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2018年10月15日 (月)

不遇は不幸じゃないんだ!

今から24年前、ネットが普及していなかった時代の「少年の部屋」に投稿してくる高校生の文章力は抜群だった。
 
 
 
「僕は後妻の子でした。腹違いの兄もいます。
 
しかし父は、その異母兄を預からなかったと母に当たっていました。
 
同母兄はそんな父と一緒になって母を馬鹿にし、異母兄と交流を持つようになったのです。
 
父は浮気を重ね、同母兄は非行に走り、家庭内暴力を毎日のようにして、不良グループと学校に放火しました。
 
それが新聞に出てしまい、責任を感じた校長が自殺してしまったのです。
 
しかし、兄は反省するどころか、その校長に勝ったような振る舞いをしていました。
 
結局兄は高校を中退し、父と異母兄の会社に就職しました。
 
 
 
そんなころ、父は人妻と不倫をして異母妹をつくり、蒸発してしまいました。
 
母はいつもの浮気と思っていたのですが、事の重大さを知ったときは、もうおそかったのです。
 
父が家を売ってしまったのです。
 
何も知らない母は、いきなり来た買人と弁護士に裸同然で追い出されました。
 
僕が8歳になる3日前でした。忘れもしません。
 
そのときに思ったのです。母は決して泣かないと。
 
 
 
浮気に忙しく1円もお金を家に入れなかった父に、「そんなにお金がほしいなら、自分で働け」と言われてから、母はそれまで黙って父の仕事を手伝っていたのをやめ、たったひとりで僕を育ててくれました。
 
家庭に一抹の不安を感じつつも、母がいてくれるだけで僕は幸せでした。
 
何も不満なく成長してきました。(中略)
 
母が急に強くなったのは、僕の将来のためと必死に守ってきた「正妻」の権力を行使したのです。
 
家を新築させ、生活費を法的に請求し、養育費を全面的に要求しました。(中略)
 
そして去年、すべてを母に告げました。
 
ゲイであること以外は。
 
それを言ったら理科の先生のことも言わなければならないし、いろんなことが出てきてしまいます。
 
そうしたら母は「上も下もしょうがないわね」って、少し顔をしかめて、すぐに笑ってこう続けました。
 
「ひとりでしっかり生きてゆけるように自分を大事にしなさい」
 
 
 
僕の母に対する最後の感謝の表現は、最後の秘密を一生、母に対して背負うことと、ひとりで生きてゆくことです。
 
それはいつか「親のすねをかじるだけかじってやる」と言っている兄に自立してもらって、こんどは母を遠くから守ってあげることだと思っています。
 
そして母に僕を育てたことを生まれてきた証だと思ってもらいたいと思っています。(中略)
 
自分がグレたのは家庭環境のせいではありません。
 
世の中で複雑な家庭のせいで不良に走ったなんてのがよくありますが、あれはうそです。
 
本人の性格です。
 
僕は自分の意志で戻ってきました。
 
親のせいにするのは甘えであり、逃げているとしか思えません。
 
自分を見るのが、自分の非を認めるのが怖くて、責任転嫁していると思います。
 
それに普通じゃ体験できないような、この家庭環境で、ずいぶん良い勉強をさせてもらったと思っています。
 
人を許すこと。
 
自分を大切にすること。
 
そして不遇は不幸じゃないこと。
 
逆境は力です。
 
この文章を読んでくれている多くの同輩に、後輩に、そしていっぱいの人に、そのことが言いたいのです。
 
死ぬときに「生まれてきてよかった」と言いたいですね。」
 
 
 
こんなしっかりした考えをもっている高校生って今の時代にいるかな。
 
それにしても「少年の部屋」のページは画期的なページだった。

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