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2018年10月

2018年10月31日 (水)

イベントのお知らせ

Kokuchi
 
 
年末、ホテルニューオータニにて、伊藤文学講演会を開催します。
 
 
演題:「ひとりぼっち」の人たちをつないで
 
 
日時:1216日(日) 
 
12時30分受付開始・開場
 
13時〜15時 講演会(途中休憩あり)
 
 
場所:ホテルニューオータニ 「紀尾井フォーラム
 
〒102-0094  東京都千代田区紀尾井町4-1 ニューオータニガーデンコート1F
TEL 03-5213-6886
 
●地下鉄丸ノ内線・銀座線「赤坂見附駅」下車 D.紀尾井町口
●地下鉄半蔵門線「永田町駅」下車 7番出口
●地下鉄有楽町線「麹町駅」下車 2番出口
●地下鉄丸ノ内線・南北線「四ツ谷駅」下車
●JR「四ツ谷駅」下車 麹町口
 
 
参加費:2000円
(当日受け付けにて現金でお支払いください)
 
 
お申込み: 下記いずれかの方法でお申し込みください
 
① ツイッター@kohakuAmberAWAまでダイレクトメール
 
② 03-3587-1777 へTEL
<(株)アンバーワールドアソシエイツへ電話(9〜18時受付)>
 
③ 03-5797-7131 へFAX
<(株)アンバーワールドアソシエイツへFAX>
 
ご予約優先、当日券有り。
 
 
昭和時代LGBTの悩みや苦しみを今に伝える講演会。
 
1971年7月から2011年7月まで、創刊者で初代編集長・伊藤文学が駆け抜けた40年の歴史を語ります。
 
 
友人を誘って、ぜひお出かけください。

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2018年10月29日 (月)

あぶない、あぶない限界を越えては!

今は亡き藤田竜さんは「ゲイ雑誌は変態の要素を強くしないと面白くない」と、よく言っていた。
 
いろんなハレンチな設問を考えて、読者にアンケートを求めていた。
 
他誌では絶対に考えつかない竜さんの設問で、読者もよく応えてくれていた。
 
「俺ができる大胆なことの限界」のハッテン篇だ。
 
 
 
「おもいっきり小さなビキニをはいて、プールサイドに寝転ぶ。
 
そしてタイプの兄貴がいたら、ビキニの上からもんで大きくして見せてやる。
 
そのとき兄貴が目をそらさなければ、ゆっくりとトイレに行く!(静岡県・兄貴イ・23歳)」
 
 
 
Pって相手を挑発するサインにも使える便利な道具? だ。
 
トイレに入って待っていても相手が入ってこなかったときの気持ちってむなしい。
 
 
 
「小田急線でハッテンすることかな。
 
結構ノンケさんたちは見てるみたいで、この間なんかノンケのカップルが「この車両って男同士でやってるんだぜ」という話をしてました。
 
アンタの隣にいるアタシがやってんのよ! なんて思ったけど、あんましハデにやるのは控えようとも考えた俺でした。
 
あとは2丁目のお店で民謡を歌う。
 
これはかなり大胆だと思いますけど、どうでしょう。
 
でも、結構盛り上がったよ。(東京・若年寄・23歳)」
 
 
 
ぼくも下北沢から新宿まで、小田急線をよく利用していたけど、満員電車じゃないから触られることなかったけど。
 
触られたとしても触った人はガッカリするのでは?
 
 
 
「会社や家庭では人一倍、真面目人間と言われる自分ですが、不思議と大胆になるときがある。
 
露出狂なのかもしれないけど、ノンケに見せるのが好きで、たまにプレイしているところを見せることもある。
 
暑い季節にはトイレで全裸になっていて、ノンケで真面目そうな男がくると、戸を開けてピンコ勃ちのチンポをしごいて見せたりすると、すごく快感を覚える。
 
もっとたくさんの男たちの前でプレイを見てもらいたい。(大阪・露出好き・48歳)」
 
 
 
いい時代だったんだ。
 
今ならこんなことしたらすぐに警察官を携帯で呼ばれてしまう。
 
おおらかな時代だった。すべてが。
 
 
 
「電車で小学生と乗り合わせる。
 
いかにも電車の揺れのせいだという顔をして、肩や背中、むき出しの腕に触れる。
 
私は若い肌のバイブレーションを楽しむ。
 
ズボンを引き下ろし、○○も唇もすべてを奪ってしまい、その子も私におぼれてゆく……そこまではしない。
 
それが私の限界。
 
私がもう一度小学生になったらきっと世界一スケベな小学生になるでしょう。(埼玉・ゼロ・23歳)」
 
 
 
