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2018年11月

2018年11月12日 (月)

残り少ないぼくの人生に活力を!

ぼくは人との出会いでは運のいい男だ。
 
駒沢大学に頭の悪いぼくを入学させてくれた方は山田霊林さんという偉い坊さんだ。
 
世田谷学園の学長から、駒沢大学の総長、そして曹洞宗の本山、永平寺の貫首にまでなられた方で、父が戦前勤めていた第一書房で『禅学読本』という本を出されていたので、父とは知己のある方だ。
 
山田霊林さんのコネで世田谷学園、駒大とお世話になったいい時代だった。
 
 
 
駒大の国文科には素晴らしい教授がおられた。
 
『広辞林』の編集者、金沢庄三郎先生、富倉徳二郎先生、樋口一葉の研究者の塩田良平先生、渡辺三男先生、そして万葉集の研究者の森本治吉先生、森本先生は歌人の斎藤茂吉の弟子で、短歌結社の「白路」の主催者だった。
 
ぼくは短歌を作歌することを森本先生の「白路」に入会して教えられた。
 
その頃の駒大は学生数700人ほど、ぼくは文芸部で活躍していたが、劣等感のかたまりだった。
 
各大学では短歌を学ぶ学生も多かった。
 
とりわけ國學院大學の国文科は折口信夫先生がいたので一番多く、早稲田、中央、学習院、共立女子大などの学生が東大で短歌会を開くまでになった。
 
その時の歌会で東大国文科の中西進先輩がぼくの作品を絶賛してくれた。
 
中西さんのお蔭でぼくは自信をもち、それからの人生が変わったほどだった。
 
中西進さんはぼくの歌集に序文を書いてくれたり、女房久美子と結婚式をあげたときには仲人もしてくれた。
 
数年前には文化勲章も授賞した万葉集研究の第一人者だ。
 
 
 
10月の「文ちゃんと語る会」定刻11時に、会場の「織部」下北沢店で待ち受けていたのに誰も入ってこない。
 
今日は駄目かとあきらめていたら、10分ほどおくれて5人の人が参加してくれた。
 
その中に女性がひとり。
 
その若い東京医大で医者になるべく勉強している人が、ぼくのこれからの運命を変えてくれる女神のような女性だった。
 
ぼくの著書『『薔薇族』の人々』を読んで持参し、サインをということで、その本からぼくのブログにたどりつき「文ちゃんと語る会」に出席してくれたのだ。
 
若い女性が出席してくれると、ぼくの話に熱がこもりハッスルしてしゃべってしまう。
 
年をとれば誰ともしゃべる相手がいなくて、テレビを観るしかないが、こんなことができる老人って、世の中にそう多くはいないだろう。
 
 
 
この医大生、自宅は埼玉だそうだが、その日はお母さんが車で娘を乗せて送ってきて、車で待っているというではないか。
 
すぐに「お呼びしたら」と言ったら、電話して「織部」に来てくれた。
 
まだ若くて美しい方でいかにも行動的な方だった。
 
このお母さんとの出会いが、残り少ないぼくの人生に、また『薔薇族』を毎月出し続けていた頃のような活力をよみがえらせてくれた。
 
このお母さんは六本木に事務所を持ち、イベントの企画運営をする会社の社長さんだった。
 
なんという幸運な出会いではないか。
 
すぐさま「ホテルニューオータニ」に豪華な会場を予約してくれた。
 
 
 
ぼくの講演のタイトルは「『ひとりぼっち』の人たちをつないで」。
 
2018年12月16日(日)、13時〜15時・赤坂「ホテルニューオータニ」1Fの紀尾井フォーラム。会費は2000円。
 
ぜひネットで申し込んでください。
 
 
 
なんとしても満席にしたいので、友人を誘っておでかけください。
 
協力をおねがいします。

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2018年11月10日 (土)

精薄児を愛している先生!

1991年8月号の『薔薇族』の「編集室から」で、読者から送られてきた貴重な手紙を紹介している。
 
 
 
「精薄児の面倒をみているという先生から、こんな手紙をもらいましたので紹介します。
 
世間の垢にまみれることのない青年たちは、心身ともにとてもきれいです。
 
特に自閉的、ダウン的傾向にある子は、おしなべて美しい瞳をしていて、まるで神さまが、この世につかわした天使かと見まがうほどの美しい表情をしています。
 
当校の大多数の生徒は、知能の発育はおそいけど、からだの性だけは普通に生育している、いわゆる精薄の子供たちです。
 
ホモへの要因はいろんな説がありますが、性の関心、発育が幼児期でストップした現象ととらえる有力な説があります。
 
私自身は先天的なものだと考えているし、途中で発育が止まったなんて不自然な説は否定したかったのですが、養護学校に勤めていやが上にもこの説を認めざるを得ない。強烈な実証に毎日触れることになりました。
 
 
 
