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2018年8月

2018年8月31日 (金)

次回「文ちゃんと語る会」のお知らせ

次回「文ちゃんと語る会」は9月29日(土)開催
 
日時・9月29日(土) 11時~13時
場所・下北沢南口から4分、カフエ「織部」
住所・〒155−0031 世田谷区北沢2—2—3
電話・03—5432—9068
会費・コーヒー代のみ
 
木下直之(きのした・なおゆき)さん――東京大学大学院教授、静岡県立美術館館長、著書に『股間若衆』『せいきの大問題・新股間若衆』(共に新潮社)2015年春、紫綬褒章受賞――が、29日の『文ちゃんと語る会』に参加してくれます。
 
この機会にぜひ、ご参加を!

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2018年8月27日 (月)

初年兵同士で夜の楽しみを!

戦時中は軍隊だけでなく、世田谷中学時代でも、放課後に1年生は残されて「お説教」と称し2年生にわけもなく殴られたものだ。
 
 
 
「Tは複雑な家庭事情があり、他人を信じることができず、孤独な青春をひとり満州(日本の植民地)でいろいろなことをしてきたようです。
 
Tのいつも暗い顔が、あの夜から私に向ける目が、なにかやわらかく変わったように見えたのです。
 
数日過ぎた夜にTから初めての接吻をされましたが、それは経験したことのないテクニックでした。
 
当然、手は股間にのびて勃起した互いの性器を握り合いました。
 
それからは毎晩、Tの歩んできたであろう覚えたテクニックに、戸惑うばかりでした。
 
どこへ行っても慰安所はあり、また私娼窟もありましたが、戦友が性病にかかり、そのあまりの酷さに、とても出かける気にはなりませんでした。
 
6年間の軍隊生活でいろいろな人間との交流がありましたが、Tとの付き合い方が特別なものでした。
 
討伐のときも南方へ向かう輸送船の中でも、分隊が別になっても探し出してこっそり抱き合いました。
 
Tは南方では本隊に配属になり、ある島のジャングルの中を米軍に追い詰められ、全滅に近い状態の中で戦死したそうです。
 
私の分隊は小さな島に追いやられ、終戦を迎え復員してきました。
 
 
 
元の仕事に戻り、母の希望する従姉妹と結婚し、近親結婚なので、子供は1人だけにしてやめ(娘も昨年急死)8年前、仕事も弟子たちに任せリタイアして、家も処分して多摩に越してきました。
 
話が前後しますが、伊勢丹の前、今のマルイ以前は日活の直営館の隣の本屋(池田屋書店)で、その頃、第二書房が次々と刊行していた『薔薇の告白』『薔薇ひらく日を』『夜の薔薇』などを買いましたが、書店が無くなり、浅草、上野と探し、上野の駅前の書店(文省堂書店)に置いてあることがわかりました。
 
本は仕事と一般の本と、仕事に関する美術本、書斎に自分の好みの本をコレクションしていましたが、引っ越すときに美術本は、図書館と造形大学へ寄付し、『薔薇族』はダンボールに入れ、その他の本は古本屋に売りました。
 
『薔薇族』の創刊号、2,3号と三島剛画集を送りますので、お手数ですが差し上げてください。(その中に入っていた手紙のようだ)
 
 
 
まだまだ見て歩きたいことや、海外旅行にも行きたいし、美術展とか映画も見たいし、家に閉じこもってじっとしていられません。
 
職人の世界も世渡りのうまい一部の人は、無形文化財、人間国宝として残るでしょうが、大半の職人はハイテク産業に仕事をとられて埋もれていく時代です。
 
手に職のある職人は食いっぱくれがないと言われた時代は昭和とともに終わりました。
 
これから残った若い職員たちは大変です。
 
私たちの年の連中は、ほとんどリタイアしてしまいましたが、みんな長生きなのが不思議なくらいです。
 
自分の死との関係がなかなか見えてこないので、神は信じませんがお迎えが来るまで、ボケないように楽しく暮らしていきます。
 
先月、偶然寄った本屋で、『薔薇族』があったので、思わず買ってしまい伊藤編集長の名前を見てびっくりして、お手紙を差し上げる次第です。
 
この世界の開拓者である尊敬する編集長、くれぐれもご自愛を。」
 
 
 
ありがたい読者だった。
 
よくぞ戦地から日本に戻ってこられた。
 
幸せな人生を送ったのでは。

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2018年8月25日 (土)

日本の軍隊生活は地獄か?

