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2018年6月 9日 (土)

週刊文春の「新・家の履歴書」に登場!

週刊文春の表紙絵は和田誠さんが長いこと描かれている。
 
和田さんはぼくのすぐ下の妹と、世田谷区立代沢小学校で同期生だ。
 
入学されたのも戦時中だから、80歳をとうに過ぎておられるのでは。
 
ぼくの兄妹4人も、息子ふたり、そして孫3人も代沢小学校の卒業生だ。
 
和田さんもぼくの家の近所に住んでいたのだろう。
 
 
 
確か『薔薇族』が1971年に創刊した折に週刊文春は、「ホモでない男が出したホモの雑誌」というような見出しで記事を書いてくれた。
 
その後も創刊200号の記念号を出したときに、「ホモ界の朝日新聞・薔薇族」の見出しを付けたものだから、朝日新聞を怒らせてしまった。
 
今思うに週刊文春などの雑誌が大きな記事にしてくれたお蔭で『薔薇族』は広く日本中に知られるようになっていった。
 
 
 
2001年12月には発行所・文春ネスコ、発売元・文藝春秋から、『編集長「秘話」=『薔薇族』30年間全仕事』という立派な上製本を出してくれた。
 
そのときの社長さんは創業者の菊池寛さんのお孫さんで、菊池夏樹さんだった。
 
正面玄関の右脇に広いロビーがあり、ゆったりとした大きな椅子が置かれていて、そこで編集者と著者がコーヒーを飲みながら話をするようになっていた。
 
正面に菊池寛さんのブロンズ像が大理石の台に置かれていた。
 
「菊池寛さんは、ゲイだったと噂されていますが本当ですか?」と失礼な質問をしてしまったら、お孫さんは「そうです」といとも簡単に答えてくれた。
 
ゲイのことを書いた本は、文藝春秋社では初めてのことだろうから、菊池寛さんもよろこんでくれたに違いない。
 
 
 
あの本を出してから、もう17年の歳月が流れている。
 
確か文春ネスコ社も『薔薇族』が廃刊になった年に廃業してしまったと記憶している。
 
廃刊になってから12年? 週刊誌とは縁がなくなってしまっていたが、週刊文春の女性編集者の笹川智美さんから電話がかかってきた。
 
 
 
週刊文春の中で587回も続いている、「新・家の履歴書」6月7日号は、イルカさんがとりあげられている。
 
「なごり雪」というヒット曲があるそうで、テレビで聴いたことはあるだろうが、どんな人かは知らなかった。
 
ご主人が事務所の社長さんで、陰でイルカさんを支え続けてこられたが、パーキンソン病にかかり看病で苦労されたようだ。
 
 
 
6月14日(木)発売の週刊文春の「新・家の履歴書」4ページにぼくが登場する。
 
ぜひ購入して読んでください。
 
 
 
86年前の生まれたときから、今日までのことを自分で書くと、どうしてもひとつの出来事をくわしく書いてしまい、後半が尻切れトンボになってしまう。
 
2度も書き直したが、笹川さんはOKしてくれなかった。
 
なんと17年ぶりに文藝春秋社に行って、2階の会議室でふたりで、3時間以上もかけて練り直すことができた。
 
それをワープロで打ってゲラを翌日の1時に、下北沢のカフエ「織部」に届けてくれるという。
 
 
 
文春に勤めて5年という笹川さん、すごい才能の持ち主だった。
 
夜おそくまでかかって文章を書き直したのだろう。
 
「織部」に1時に来てくれて、ゲラを読んだらびっくり。
 
直したところは字の間違いの数カ所だけ。
 
自分のことを自分で読んで感動してしまった。
 
 
 
笹川智美さん、ありがとう。
 
ぎゅっと握手をしてしまった。
 
ぼくの86年の履歴書が見事に書かれている。
 
長生きしていてよかった。
 
 
A
父母の結婚式の写真
 
B
久美子との結婚式の写真

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