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2018年5月28日 (月)

ゲイのよきサポーターになりたい!

伏見憲明さん、1963年生まれ、埼玉育ち。武蔵野音楽大学付属武蔵野高校声楽家卒・慶應義塾大学法学部政治学科卒。
 
『ゲイという「経験」』(2002年刊)という著書を見ている。
 
その中の「ゲイの考古学」という項目は、江戸時代から始まって、三島由紀夫まで、国立国会図書館、大宅壮一文庫、風俗資料館などに足繁く通い資料を探している。
 
取材した方からの情報提供がずいぶんと役に立った、ゲイの先輩であるK・Y氏に、赤帽トラック一台分をご寄贈いただいて、戦後のゲイシーンの雰囲気をつかむことができた、いったいそうしたものに、関心を持つ若いゲイたちがどれだけいるのか、と伏見さんは嘆いている。
 
伏見さんの努力は必ずや若いゲイの学者によって語り継がれるに違いない。
 
 
 
伏見さん、「伊藤文学の談話室・祭」に顔を出していたので、話をした記憶はないが、なんとなく覚えている。
 
『薔薇族』に原稿を書かれていたが、『バディ』に移られてしまった。竜さんと合わなかったのか?
 
『バディ』の中に「伏見ゲイ新聞」というページがあって面白く読める。
 
「祝『薔薇族』30周年」の見出しで、お祝いの言葉を書いてくれている。
 
 
 
「老舗ゲイ雑誌『薔薇族』が30周年を迎えた。
 
1971年から30年間にわたって毎月刊行してきた編集長の伊藤文学氏はじめ、スタッフの皆様方の努力とご苦労を考えると、これは「偉業」だと言えるだろう。
 
心よりお祝いを申し上げたいと思う。
 
 
 
『薔薇族』以前には、日本にはゲイ雑誌はなかった。
 
『アドニス』のようなミニコミ誌・会員誌はあったが、それはけっして街の本屋で買うことの出来ない代物であった。
 
商業誌としての『薔薇族』の誕生そして成功によって、日本のゲイたちは容易にホモセクシャルの欲望にアクセスすることができるようになったのだ。
 
またそのネットワーク自体も大きく広がっていった。
 
そのことを一言で表せば、「同性愛の大衆化」である。
 
その意味で『薔薇族』の果たした役割は大きい。
 
 
 
また、30周年を記念して上梓された、伊藤氏のエッセイ集『薔薇ひらく日を』は、同誌に綴ってきたエッセイを抜粋したものだが、それを読むと、これまで伊藤氏がどれほどゲイたちを励まし、勇気づけてきたのかが伺える。
 
30年前は、自分が同性愛者であるということは、自殺をも考えざるをえないような「罪」であり「悪徳」であり、「恥ずべき欲望・行為」だった。だから、この本の初期の中には、当事者の自殺のエピソードや、悩みを抱えた読者の手紙が多く紹介されている。
 
今でも同性愛は当事者にとって深刻な問題ではあるが、やはり当時とは比べ物にならない。
 
90年代以前には、同性愛を肯定する言葉が社会にはほとんど流通していなかったのだ。
 
そんな中で「ホモは変態ではない。病気ではない」と言い続けた伊藤氏の言葉は、ゲイたちにとって、砂漠の中のオアシス、一種の命綱だったのだろう。(中略)
 
ゲイの「代弁者」としての伊藤氏の役割は相対的に小さくなった。しかし、すべての状況は『薔薇族』が切り開いてきた道の延長線上にあり、日本のゲイたちの伊藤氏らへの感謝の念は変わらないだろう。
 
そしてこれからも伊藤氏には、ゲイのよき「サポーター」として、(代弁者)ではけっしてないが、21世紀のゲイ雑誌づくりを進めていってほしいと願うものである。」
 
 
 
『バディ』のオーナーは、読んでくれたのだろうか。
 
伏見さん、今どうしているのだろう。
 
 
★コメントをよろしく。

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