敗戦から73年、軍隊時代を知る人は少なくなってきている。
 
広川さんという大正9年(今から約100年前)に生まれ、軍隊生活も送ったことのある方の手紙を見つけ出した。
 
長い手紙だけど貴重なものなので残しておきたい。
 
 
 
「私は大正9年生まれの82歳の老人で、広川と申します。
 
10年前に妻を亡くし、性の処理はもっぱら自慰で済ませますが、今でも月に2,3度は我慢ができず、自慰で処理する始末です。
 
精液の量は少量ですが、たまにはその快感が若い時とは比べ物にならないほどで、両腿から足の土踏まずへ背筋から後頭部へと伝わり、その快感で、このまま死ぬのではと思うくらいです。
 
よく同年輩の方たちの話を聞くと、もう枯れたよ(ぼくも枯れた方で、年をとっても続けていないと、広川さんのようにはならない)などと耳にしますが、人間いくら年をとっても死ぬまで性衝動や煩悩は消えないのでは。
 
 
 
私は12歳で父を亡くし、16歳で細工職人の弟子になり、20歳で軍隊にとられ、中国、南方、と転戦して終戦で復員しました。
 
その当時、自慰は害になると言われていましたが、13歳のときに偶然覚え、それから毎日、熱中しました。
 
当時、遊郭はありましたが、花柳病という言葉が強烈で兵隊になるまで童貞でした。
 
軍隊というところは種々の職歴の人や、ヤクザから金持ちの子息までいて、私のような世間知らずには、驚くことばかりと、同時に大変な人生勉強と経験をする場になりました。
 
初めに行った北支(中国の)は寒さが厳しく、支給された布団2枚と毛布1枚ではとても寒く、2人ひと組になり、布団2枚、毛布1枚を下に敷き、同じ枚数を上にかけ、2人一緒に体を寄せて寝ることで、うまくいきました。
 
初年兵はすぐ疲れて寝てしまいますが、ある夜、突然の快感で目が覚めると、一緒に寝ていたNが私の性器を触っていて、快感はその射精の快感でした。
 
生まれて初めて他人に性器を握られ、考えたこともなかった素晴らしい経験でした。
 
これはNも待ち望んでいることであると、Nの勃起した性器を握りしごいてやりました。
 
Nは工員でしたが、万事うまく立ち回り、つぎにねたTは同年兵の間では馴染めず、1人わが道を行く存在で、ある夜、寝る間際にTが旧年塀に呼び出されました。
 
私たちはみな息を殺して寝たふりをしていましたが、外での怒鳴り声とその後のパシッ、パシッという鈍い音が続き、やっとおさまりやがて兵舎の入口からTは背を向けたまま、しばらくすると押し殺すような嗚咽が伝わってきたのです。
 
私は我慢ならずTの方を向き、そっと大丈夫かと呼びかけました。
 
こちらを向いたTの顔は、かすかな明かりの中でも、ひどく腫れ上唇が切れて血がにじんでいました。
 
上からのぞきこんでいた私は、あまりの痛々しさに、思わずTの唇に自分の口をかぶせて舌でその傷口をなめていました。
 
Tも突然の私の行動に体を硬くしていましたが、やがて私のなすに任せたようでした。
 
腫れた唇は熱く薄く塩味で、傷口に口をつけているうちに私も胸が熱くなり、やっと離れましたが、自分でもなぜこんなことをしてしまったのか、Tに謝ろうと思ったとき、Tはこちらを向き、耳にありがとうと囁いたのです。
 
思わず手を握り合い、そのまま寝ました。」
 
 
 
つづく

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2018年8月22日 (水)

伊藤文學コレクション「ネット蚤の市」開催中!

現在、ヤフオクにて、下記の伊藤文學コレクションを出品中です。
掘り出し物多数。

この機会をぜひ、お見逃しなく!



①内藤ルネ『薔薇族』カット原画

サインはないけれど、ルネさんの作品だ!

