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2018年9月

2018年9月29日 (土)

雑誌『サイゾー』に、連載がはじまる!

視点をリニューアルする情報誌『サイゾー』2018年10月号・通巻274号・第18巻・第11号とある。
 
発行元は(株)サイゾー。
 
ぼくが『薔薇族』を月刊で出していた頃、女性編集者が訪ねてきて記事にしてくれたことがあった。
 
内容は忘れてしまったが、2度ばかり取材してくれたから、この雑誌が生き残っているということはスゴイことだ。
 
気ままに発行しているのか、どうも月刊誌ではないようだ。
 
なんとも不思議な雑誌で、エロを売り物にしているようだけど、そうでもない。
 
第1特集は「最強のグラビア」とあるが、陰毛を見せたり、股を広げたりする写真ではない。
 
オッパイも全部を見せない、カメラマンがどうしたらセクシーになるかを考え抜いて撮っている。
 
 
 
読者の年齢も10代、20代の若者をターゲットにはしていない。
 
おそらく40代、50代の知識人がターゲットだろう。
 
書いてある記事も難しい。
 
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今、封を開けたばかりで、パラパラと見ただけだから、これからじっくりと読んでみよう。
 
しばらくぶりに雑誌に載ったのでうれしい。
 
ぼくがしゃべったことをライターの方が要領よくまとめてくれて、読み応えのある記事にしてくれている。
 
定価は980円(税込み)。
 
書店にもう並んでいると思うので、ぜひ、購入して読んでください。
 
 
 
新連載とあるから、次号にも載ると思うので楽しみだ。
 
タイトルが「伊藤文学の薔薇族・回顧譚」とあり、「日本初のゲイ雑誌『薔薇族』創刊編集長が見たゲイメディアの勃興とその足跡をたどる」とある。
 
現在のぼくは1932年3月19日生まれで86歳、自分では齢をとったとは思っていない。
 
しかし、ぼくの親友、創刊当時からのスタッフのほとんどの人が他界してしまって、残っているのはぼくだけになっている。
 
だからといって過去の話も残しておかなければならないが、これからゲイの世界がどう変わっていくかも見ていかなければならない。
 
ぼくのブログも一つの話が原稿用紙4枚でまとめていて、書き出してから10数年になる。
 
『薔薇族』を刊行していたときも、「伊藤文学のひとりごと」と題して書いてきたから、1万枚を越えているかもしれない。
 
ぼくが書いていることを読者がどう理解しているかはわからないが、書くことがぼくの生き甲斐であり、活力の素でもあるのだから、何人ぐらいの人が読んでいるのか気にしていない。
 
1993年12月号の『薔薇族』の読者の投稿頁に福岡県のくつろぎさんが「老いへの不安」と題して書いている。
 
 
 
「去年の8月に入院していた父親が、今年の7月に他界しました。
 
人間の生なんて、本当にはかないものだと、つくづく思い知らされたものです。
 
そして死人の行先は、ごみと一緒だなんて、あまりにも悲しい事実ですね。(中略)
 
もっと、もっと親孝行すべきだったと思います。
 
葬式後、身内が集まっての話のなかで、話題になるのは私の結婚についてです。
 
この齢になってひとりぼっちは本当に、心底、さびしいものです。」
 
 
 
ゲイの人は独身の人が多いから、年老いた先のことを考えると不安になるのだろう。
 
人間、どんな人でも必ず死ぬし、どんな死に方をするのかわからない。
 
わからないから生きていられるのかも。
 
ぼくは幸いなことに、ひとりで暮らしたことがない。
 
今も女房と、息子夫婦と高2の孫との5人暮らし。
 
今が一番幸せな時かも。
 
他人さまがよくしてくれるのが、何よりもありがたいことだ。
 

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2018年9月24日 (月)

こんなことがあっていいものか!

