに、藤田竜君が書いている。
 
 
 
「僕の母が5月の末、87歳で死にました。今回は私事を交えて書かせてもらいます。
 
うちは男ばかりの3人兄弟で、父は戦後早く死に、母は力仕事や住み込みの下働きをして、子供を育てました。
 
子供たちが社会人となり、少しは生活が楽になった頃、外のアパートにいた長兄が嫁と家に帰ってき、次兄はよそへ家庭を持ちました。
 
僕は男(ルネさんのこと)と暮らしていたのですが、母は長兄夫婦のいるわが家を出て、僕のところへ来て、特別養護老人ホームに入るまでの約20年をずっと一緒に暮らしました。
 
いくつになっても結婚しない末っ子に、やはり最も自分の子供という感情があったのでしょうし、嫁たちと居ればいろいろ無理をしなくてはいけず、僕のところが一番気楽だったのだと思います。
 
扶養家族はいないのだから金回りだって、末っ子がいちばんよく、経済的な気兼ねも不要です。
 
 
 
僕がごく若いうちは結婚の話もわずかにしましたが、それだけであとは何も言いませんでした。
 
男とひとつ家にいて、時には女言葉を使う僕を、いくら無学の田舎者でも、どういう人間かわかって当然です。
 
ホモはノンケより母親に優しいし、気も合います。結婚しないで一緒に暮らすことは、あるいは母親への最大の親孝行ではないかと、僕は昔から考えています。(中略)
 
 
 
30前後の寮母さんたちに、おきらくなホモの僕は人気があったし、そんな明るい息子がしょっちゅう見舞いに来るので、母は在園の老人たちに羨ましがられていました。
 
入院して死ぬ直前までの1ヶ月間が、全身痛んでかわいそうでしたが、その他はまあ悪くない一生だったと思います。
 
僕と暮らしている男(ルネさん)が、実の息子より何かと良くしてくれたことが最大の要因です。
 
彼と母はよく何かにつけて大笑いしていました。3人で旅行もずいぶんしました。
 
 
 
20余年、そういう不思議なかたちでの一家の暮らしがあって、それは父が生きていた若い頃と同じくらいに充実していたでしょう。
 
僕の一緒に暮らしている相手が女だったら、どんなに出来た人だったとしても、あそこまでのびのび生活できたかどうかわかりません。
 
親孝行のために女性と結婚する人はよくいます。
 
でもこんなふうに結婚しないことが親孝行になることもあるのです。
 
どちらも勇気のいることです。
 
 
 
最近は男も女も結婚しない人が増えてきていますから、少し前みたいに、まわりからワイワイ言われることは少しは減ってくるかもしれません。
 
結婚しないでもいい職業なら、なんとか独身でいられるよう努力をしてください。
 
そして、どうぞ母親にやさしくしてあげてください。(中略)
 
母が病院で生きている間は、不憫でたまりませんでしたが、死んだらもう痛い思いをしなくても済むものだと、僕は救われた思いです。」
 
 
 
おかあさんと一緒で、亡くなるまで看病したという人を何人も知っています。
 
藤田君の場合は、ルネさんという人がいて、そこにお母さんを連れてきたわけだから、ルネさんという人は、どんなにか我慢強い人だったのでは。
 
お母さんの部屋が取れる部屋数の多いマンションだからできたことでは。
 
それにしても31年前とは。
 
時の過ぎ行くことの早いこと。
 
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A
イラスト・藤田竜

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コメント

 伊藤サン、お元気そうでなによりです。       藤田竜さんが地震の年の1月亡くなってもう7年。そして「よっちゃん」も突然この世からいなくなって3年。「ルネ作品」がなんだかよそよそしくなったように感じます。

投稿: 水南川陽子 | 2018年4月14日 (土) 10時51分

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