内藤ルネさんと本間真夫(ペンネーム・藤田竜)さんは、40年近くも同じ屋根の下に住み、一緒にグッズを製作し、イラストを描いていた。

マンションを何度も訪ねたが、本間さんはルネさんをぼくに紹介してくれず、4年目ぐらいに初めて紹介してくれた。

そして「佐原サム」というペンネームで、イラストを描き出してくれた。

この作品はその頃のもの。

サインがないが、ルネさんは当時ペンネームが気に入っていなかったのか、サインをしない作品が多かったのだ。

しかし編集長のぼくがルネさんの作品だというのだから、間違いはない。

 

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(タテ22.5センチ×ヨコ19.5センチ)

ヤフオク商品紹介ページ


②甲秀樹・作『薔薇族』ノベルティ人形

キーホルダー人形「薔薇男君」最後のひとつ!

20
年近くも前に、1コ、1コ、丹念に手作りで造られたキーホルダー人形。

男絵師、人形製作者として海外まで名前を知られている天才、甲秀樹さんの作品だ。

20
コほどしか造られていない。

もうこれが最後の「薔薇男君」だ。

お求めいただいた方には、きっと幸運が舞い込むに違いない。
 

Barao01
 
ヤフオク商品紹介ページ



③内藤ルネ表紙『薔薇族』最後の最後、蔵出し

前回「これで最後」と出品した内藤ルネ表紙の『薔薇族』。

が、新たに12冊が出てきたので、改めて出品。

これが本当の最終在庫。

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薔薇族 1985年 7月号 No.150 売り切れ

薔薇族 1988年 7月号 No.186 売り切れ
 
薔薇族 1991年 1月号 No.216

薔薇族 1991年 2月号 No.217

薔薇族 1991年 8月号 No.223

薔薇族 1993年 7月号 No.246

薔薇族 1993年 10月号 No.249

薔薇族 1993年 12月号 No.251

薔薇族 1994年 4月号 No.255

薔薇族 1994年 6月号 No.257

薔薇族 1994年 11月号 No.262
 
 
 
④フランス アンティークのクロモカード

それぞれお気に入りの額に入れて!

百貨店「ボンマルシェ」は、商品と共にお客さまに「夢」も売っていた。

かつてはパリでも洋服屋さん、靴屋さん、帽子屋さんと、それぞれが店をかまえていた。

それを大きなひとつの建造物の中に、いろんなお店を入れて、百貨店を開業させた。

パリにエッフェル塔が完成した頃のことで、世界で初だった。

ボンマルシェは当時の有名な画家に、かわいい絵を描かせ、裏面に広告を入れて、お客様にカードをサービスとしてくばり、「夢」も売っていた。
 
それがこのかわいいカードだ。
 
原画も数点持っていたが、今はない。
 
かわいがって観ていただければ幸いだ。
 
(額装用のボードに貼り付け。ボンマルシェのものではないカード含みますが、いずれも同時代のものです)

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アンティーク クロモス クロモカード①
 
アンティーク クロモス クロモカード② 
 
アンティーク クロモス クロモカード③
 
アンティーク クロモス クロモカード④
 
アンティーク クロモス クロモカード⑤
 
アンティーク クロモス クロモカード⑥
 
アンティーク クロモス クロモカード⑦
 
アンティーク クロモス クロモカード⑧
 
アンティーク クロモス クロモカード⑨
 
アンティーク クロモス クロモカード⑩
 
アンティーク クロモス クロモカード⑪
 
アンティーク クロモス クロモカード⑫
 
アンティーク クロモス クロモカード⑬
 
アンティーク クロモス クロモカード⑭
 
アンティーク クロモス クロモカード⑮
 
アンティーク クロモス クロモカード⑯
 
アンティーク クロモス クロモカード⑰
 
アンティーク クロモス クロモカード⑱
 
アンティーク クロモス クロモカード⑲
 
アンティーク クロモス クロモカード⑳
 
アンティーク クロモス クロモカード㉑
 


⑤19世紀の切手大広告
 
19
世紀に多くの企業が、自社の宣伝のために、切手大の広告を作った。
 
印刷も今のものと違い、深みのある色彩だ。
 

20180818_111534_4  
19世紀 切手大広告 ORIGINAL WECK 
 
19世紀 切手大広告 Weisser Rabe und Solz des Hauses
 
19世紀 切手大広告 Timners Essig  
 
19世紀 切手大広告 Junge Liebe!
 
19世紀 切手大広告 Cherry Brandy
 
19世紀 切手大広告 ORIGINAL WECK2
 
19世紀 切手大広告 Kaiser's Brust Caramellen
 
 
 
⑥手作りのかき氷鉢
 
かき氷鉢4
点だ!
 