あぶない限界。そのへんでやめておかないと。
 
 
 
「気が小さいから触ったりとか、声をかけたりなんかできない。
 
だから毎朝の電車でかわいい子、かっこいい人を見つけたら同じ車両のなるだけ近くに寄るのがせいぜい。
 
だけど2度以上会うと、かえって恥ずかしくなるので眺めているだけ。
 
それでも最近はもう完全に幸せです。
 
茅ヶ崎から工学院大に通ってる南條豊に似た男が好きです。(神奈川・E)」
 
 
 
その男を工学院大まで付けているのかな。
 
スゴイ執念。
 
『薔薇族』って読者と一緒になって作り出していた雑誌だということがよく理解できる。
 
小説だってプロに負けない、いや、それ以上の作品を書く人もいた。
 
これはトーハン、日販を通して、くまなく全国の書店に並べることが出来たからだ。

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2018年10月27日 (土)

『薔薇族』の相棒、竜さんは変態好き!

藤田竜さんのスゴイハレンチな質問に読者がアンケートを寄せてくれている。1991年1月号「俺ができる「大胆なこと」の限界」
 
 
 
「僕は彼の出張が多いので、よくひとりフィストファックをしています。
 
自分ではそれほど奥までは入りませんが、彼にやってもらったら腕まで入りました。
 
彼もすごく驚いていました。
 
自分でもよくこんなのが入ってしまうと思います。
 
僕は細身でフィストファックは普通無理なのにと彼も言うし、僕もさけてしまわないかと不安だったりしますが、気持ちもよくて週2回くらいはやってしまいます。
 
最近では彼のペニスを入れてもなにか物足りません。
 
彼には腕を入れてもらっています。(フィストファック・22歳)」
 
 
 
アメリカのゲイの映画で、そんなシーンを見たことがあったっけ。
 
ぼくなんか痔の薬を挿入するのが精一杯。
 
読者にはいろんな人がいるもんだ。
 
 
 
「Pがとっても好きなので自分のをくわえます。
 
家で吸うこともありますが、車で山の中や、ちょっと死角の草むらへ入って、ズボンとパンツを脱いでPをくわえます。
 
半分ぐらいくわえるのが限界ですが、見られるんじゃないかと、ハラハラ、ドキドキしながらPの口当たりを楽しんでいます。
 
あとPが料理された姿を想像すると、コーフンします。
 
コンビニで買った弁当の底に穴をあけて、いかにもPがおかずになってるように穴から出して横たえます。
 
それをカメラにおさめ、なにくわぬ顔で現像に出します。
 
今までPのソーセージサンドと、Pカレーライスを撮りました。(山梨・らんま1/2)」
 
 
 
ロサンゼルスのトム・オブ・フィンランドの館を訪ねたときPをくわえている写真を見たことがあった。
 
軽業師のようなからだのやわらかい人がいるもんだ。
 
こういう人は恋人なんかいらないね。
 
 
 
「体育館の部屋の匂いって最高。すえた汗の匂いがもうたまんねえ。
 
俺、体育会にいたから部屋への出入りは当たり前のことだったけど、入室のたびに勃起させてて、人に気付かれないようにするのに苦労した。
 
ゴミ箱に捨ててある使い古しのサポーターや、Tシャツ類をバレないようにして持ち帰り、何度となくマスかかせてもらった。(東京・GENKI・23歳)」
 
 
 
ぼくはスポーツはやったことがないから、部屋の匂いって想像するしかないけど、強烈だろうな。
 
 
 
「仕事でいろいろな病院で腸造影検査をしますが、患者は下着を控室で脱ぐので、検査を受けている間に私はその下着の匂いをかぎながらオナります。
 
全国の臨床放射線技師のみなさん、職場でのオナニー方法を投稿してください。」
 
 
 
こんなことをする技師さんって、この人だけでは。
 
どこの病院にもいるとしたら、病院に行かれなくなってしまう。
 
 
 
「高校時代、東京にひとりで遊びに来て、その帰りの土産に悪友たちに遊び半分で、コンドームを買ってバラマキましたところ、当時一番憧れていた、まだ仲良くなっていない筋肉ムキムキの同級生から、自分も一個ほしいのでくれないか、と声をかけられたのです。
 
そいつ、かなりオクテの運動バカで、エロ本くらいで鼻血を出したらしく、彼にとってコンドームというのは、未知の憧れだったらしいので、すごくよろこんでくれたのです。
 
それから俺の大胆なこと、そいつをそそのかして、付け方、使い方を知っているかと問いつめ知らないというので……。(東京・イコン26歳)」
 
 
 
それから先は書かなくても……。

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2018年10月22日 (月)

レズビアンだけど、なぜか男と結婚して!

