« 2018年6月 | トップページ | 2018年8月 »

2018年7月

2018年7月30日 (月)

木は朽ち果てることはない!

ぼくが平成5年11月1日に女房の古里・新潟県弥彦村(人口約8000人、弥彦神社、弥彦山で栄える村)に、「ロマンの泉美術館」をオープンさせた。
 
この美術館は美輪明宏さん、内藤ルネさん、宇野亜喜良さんなど、また美意識の高い『薔薇族』の多くの読者との付き合いの中で、自然と身に付けた感性や、美意識の集大成というべきものだった。
 
新潟市に住む詩人の松井郁子さんが、オープンして折に、こんな文章を寄せてくれた。
 
 
 
「コナン・ドイルの「シャーロックホームズ」に登場するような径を抜けると、闇の中に幻のように白い建物が現れた。
 
――何故、こんな所に、こんな建物が?――
 
私は目を見張り、息を呑んだ。
 
足が震えるような驚きだった。
 
12月の風は身を切るように冷たい。
 
その風が雲を追い払うと、月が煌々と美術館を照らし出した。
 
屋根の上の風見鶏、少女のブロンズ、ステンドグラス……私の深い所から熱いものがこみ上げてきた。
 
自分の住む世界を漸く見つけたような、長い間待っていたものに巡り合えたような、そんな歓びと感動だった(後略)」
 
 
 
地元の新聞「新潟日報」「三条新聞」、TV局、NHKまで取材して報道してくれたので、たちまち人々に知られるようになり、多くの人達が訪れてくれた。
 
美術館の中には、フレンチレストラン「バイロス館」があり、イギリスからはるばる船で送られてきた、東京にもないような大きな舞台のような家具が、表面に置かれていた。
 
ピアノもあり、そこで1年に何度も芸能人を招いて、パーティーが開かれた。
 
のちに紅白にも出場したクミコさん、秋元順子さんも何度も来てくれた。
 
 
 
新潟には女性たちが着飾って訪れるような場所はあまりない。
 
美味しい料理を食べてショウを見る。
 
一番人気があったのは、新宿2丁目のゲイバー「タミー」の2人組だ。
 
ひとりは日劇ダンシングチームの出身だから歌も踊りもうまい。
 
もうひとりの若者はシャンソン歌手だった。
 
サービス精神旺盛な2人のショウは、新潟の女性を喜ばせ、二度も招いたこともあった。
 
時代はあっという間に変わってしまい、今は美術館の扉は閉ざされ、廃墟になっている。
 
美術館は税金を払えないために、北沢税務署に抑えられていたが、先日、税務署を訪れたら、国税局のものになっていた。
 
いつのことか分からないが、競売になるのだろうが、どうなることか。
 
京都のお寺や神社も木で作られている。
 
それは長い年月が経っても朽ち果てることはない。
 
イギリスから、はるばる船で送られてきた巨大な家具、どんなことがあっても朽ち果てることはないだろう。
 
今となってはイギリスでも、こんな巨大な家具は作れまい。
 
ぼくがこの世にいなくなって、この大きな家具の運命はどうなるのだろうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年7月28日 (土)

「バイセクシャル」という言葉は?

「女性を好きになって」と題して、『薔薇族』1989年12月号No.203の「人生薔薇模様」の投稿欄に、東京都・さようなら君の投稿が載っていた。
 
 
 
「僕は『薔薇族』9月号で、買うのが4冊目になります。
 
200号を機に言うのではないけれど、10月号からは買うのをやめようかと思っています。
 
別に『薔薇族』に文句があるとか、嫌になったというわけではなく、卒業しようと思うのです。
 
僕は21歳で大学生ですが、人並みに好きな人がいます。
 
とはいえその人は女性なんです。
 
まだ付き合っているとかではないんですけど、頭の中ではその人のことでいっぱいなんです。
 
もちろん、その女性は僕が『薔薇族』を買っていることは全く知りません。
 
ごく普通の男として見ているだろうし、僕にも好意を寄せてくれているようです。
 
多分、近いうちに僕はその女性に好きだということを告白するでしょう。
 
そのためにも僕は、この『薔薇族』を買うのをやめようと思うのです。
 
 
 