かつてアメリカのカソリック教会の牧師さんが、信者の少年に性的虐待をしたというので訴えられるという事件が、ひとり、ふたりでなく多くの事件が明るみに出たことがあり、ローマ法王は心が痛んだそうだ。
 
今は亡きマイケル・ジャクソンも、少年に性的虐待をしたというので、騒ぎになったことがあった。
 
「性的虐待」なんとも嫌な言葉だ。
 
しかし、牧師さんにしろ、マイケル・ジャクソンにしろ、愛する少年を虐待するわけがない。
 
だが未成年者を性の対象にすることは、どんな言いわけもできない。
 
法律で罰せられる。
 
これは当然のことだ。
 
少年愛者は未成年者に手を出したら罰せられるということは承知はしているものの、理性で抑えられないで問題を起こしてしまう。
 
 
 
少年愛は趣味ではない。
 
もって生まれたもので死ぬまで変えられない。
 
ここが問題なのだが、どうしても少年に接触できる仕事についてしまう。
 
学校の教師がいい例だ。
 
人間、欲望に弱い。
 
どうにも理性で抑えられなくなってしまう人が、出てきてしまうことがある。
 
同性愛の雑誌を出し続けてきたぼくにとって一番の悩みだ。
 
こればかりは少年愛者が自覚して、ひとり、ひとりが理性で処理するしか方法がない。
 
 
 
東京新聞2018年9月15日の朝刊が社会面トップで「聖路加国際病院・牧師強制わいせつ容疑=書類送検 心のケア 女性被害」の大見出し。
 
聖路加病院といえば、名誉院長の故・日野原重明先生のことが頭に浮かぶ。
 
ぼくが役員をしていた「雑学倶楽部」で、日野原先生に10年以上前のことだったか、雑学大賞を贈ったことがあった。
 
女房の久美子が手書きで書いた賞状を送ったことがあった。
 
ぼくが先生に賞状を手渡したので、先生の人となりはよく覚えている。
 
2時間もの間、ただの一度も椅子に座らず似顔絵描きの余興にも自ら参加されていた。
 
そんな先生が院長をしていた病院で、こんな考えられない不祥事が起きるなんて。
 
 
 
記事によると「心のケアを受けていた女性患者にわいせつな行為をしたとして、警視庁築地署は14日、強制わいせつの疑いで、ケアを担当する40代の男性牧師を書類送検した。
 
捜査関係者への取材でわかった。
 
認否は明らかにしていない。」
 
 
 
医師だけでなく、牧師さんでもある人だ。
 
これは許せない。
 
 
 
「患者の立場の弱さにつけこみ、卑劣。
 
女性患者を支援してきた毛受久弁護士は憤る。
 
毛受弁護士によると、女性は高度な医療が必要で、提供できる聖路加国際病院に一昨年から通う。
 
医師から「悪化すれば植物状態になる恐れもある」と告げられ、昨年3月、病院専任の牧師「チャプレン」の心のケアを初めて受けた。
 
対応したのが40代の男性牧師。
 
寄り添う言葉をかけてくれた。
 
しかし、どう5月8月の面談で、牧師は肩がこるそぶりをして、女性にマッサージを要求。
 
部屋にカギをかけ、女性の手をとり自分の下半身などを触らせた。
 
女性は逃げようとしたが牧師は立ちふさがり、わいせつ行為は数時間に及んだという。
 
同22日にも被害にあい、抗議すると牧師は「甘えてしまった」「病的だと思う」などと弁明。
 
後日「病気を治すのが大前提」「あなたにとっても大切な場所だ」と口止めを迫るような発言をしたという。」
 
 
 
なんともひどい話だ。
 
一体誰を信頼したらいいのか。
 
草葉の陰で、日野原重明先生、悲しんでいるに違いない。
 

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2018年9月22日 (土)

黙ってはいられない!