2018年10月8日に更新されたぼくのブログ。
 
「ゲイの歴史で残しておきたい出来事」と題して書いた、アカーの会が東京都と、1991年に争って打ち勝った「府中青年の家」宿泊の問題で、同性愛者たちの団体であるということで偏見の目で見て、借りることができなかったという、この記事を読んで、ひとりの女性がコメントを寄せてくれた。
 
短いコメントだけど、ぼくにとってはこんなにうれしいことはなかった。
 
 
 
「本当はレズビアンですがなぜか結婚していて子供もいます。昔はlgbtなんてことばなくって、私も何となく今まで生きてます。夫は多分バイセクシャル。多用な性を私の祖父母の年齢で受け入れる伊藤先生。
私たちのような夫婦がブログを楽しみにしています。どうかお元気でブログを書いてください。」
 
 
 
どこに住んでおられる方かわからない。
 
年齢も「昔は」と書かれているから50歳は越えている方だろう。
 
この方が結婚される時代は、まだ今のようにいろんな職業に女性が就職するという仕事がなくて、好きでない男と結婚して、専業主婦にならざるを得なかっただろう。
 
男は嫌いだからといっても、女性の機能はもっているのだから、子供は産むことは出来た。
 
「何となく今まで生きてます」という、この女性。
 
本当は女性が好きなんだろうけれど、それができずに子供を産み、育ててきた人生。
 
「何となく」としか言いようがないのだろう。
 
レズビアンの人って、兄妹が何人かいるとすると、長女に多いと思う。
 
長女はどうしても、しっかりして男っぽくなってしまう。
 
「一姫二太郎」という言葉は、いい意味で使われてきた言葉だろうが、太郎のほうは母親に溺愛されて、なんとなく女っぽくなってしまう。
 
と言っても全部が全部そうなってしまうわけでなく、そういう割合が多いのではというのは、ぼくの体験からだ。
 
 
 
レズビアンといっても、すべての人が宝塚の男役のようになってしまうわけではない。
 
ゲイの人だって多種多様でいろんな人がいるが、レズビアンの人の中にも、女の中の女というような人もいる。
 
ぼくの姉を例にしてはまずいものの、一番身近な女性だからよく分かるが、女の中の女というようなやさしい一面も持ち、気の強いところもある。
 
デパートに高校を卒業してから勤めたが、亭主もいる男っぽい女性と仲がよかった。
 
この女性は子供はいないが、ご主人はいる。
 
わが家の2階は6畳だったと思うが、そこに姉とぼくと、妹2人も寝ていた。
 
そこへ男っぽい女性が泊まったことがあった。
 
夜中によがり声をあげているので目が覚めたことがあった。
 
この女性とは結婚するまで付き合っていたようだ。
 
 
 
姉はいろんな男性に結婚を迫られていたが、アルバイトでデパートに入ってきた学生に好かれて結婚してしまった。
 
2歳ほど年下の男性だと思うが、大手の企業に勤めていて、定年退職し、家も買い求め2人の男の子をもうけている。
 
よくまあ、わがままの姉と一緒に住んで浮気もせずに過ごしたものだと、ぼくは姉の亭主に感謝している。
 
現在は2人とも老人ホームに入居して、のんびりといっても姉は認知症になっていて、一度訪ねたことがあったが、まるで無気力だ。
 
 
 
コメントしてくれた女性、「夫は多分バイセクシャル」というけれど、男と遊び歩いているわけではないだろう。
 
これからの人生は長い。
 
幸せに暮らしてもらいたいものだ。

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2018年10月20日 (土)

北村西望さんはゲイだったのでは!

