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2018年8月25日 (土)

日本の軍隊生活は地獄か?

敗戦から73年、軍隊時代を知る人は少なくなってきている。
 
広川さんという大正9年(今から約100年前)に生まれ、軍隊生活も送ったことのある方の手紙を見つけ出した。
 
長い手紙だけど貴重なものなので残しておきたい。
 
 
 
「私は大正9年生まれの82歳の老人で、広川と申します。
 
10年前に妻を亡くし、性の処理はもっぱら自慰で済ませますが、今でも月に2,3度は我慢ができず、自慰で処理する始末です。
 
精液の量は少量ですが、たまにはその快感が若い時とは比べ物にならないほどで、両腿から足の土踏まずへ背筋から後頭部へと伝わり、その快感で、このまま死ぬのではと思うくらいです。
 
よく同年輩の方たちの話を聞くと、もう枯れたよ(ぼくも枯れた方で、年をとっても続けていないと、広川さんのようにはならない)などと耳にしますが、人間いくら年をとっても死ぬまで性衝動や煩悩は消えないのでは。
 
 
 
私は12歳で父を亡くし、16歳で細工職人の弟子になり、20歳で軍隊にとられ、中国、南方、と転戦して終戦で復員しました。
 
その当時、自慰は害になると言われていましたが、13歳のときに偶然覚え、それから毎日、熱中しました。
 
当時、遊郭はありましたが、花柳病という言葉が強烈で兵隊になるまで童貞でした。
 
軍隊というところは種々の職歴の人や、ヤクザから金持ちの子息までいて、私のような世間知らずには、驚くことばかりと、同時に大変な人生勉強と経験をする場になりました。
 
初めに行った北支(中国の)は寒さが厳しく、支給された布団2枚と毛布1枚ではとても寒く、2人ひと組になり、布団2枚、毛布1枚を下に敷き、同じ枚数を上にかけ、2人一緒に体を寄せて寝ることで、うまくいきました。
 
初年兵はすぐ疲れて寝てしまいますが、ある夜、突然の快感で目が覚めると、一緒に寝ていたNが私の性器を触っていて、快感はその射精の快感でした。
 
生まれて初めて他人に性器を握られ、考えたこともなかった素晴らしい経験でした。
 
これはNも待ち望んでいることであると、Nの勃起した性器を握りしごいてやりました。
 
Nは工員でしたが、万事うまく立ち回り、つぎにねたTは同年兵の間では馴染めず、1人わが道を行く存在で、ある夜、寝る間際にTが旧年塀に呼び出されました。
 
私たちはみな息を殺して寝たふりをしていましたが、外での怒鳴り声とその後のパシッ、パシッという鈍い音が続き、やっとおさまりやがて兵舎の入口からTは背を向けたまま、しばらくすると押し殺すような嗚咽が伝わってきたのです。
 
私は我慢ならずTの方を向き、そっと大丈夫かと呼びかけました。
 
こちらを向いたTの顔は、かすかな明かりの中でも、ひどく腫れ上唇が切れて血がにじんでいました。
 
上からのぞきこんでいた私は、あまりの痛々しさに、思わずTの唇に自分の口をかぶせて舌でその傷口をなめていました。
 
Tも突然の私の行動に体を硬くしていましたが、やがて私のなすに任せたようでした。
 
腫れた唇は熱く薄く塩味で、傷口に口をつけているうちに私も胸が熱くなり、やっと離れましたが、自分でもなぜこんなことをしてしまったのか、Tに謝ろうと思ったとき、Tはこちらを向き、耳にありがとうと囁いたのです。
 
思わず手を握り合い、そのまま寝ました。」
 
 
 
つづく

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