確かに隠れて読み続けることは可能だし、男の人とセックスしようと思えばできるでしょう。
 
でも、それは大きな裏切りです。
 
人を騙しながら普通に付き合っているなんて、僕にはとても出来ないのです。
 
「そんなことはできっこない。どうせすぐまた、この雑誌を買い始めるだろう」と、お考えになるかもしれません。
 
しかし、精一杯努力をします。
 
 
 
もともと僕自身は、バイセクシャルということは分かっていたし、女性とのセックスも経験したことがあるし、女性を好きになったこともあります。
 
反面、男性にも興味を持ち『薔薇族』を読み始めました。
 
しかし、僕自身、将来は結婚もしたいし、子供だっていつかは欲しいと思っています。
 
これをきっかけに、ホモの世界とは決別しようと思います。
 
幸い? にも、あまりホモの世界に深入りしないできました。
 
通信欄を利用したこともなかったし、2丁目や、ハッテン場にもいかず、男同士のビデオを見たこともありません。
 
このままずっと『薔薇族』を読んでいると、そういう行動にでるでしょう。
 
それがいけないとは毛頭思いませんが、将来のことを考えると読み続けることはできないのです。
 
それが僕の出した結論です。
 
そして、一つのけじめとして、この手紙を書いたのです。
 
 
 
『薔薇族』には、大変感謝をしています。
 
「自分だけが変なのか?」と悩んでいた僕を救ってくれました。
 
そして自信を持たせてくれました。
 
これからも悩んでいる人たちを励まし続けてください。
 
少なくとも僕は、ホモを異常とは思いません。
 
でも、僕はこれでさようならです。」
 
 
 
「バイセクシャル」というなんとも不思議な言葉は、このさようなら君のような人のための都合のいい言葉なのでは。
 
さようなら君の投稿を読んでみると、「女々しいな」としか言いようがない。
 
好きな女性と付き合っているわけでもなく、頭の中でいっぱいという片想いの関係でしかない。
 
告白してその結果を知ってから『薔薇族』を買うのをやめてもよかったのに……。
 
 
 
自分だけが変だなと思い始めて、『薔薇族』を買い始めたとありますが、このさようなら君、間違いなく同性愛者だと確信する。
 
さて、このあとさようなら君がどんな人生を送ったのかは知るよしもないが、この好きな女性と結婚して、子供も出来て幸せな人生を送ってほしい。
 
そうぼくは願ってはいるが、もって生まれたものは変えられない。
 
それにしても「バイセクシャル」という言葉は誰か考えたのかは知らないが、やはりなくてはならない言葉なのかも?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年7月23日 (月)

こんな話って本当にあるのかな?

1989年1月号に「脳みそズルズル・びっくらインフォメーション」と題するとんでもない読者の投稿が載っている。
 
これは藤田竜君の企画に違いない。
 
ぼくの出版の仕事の発送は、学生時代のオナニーの経験からだが、こんな投稿が。
 
 
 
「中2の時からオナニーを始めて、1日5回精液を出したことがあります。
 
一升瓶1本出したら、一生が終わると誰からか聞いたのですが、どんなものでしょうか? 教えてくださいね。この本を毎月楽しみに待っております。」
 
 
 
兵庫県・ビデオ君の投稿だけど、この人もうこの世にいないのでは。
 
ぼくはコップ一杯にもたまらないぐらいでやめているから86歳まで生きている。何事もほどほどにしなければ……。
 
 
 
こんな話って本当にあるのかな? そう思われるかもしれないが、大学の教授は何人もお会いしているから、作り話ではありません。
 
「どなる教授!」と題する横浜市・楽衆陰・20歳からの投稿。
 
 
 
「おれの大学のトイレで、大のところから小便をしているところが見えるでかい穴があいている。
 
先日、おれは小便をしていたら、となりにすげえ偉い教授が並んだ。
 
そしたら教授が急にしゃがみ込んで、穴をのぞいて「こら、何を見とる!」と、穴にむかってどなった。
 
おれも何度かのぞいたことがあるので、ヤバイと思って、急いでトイレから出てきた。
 
そしたらまたでかい声で「出てくるまで待っとるぞ!」と叫んでいた。
 
ああ、恐ろしい」
 
 
 
竜君のコメントがあって「その男と教授は、今はとても幸福なカップルだそうです。」と。
 
本当かいな?
 