9月の「文ちゃんと語る会」に『股間若衆』で有名な東京大学大学院教授の木下直之先生が出席してくれた。
 
そして10月7日に井の頭自然文化園の中の北村西望の彫刻園の中での講演会に誘ってくれた。
 
講演の演題は「動物園の中の彫刻園の中の「裸のサル」の羞恥心をめぐって」という、なんだかすぐに理解できない演題。
 
変わった研究ばかりされている木下先生らしい演題だ。
 
 
 
講演が始まったが先生の声は小さい。
 
それにマイクから離れてしゃべられるので、情けないことに、最近とくに耳が遠くなってきたぼくには、まったく話が聞こえない。
 
目のほうはまだよく見えるから、映し出される映像だけは見ることができたが、一時間の長かったこと。
 
耳鼻科の医者にイヤホンを付けなさいと言われて、安物のイヤホンを通販で買ったが、雑音ばかりが入って気になり、付けていられない。
 
そのうちどこかに無くしてしまった。
 
高価な性能のいいものは、今のぼくには買えないし、人と会うときは大きな声でしゃべってとお願いしている。
 
 
 
東大大学院で木下先生のお弟子さんのKさんが「織部」にまで迎えに来てくれた。
 
井の頭自然文化園を訪れるなんて、何年ぶりだろうか。
 
北村西望さんの作品って、長崎市平和公園に設置されている「平和祈念像」をテレビて見たことしかなかったが、井の頭自然文化園の一番奥に、彫刻館A館、B館、アトリエ館があるなんて、まったく知らなかった。
 
講演が始まる前に、野外に設置された男性の裸像、彫刻感の中の作品もすべて見ていた。
 
アトリエを作ってくれた東京都に全作品を寄贈されたのだそうだ。
 
 
 
北村西望さんは、1884年(明治17年)生まれ、1987年(昭和62年)満102歳で逝去されている。
 
Kさんがネットで調べてくれたら、名家の生まれで、4男とあるから末っ子ではと思う。
 
京都市立美術工芸学校彫刻家を卒業、1912年(明治45年)東京美術学校(現東京藝術大学)彫刻家を卒業。
 
1953年(昭和28年)井の頭自然文化園内にアトリエを設置し、「平和記念像」の制作を開始する。
 
1958年(昭和33年)文化勲章を授与されている。
 
 
 
平和像を製作中、男性の裸像であるということで、人々の反感を買い、アトリエに石を投げつけられたり、「下品だ」「裸がいけない」などの罵声を浴びせられもしたそうだ。
 
日本では裸であるということでの偏見がある。
 
ぼくの先妻の舞踊家ミカが「オー嬢の物語」を舞踊化したおりに、公立の中学校の体育教師が舞台で全裸になるというので、学内で大騒ぎになったことがあった。
 
平和祈念像は構想から完成まで、5年もの歳月をかけた。北村西望、69歳のときだった。
 
北村西望の男性裸像を見ているうちに、ぼくはこんなことを考えた。
 
もしかしたら北村さんはゲイでは? と。
 
明治の時代にジムなんてなかったのに、普通のたくましい体型でなく、あんなに筋骨隆々としたモデルの男性がいたろうか?
 
北村さん、自分の好みの男性像に作り上げていったのではなかろうか。
 
よりたくましくという気持ちが北村さんの作品を見ていると感じられる。
 
男性の裸を誇張しているとさえ思える。
 
それに女性の裸像があまりにも少ない。
 
セクシィな女性のヌード像なんて1点もない。
 
北村さん内面的には女性の部分を持った、繊細な神経の持ち主だったのだろう。
 
これは北村さんを貶しているのではなく、ゲイだったからこそ素晴らしい作品を製作できたのではなかろうか。
 
A
 
B

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2018年10月15日 (月)

不遇は不幸じゃないんだ!

今から24年前、ネットが普及していなかった時代の「少年の部屋」に投稿してくる高校生の文章力は抜群だった。
 
 
 
「僕は後妻の子でした。腹違いの兄もいます。
 
しかし父は、その異母兄を預からなかったと母に当たっていました。
 
同母兄はそんな父と一緒になって母を馬鹿にし、異母兄と交流を持つようになったのです。
 
父は浮気を重ね、同母兄は非行に走り、家庭内暴力を毎日のようにして、不良グループと学校に放火しました。
 
それが新聞に出てしまい、責任を感じた校長が自殺してしまったのです。
 
しかし、兄は反省するどころか、その校長に勝ったような振る舞いをしていました。
 
結局兄は高校を中退し、父と異母兄の会社に就職しました。
 
 
 