昭和初期に造られた、かき氷を入れる器4点。
 
2
点はふちが淡い赤色、もう2点はふちが薄い青色。
 
手作業で造られたものなので、個々に歪みはあるが、ぼくはそれが「味」があって面白いと思って買ったものだ。
 
手作りなので、クレームをつけたいところがあるかもしれないが、それを承知でお求め願いたい。
 

Iceb03  

Iceb04 
 
かき氷鉢 手作り 青
 
かき氷鉢 手作り 赤

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2018年8月20日 (月)

あの時を思う必要がまだまだある!

今日は8月9日(木)長崎に原爆が投下され、多数の死者が出た日だ。
 
今、長崎での式典をテレビで見終わったところだ。
 
東京新聞の「筆洗」欄には、こう記されている。
 
 
 
「今日は長崎原爆の日。悲しみ、苦しみ、恐怖を体験してきた人々が少なくなる中で迎える平成最後の原爆忌である。被爆者の6割以上が高齢による体力の衰えなどで被爆体験を語っていない。
 
生の声が細る一方で、世界には今なお1万5千発の核兵器があるという。
 
あの時を思う必要がまだまだあると胸に刻む日だろう。」
 
 
 
1万5千発の核兵器、これらが使われる時がきたら人類は破滅してしまう。
 
アメリカ本土では直接の戦争被害はない。
 
軍需産業は人を殺す兵器を作り続けていて、日本は高いお金を出してそれを買わされている。
 
どんな兵器もすぐに古くなる。
 
新しいものができればまたそれを買わされる。
 
果てしがないことだ。
 
原爆歌集『広島』をどうしても翻訳してアメリカ人に読ませたい。
 
 
 
西川若子 無職
 
 消火栓の水あふれ出る廻りには火傷の人の群りて死す
 
 眼の前の人燃えゆけど手をかす人なし吾も逃げゆく
 
 
 
新見隆司 会社員
 
 子を抱き臥したるままの姿勢にて黒焦げとなる婦もありき
 
 むっとする屍臭とともにたかりくるはえ払ひつつ足ばやにゆく
 
 痛がるをすかしつつ火傷に湧きしうじ虫をはしでとりやる
 
 
 
橋本桃村 教員
 
 兵隊さん鏡を見せてと言う女の眼から耳からうじのはひ出ず
 
 
 
平野美貴子 無職
 
 大根を重ねる如くトラックに若き学徒の屍を積みぬ
 
 空襲の合図と共に生まれ出し吾子板の上にそのままにあり
 
 赤くはれし乳首求めてみどりごはあわれ泣けども乳ひとしづく出ず
 
 
 
道岡久仁子 主婦
 
 裸身に大地に臥せる腰ひもは残りしもののただひとつかも
 
 わが庭の垣根に臥せし亡がらよ名はわからねども夏草手むけむ
 
 
 
宮田定 警察官
 
 よろよろとホームにたおれ水欲りし重傷者ついに動かずなりぬ
 
 内暗く死臭ただよふビルの中に入りゆきて弟の姿を探す
 
 赤さびて骨ばかりいまは残りたるらせん階段がありてひそけし
 
ふと落ちしわれの視線にケロイドのあとも生々しき少女の手あり
 
 
 
みやもとまさよし 公務員
 
 性別をわづかにわかつ肉塊の重なるそばに一夜を明かす
 
 髪ぬけて死にゆく君を看とりつつ明日知らざれば誰も黙して
 
 
 
昭和29年(1950年)8月6日に出版された原爆歌集『廣島』、安倍総理に読ませたかった。
 
安倍総理の挨拶がむなしく聞こえたからだ。

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2018年8月18日 (土)

戦争とはどんなに悲惨なものか!

