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2019年1月14日 (月)

思わぬお金が入ると人は変わる!

2018年12月31日の午後、心臓病で32歳の若さで亡くなったぼくの姉弟の末っ子・紀子の長男の純ちゃん(高校の教師をしている)から電話があって「父が今日の午後2時ごろ、80歳で亡くなりました」と知らせてきた。
 
埼玉県の老人ホームに入居していて、生活保護を受けていたようだ。
 
草薙実、紀子の亭主だった人だ。
 
 
 
紀子が心臓の最初の発作を起こしたのは、昭和36年(1961年)の12月、クリスマスの楽しい夕げのひとときだった。
 
下高井戸の吉川病院で精密検査をしてもらったら、僧帽弁閉鎖不全症という聞いたこともない病名を言い渡されて、「東京女子医大の榊原先生に診てもらったほうがいいですよ」ということだった。
 
年が明けて正月の休みが終わったばかりの東京女子医大に診察を受けに行った。
 
「すぐに入院の手続きをしてください。
 
手術をしなければ、あと2、3年ももちませんよ」と。
 
それから半年もまたされてやっと入院ができ、東京女子医大の心臓病棟、401号室、8人部屋に入ることになった。
 
何度も何度も医師の都合で手術の日が決まっていたのに変更されたので、紀子はやけくそになっていた。
 
そこでぼくはたまりかねて、朝日新聞朝刊の「読者のひろば」という読者投稿頁に、「妹に激励の手紙を」と呼びかけた。
 
ネットなんていうものがない時代の朝日新聞の力は偉大だった。
 
この投稿がきっかけとなって、昭和40年の日活映画「ぼくどうして涙がでるの」にまで広がっていった。
 
多くの人たちから激励の手紙が寄せられたが、月日が経てば手紙の数は減っていく。
 
それでも続いていたのは、北海道の日高という競走馬の産地として有名な街の貧乏な家で生まれ、5人姉弟の長男だった実君で、彼は上京して大田区の朝日新聞販売店で配達人として生活していた。
 
新聞を配り終えて、新聞を広げて目についたのが「読者のひろば」だった。
 
それから毎日のように長い手紙が妹の病室に送られてきた。
 
妹は発作が起きる前は、何人かの男性と付き合っていたが、心臓病だと知ると、みんな去っていった。
 
 
 
ぼくが書いた「ぼくどうして涙がでるの」が映画化され、ベストセラーになり、新聞配達人の実君と結婚するというので、フジテレビ「テレビ結婚式」がとりあげてくれた。
 
スポンサーは花王石鹸で、花王の製品1年分と電気洗濯機まで贈ってくれた。
 
その後、4畳半のアパートを借りて、ふたりの新生活が始まった。
 
実くんは明治大学に入学したが、長くは続かなかった。
 
 
 
最初の手術後、「あと10年ほどしか生きられませんよ」と医師に言われたが、そのとおりで11年目にまた手術をして帰らぬ人となってしまった。
 
 
 
実くんは子供のときから読書好きで文才があり、その後の話を学習研究社から『限りある日を愛に生きて』と『愛すれど生命哀しく』として出版した。
 
それが大映で映画化、東芝日曜劇場で石井ふく子さんがドラマ化してくれ、これが大好評で再放送までされた。
 
思わぬお金が入って、実くんの人生は変わってしまった。
 
何に使ったのかわからないが、また元の貧乏生活に。
 
彼の残した本を読み返してみたら、名文で書き上げた小説のような話になっていたではないか……。
 
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コメント

草薙実さん、昨年末に亡くなられたのですね。
ご冥福をお祈りします。
私は8年前に伊藤さんにメールした者です。
私も妻をガンで亡くし、男手ひとつで3人の男の子を育て上げました。
妻も享年32ですから紀子さんと同じですし閉塞性黄疸のなか母子共に命がけの出産した事を書かせてもらい「他人とは思えない」と返信された時、涙が止まりませんでした。
草薙さんも奥さんが亡くなったあと色々あったのでしょう。私がそうでしたから!
ひとつの時代が終わったのですね。

投稿: 鳥海晃 | 2019年9月15日 (日) 23時05分

人を貶めることは、書かない方が。
不幸な人の為に、人知れず寄付をしていたかもしれない。

伊藤さんだって、薔薇族発行で得た大金を美術館などに使ってしまったのですから。

投稿: | 2019年1月19日 (土) 10時15分

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