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2018年8月20日 (月)

あの時を思う必要がまだまだある!

今日は8月9日(木)長崎に原爆が投下され、多数の死者が出た日だ。
 
今、長崎での式典をテレビで見終わったところだ。
 
東京新聞の「筆洗」欄には、こう記されている。
 
 
 
「今日は長崎原爆の日。悲しみ、苦しみ、恐怖を体験してきた人々が少なくなる中で迎える平成最後の原爆忌である。被爆者の6割以上が高齢による体力の衰えなどで被爆体験を語っていない。
 
生の声が細る一方で、世界には今なお1万5千発の核兵器があるという。
 
あの時を思う必要がまだまだあると胸に刻む日だろう。」
 
 
 
1万5千発の核兵器、これらが使われる時がきたら人類は破滅してしまう。
 
アメリカ本土では直接の戦争被害はない。
 
軍需産業は人を殺す兵器を作り続けていて、日本は高いお金を出してそれを買わされている。
 
どんな兵器もすぐに古くなる。
 
新しいものができればまたそれを買わされる。
 
果てしがないことだ。
 
原爆歌集『広島』をどうしても翻訳してアメリカ人に読ませたい。
 
 
 
西川若子 無職
 
 消火栓の水あふれ出る廻りには火傷の人の群りて死す
 
 眼の前の人燃えゆけど手をかす人なし吾も逃げゆく
 
 
 
新見隆司 会社員
 
 子を抱き臥したるままの姿勢にて黒焦げとなる婦もありき
 
 むっとする屍臭とともにたかりくるはえ払ひつつ足ばやにゆく
 
 痛がるをすかしつつ火傷に湧きしうじ虫をはしでとりやる
 
 
 
橋本桃村 教員
 
 兵隊さん鏡を見せてと言う女の眼から耳からうじのはひ出ず
 
 
 
平野美貴子 無職
 
 大根を重ねる如くトラックに若き学徒の屍を積みぬ
 
 空襲の合図と共に生まれ出し吾子板の上にそのままにあり
 
 赤くはれし乳首求めてみどりごはあわれ泣けども乳ひとしづく出ず
 
 
 
道岡久仁子 主婦
 
 裸身に大地に臥せる腰ひもは残りしもののただひとつかも
 
 わが庭の垣根に臥せし亡がらよ名はわからねども夏草手むけむ
 
 
 
宮田定 警察官
 
 よろよろとホームにたおれ水欲りし重傷者ついに動かずなりぬ
 
 内暗く死臭ただよふビルの中に入りゆきて弟の姿を探す
 
 赤さびて骨ばかりいまは残りたるらせん階段がありてひそけし
 
ふと落ちしわれの視線にケロイドのあとも生々しき少女の手あり
 
 
 
みやもとまさよし 公務員
 
 性別をわづかにわかつ肉塊の重なるそばに一夜を明かす
 
 髪ぬけて死にゆく君を看とりつつ明日知らざれば誰も黙して
 
 
 
昭和29年(1950年)8月6日に出版された原爆歌集『廣島』、安倍総理に読ませたかった。
 
安倍総理の挨拶がむなしく聞こえたからだ。

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コメント

安倍晋三に読ませるのは
やってみる価値は有ります

本人の脳力では
理解出来ない可能性は高いですが

周囲のマトモな頭の持ち主の解説や
アドバイスで幾らか理解出来る可能性も無いことはないでしょう

安倍晋三に
能力以前に脳力が無いというのは
衆目の一致していることです

変なアドバイスで
左翼で悪い奴にされてしまう可能性の方が
大では有ります

安倍晋三の頭の中では
悪い奴は左翼と呼びます

左翼とは悪い奴のことだとしか
理解出来ていませんが
馬鹿だからしょうがないですね

投稿: 伊藤さんには三度お会いしました | 2018年8月26日 (日) 01時45分

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