 
 
「立小便が少なくなって寂しいね。」と題する兵庫県・行列男さんの投稿。
 
 
 
「夏のこと、花火大会に出かけた。
 
Mパークは子供連れや、若いアベックでいっぱいだった。
 
とにかく用だけは済ましておこうと、トイレの前に来てびっくり。
 
女性も並んでいたが、男性が長蛇の列を作っていた。
 
何か恥ずかしい気もしたが、暗いのでおれも並んだ。
 
さすがに、男性は用足しも早い。それでも10分経ってやっと、4つある便器の前に来た。
 
ビールなど飲んでいる奴は時間も長く、あとの男はイライラしているみたい。
 
あとがつかえているのに、小便のあとチンポをぐいぐい何回もしごいたり、振ったり平気でしている奴もいる。
 
 
 
近頃は男の特権のような立ち小便が少なくなって、通りすがりにチンポを見られなくなってしまったのが寂しいね。」
 
 
 
そういえば、電柱に立ち小便(?)するのは犬だけになってしまった。
 
ぼくの若い頃は、あちこちで立ち小便している姿を見かけたが、今は街がきれいになりすぎて、立ち小便する場所なくなってしまった。
 
いいのか、悪いのか。
 
 
 
「不思議な出会いの夜」と題する和歌山県・朝顔・38歳の投稿。
 
 
 
「通信欄で知り合った人と、大阪梅田駅で待ち合わせしたけど、どうしたことか会うことができず、帰りの電車もなくなったので、初めて「東梅田ローズ」(映画館)に行き、そこで知り合った人とホテルに行きました。
 
その人も待ち合わせしたけれど、会うことができなかったという同じような話。
 
この人が私の相手だったのです。
 
素晴らしい夜でした」
 
 
 
ねえ、ねえ、この話、本当なのかよ?
 
 
★コメントよろしく、と書いても、コメントできない話

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年7月21日 (土)

「オカマじゃないか」と言われたら!

「あなたホモ?」
 
「お前オカマじゃねえか?」
 
と、言われた時、俺はどうしたか!
 
 
 
そんな質問に対して、何人もの読者が答えている。
 
これは29年も前の話。
 
今だったらなんと答えるだろうか。
 
 
 
「僕は16歳のとき、熊本のあるレストランに就職したのですが、僕の声が優しすぎて、先輩から「お前はオカマじゃねえか?」と言われ、それがもとでみんなからよく「オカマちゃん」「オカマちゃん」と呼ばれました。
 
最初、僕はオカマちゃんってなんのことだろうと思って先輩に「オカマってなんのことですか?」と聞くと、先輩は笑いだして、「女みたいなのをオカマと言うんだ」と教えてくれましたが、僕はとても恥ずかしくて穴があったら入りたい気持ちでした。
 
それから何年かしてホモの世界を知り、「オカマちゃん」と言ってた先輩たちを、寮や、個人の部屋でおいしく頂きました。
 
僕にも後輩ができてからは、彼らが寝ているすきに、たくましい肉棒を頂きました」
 
 
 
純情な少年だったのが、数年しての大変化。
 
人間変われば変わるものだ。
 
神奈川県・一郎・30代の人からの投稿だ。
 
 
 
「ときどき笑いながら言われるけれど、そんなときは思いっきり大オネエになっちゃうわけ。
 
へんに怒ったりするよりずっといいみたい。
 
そうするとみんな大笑いで、他の話に移っていってしまうもの。
 
だから誰も僕のことをこの世界の人だとは気づいていないみたい(愛媛県・サムタイムライト・26歳)」
 
 
 
この人、大人だな。
 
変に否定したり、怒ったりしないほうが、相手は気づかないものかもしれない。
 
 
 
「かわいがっていて17歳の少年がいた。
 
きれいなおつきあいだった。
 
15歳のときから2年間も続いた。
 
たびたび泊まりにきていたけど、何もしなかった。
 
 
 
ところが冬休みに泊まって、床の中で手をそっと握ったとき、それまでもそのくらいは許してくれていたのに、「おじさん、ホモ?」とずばり言うじゃないか。
 
「まさか」と手をひっこめて、ごまかしたけれど……。
 
彼とも、もうおしまいか。(愛媛県・星児・43歳)」
 
 
 