そんなころ、父は人妻と不倫をして異母妹をつくり、蒸発してしまいました。
 
母はいつもの浮気と思っていたのですが、事の重大さを知ったときは、もうおそかったのです。
 
父が家を売ってしまったのです。
 
何も知らない母は、いきなり来た買人と弁護士に裸同然で追い出されました。
 
僕が8歳になる3日前でした。忘れもしません。
 
そのときに思ったのです。母は決して泣かないと。
 
 
 
浮気に忙しく1円もお金を家に入れなかった父に、「そんなにお金がほしいなら、自分で働け」と言われてから、母はそれまで黙って父の仕事を手伝っていたのをやめ、たったひとりで僕を育ててくれました。
 
家庭に一抹の不安を感じつつも、母がいてくれるだけで僕は幸せでした。
 
何も不満なく成長してきました。(中略)
 
母が急に強くなったのは、僕の将来のためと必死に守ってきた「正妻」の権力を行使したのです。
 
家を新築させ、生活費を法的に請求し、養育費を全面的に要求しました。(中略)
 
そして去年、すべてを母に告げました。
 
ゲイであること以外は。
 
それを言ったら理科の先生のことも言わなければならないし、いろんなことが出てきてしまいます。
 
そうしたら母は「上も下もしょうがないわね」って、少し顔をしかめて、すぐに笑ってこう続けました。
 
「ひとりでしっかり生きてゆけるように自分を大事にしなさい」
 
 
 
僕の母に対する最後の感謝の表現は、最後の秘密を一生、母に対して背負うことと、ひとりで生きてゆくことです。
 
それはいつか「親のすねをかじるだけかじってやる」と言っている兄に自立してもらって、こんどは母を遠くから守ってあげることだと思っています。
 
そして母に僕を育てたことを生まれてきた証だと思ってもらいたいと思っています。(中略)
 
自分がグレたのは家庭環境のせいではありません。
 
世の中で複雑な家庭のせいで不良に走ったなんてのがよくありますが、あれはうそです。
 
本人の性格です。
 
僕は自分の意志で戻ってきました。
 
親のせいにするのは甘えであり、逃げているとしか思えません。
 
自分を見るのが、自分の非を認めるのが怖くて、責任転嫁していると思います。
 
それに普通じゃ体験できないような、この家庭環境で、ずいぶん良い勉強をさせてもらったと思っています。
 
人を許すこと。
 
自分を大切にすること。
 
そして不遇は不幸じゃないこと。
 
逆境は力です。
 
この文章を読んでくれている多くの同輩に、後輩に、そしていっぱいの人に、そのことが言いたいのです。
 
死ぬときに「生まれてきてよかった」と言いたいですね。」
 
 
 
こんなしっかりした考えをもっている高校生って今の時代にいるかな。
 
それにしても「少年の部屋」のページは画期的なページだった。

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2018年10月13日 (土)

8分の出会いに燃えて!

『薔薇族』の読者は日常の生活で、ありえないような体験をし、それを編集部に投稿してくれる。
 
 
 
「ラッシュの電車でチンポを撫でるなんて、読むたびに1度は体験したいと思っていた。
 
そして小生、63歳にして初めてバッチリ体験できたのです。
 
JR錦糸町駅発上り8時5分発の後尾。
 
手が隣の人の股間や、尻に押し付けられるほどの満員。
 
小生の右手の甲が55歳くらいのメガネ背広のサラリーマン氏のモモの内側につけられ、あっ、こりゃ、金玉の上だわいと気づいたが、その実年さん、体位をかわすことなく、じ〜っとして、小生の右肩に顔をつけている。
 
そっと、右手の甲を強く、弱く股間のモッコリに押しつけたりしているうちに、男根はカチカチになり、勃起をズボンがきつく押さえだすのがわかった。
 
もう、そうなったら暗黙の了解。
 
その人は小生の一物をまさぐり、包み込み、上下にしこしこ!
 
うーっ、気持ちいい……。
 
8分後、降りて行った。
 
地味な感じの男で好感がもてた。
 
その1週間後、再会。
 
満員電車で堂々? ファスナーを下ろしての本格シコシコ、撫であいを楽しみました。
 
8分の出会いだけに、燃えてはかない人でした。(東京人)」
 
 
 
ぼくの先妻のミカが、満員電車の中で、体育大時代、制服のスカートにべっとり精液をつけられたことがあったそうだ。
 
ぼくは満員電車に乗ったことがあまりないので、そんな体験はない。
 
魅力がないのかな。
 
 
 