東日本大震災から、もう7年半も時が過ぎているとは。時の経つのは早いものだ。
 
2018年9月12日の東京新聞朝刊の記事はショックだった。
 
 
 
「生活苦7年半・災害援護資金 半数返せず」
 
この見出しを見ただけでもだ。
 
被害に遭い家を失い、田畑をなくし、放射能という恐ろしさもあり、元住んでいた村や、町に戻ることができず、日本中に散り散りになって暮らしている。
 
 
 
「東日本大震災の被害者の生活再建に向け、国などが市町村を通して貸し付けた災害援護資金をめぐり、岩手、宮城、福島3県の計24市町で返済期日が来た世帯の約半数に当たる3千4百60世帯が滞納していることが11日、共同通信のアンケートで分かった。
 
滞納総額は約4億円で、返済が今後本格化するに伴い、膨らんでいく可能性が高い。
 
震災による失職や高齢化が原因で、被災者が生活を立て直せていない現状が浮き彫りになった。
 
11日で震災から7年半。」
 
 
 
若人だって震災で職を失い、職を求めても安い賃金で働いているに違いない。
 
高齢者となれば年金だけで、生活するだけでやっとのことだ。
 
 
 
「住まいや財産を奪い、多くの人の生活を一変させた東日本大震災。
 
生活を立て直そうと災害援護資金を借りたが、7年半たった今でも十分な収入を得られず、返済に不安を抱える人は多い。
 
「その日の暮らしで精一杯」
 
「生きている間に返せるだろうか」
 
苦しい声が漏れる」
 
 
 
地球温暖化が影響しているのか、今年は台風が多い。
 
台風だけでなく局地的に大雨が降り、川が氾濫し、家や、田畑が水浸し。車も水に浸かって使えなくなる。
 
大雨で山が崩れ、人家が押しつぶされ、多くの人が犠牲になった。
 
消防や自衛隊、多くの人がボランティアで土砂を片付けたり、家の下敷きになった人たちを救い出している光景を何度も見せられた。
 
新しい家を建てれば、銀行から長期のローンでお金を借りて家を建てる。
 
その家が破壊してしまったら、借金はどうなるのだろうか。
 
最近では北海道での震度7の大地震、その被害も莫大だ。
 
今や、国と国との戦いではなくて、台風、大雨、地震、火山の噴火などの戦いになってきている。
 
北朝鮮がミサイルを撃ち込んでくることは絶対にありえない。
 
そんなことをしたら、アメリカはミサイルを北朝鮮に撃ち込み、国全体が破滅してしまうだろう。
 
日本は北朝鮮のミサイルを撃ち落とすための武器をアメリカから購入している。
 
日本の軍事費は莫大な金額に膨れ上がり、果てしがない。
 
そんな無駄なお金を被災者の援助に回すべきではないだろうか。
 
日本の大企業は社員の賃金をあげず、下職を泣かし、何10兆円ものお金をため込んでいるそうだ。
 
そんなお金を少しでも被害者の援助に向けるべきではなかろうか。
 
東北大震災の折に、世界中の国々から、多額の援助金が送られてきている。
 
そんなお金がなにかに使われたという話はニュースで耳にしなかった。
 
慈善事業をしている人たち、悪い人たちばかりではないだろうが、その裏で悪いことをしている人が必ずいると思う。
 
善と悪は紙一重だ。
 
日本の将来はどうなるのだろうか?
 
政治的なことは書かないほうがいいとコメントしてくれた人がいたが、黙ってはいられなくなってきている。

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2018年9月17日 (月)

人種、国が違っても、暖かい友情が!

「夕方、電話のベルが鳴った。タドタドしい日本語は、半月ほど前、ふとしたことから知り合ったモハマリさんだ。
 
そばにベンザーさんもいるようだ。私はすぐに迎えに行った。
 
私はひとりで住んでいても部屋は常に清潔にし、誰が来ても恥をかかないように生活している。
 
独身者の生活は汚いという人もいるが、それは住居でなく、「心」がすさんでいる証拠であろう。
 
「心」がすさんでいては、生活もだらしなくなる。
 
 
 
私は牛乳をあたため、買い置きのビスケットなどをお茶菓子にさしだした。
 
小さなこたつは3人には狭すぎる。足先だけしか入らない。
 
誰の足かわからないがサインをする。
 
私はそっとベンザーさんの太ももに手を置いた。下腹が怒張している。」
 
 
 
ここから先は、おきまりの描写だから、ご想像にまかせる。
 
 
 