少年愛の人ってつらいな。
 
相手が17歳だから、床の中で手を握ったりしたら、びっくりして反発されても仕方がないのかも。
 
タイミングが難しいな。
 
 
 
「小学生のころに、あだ名を「オカマ」ってつけられたことがありまして、幼いながらもいやな思いをしました。
 
今でも「ホモ」って言われるのは、べつにいやじゃないけど「オカマ」って言わると頭にきてしまうね。
 
俺、ファッション関係の仕事をしているんだけど、自分の服に流行を取り入れるじゃない。
 
88年だったら花柄の服、特にひまわりなんか、スーツに花柄のシャツなど着て友達と飲みに行ったりすると、悪酔いした人がからんでくるわけ。
 
「男のくせに花柄のシャツなんか着やがって、気持ちわりい。あいつ、オカマかよ」とか言ってさ。
 
友達もいるし最初は無視しているんだけど、あまりにもしつこいと、もう腹が立って、そのあとはケンカ。
 
たまにこんなこともあるね。(新潟県・TIKIDS・24歳)」
 
 
 
ぼくが使っている小学館刊の「国語辞典」には「オカマ」という言葉は載っていない。
 
岩波書店刊の「広辞苑」(第4版)には「尻の異名。転じて男色。また、その相手」とある。
 
今の時代、もう「オカマ」なんて使わないほうがいい。
 
「おかまいなし」なんていう人もいるかもしれないけれど。
 
 
★コメントをよろしく

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2018年7月16日 (月)

取次店はトーハンと日販、大きな書店だけが!

『サイゾー』という雑誌、みなさん読んだことありますか? 『薔薇族』をぼくが出していた頃、2度ばかり取材してくれて載った記憶があるから、かなり歴史のある雑誌だ。
 
表紙だけ見ると、エロ本のように見えるけれど、ページをめくっていくと、どうして、どうして、かなり重みのある記事ばかり、ヌード写真も、フレッシュなチラリズムの美学とあるように、えげつない写真はない。
 
 
 
7月の10日、『サイゾー』の3人の方が、カフエ「織部」に来てくれた。
 
ライターは美人の女性だ。
 
この人がぼくのしゃべったことを記事にして連載してくれるそうだ。
 
そのとき持参してくれた7月号をいま読み始めているところだ。
 
 
 
最初に目についた見出しは「若手取次・営業・書店員・『万引き家族』が万引きを誘発!? 崩壊寸前!? 出版業界の立て直し方・出版不況と言われて何年も経つが、実際のところはどうなのだろうか? そこで出版取次、版元の書店営業、そして書店員の若手に集まってもらい、改善したほうがよい出版業界の古すぎる慣習、現場の人間だからこそわかる最近の売れ筋本について語ってもらった。」
 
「座談会出席者」
 
A・元取次店員(26歳)
B・中堅出版社営業(25歳)
C・大型書店員(30歳)
D・個人書店書店員(29歳)
 
 
 
下北沢周辺には、書店が6、7軒あったけれど、みんなやめてしまい、今はスーパーの4階にある三省堂書店だけ。
 
たまに本を買うことがあるけど、Amazonに注文しないで三省堂書店で買う。
 
品物がないと取り寄せてくれるが、「1週間ほどかかります」と店員は言うが、3、4日で電話がかかってくる。
 
最近は文具に力を入れているようだけど、お客は少ない。
 
いつやめてしまうかと心配だ。
 
売れ筋の本というと、宗教関係の本だというから情けない。
 
 
 
 C・給料で言うと書店員のバイトは基本的に最低賃金だし、最低賃金が上がると経営が厳しくなると言われているくらいよくない。
 
 B・書店に限らず、業界全体がそういう状態だから、倒産する出版社も出てくる。
 
   それである出版社がつぶれそうだという噂が流れると、書店はその版元の本を取次の定めた返品期間内に必死で返すんだよね。
 
 C・いまだに万引被害が大きい。
 
   ほんの粗利率は20%ぐらいだから、1冊盗まれたら5冊売らないと補填できない。
 
 D・刑務所に入りたくて万引きする人もいる。
 
   軽犯罪を重ねて、捕まえてほしいから、わざとわかりやすいように盗むんだよね。
 
 B・出版業界特有なのは取次かな。
 
   取次の会社はいくつかあるんだけど、実態はトーハンと日販の2強で、シェアの70%以上を占める。
 
   ほぼ寡占状態なんだよね。
 
 
 