「この前、初めて韓国式アカすりというものを体験した。
 
毎朝、風呂に入っているから、それほどでもないのでは? と思っていたのですが、サウナでアカを出しやすくして、いざやってもらったら驚くほどアカが出てくるのです。
 
寝台に寝転ぶと、チンチンを隠していたタオルもあっけなくとられて、スッポンポン状態。
 
しかも若く筋肉質のスイマー体型の男に体をこすられたので、勃つなといくら念じても、グングンとチンチンが勃ってしまいました。
 
やっぱりこのような状況は、とても恥ずかしいですね。
 
体をこすられるたびに触れられたりすれば、別の意味で気持ちよかったりして、ちなみに彼は競泳パンツ一枚の姿でアカすりしてくれるので、持ち上げられた僕の手など、彼の胸にあたったりして、いい肌してるなあ、なんて嬉しかったです。
 
そんな時間はすぐに終わってしまい、仕上げに石鹸で体全体を(尻のきわどいところまで)みがいてくれてコース終了。
 
僕はギンギンに勃ててしまったのですが、ほかのお客でも絶対にいるはず。
 
今度はいつ行こうかと考えています。(子熊のプー太郎)」
 
 
 
今でもこんな場所、あるのかな。
 
ぼくも20年ほど前に韓国に取材で行ったとき、ホテルの地下にサウナとアカすりの施設があって、アカすりしてもらったけど、勃ったかどうかは忘れてしまった。
 
 
 
「電話で知り合った人と会い、プールに行った。
 
そこまでは良かったんだけど、帰りにフェラされ、思わずすぐにイッてしまった。
 
初めてだったもんで……。
 
その日から僕はめざめた。
 
今、思っている人が3人います。
 
元ラグビー部、170×68くらい。
 
ラグビー部、178×70くらい。
 
元テニス部、167×62くらい。(神奈川・ラディ・18歳)」
 
 
 
170は身長、68というのは体重。
 
文通欄にはこうした記号が。
 
最初のめざめの体験があって、みんなさまざまの体験をして大人になっていく。
 
人生って体験の積み重ねだ。

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2018年10月 8日 (月)

ゲイの歴史で残しておきたい出来事!

1994年(今から24年前)の『薔薇族』6月号の巻頭に「同性愛者の初の人権裁判で、アカーの諸君が勝訴した意味」という記事をぼくが書いている。
 
ゲイの歴史でこれはどうしても残しておきたい出来事で東京都を相手にした裁判だ。
 
「日本で初めての同性愛者の人権を問う裁判として注目された、1994年3月30日の東京地裁の判決は、原告側の「動くゲイとレズビアンの会(通称アカー)」の訴えを一部認め被告の東京都に約26万7千円の賠償支払いを命じた。
 
社会的には同性愛者への偏見が、まだまだ根強く残っているだけに「同性愛者だということでの差別は許されないという司法の判断の意義は大きい」と、3月31日付の東京新聞は報じている。
 
1991年4月に東京都を相手どっての3年もの長い歳月に打ち勝ったアカーの諸君、本当にご苦労さまでした。
 
そしておめでとう。
 
アカーの神田政典さん(28)は、「同性愛についてきちんと議論する機会が与えられ、公平に判断されたことに非常に満足していると感想をのべ、風間孝さん(26)は、「同性愛は人権の問題であり、不当に扱われていることはおかしいということを裁判を通して明らかにすることができた。これを足場に今後も同性愛への理解を深める運動を継続していきたい。」と話していると、東京新聞は報じている。
 
東京都の宿泊施設「府中青年の家」の施設所長の言動、また施設を利用している他の団体の言動というものは、とくにひどいものであったり、悪意に満ちたものでもなく、庶民感覚で言えば、普通の人が持ち合わせている言動であっただろう。
 
一般の人は同性愛者をこの程度でしか理解していないということだ。
 
裁判官のように良識のある人間であるならば、それほど深く同性愛を理解していなくても、これはおかしいぞと思うのは当たり前のことであろう。
 
今度の判決で日本で初めて「法律上」で同性愛の存在を明らかにしたこと、また、それを差別してはいけないということを国がはっきりと認めたことの意義は多大である。
 
今までにもこのようなことはあったかも知れないが、それを法廷の場に持ち出して、はっきりと決着をつけたアカーの諸君の勇気は絶大なものがある。
 
マスコミも、お役所も、同性愛者に対して下手な行動はとれないぞという、牽制の役目も十分に果たしたといえるだろう。
 
月刊『薔薇族』も4回も発禁処分を取締当局によって受けたが、そのたんびに罰金を払って、法廷闘争には持ちこめなかった。
 
その理由は、弁護士を頼んで法廷で争うなど、小出版社ではできるわけがない。
 
裁判というのは長い年月がかかる。
 
それに費やすエネルギーを罰金を払って済ませ、雑誌を出し続けるほうが懸命だからだ。
 
一号、一号を今までどおりに出し続けることが最大の使命だと認識していたし、世間の同性愛に対する理解を深め、読者諸君が同性愛者として誇りをもって、堂々と生きてほしいという願いをこめたつもりだ。
 