東京新聞の2018年(平成30年)8月3日(月)の夕刊一面に「歴史を忘れたとき重大な過ちを犯す」の大きな文字を白抜きにしたタイトルで、広島原爆の日に記事を載せている。
 
原爆の日の祭典に、広島市の小学6年生、米広優陽君(12歳)と、新開美織さん(12歳)が、平和への誓いを宣言した。
 
「人間は、美しいものを作ることができます。人々を助け、笑顔にすることができます。しかし、恐ろしいものを作ってしまうのも人間です。」
 
恐ろしいものを今なお作り続けている人間が、この世にたくさんいる。
 
この人たちに読ませたい歌集が『廣島』だ。
 
 
 
ぼくも若い頃、短歌を作っていた人間としてうれしいことは、歌集『廣島』には今時のくだらない短歌というべき口語の作品がなく、萬葉集『広島』と言っていいぐらい伝統を守った作品ばかりであることだ。
 
だからこそ、芸術作品として評価されていいだろう。
 
753首の作品の中から選び出すのは難しい。
 
それに横書きにするのにも抵抗があるがやむを得ない。
 
1人でも多くの人が読んでくれて、戦争というものがどんなに悲惨なものか知ってもらえれば幸いである。
 
 
 
内田英三 教員
 
 水ぶくれになりて裸に倒れいる処女水欲る吾が足つかみて
 
 火ぶくれし肌へすでにうじわけりかくてこの人また死にゆけり
 
 
 
大沢張夫 会社員
 
 焼けただれ盲となりし幼子が母の名呼びてさ迷ひをれり
 
 全身の火傷に母はこと切れしも抱かれし子は泣きてゐにけり
 
 町ゆけば我が顔を見てあざ笑う心なき子らに涙わきいづ
 
 
 
河内格 獣医師
 
 肌焼けて裸身となりたる女学生ただれた両手で恥部をかくせり
 
 蛆のみは放射能の中に生きて居り黒き屍体に白くうごめく
 
 この子らに何の罪あり死んでゆく眼鼻もわからず黒くただれて
 
 
 
神田三亀男 技師
 
 ズロースのひもひとすじに手をかけし形に死にし少女もありき
 
 吐きすてし血へどに唇にくろぐろと瞬時見む間にはえむらがれる
 
 
 
小堺吉光 公務員
 
 石塀の下敷きのまま骨ありて紅き着物が焼け残りたる
 
 鉄かぶと拾い来りてそこばくの骨を入れたり埋めむとして
 
 頭蓋骨転りてゐるところにて道は曲れり曲りて歩む
 
 
 
小山綾夫 医師
 
 たおれいて収容されし女学生の顔焼けただれゐて脚のみ美し
 
 夜に入りて寒さに叫ぶ火傷者に着せむものとて何ひとつなく
 
 ほうたいをかえんとガーゼ取る肉にうじおびただしき患者に幾日保つべき
 
 火の海をここまでのがれたおれたる老婆の肩に犬くいし跡
 
(つづく)

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2018年8月14日 (火)

原爆投下はやむを得なかった!

父が出版し残した本の中で、歴史に残るものとしたら、昭和29年(1954年)8月6日発行の『歌集 廣島』と、B級戦犯が獄中で作歌した『歌集 巣鴨』と、米軍基地建設に反対する『歌集 内灘』の3冊だろう。
 
いずれも朝日新聞が社会面トップで報道してくれた。
 
アメリカ人は「戦争を早く終わらせるために原爆を投下するのはやむを得なかった」と言うが、広島での死没者は、31万4千108人にも及ぶという。なんという残酷な仕打ちだ。
 
この歌集を読んだ人は、日本人でも2000人足らずだが、英文に翻訳してアメリカ人にこの悲惨な短歌を読んでもらいたいものだ。
 
 
 
序文を寄せてくれた長田新さんは、「原爆歌集『廣島』に序して――氷はひしめきはじめた――」と題して書かれている。
 
 
 
「この歌集『廣島』のもつ特色の一つは、今廣島にあるすべての歌の団体が手をつないで仲よくこの一巻を作り上げたところにある。
 
(中略)
 
この歌集に作品を寄せたのは、平成歌を専門とする先生方だけではなくて、生まれて初めて歌を詠んだであろうような多くの市民の方々である。
 
この歌集のもつ特色の一つはここにある。
 
歌を専門とすると否とにかかわらず、昭和20年(1945年・敗戦記念日は8月15日)8月6日のあの世紀の怪物、いや鬼畜原爆を身をもって体験し、そして9年後の今まで生きながらえた人々の魂の叫びであるところ、そこにこの歌集の特色があるといっていい。
 
(中略)
 