赴任1日目から美高校生が、かたく勃起したチンポをこすりつけて、強引に抱きついてきました。
 
次の日からは自閉症のK君が僕のからだをいじくり回しながら、オナニーを始めました。
 
今では勃起した僕のモノをしごいて大喜びしています。
 
とんでもない不謹慎と思われるでしょうが、あえて僕は自然にまかせています。
 
この子らを無理にノンケにしたところで、どんな幸せが待っているというのでしょうか。
 
生涯独身で女を買う能力もなく、童貞のまま空しい人生を送るしかないのです。
 
 
 
学校の職員の8割は女性です。残り2割の男教師の中にホモがいる確率は低いのです。
 
どの先生も男生徒が抱きついたといっても、それが性の対象としては受け止められず、投げ返したり、ぶったりします。
 
それが原因かどうかはわかりませんが、Mの子も多いのです。
 
 
 
Y君はよくお尻をつねってくるので、思いきりつねり返してやったら、「アーン」と悶え声をあげて、ビンビンになりました。
 
それだけのことで感じる子供たちですから、本気でプレイしたらどうなるか心配でもあります。
 
一度「犯ってしまうぞ」と言って、チンポの上に座っただけで発射してしまったことがあります。
 
ろくに洗ってないチンポですから、教室中に匂いが充満し、女の先生は顔を赤らめていました。
 
彼らがホモなら、ホモのままであり続ける方がまだ良いように思うのですが、いかがでしょうか。
 
 
 
食堂で朝食をしてるときでも、両どなりの高3の子がお尻を触ってきます。
 
短髪の不良っぽい、からだのがっちりした、いい男ばかりです。
 
彼ら同士でも先生の見ていない所でキスしたり、触りあったりが盛んです。
 
精薄の子らは総じてホモか、ホモを拒まないといっても過言ではない。
 
ならば仲間同士でホモだち、恋男を作ることの方がより自然、よりハッピーだと確信します。
 
 
 
現に僕は彼らをとても愛していますし、一生愛し続けたいと思っています。
 
毎朝、勃起した彼らの着替えに付き合い、この世の天国だとつぶやいている僕は罪人でしょうか。」
 
 
 
ホモでない男の子は、女性の先生に抱きついたりしているのだろうか。
 
普通の知能を持っている人は、なんとか苦しい性欲を理性で抑えているけれど、知能が低くて、理性で性欲をコントロールできない子たちは毎日、欲望をどうやって処理し続けるのか。
 
僕の孫が精薄の子を教える学校に勤めているので、一度見学に行ってみたいと思っている。
 

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2018年11月 5日 (月)

生きがいが幸せのカギだ!

「ツイッター」ってどんな意味かと、一緒に住んでいる息子の嫁に聞いたら、「つぶやき」ということだ。

 

「ブログ」ってどんな意味と聞きたかったが、前にも聞いたことがあったような気がしたので、聞くのをやめてしまった。

 

ぼくが使っている小学館発行の『新選国語辞典』は、2006年の発行なので、そんな言葉は載っていない。

 

意味がわからず書いているとは情けない話だ。

 

 

 

「つぶやく」とは、ぶつぶつ小声でひとりごとを言う意味だそうだが、それを読んでくれている人がいるとはありがたいことだ。

 

「ブログ」も「伊藤文学のひとりごと」と題して書いているのだから、他人さまに読んでもらうというよりも、自分の生きがいとして書いている。

 

20181022日の日本経済新聞に「茂木健一郎さんに聞く・人生100年時代の備え・生きがいが幸せのカギ・趣味など身近なことから」という見出しで、脳科学者であり、作家の茂木健一郎さんに、話を聞いて長い記事にしている。

 

 

 

100年時代を幸せに生きるキーワードとして「IKIGAI(生きがい)」を挙げる。

 

日本人にとって幸せは本来、社会的な成功や名声だけでなく、自分の役割の中に充足を見出すことにあったはずで、この生き方が海外でも評価され始めているという。

 

長寿を支える生き甲斐とは何かを聞いた」とある。

 

 

 

確かにそのとおりだと思う。

 

ぼくは86年の人生をかえりみると充足した人生を送ってきたと思う。

 

 

 

「仕事で成功をおさめることも大事ですが、幸せに生きるにはそれだけが正しい道ではないのです。

 

生きがいを探すにはもっと身近な小さなこと、極めてプライベートなものに着目することから始めればいいのです。

 

例えば学生時代に熱中した音楽や運動、趣味などはありませんか。

 

長い人生の生きがいを探すうえでヒントになる例は少なくないでしょう」

 

 

 

成功を求めない生き方で幸せになれますかという質問に茂木さんは、こう答えている。

 

 

 

「有名か無名かは幸せとはまったく関係がありません。

 

人生は地味でもいいのです。

 

誰もが有名ブロガーになる必要はないのです。

 

自分を卑下したり、背伸びしたりすることは不要です。

 