今後とも、その姿勢を貫く確信に変わりはない。」
 
 
 
24年もの歳月が流れたが、最近、アカーの会がどんな活動を続けているのか、ネットを見れないのでしることができない。
 
が、地道に活動を続けていると思う。
 
衆議院議員が、同性愛を「趣味だ」と発言したり、「生産性がない、同性愛者に税金を使う必要がない」などと言うようでは、アカーの会もまだまだ頑張ってもらわねば……。

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2018年10月 6日 (土)

次回「文ちゃんと語る会」のお知らせ

次回「文ちゃんと語る会」は10月27日(土)開催
文ちゃんの話:
『薔薇族』の歴史の中で一番悲しかった出来事
 
日時・10月27日(土) 11時~13時
場所・下北沢南口から4分、カフエ「織部」
住所・〒155−0031 世田谷区北沢2—2—3
電話・03—5432—9068
会費・コーヒー代のみ
 
ぜひ、ご参加を!

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女に生まれればよかったのに!

「僕って古風な女性みたい」と題して、1994年11月号の『薔薇族』「人生薔薇模様」投稿欄に、神奈川県に住む19歳の学生君が投稿している。
 
まだ女性とも、男性とも性体験のない気の弱い学生のようだ。
 
 
 
「はっきり言って、僕は普通なのか、それとも普通じゃないのか、自分でもよくわかりません。
 
ただ、なんとなく近頃、自分の心の中のどこかが、少しずつアンバランスになっているような……。
 
うまく言えないけれど、何か変なのです。
 
 
 
僕はもうすぐ19歳になる学生です。
 
見かけはいたって普通の男です。(他人が言うのだから間違いありません)
 
第一印象は「おとなしくて、頭が良さそう」なんだそうです。
 
でも親しくなりはじめると、だんだん本性をあらわして、みんなから「変わってる!」と言われます。
 
人見知りするので、慣れるまで猫かぶってしまうんです。
 
ひょっとしたら、猫かぶったままのほうがいいのかも知れませんね。
 
僕って、なんとなく女っぽいと思います。
 
友達や親しい先輩などからは、「女に生まれればよかったのにな」なんて言われる始末です。
 
なかには「手術して女になれ、そしたら俺がオマエの最初の男になるから」と、そこまで言う先輩もいました。
 
違う。別に意識してやっているわけではないんです。
 
周りから言われて、気がついたというか、「そう言われれば……」みたいな。
 
言葉づかいや、仕草、性格、雰囲気、そういったものすべてが、どうも男っぽくないようです。
 
なんか中性的な感じ。
 
おとなしく黙って身動きひとつしなければ、男に見てもらえるかもしれないけど、そういうわけにはいかないし……。
 
僕としても今更変に男ぶろうと思わないし、逆に女っぽくしてるわけでもない。
 
中性的なのは、僕の本質なのだと思います。
 
これは変えようと思って変えられるものではないと思う(だって昔からず〜っと、こうだから)。
 
変わろうとも思いませんけど、今の時点では。
 
 
 
こんな僕の夢は、恥ずかしいけれど、本気で好きになった彼と、夜のドライブをすることなんです。
 
ふたりで街の夜景を眺めるのなんかいいなあと思います。
 
それから彼が一人暮らしならば、僕が家事をやってあげたり、彼の喜ぶことがしたい。
 
尽くすタイプかもしれないですね、僕は。
 
逆に現実的に「これだけはいや」と思うことは、人目も気にせずベタベタすることです。
 
四六時中、ベッタラ、ベッタラというのは苦手です。
 
あくまでも普通っぽい、サッパリとした関係が希望です。
 
僕は小心者で、やっぱり他人の目を少しは気にしてしまうし、非常にあきっぽい性格なので、ベタベタした関係になってしまえば、気持ちが冷めるのも早いと思う。
 
それにしつこい人って苦手。
 
サッパリした人が好きです。
 
でも好きになった人には尽くす(古風な女性みたい!)タイプなのです。」
 
 
 