「彼らの話によればイスラム教では、同性愛は絶対にタブーだそうだ。
 
現場を押さえられて撲殺された人もいるという。
 
キリスト教もホモは厳禁である。
 
ことにキリスト教のある派は「ホモ」に対してはサタンと言っているそうだ。
 
しかし、日本の佛教ではホモに対しておおらかである。
 
大きな僧堂の片隅で男性同士がホモっている。
 
私も若い時、「修行」と称して僧坊で、「なんとか阿闍梨」という偉い坊さんにさんざんコスラれた思い出もある。
 
またK山やA寺の坊さんに20歳代の時、誘われて楽しんだ思い出もある。
 
また、あの軍律の厳しかった軍隊生活で、上級将校の当番兵の時も指名を受けてずいぶん可愛がられた。
 
新兵の時代(20歳)も、なつかしい思い出もある。
 
さらに一時期であったが、黒人兵と仲良く暮らしたこともある。
 
また、昔、京都の教会の布教師(あとでわかった)の牧師さんと、嵯峨野の下宿でねんごろになった。
 
同教会で司祭の服装で何やら大勢の信者さんに語っている姿を見たことがある。
 
人間のサガ、本性を禁じてみても所詮ははかない夢物語である。
 
私は思う、神聖な聖人ぶった人に限って、どろどろとした私生活をしていることが往々にしてあるものだと。
 
私は願う、自分の好きな道で人間らしい生活をエンジョイすることによって、人間らしい偽りのない生活ができ、有意義な人生になることを!
 
 
 
時刻は午後6時となった。
 
保温器のご飯とさっき買った天麩羅で、手早く天丼を作ってあげた。
 
簡単な吸い物とたくあんも添えた。
 
彼らは日本に来て2年目、私のちょっとした心遣いに涙を流してくれた。
 
お互いを大事にする心は通じるものだ。
 
人種・国が違っても、人類共通の暖かい友情に花の開く思いが、フツフツと湧いてくる。
 
彼らとの交際は今でも続いている。(静岡県・千三男)」
 
 
 
千三男さん、おそらく大正生まれの方だろう。
 
もう、この世に居ないと思うが、もっと軍隊時代の話をくわしく聞いておきたかった。
 
この方、軍隊生活も経験されているから、きちんとした生活を送っていた方だろう。
 
部屋をきれいにしていないと、心がすさんでしまい、生活もだらしがなくなってしまう。
 
確かにこの方の言うとおりだ。
 
ぼくはあまりにもきちんと部屋の中をしていると落ち着かない。
 
雑然としている方が仕事をしやすい。
 
なにしろ6畳の部屋にベッドがあり、アンティークの大きな机、それに『薔薇族』のバックナンバーがずらり。
 
ちょっと他人様には見せられない。
 
狭いけれど、自分の部屋を持っているだけでも幸せだ。
 
感謝しなければならない。

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2018年9月15日 (土)

『薔薇族』の表紙絵を一番長く描き続けてくれた内藤ルネさん

『薔薇族』の表紙絵を一番長く描き続けてくれた内藤ルネさん、ぼくもルネさんの影響を受けて、美意識、感性を磨くことができた。
 
ぼくとルネさんは、コレクションの好みが違ったが、その幅の広さはルネさんにはとても及ばない。
 
『薔薇族』は、単なるエロ本ではなく、気品と芸術性を重んじていた。
 
ルネさんは裏表紙を使って、ご自分のコレクションを紹介していた。
 
 
 
1994年4月号№255号、クマのぬいぐるみをかかえている少年の表紙絵もかわいいが、裏表紙には「熱海ホテルのラゲージ・ラベル」を紹介している。
 
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「熱海駅を出て左手先の海に傾斜する地にあった「熱海ホテル」のラゲージ・ラベルである。
 