実際この歌集が私たちに与える感動は、身をもって原爆を体験することもなく、ただ遠く外から眺めて筆を走らせた作家たちの作品とは根本的に違って、つぶさに惨苦をなめ、さらに9か年の長きにわたって、死生の間を生きながらえてきた廣島市民の声といってもよかろう。
 
(中略)
 
このようにして今、世に出るこの歌集『廣島』こそは「廣島の声」として、また『原爆萬葉』として、廣島市民が後世に残す世界史的文化遺産といっていい。
 
私はまたこの歌詞を『廣島』と呼んだことにも感心した。
 
というのは「ヒロシマ」とか「ひろしま」とかいっては、人々はいささか植民地的の劣等感さえ覚えるだろう。
 
ところがそうではなくて、あえて『廣島』としたところ、そこに編者の毅然たる識見もうかがえて嬉しいと思うのは、おそらく私1人ではあるまい。
 
(中略)
 
思えば土や銅で造った記念碑はわずか1000年も経たないうちに、きっと腐って倒れてしまう。
 
ところがこの歌集『廣島』は永劫不朽の記念碑として、とこしえに人類の胸を打たずにはいないだろう。(中略)
 
実際にこの歌集『廣島』で、氷はひしめきはじめたではないか。」
 
 
 
なんという素晴らしい序文ではないか。
 
全文を載せられないのは残念だが、長田新さんの序文で、歌集『廣島』が輝きを増している。
 
この歌集を出版するという予告を出したところ、6500首もの作品が集まった。
 
15人の編集委員会が結成し、時間をかけて753首を選んだようだ。
 
結社などに困らない一般民衆によって本作品が支えられているなどの事実は現歌壇に対しても、一つの示唆と方向を促すものではあるまいか。と、編集委員たちは書いている。
 
 
 
20数年前、編集委員の生き残った人たちが会合を開いた時に、親友の国学院教授の阿部正路君と共に、ぼくは会合に出席している。
 
この歌集『廣島』を年号が変わった8月6日に復刻してくれる出版社はないものだろうか。
 
版権などないと思うから!(つづく)

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2018年8月11日 (土)

同性愛は趣味ではない!

「LGBTに冷たい自民」と、2018年8月3日の朝刊の一面に大きな記事を東京新聞が載せている。
 
自民党の杉田水脈氏の「新潮45」に寄稿した抜粋が載っている。
 
 
 
「LGBTだからといって、実際そんなに差別されているものでしょうか。」
 
 
 
LGBTの人たちが、どれだけ世間から差別されてきたか、何も知らないのに、こんなことを言うだけでも、衆院議員としての資格はない。
 
 
 
「生きづらさを行政が解決してあげることが悪いとは言いません。しかし、行政が動くということは税金を使うということです。例えば子育て支援や子どもができないカップルへの不妊治療に税金を使うのであれば、少子化対策のためにお金を使う大義名分があります。
 
しかし、LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。
 
彼ら彼女らは子供を作らない、つまり「生産性」がないのです。そこに税金を投入することが果たしていいのかどうか」
 
 
 
「生産性」がないというだけで、非難するのはおかしいのでは。
 
男女が結婚していても子供がいない夫婦も世の中には多くいる。
 
同性婚を認める国が多くなってきているということは、その存在を認めざるを得なくなってきているからだ。
 
セックスしなくても子供を作ることはできる。そのような人たちの存在をぼくは何組も知っている。
 
子供を作らない男同士、女同士を男女の夫婦として認めることは、先進国では当然のことになってきていて、法的にも税金を使って守るのは当たり前のことではないか。
 
 
 
「「常識」や「普通であること」を見失っていく社会は「秩序」がなくなり、いずれ崩壊していくことになりかねません。」
 
 
 
この考えもおかしい。
 
LGBTの人たちの存在がやかましく報道されるようになったのは最近のことだけど、人類が存在するようになった大昔の時代から、LGBTの人たちは同じ確率で存在していたのに、崩壊などしなかったではないか。
 
同性愛といってもいろんな人がいる。
 
『薔薇族』を30数年出し続けてきて、多くの同性愛の人たちと出会ったが、まだまだわからないことが多い。
 
生半可な知識で意見を述べるから批判されるのは当然だ。
 
 
 
