« 『薔薇族』の表紙絵を一番長く描き続けてくれた内藤ルネさん | トップページ | 黙ってはいられない! »

2018年9月17日 (月)

人種、国が違っても、暖かい友情が!

「夕方、電話のベルが鳴った。タドタドしい日本語は、半月ほど前、ふとしたことから知り合ったモハマリさんだ。
 
そばにベンザーさんもいるようだ。私はすぐに迎えに行った。
 
私はひとりで住んでいても部屋は常に清潔にし、誰が来ても恥をかかないように生活している。
 
独身者の生活は汚いという人もいるが、それは住居でなく、「心」がすさんでいる証拠であろう。
 
「心」がすさんでいては、生活もだらしなくなる。
 
 
 
私は牛乳をあたため、買い置きのビスケットなどをお茶菓子にさしだした。
 
小さなこたつは3人には狭すぎる。足先だけしか入らない。
 
誰の足かわからないがサインをする。
 
私はそっとベンザーさんの太ももに手を置いた。下腹が怒張している。」
 
 
 
ここから先は、おきまりの描写だから、ご想像にまかせる。
 
 
 
「彼らの話によればイスラム教では、同性愛は絶対にタブーだそうだ。
 
現場を押さえられて撲殺された人もいるという。
 
キリスト教もホモは厳禁である。
 
ことにキリスト教のある派は「ホモ」に対してはサタンと言っているそうだ。
 
しかし、日本の佛教ではホモに対しておおらかである。
 
大きな僧堂の片隅で男性同士がホモっている。
 
私も若い時、「修行」と称して僧坊で、「なんとか阿闍梨」という偉い坊さんにさんざんコスラれた思い出もある。
 
またK山やA寺の坊さんに20歳代の時、誘われて楽しんだ思い出もある。
 
また、あの軍律の厳しかった軍隊生活で、上級将校の当番兵の時も指名を受けてずいぶん可愛がられた。
 
新兵の時代(20歳)も、なつかしい思い出もある。
 
さらに一時期であったが、黒人兵と仲良く暮らしたこともある。
 
また、昔、京都の教会の布教師(あとでわかった)の牧師さんと、嵯峨野の下宿でねんごろになった。
 
同教会で司祭の服装で何やら大勢の信者さんに語っている姿を見たことがある。
 
人間のサガ、本性を禁じてみても所詮ははかない夢物語である。
 
私は思う、神聖な聖人ぶった人に限って、どろどろとした私生活をしていることが往々にしてあるものだと。
 
私は願う、自分の好きな道で人間らしい生活をエンジョイすることによって、人間らしい偽りのない生活ができ、有意義な人生になることを!
 
 
 
時刻は午後6時となった。
 
保温器のご飯とさっき買った天麩羅で、手早く天丼を作ってあげた。
 
簡単な吸い物とたくあんも添えた。
 
彼らは日本に来て2年目、私のちょっとした心遣いに涙を流してくれた。
 
お互いを大事にする心は通じるものだ。
 
人種・国が違っても、人類共通の暖かい友情に花の開く思いが、フツフツと湧いてくる。
 
彼らとの交際は今でも続いている。(静岡県・千三男)」
 
 
 
千三男さん、おそらく大正生まれの方だろう。
 
もう、この世に居ないと思うが、もっと軍隊時代の話をくわしく聞いておきたかった。
 
この方、軍隊生活も経験されているから、きちんとした生活を送っていた方だろう。
 
部屋をきれいにしていないと、心がすさんでしまい、生活もだらしがなくなってしまう。
 
確かにこの方の言うとおりだ。
 
ぼくはあまりにもきちんと部屋の中をしていると落ち着かない。
 
雑然としている方が仕事をしやすい。
 
なにしろ6畳の部屋にベッドがあり、アンティークの大きな机、それに『薔薇族』のバックナンバーがずらり。
 
ちょっと他人様には見せられない。
 
狭いけれど、自分の部屋を持っているだけでも幸せだ。
 
感謝しなければならない。

|

« 『薔薇族』の表紙絵を一番長く描き続けてくれた内藤ルネさん | トップページ | 黙ってはいられない! »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/101967/67168655

この記事へのトラックバック一覧です: 人種、国が違っても、暖かい友情が!:

« 『薔薇族』の表紙絵を一番長く描き続けてくれた内藤ルネさん | トップページ | 黙ってはいられない! »