かつて分厚い革のトランク(ラゲージ)に貼られた数々のホテルのラベルは、旅人の勲章のように誇り高く輝いていた。
 
すっかり使われなくなったラベルは、旧式のトランクとともに姿を消してしまったのだろうか――。
 
ところが私は、このラベルがホテルのフロントデスクにたくさん積み上げられているのを見て、一瞬タイムスリップしたように、信じられない出来事に驚かされた。
 
そのホテルが「熱海ホテル」だった。
 
道路より下にあったこのリゾートホテルの玄関は、白いクリームケーキのようにデコラティブで可愛らしくおいしそうだった。
 
このラベルに、大正時代のアールデコ・スタイルに描かれたホテルはいつの間にか、時の波間に消えていってしまった。
 
かつて私の宿泊したあの二階の部屋からの芝生と海の眺め。
 
あのこよなくいとしい優雅な時間をもう取り戻すことはできない。
 
まさに瀟洒というにふさわしい建物だったが、このラゲージ・ラベルも世界のホテルのものに較べて一級の出来といえよう。(内藤ルネ)」
 
 
 
海にはヨットが浮かび、遠くに初島が見える。
 
熱海の海が見えるマンションに部屋を持ち青山通りの「伊藤忠商事」のまん前にビルを所有するお金持ちとお付き合いしている。
 
その人の話だと、ホテルが少なくなり、マンションが立ち並んでいるそうだ。
 
新幹線を使えばわけなく行ける距離だから、定年退職したご夫婦が、熱海のマンションで暮らしている人が多くなってきているそうだ。
 
ぼくはしばらく熱海を訪れていないが昔の温泉街の情緒はなくなっているのだろう。
 
このラベルを見ていると、よき時代がほのぼのと浮かんでくるようだ。

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2018年9月10日 (月)

ハッテン場で親父に会ってしまったら!

藤田竜さんのとんでもない暗黒アンケート、こんな企画を考える人は他誌にはいない。
 
「発展場での幸不幸」
 
1991年2月号・よくまあ読書は、アンケートに恥ずかしい話を聞かせてくれたものだ。
 
 
 
「短髪で色の白い、運動部ふうのガッシリ兄ちゃんを茂みの中に追っていって声をかけた。
 
そんなに乗り気ではなかったみたいだけど、強引に体をまさぐってキスしたら、舌を入れてきた。
 
なかなかいい体で毛のないスベスベの肌が気持ちいい。
 
ズボンの中に手を入れたらもう湿っていた。
 
でも濡れかたがちょっと異常。
 
嗅いでみたらそれがツバの匂い。
 
じゃあっていうんで、尻の方に手を入れたら、そこも何やらズルズルと濡れていた。
 
それはもちろんアレの臭いがした。
 
クソの臭いも混じっていた。
 
ガニ股で歩いていたのはそのせいだったのかと、納得すると同時に、急にその気がなくなった。
 
可愛かったけど、あんなにハデにやってる学生もいるんだね。(埼玉県・兄ちゃん・36歳)」
 
 
 
ぼくにはなんともコメントできないな。
 
 
 
「上野の映画館での出来事、後ろから羽交い絞めにされてマラをしごかれているうちに、絶頂を迎えてドクン、ドクンとミルクを出したところが、椅子に座っていた人の襟首。
 
でもその人はハンカチで自分の首を拭いてから「気持ち良かったかい」と言って、そのハンカチを手渡してくれた。
 
私は「ごめんなさい」と謝っただけで、名前も聞かなかったことを、今でも悔やんでいる。(神奈川県・マラ好き)」
 
 
 
お仲間だけの専門館だから、いろんな人がいて、普通なら怒り出すだろうが、こういうイキな人もいたのだろう。
 
 
 
「かなり混雑していた電車の中で、ふいにボッキして困りました。
 
後ろに立った人がチカンしてそうで、してなさそうだったんです。
 
その時は何もなく、目的のハッテン場のトイレまで向かいました。
 
好みの若い子の隣に立ってチンポを出したら、電車でもれていた先走りと、半包茎の皮に挟まれた何本もの陰毛で、情けない形になってしまっていたのです。
 
隣の子と一瞬目があったけれど、あとは想像に任せます。(東京・秋空・29歳)」
 
 
 
いろんな悩みがあるものだ。
 
竜さんはこんなコメントしている。
 
「ボッキしたチンコの先が陰毛でひっついているのを、1本、1本ていねいにはずしてやるのって好きだなあ。ぼく、至福の時。」
 
こんな楽しみ方もあるんだ。
 
 
 