自民党の谷川とむ衆院議員が、同性愛の人たちを「趣味みたいなもの」と語ったことが批判されている。
 
「趣味」とは、ぼくが使っている辞書には「なぐさみのために愛好するもの」とある。
 
自分の意志で愛好するもので、同性愛は趣味であるわけがない。
 
男が女を好きになることを趣味だと言う人はいない。それは当たり前のことだからだ。
 
本人の意志で男が男を好きになるわけはない。もって生まれたもので、死ぬまで変わらない。
 
ぼくは同性愛を趣味と考える人のことを口酸っぱくして批判してきたが、ぼくの書いた本がベストセラーになったことはない。
 
同性愛の人たちのことを理解し、知ろうとする人が少ないということだ。
 
この2人の議員さんが、こんな発言をするということは、世間の人たちが、この程度の知識しかないということだ。
 
我々がもっと努力して、LGBTの人たちのことを少しでも知ってもらうことが大切なことだ。
 
自民党のお偉方も、人それぞれ考え方が違うということで、お叱り程度で終わらせてしまうようだ。
 
同性愛の人たちがこんな時こそ大きな声を上げるべきではないか!

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2018年8月 6日 (月)

マスを電話で聞いた日々がなつかしい!

ぼくもどれだけ『薔薇族』の読者からの電話でマスターベーションのお付き合いをさせられたことか。
 
『薔薇族』に載っているお店に電話したところで、ガチャリと切られてしまう。
 
読者サービスと思っているぼくだけしか聞いてくれる人はいなかった。
 
 
 
「人生薔薇模様」の投稿ページにこんな話が載っていた。
 
広島県の雲井丈さんのものだ。
 
 
 
「テレビのナイターを観終わって、ふと藤椅子に収まり、ウイスキーの水割を飲んでいると、そばの電話が独居の静けさを破って鳴る。
 
「はい、もしもし」と応答したが、向こうは答えないで、「あ〜、う〜」と何やら悶ているような気配。
 
「誰だい君は?」
 
「ぼく高校生です」
 
と、上ずった声で答える。
 
「センズリでもかいているのかい」
 
「はい、マスをかいているんです」
 
「どうしてうちへ電話したんだ」
 
「電話帳開いたら、どこでもよかったんです。おじさん、ぼくのイクまで聞いてください。おじさん1人?」
 
俺、42歳子なしだ。
 
妻は病気のため、セックスは消極的で月に1回がやっと。
 
「すまないね。あんた」
 
妻はそう言いながら、時たま俺のセンズリしてくれる。
 
それがまた格別なアジがあっていいものだ。
 
野球を見ない妻は、風呂からあがるとすぐに2階へあがって寝てしまった。
 
彼女とて自分でオナニーをしているのだ。
 
「このほうが息切れしないから、ラクでいいわ」
 
と言ってオナっているところを俺に見せてくれることもある。
 
「君まだイカすなよ。俺と同時に射精しようや」
 
受話器の高校生に言ったときには、俺のジュニアは準備OK。
 
テントを張ったようにふくれたパジャマの下の分身をつかみ出しながら、「君の息子は大きいほうかい」
 
「普通だと思いますが、皮は完全にムケています」
 
「シゴイている音を聞かせてよ」
 
高校生はすぐ受話器を当てがったらしく、シコシコと上下運動している音が、かすかではあるがハッキリと伝わってくる。
 
彼は自分では普通だと言っているが、音からしてギンギンに隆起したマラの若さと、デカさとが想像される。
 
「オジさん、いまマスっているの?」
 
「そうだ、こんどは俺のを聞かせてやるからな」
 
俺は手のひらにツバをたっぷりつけかえた。
 
(こんなときに「愛の潤滑液・ラブオイルがあったらな)
 
「おじさんのは、大きいようだね」
 
妻に尺八してもらうこともあるが、卵をほおばったように妻の口いっぱいになる。
 
妻は尺八が上手だが、射精した液をどうしても飲んでくれない。
 
「くさいのがたまんない」と、吐き出してしまう。
 
今宵のようなテレホン・セックスなんて初めてのことで、思ってもみなかった。
 
「あ〜、はあ〜、おじさんと天国で遊んでいるみたい」
 
「同時にイカせるんだぞ」
 
「ぼくマスするときは、いつも肛門にソーセージをつっこんでやっているの」
 
「おじさん、ぼく、もうイキソウです。ああ」
 
「ああ、俺イク……」
 
「ぼくもイッた……」」
 
 
 
お疲れ様でした。
 
こんな偶然ってあるのかも。
 
不思議な夫婦だ。
 
こんな夫婦のためにバイセクシャルという言葉があるのかな。
 
ネットの時代、映像を見ながらマスをお互いにカイているのだろうか?