取次店はトーハンと日販の2社だけになってしまうのでは。
 
大きな書店は1分でも仕入れ値が安い取次店に移ってしまう。
 
取次店は利益が少なくなるから、小出版社をいじめて正味を安くしてしまうから、小出版社がやっていけるわけがない。
 
取次店も小さな書店に送るよりも、大書店にどかっと送ったほうが楽だから、将来は取次2社と大きな支店を何軒も持つ、大書店だけが生き残るのでは。
 
 
 
ぼくも出版社の息子だったけど、本を読まない。
 
高2の孫もゲームばかりしていて本を読まない。
 
しかし、世の中には本好きな人はいる。
 
下北沢には古書店は何軒かある。
 
本がなくなることはないだろう。
 
小さな書店で特殊な趣味の本だけを売るお店もあるようだ。
 
この座談会、どうということはなかったけれど、いい時代に出版の仕事ができて、ぼくは幸せ者だった。
 
 
★コメントをよろしく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年7月14日 (土)

NHKの番組が取り上げるいい時代に!

NHKの6月16日の「Eテレビ特集・Love 1948-2018 ~多様な性をめぐる戦後史~」に出演させてもらい、大きな反響があった。
 
ディレクターの笹井さんがツイッターの反応を紙焼きにしてくれた。
 
笹井さん、今どき珍しい好青年で、ボーナスをもらったからといって、ぼくら夫婦に江戸前の名店「小笹寿司」をおごってくれた。
 
毎日、この店の前を通って、下北沢駅前のスーパーに買い物に行くのだが、5時開店の前に何人ものお客さんが待っている。
 
今のぼくは高級なお寿司を食べる懐具合ではないので、うらやましげに通り過ぎるだけだった。
 
 
 
6月3日、カフェ「織部」で笹井さんと待ち合わせて、5時前に店の前に行ったら、何人かのお客さんが待っていた。
 
2年ぶりかで食べたお寿司、以前よく通っていたころの食べる順序を覚えてくれていて、次から次へと握ってくれた。
 
隣に座っていた男女、女性はおしゃれな服を着ていて、男性は堅い仕事のようだ。
 
ぼくらの話を女性は聞いているようなので、名刺を出した。
 
裏面には『薔薇族』と大きくバラのつぼみが印刷されているのだが、ぼくの名前を見ただけで、興奮状態に。
 
ぼくが何者かということを知っていたのだ。
 
男性のほうは静岡の国交省のお役人。
 
友人に小笹寿司のことを聞いて、女性を誘ってわざわざ食べに来たという。
 
それから女性と話がはずんでしまった。
 
 
 
Twitterの反応は、
 
 
 
「ETV特集・LOVE。かっこいい生き様を見せてくれた方々が多かった。
 
孫の勉強机の横に『薔薇族』が置いてあるってファンキーな一家。
 
ああいう家庭が増えれば無知からくる偏見も思い悩んで死を選ぶ人も少なくなるのかな」
 
 
 
ぼくの女房は部屋の中を見せたくなかったのに、カメラは映し出してしまった。
 
ありのままを見てくれてよかったのでは。
 
 
 
「1971年『薔薇族』創刊。
 
ゲイであることを隠してる人がほとんどだった時代。
 
待ちに待った媒体だったんだろうな。」
 
 
 
先妻の舞踊家ミカが事故死しなかったなら、仕事が増えてきたミカのマネージャーになっていて『薔薇族』は誕生しなかっただろう。
 
それと親父が女狂いして、出版の仕事をぼくに任せっきりだったから、ぼくが決断して『薔薇族』を出せたのだ。
 
もうひとつは最大手の取次店が正規のルートで、全国の書店に送ってくれたことだ。
 
『風俗奇譚』や『奇譚クラブ』のように取次店が扱ってくれなかったら、同性愛の雑誌は日の目を見ることはなかったろう。
 
 
 