「勇気をだして3回目のサウナにトライ。
 
そこでなんと「毛ジラミ君」をもらってしまった。
 
これが噂に聞く、毛ジラミかあ〜、と、観察したけど、カユミが並じゃない。
 
結局、全部の毛を剃ってツルツル。
 
銭湯なんて行けないから、コインシャワーで体を洗っています。
 
生え揃うまであと何ヶ月かかるか。
 
病気持ちの男、サイテー!(東京・ジュン・26歳)」
 
 
 
一時毛ジラミが大流行したことがあった。
 
日本には毛ジラミなんてなかったのに、東南アジアの方に遊びに行った人が持ち帰ったもののようだ。
 
『薔薇族』でも毛ジラミ退治の大キャンペーンを繰り広げたことがあった。
 
そう「スミスリンパウダー」という粉ぐすりを宣伝したものだ。
 
 
 
「深夜のHサウナで大学の先輩にばったり会った時は、本当にびっくりした。
 
キャンパスで会うたびに妙に意識してしまう。(東京・JB大・21歳)」
 
 
 
次回は感度的な美しい話を紹介します。お楽しみに。

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2018年9月 8日 (土)

今、俺がいちばん興奮することって!

1991年8月号No.223に面白い記事が載っている。これも藤田竜さんの企画だ。
 
「いま俺がいちばんコーフンすること」
 
このアンケートに対して、多くの読者が答えてくれている。
 
 
 
「小さいころから父さんのトランクスをかいだり、自分で作ったスカートをはいて、マリつきをして遊んでいました。
 
25歳まではキスや乳首など、どうってことなかったのです。
 
年をとるにつれて、そっと唇を近づけて触れただけでコーフン。どうにかなりそうです。
 
乳首も運動をしているせいか、コーフンします。バックも入り口だけ、ちょっとクリームつけてオナったりしています。(滋賀県・マーボー・28歳)」
 
 
 
何か寂しい話。
 
ひとりでコーフンしたしてるだけ。
 
 
 
「満員電車で週1回の割合で触られて、時々ビキニの中でイッちゃうんだけど(これはあとが気持ち悪い)、びっくりしたのはチャックを下ろして引っ張り出して、モロにいじってきたりする。
 
さすがにコーフンしてたまらず手の中へ出しちゃうんだ。
 
だけど、その人、そのあとヌルヌルの手どうするんだろう?
 
若いサラリーマンふうの人だったけど、それからオレと同じくらいの年の学生服のヤツにさわられた時は、ア然としてしまった。
 
コーフンするというよりは、なんかへんな感じ。(KAZU)」
 
 
 
これは今から27年前の話。
 
藤田竜さんのコメントは、ヌルヌルの手は、そしらぬ顔してOLの服で拭く、だって。
 
その頃は電車の何台目とか、お仲間が多く乗る車両は決まっていたようだ。
 
今はそんなことする人いないと思うけど。
 
 
 
「俺のアパートの真向かいに、すっげーかっこいい奴が住んでいる。
 
年は俺より一つ上かタメくらいで、もう最高。
 
タンクトップに短パンなんかはいちゃって、とにかくセクシー。
 
毎日、窓全開。
 
夜になると俺、電気消してのぞいていた。
 
短パンのもっこりだけは見えるんだけど、それ以上は見えなくてイライラ。
 
蒸し暑い夜、そいつトランクス1枚で、股広げてて、横からでけ〜キン玉がモロ丸見え。
 
結構そんな夜があって得した気分。
 
そいつのおいしそうなキン玉袋の匂いかぎて〜。
 
まあ、とりあえず、ノゾキはコーフンしちゃうよね。(千葉県・デカマラ・20歳)」
 
 
 
今は亡き有名なお方が、何回かノゾキで捕まったことがあったっけ。
 
 
 
「銭湯の湯船の中から出てゆく男の後ろ姿を見るのが楽しみ。
 
ふやけた袋の中に、玉が2つだらんと下がって、しずくの落ちるさまは美しい。
 
その袋から垂れ下がったマラが首を出している時は数倍も楽しい。
 
あの長いマラが鎌首をもたげ、怒張したらば、さぞかし立派な肉棒だろうなんて想像してると、私のマラは湯の中でガチガチに太く長くなってくる。
 
それが落ち着くのを待っている間、湯につかっているのでクラクラすることもある。(神奈川県・マラ好き)」
 
 
 