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2018年8月 4日 (土)

子供をホモに引き込んだ『薔薇族』が!

1981年10月号No.105の巻頭に『薔薇族』の編集スタッフ8人が「おなじみレギュラーから暑さにうだる皆さまにお見舞い申し上げます。夏の手紙」と題して、それぞれが書いている。
 
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編集長のぼくは「3つのはなし」を今一緒に住んでいる次男(現在は46歳、当時は9歳)のイラスト入りを載せている。
 
猛暑の中を8月12日から16日まで息子がレンタカーを借りて、1年ぶりに女房の古里新潟県の弥彦村にある別荘に行くという。
 
ぼくは7年ほど前に運転を止め、車も手放してしまった。
 
それまではどれだけ、ぼくが運転して弥彦村に行ったことか。
 
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「8月の11日から14日まで、女房の田舎へ次男坊(9歳)を連れて、ぼくの運転で行ってきます。
 
いつも息子と仲の良い友達も連れて行ったのですが、不思議なことに帰ってくると仲が悪くなってしまうのです。
 
一緒に生活すると、お互いに嫌な面を見てしまうからでしょうか。
 
これは考えさせられる問題です。
 
それにしても、弥彦っていいところですよ。
 
 
 
昨日、高校1年の母親から電話で、ぼくを殺してやりたいと言うのです。
 
中年のオヤジさんから送られてきた、モノスゴイ手紙を母親が読んでしまったのです。
 
子供をホモに引き込んだ『薔薇族』がにくいというのです。
 
未成年者に手紙を出すときは、必ず親に読まれるということを考えて出して欲しいのです。
 
一人っ子で女の子のように育ててしまった自分が悪いのに、責任を他人に、転嫁するのはどんなものでしょうか。
 
警察に訴えたというから、この中年のオヤジさん呼びつけられるでしょうが、未成年者との交際はよくよく考えてからにしてください。
 
ぼくが殺されてしまうから……。」
 
 
 
池袋に住む38歳の人からの手紙。
 
 
 
「以前から『薔薇族』が欲しかったのですが、度胸がなくて書店の目が気になり、本屋にも行けない情けない男です。
 
ところで先日、池袋の東口の洗面所に、きれいな袋に入って『薔薇族』『さぶ』『アドン』と3冊、きちんと置いてあるではありませんか。
 
びっくりするやら、嬉しいやら、私の欲しい雑誌が置いてあったのです。
 
それで早速、通信欄を見て手紙を出すことにしました。
 
自筆でということで、僕はイラストが書けないから、息子との合作です。
 
2代目を継いでくれるといいのだけど。」
 
 
 
文字は37年前と今とでは、ブログを書き続けているお陰か、今の方が多少はうまく書けるようになっている。
 
9歳の息子が今は46歳、女房と息子の嫁と高1の孫と、5人で息子の運転で弥彦村に行くことになるとは。
 
年はとりたくないものだ。
 
9歳の頃の息子は可愛かったけど、『薔薇族』は廃刊になってしまったし、2代目も継ぐどころではない。
 
これも時代の流れで仕方がないか。
 
今では息子とは一緒に住んでいるのに、必要なことしかしゃべらない。
 
孫とは友達のようによくしゃべっているし、嫁ともよくしゃべっているから、それでいいのかもしれない。
 
それにしても別荘なんか建てるものじゃない。
 
今となっては1年に数回しか行けないのでは、ホテルに泊まったほうがよっぽどいい。
 
誰か住んでくれる人いないかな。
 
それとぼくがおしゃべりする場を作ってくれる人も。
 
昭和の時代のゲイの人たちの悩み、苦しみはぼくが一番よく理解しているから!

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次回「文ちゃんと語る会」のお知らせ

次回「文ちゃんと語る会」は9月29日(土)開催
 
日時・9月29日(土) 11時~13時
場所・下北沢南口から4分、カフエ「織部」
住所・〒155−0031 世田谷区北沢2—2—3
電話・03—5432—9068
会費・コーヒー代のみ
 
初めての方・女性・話を聞きに来るだけの方、
どなたさまも歓迎です。ぜひ、お気軽にお出かけください。

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