「Eテレビのセクシャル・マイノリティの特集、面白かった。『薔薇族』の創始者夫婦が素敵だったな。
 
同性愛者がWHOの疾病リストに入っていたというのと同じくらい、衝撃的だったのは、イラストレーターの内藤ルネさんって男性だったっていう事実ですね。
 
女性だと思っていた。」
 
 
 
内藤ルネさんが女だって思っていた人がかかなりいたようだ。
 
あんなかわいい女性を男が描くなんて、ルネって名前から想像すると考えられないものな。
 
 
 
「『薔薇族』を書店で万引きした高校生が飛び降り自殺。
 
万引きをとがめられるより、親に同性愛を知られることを恐れた1980年代。
 
40年後の現在、マイノリティにとって少しは生きやすい時代になっただろうか」
 
 
 
あの事件のことは忘れることはできない。
 
「ゲイは異常でも変態でもないのだから、胸を張って堂々と生きよう」と、創刊以来、言い続けてきたのだから、今の時代、生きやすい時代になってきたと信じている。
 
NHKが取り上げてくれる時代になったのだから。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2018年7月 9日 (月)

次回「文ちゃんと語る会」のお知らせ

次回「文ちゃんと語る会」は7月28日(土)開催
 
Img_path1_549ccffd77f491
 
 
日時・7月28日(土) 11時~13時
場所・下北沢南口から4分、カフエ「織部」
住所・〒155−0031 世田谷区北沢2—2—3
電話・03—5432—9068
会費・コーヒー代のみ
 
初めての方・女性・話を聞きに来るだけの方、
どなたさまも歓迎です。ぜひ、お気軽にお出かけください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「LGBT」なんていう言葉はいらない!

2018年4月12日発行の週刊新潮に「『LGBT』ビジネスの不都合な真実・反権力が権力者に豹変する』という見出しで同性愛研究家・ジャックKさんが、4ページもの記事を書いている。
 
ジャックKさんの書かれていることは、すべて的を射ていて、このような方が現れてきたことはうれしいことだ。
 
ただ気になるのは、週刊新潮の編集部が考えた見出しだろうが、わざわざ「特別読物」とゴシック体で書かれている。
 
同性愛が特別と考えるから、書いたのだろうが気になる。
 
それと「ジャックK」などとペンネームにしないで、自らゲイだと言われているのだから、堂々と本名を使うべきだった。
 
全部を紹介することは出来ないが、要点だけを書くと、
 
「現実の世界では、レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーは、バラバラに生活していて、お互いの交流はないし、それぞれ捉える問題も異なる」
 
とのとおりで、「LGBT」なんて言葉を誰が考え出したのかは知らないが、一緒くたにするのはおかしいということだ。
 
C
 
「要するにこれらの集団は、別々に語られるべきなのに、一括りにして呼ぶことで各々がそれぞれ混合され、実態が見えにくくなっている」
 
 
 
性的マイノリティの中で多数派を占めているのがゲイ。
 
日本の男性同性愛者の人口は、180万から300万となると書かれている。彼は3〜5%と書かれているが、調べるわけにはいかないが6〜7%といわれている。
 
これも調べようがないが、彼は新宿2丁目のゲイバアの数がざっと350、レズビアンのバアは、およそ35という数字からみれば、ゲイよりもずっと少ないことは確かであると書いている。
 
彼はそう書いているが、これは大きな間違いで、レズビアンの女性って、ゲイと同じぐらいの数はいると、ぼくは考える。
 
 
 
男と女の性欲の違いは、男のオチンチンは自分の意志ではどうにもならない、自然に勃起してしまう。
 
女性のからだは受身にできている。
 
キスしたり触られたりしなければ、性欲は起きてこない。
 
女性がゲイホテルのようなところに行ったり、ハッテン場に行って相手をハントするようなことはしない。
 
 
 
ほとんどのレズビアンの女性は、ひとり暮らしをしているか、好きな女性と一緒に住んでいる(長続きしているのは、男より女のほうが多いと思う)し、不本意ながら男性と結婚している女性が大多数だろう。
 
すべての生物は子孫を残すようにできているから、男が嫌いでもセックスすれば子どもは生まれてしまう。
 
 
 