こんな楽しみもあった銭湯も少なくなってしまった。
 
今の時代、マラ好きの人はどんな楽しみ方をしているのかな。
 
 
 
「可愛い高校生の学ラン姿。
 
あの制服の下に半分、大人で半分子供の体があると思っただけでコーフンするもんですよ。
 
想像しただけでギンギンに勃ってしまいますからね。
 
これ書きながら勃つくらいですから。(大阪・学ラン好き)」
 
 
 
読者の中には制服マニアが多かった。
 
警察官が好きだった『薔薇族』のスタッフのひとり、先にあの世へ行ってしまった。

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2018年9月 3日 (月)

エイズのことを忘れてはいけない!

あれほど大騒ぎになり、とくに『薔薇族』の読者はエイズの恐怖におののいたものだ。

 

『薔薇族』は藤田竜君と手を組み、帝京大学付属病院の松田重三先生の指導で、エイズをなんとかくいとめようと、毎号キャンペーンをくりひろげた。

 

ゲイホテルのオーナーたちも、お客がへると心配されたようだが、理解してくれた。

 

今ではエイズのことなど忘れ去られているが、一度流行した性病は、感染者がいなくなることはない。

 

1988年(今から30年前)の『薔薇族』11月号(190号)に、藤田竜君がこんなことを書いている。

 

 

 

「先月は夏休みでニューヨークやパリから友人、知人が何人か帰ってきた。

 

「お葬式ばかりで気が滅入っちゃってさ」とNYからの友達は言う。

 

日本でも交通事故死の数がニュースにならないように、NYでのエイズ死も、もうあまり報道されなくなっているそうだが、実態は死者が続出していることに変わりはない、というより悪くなるばかりなのだと、それでも他人事のように言う。

 

葬式で「次は誰かしらね」と言った本人が次に死んでしまったりしたこともあったらしい。

 

NY在住のその友人の場合、知っている日本人のエイズによる死者は10人を越えた。

 

何号か前のこの欄(今月の裏話)に、僕の友人がNYでエイズ死したことを書いたが、彼を最後まで世話した日本人も、しばらく経ってエイズで死んだという。

 

その人は日本の映画専門誌に長く寄稿していた、洋画マニアには知られた人だ。

 

タンゴ歌手のことは週刊誌に書かれたが、他にファッションデザイナー、美容師、日本レストランのオーナー、NHK関係者などがすでに死に、急に仕事をやめたりして、「あぶないんじゃない?」と、うわさされている日本人が、4,5人いて、これは増える傾向にあるらしい。(中略)

 

前項で伊藤編集長も警告しているが、日本では今が正念場なのかもしれない。

 

この1年で死者を含めて日本では感染者が一気に2倍にもなった。

 

この3ヶ月の間にホモからは4人がエイズ患者に認定された。

 

日本人同士の感染もないわけがない。

 

NYの友人は、同じくNYから帰国した日本人と一緒に東京や、大阪のサウナ・ホテルに行っている。

 

僕が忠告したって聞くもんじゃない。

 

「日本風の短髪にしてさ」だから、あるいはその彼らから何かを引き継いでいる男が関東関西にいるかもしれない。

 

もちろん僕の友人、知人以外にも大勢このお盆に帰国しているのだから「日本人とやったのだから」と安心はしていられない。

 

「私が元気なうちにNYに来てよ。さびれちゃったけどさ。もし何かあっても新盆には帰ってくるからね」

 

友人は空港からの電話で冗談ごかしに親兄弟にも言えないことをもらす。

 

僕も冗談で受けるしかない。

 

「その前に夢枕に立ってくれるんでしょ」

 

これに似た会話をした男たちが、もうどれだけこの世からいなくなっているのだろう。

 

8月いっぱいでの日本の感染者は、死者を含めて1048人。

 

たぶん来年は急カーブに増えるだろう。

 

僕も、僕の友人も、そしてまだ見知らぬ大勢の読者も、はつらつと、イキイキと楽しく面白く、悔いなく生きていきたい」

 

 

 

エイズの防波堤になろうと、藤田竜君と真剣になって、エイズの恐ろしさを読者に伝えた頃のことを思い出す。

 

こんなことを書いた藤田竜君も、この世にいないなんて。

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2018年9月 1日 (土)

『薔薇族』は匂いとともに消えないぞ!