この学生君、どんな家庭環境に育っているのかわからないけれど、お姉さんがいて、その次の男の子、もしかしたら一人っ子。
 
よくまあ、いじめにあわなかったようで、周りも彼のことを理解していたのかも。
 
はっきりしない文章で、すかっとしない、うじうじした感じ。
 
心の中の女性的な部分を意識すれば、より男っぽくしたいと、からだを鍛えたりするのに、古風な女性みたいな自分に満足している。
 
このまま年を重ねて行ったのだろう。

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2018年10月 1日 (月)

少年愛、かげろうのような恋に幸せは?

「かげろうのようなはかない恋、少年愛者に幸せな日はくるのか? マイケルの「性的虐待」の文字に思う!」と題して、1993年の『薔薇族』12月号に、ぼくは書いている。
 
 
 
「マイケル・ジャクソンのファンでもない僕にとって、彼がどんなスキャンダルで世間から非難されようが関係のないことだ。
 
しかし、どの雑誌、テレビを見ても、マイケル「性的虐待」の見出しなので、僕の心はおだやかでない。
 
『FOCUS』9月10日号を見ると、「マイケルを訴えた美少年の告白――「ディープキスやフェラチオも」という13歳」と見出しをつけた記事が載っている。
 
その記事によると「マイケル・ジャクソン(35)にはセックス・スキャンダルがない、と思っていたら、よりによって飛び出してきたのがホモセクシュアル・ハラスメントの「性的虐待容疑。今年2月から付き合っていたジョーダン・チャンドラー・シュワルツ君が、父親に連れられて心理療法のセラピストを訪ね、「マイケルとの秘密」について告白。
 
「初めはベドでホッペにキスされるだけだったけど、そのうち口にキスされて、それから彼の舌が中に入ってくるようになった」と打ち明ける事件が発覚したとある。
 
それから「マスターベーションは素晴らしいことだと言ったり、お風呂に一緒に入ることを強制して、僕にフェラチオをした」というのである。
 
「事実とすれば、これは驚くべき犯罪だ」と、『FOCUS』はきめつけている。
 
『薔薇族』を22年間、出し続けてきて、いいか、悪いか判断しかねていることといえば少年愛のことだ。
 
日本中の誰よりも少年愛の人と接触しているのは僕だと思う。
 
結論からいえば少年愛が悪か、善かというならば、どんなに偉い人でも結論を出せるものではない。
 
もし、この世に神がいるならば、神に責任をとってもらうしかないからだ。
 
誰が好き好んで少年を愛の対象になどするものか。
 
これは生まれながらに少年が好きなのだから、本人の意志では変えられない。
 
いくら齢をとっても同じことだ。(中略)
 
 
 
「性的虐待」いやな言葉だ。
 
確かに少年を殺してしまう変質的な人間もいる。
 
これはまさしく変質者で例外だ。
 
女の好きな人の中にもいる。
 
しかし、大多数の少年愛の人たちは、「性的虐待」などするものはひとりもいない。
 
 
 
マイケルの肩をもつつもりはないが、少年が好きなために、自分の農園に遊園地まで作って、子供たちを遊ばせ、楽しませている。
 
そんなマイケルが虐待などするものか。
 
少年愛は少年を愛したい。かわいがりたいという願望だ。
 
それなのに虐待するわけがない。
 
ほとんどの少年愛の人たちは、空想するだけで自分の理性で抑えている人たちだ。
 
しかし、抑えきれなくて行動に走ってしまう人もいることは事実だ。(中略)
 
運よく自分の好みの少年と仲良くなったとしても、少年は年々変化してゆく。
 
そうなると、もう自分の願望の対象ではなくなってしまうのだ。
 
 
 
ある日、少年が自分の恋人ができたといって、少女を連れてきたりすると、悲しくはなるけれど、反面、ほっとすることもあるという。
 
なんともはかない恋が、少年愛の人たちの宿命なのだ。
 
決して実ることのない愛なのだ。
 
だからこそ自分の理想の少年に出会い、少年の肌に直接触れたときのよろこびは、女を愛する人間にはわからないほどの喜びだろう。
 
神よ、あなたはなんということをしてくれたのだ。
 
このかげろうのような恋に幸せはくるのだろうか?」
 
 
A

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