「バイセクシュアルの、その大半が社会的には異性愛者として生活していると考えられることから、ここでは無視する」と、彼は書いている。
 
実際のところよく分からないのだろう。
 
ぼくにもよく分からないが、バイセクシュアルについては、ぼくは長いあいだ、『薔薇族』を出し続けてきて、それなりの考えがある。
 
が、今は書かないことにする。
 
 
 
2018年7月4日(水)の東京新聞朝刊に「トランスジェンダーの学生入学・奈良女子大も検討・性の多様性を尊重」の見出しで書かれている。
 
それは大変いいことで、いろんな大学で受け入れてくれれば、よりありがたいことだ。
 
そのためには、その人たちのトイレを作ることになってしまう。
 
 
 
ジャックKさんは、「そのようなトイレは必要ない。税金の無駄遣いだ」という。
 
ジャックKさん、LGBTブームにつけこんで、金儲けを企んでいる行動派を批判している。
 
同性婚なんて必要ないし、パレードなんてやることはない。
 
これも彼とぼくは同意見だ。
 
ジャックKさん、頑張れ!
 
 
★コメントをよろしく

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2018年7月 7日 (土)

日馬富士、モンゴルに学校を!

次から次へと日本の社会は事件が起きて、あんなにマスコミの間で大騒ぎされていたのにということが忘れられている。
 
ぼくも好きだった大相撲の元横綱日馬富士公平(本名:ダワニャム・ビアンバドルジ)さん(34歳)、女房の古里の新潟県弥彦村、弥彦神社と弥彦競輪がある人口8000人ぐらいの小さな村と、モンゴルの日馬富士さんとは、以前から交流が続いている。
 
あの酒に酔っぱらっての暴行事件で角界を追われモンゴルに帰国していたのかと、気にはなっていた。
 
東京の新聞では報道されていないようだが、弥彦村にぼくが建てた「ロマンの泉美術館」の時代にお世話になった三條新聞が、いまでも無料で送られてきているので、新潟での出来事を知ることが出来ている。ありがたいことだ。
 
6月16日の新聞になんと1ページも使って、「日馬富士さん、三条市へ・子どもたちに感謝の気持ち育てるため・『新モンゴル日馬富士学校』開校へ・母校モンゴルに小中一貫校・旧大崎中の机イス再利用」の見出しが。
 
A
 
「現在は伊勢ヶ濱部屋でコーチを務めている。
 
新潟県では12年、伊勢ヶ濱部屋三條後援会が発足。27年8月、弥彦神社境内に相撲場開きとして、日馬富士さんによる横綱土俵入りが行われ、翌28年からは毎年8月に、一般社団法人どすこい越後の主催で、弥彦村を会場に、伊勢ヶ濱部屋夏合宿を行っている。
 
日馬富士さんは現役時代から私費を投じて、モンゴルに学校の建設を進めており、9月1日にウランバートルに、小中高一貫校「新モンゴル日馬富士学校」を開校する。
 
学校では子どもたちに感謝する気持ちを育てるため、日本の学校で使われた机、イスなど使うこととし、長い付き合いのある越後之国後援会、どすこい越後に協力を依頼。会員たちのつてで三条市や、新潟市、南魚沼市などに協力を依頼した。
 
三条市では、どすこい越後監事でもある岡田竜一市議会副議長が相談を受け、三条市教育委員会に照会。
 
3月に大崎中学校が閉校したばかりで、備品類が残っていることから、まとめて寄付することになった。(中略)
 
引退しても日馬富士さんは大人気で、見学が終わったあとは参加者と写真を撮ったり、握手をしたりとファンサービスをした。
 
日馬富士さんは「中国製の安いものもあるが、日本の子どもたちが使ったものをモンゴルの子どもたちが使うことで、子どもたちは感謝する。日本人に感謝する気持ちを育てることで、いずれ日本のためになにかやってくれて、両国が発展する。恩返しにつながると思って一生懸命にやっている。」
 
と意気込みを話した。
 
寄付された備品類は、旧大崎中学に集積し7月5日にトレーラーに積み込み、船で中国に送る。
 
中国からは電車で運び、8月にはモンゴルに到着する予定。
 
配送料はすべて日馬富士さんが負担するという。」
 
 
 