等身大の自分を受け入れればよいのです。

 

もし他人からの承認欲求を満たしたいと思うのであれば身近な数人から始めてみればいいのではないでしょうか。

 

脳科学的に言うと、脳は他人のためになにかすることと、自分のために何かをすることとをほぼ同じようにうれしいと感じます。

 

自分が幸せになるには、他人のために何かできるか考えてみることも大事なのです。

 

他人を喜ばせようと自分が学ぶことは他人のためになることであり、世の中に貢献することで感謝され、回り回って自分が幸せになるのです。

 

利他性は結局自分の幸せを呼び起こすことになるのです。」

 

 

 

学者の言うことは、分かったような、分からないようなことだが、ぼくはストレスっていうものはえんなく過ごしてきたし、いつも『薔薇族』の良き相棒の藤田竜君が、読者から何かを求めてはいけないと言っていたが、その通りだと思う。

 

 

 

茂木さんは堅い頭の持ち主だから、エッチなことには触れていないが、年をとっても女好きの人は女のことを考え、男の好きな男の人は男のことを考え続けていなければ駄目だ。

 

欲望を感じなくなったら人間おしまいだ。

 

趣味だけでは人間生きられないのだから。

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2018年11月 3日 (土)

「孤立死」『薔薇族』の読者の顔が!

月日の過ぎゆくのは早いものだ。もうそろそろ年賀状を書く準備をしなければ。

 

今年も300枚を越す年賀状を手書きで書いたが、何通か戻ってくるものがある。亡くなられてしまっているのだろう。

 

 

 

ぼくがよく通っている「織部」下北沢店には、日本経済新聞と朝日新聞が置いてある。

 

この新聞を読む人は、お客さんの中で数名だろうが、本店の会長さんが2紙を置くようにと言ったそうで、息子の店長さんがその言いつけを守っている。

 

ぼくは経済的な理由で東京新聞しかとっていないので、2紙を読むのを楽しみにしている。

 

日本経済新聞は株など買ったことがないぼくでも、世の中の移り変わりを知ることができる。

 

2018年1022日(月)の日本経済新聞にこんな記事が載っていた。

 

「孤立死した男性の住居を片付ける遺品整理業者の作業員(都内)」とあり、ダンボールの箱を広げて、遺品を片付けている2人の男性の姿がカラー写真で載っている。

 

見るだけであわれさが漂ってくるようだ。

 

見出しには「都会の片隅で「孤立死」」とある。

 

 

 

「誰にも気づかれることなく死亡する「孤立死」。

 

高齢者の単身世帯の増加に伴い、孤立死を生むリスクも高まる。

 

職場を引退して親類、友人とも疎遠になり、いつの間にか都会の片隅で忘れられる――。

 

ある高齢者の死の現場は、問題が多くの人の身に降りかかる可能性があることを改めて教えてくれる。」

 

 

 

この記事を読んで『薔薇族』の読者のことが頭に浮かんだ。

 

ゲイの人は結婚しない人が多い。

 

それに親類や、兄弟などと付き合わない人も。

 

今年亡くなった方で、『薔薇族』に多大な貢献をしてくれた人がいる。

 

大阪出身の方でお妾さんの子だ。

 

紅白歌合戦が始まった頃、優勝して歌手になるために東京に出てきたが果たせず、広告代理店などに勤めていたようだ。

 

なにしろ器用な方で、小説も書き、イラストはさまざまな描き方が出来、小説の挿絵をどれだけ描いてくれたことか。

 

映画が好きで週に何本も観ていたようだ。

 

労働組合の雑誌の編集を引き受けていて、映画評論も毎号書いていた。

 

ゲイの映画がくると、ぼくに教えてくれて試写会に何度も連れて行ってもらったこともある。

 

 

 

この人、警察官が好きで、若い警察官に料理を作って食べさせるのが趣味だった。

 

ぼくより年上だったが、よく歩く人で健康だったのに病気になったと電話があった。

 

自分を生んでくれた母親は、お妾さんで、その母親のことを何年もかけて書き直し、書き直ししては仕上げた。が、今の時代、無名の人の小説を本にしてくれる出版社はない。

 

ぼくの本を出してくれた出版社に頼んだがことわられてしまった。

 

 

 

65歳以上で一人暮らしする人の割合は今後厚みを増すことが予想されている。

 

65歳以上の高齢者で一人暮らしをしている人の割合は1990年時点では男性が5.2%、女性が14.7%だった。

 

それが2015年には、それぞれ13.3%と21.1%に上昇。

 

40年は男性20.8%、女性24.5%になると推計される。

 

 

 

ゲイの人の一人暮らし率は高いだろう。

 

雑誌がない今では、一人暮らしのゲイの老人に呼びかけるすべがなく、ブログも老人は読んでくれていない。

 

あの人、この人と読者の顔を思い浮かべるがどうすることもできない。

 

どうしたらいいのだろうか。

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