昭和50628日号の週刊読売(1975年・今から43年前)の表紙に「この表紙の薔薇は匂います。」と大きく刷り込まれている。

 

薔薇の花が咲き乱れる写真の上にだ。

 

俳優の上原謙さん(65)が、28歳の歌手と結婚するという記事が載っている。

 

上原謙さんといったって若い人は知らないだろうが、加山雄三さんのお父さんだ。

 

雑誌の値段が150円とあるから古い話だ。

 

「薔薇」の特集になっていて、薔薇にまつわる話がいくつも載っている。

 

「薔薇の木に 薔薇の花サク ナニゴトの不思議ナケレド」

 

北原白秋の詩が、かこみで大きく載っている。

 

特集の最後に「表紙のバラの匂いについて」とあり、「今号の週刊読売は、表紙のバラに香りをつけて、雑誌印刷技術上、ちょっと遊んでみました。

 

このバラの香りは、特にどのバラということではなく、バラのもつ一般的な芳香ということで、精製は高砂香料です。

 

大日本印刷では、その香料が逃げないような特殊なインクにまぜて表紙を刷りあげました。

 

印刷工場の部屋には、甘く妖麗な香りが、ふくいくと満ちたそうです。」

 

 

 

こんなお遊びができたということは、いい時代だったということだ。

 

週刊読売って、今あったっけ。

 

「バラ」と言えば『薔薇族』を忘れてしまっては困る。

 

だがちゃんと『薔薇族』が載っていた。

 

 

 

「リルケはホモだったかな。

 

そうしてまた三島由紀夫の『薔薇刑』、ジャン・ジュネの『薔薇地獄』もまた。

 

なんのことか、わかる人にはわかるそうですが、わからない人にはぜんぜんわからんのでありますが、なぜ『薔薇族』というと、ホモ諸氏の代名詞となったのでありましょう。

 

一説には、その人体部品が、薔薇の蕾に相似たりと言う人もいますが、日本では古来、「菊座」という言い方もあって、菊の花のほうが似ているのになあと、つぶやいている紳士もいます。

 

『薔薇族』という雑誌を発行しているオジサンに聞いてみましたら「一口で言いますと、ホモ愛好家には、薔薇好きが多いからですよ。

 

ホモ愛好家というと、従来、ともすると隠花植物的な存在で、世間とは孤立していました。

 

これら孤独な魂に、連帯感を持たせ、彼らに市民権を獲得させたい。

 

そんな願いを込めて「族」の一字をつけてみたのです」ということでしたが、こういうことは市民権なんか与えないで、隠花植物のままにしておいたほうがステキではないでしょうか」

 

 

 

43年も前に週刊読売の記者に取材されどんな話をしたか、覚えているわけがないが、間違っても「ホモ愛好家」なんて、ぼくが言うわけがない。

 

最初から『薔薇族』を茶化して書いている記事だから、今更文句を言っても仕方がないが、「隠花植物のままにしておいたほうがステキではないでしょうか。」とはふざけた話だ。

 

週刊読売を今、嗅いでみても匂いはとうに消えている。

 

雑誌そのものも消えてしまったのでは。

 

 

 

リルケの詩が紹介されている。

 

いい詩だ。

 

 

 

この薔薇は、きのうあの少年がくれたものだ。

 

今日、僕はその同じ薔薇を

 

あの少年の新しい墓にたずさえてゆく

 

薔薇の葉陰に、小さな雫がいくつも光っている

 

さあ 見給え

 

今日は それも 涙なのだ

 

昨日は朝露だったのが……

 

 

 

それにしても『薔薇族』、いいネーミングだった。

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