日馬富士さん、人柄もいいし、やさしい気持ちの持ち主。
 
酒を飲みすぎて暴行事件を起こしてしまい、その後、どうしているのかと思ったら、三條新聞が1ページも使って報道をしていて、その後も記事にしているので、新潟の人たちが、続々とリコーダーやハーモニカ、鍵盤ハーモニカ、本などを贈り、善意の輪が広がり集まってきているようだ。
 
B
 
心あたたまる、いい話ではないか。
 
それにしても日本全国、子どもたちが少なくなり、学校が閉校になっているのは寂しい話だ。
 
一緒に住んでいる高2の孫のところへも、各大学から立派な入学案内書が送られてきてる。
 
大学も学生集めに懸命とは。
 
日本の将来はどうなるのだろうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年7月 2日 (月)

人間、お金に困るとよからぬ考えを!

1999年の『薔薇族』6月号(今から15年前)を見てびっくり。
 
美輪明宏さんと、イタリア系アメリカ人、スティーブンと日本人でロスに長く住んでいるユーサクのアパートで顔を寄せ合っている写真が載っているではないか。
 
まったく忘れてしまっているけれど、「美輪明宏さんがロスに行くそうです。よろしくお願いします。」と、ぼくが彼らに電話をしたようだ。
 
Img_2341
 
ぼくと女房もロスに行った時、薔薇の花束を抱えて空港まで迎えに来てくれた。
 
きっと同じように美輪さんを迎えに空港まで行ってくれたのだろう。
 
7ページも使って「人が人を愛する素晴らしさ」と題して、スティーブンが美輪さんと過ごした数日間を書いている。
 
 
 
ロスには女房と3度、サンフランシスコには1度、甲秀樹君とぼくとでロスを訪ねたこともある。
 
このふたりとの出会いは思い出せないが、英語をまったくしゃべれないぼくが、ロスやラスベガス、サンフランシスコに行けたのはユーサクが通訳をしてくれたからだ。
 
このふたりは悪い人間ではないと信じてはいるが、『薔薇族』を利用したことは間違いない。
 
 
 
ユーサクは25年ものアメリカでの生活で何をしていたのかわからない。
 
スティーブンは大手の航空会社に勤めていたそうだが、今は何をしているのかこれもわからない。
 
ユーサクは通訳と翻訳の仕事をしているというが、古いアパートにふたりで住んでいるのだから生活は苦しいに違いない。
 
スティーブンは文章を書くのが上手なのでロスのゲイの世界を記事にしてよく送ってくれた。
 
なんの税金かわからないが払えないと刑務所に入らなければならないので、お金を貸してくれと泣きついてきたことがあった。
 
女房は同情して350万も貸してあげたが、分割で返すと言いながら、2、3度、数万円返してきただけだった。
 
しかし、彼らと出会わなかったなら、アメリカにぼくらは行けなかっただろうし、ゲイパレードにオープンカーに乗って参加することもできなかった。
 
ロスの有名なホテル「ベルエアーホテル」(昭和天皇も泊まられた)に、宿泊もできなかったと思えば、彼らを悪人とは思いたくない。
 
 
 
美輪さんも彼らのアパートでパーティに参加したり、美術館を訪ね、骨董店にも案内したりしてもらって、ごきげんだったようで、いい印象を持って帰国されたのはなによりだった。
 
三島剛さん、平野剛さん、大川辰次さんなどの男絵も売ってくれるというので送ったが1銭も送ってこなかった。
 
今でも悪いことをしたなと思っているのは『薔薇族』の表紙も描いてくれた有名な画家を彼らに紹介したことだ。
 
油絵も何点も送って売ってくれると言いながら、なんだかんだとお金をまきあげられて1点も売れなかったそうだ。
 
 
 
『薔薇族』と同じような雑誌の編集長でありオーナーであるボブさんと、恋人のフランス人の若者と知り合いになれたことは、忘れられない思い出だ。
 
ボブさんとフランス人の若者と、ユーサクとスティーブンを日本に招待したことがあった。
 
美術館にも来てもらい、ホテルで芸者さんを呼んで大騒ぎしたこともあった。
 
ふたりともエイズで亡くなられてしまった。
 
夢のような出来事だったが、人間、お金に困ると良からぬ考えをおかしてしまう。
 
お金がないということはつらいことだ。
 
 
★コメントをよろしく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2018年6月 | トップページ | 2018年8月 »