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2019年3月 2日 (土)

『薔薇族』というネーミングは秀逸だ!

『薔薇族』1998年の1月号に、デザイナーでもあり、イラストレーターの第一人者の宇野亜喜良さんが、「ゲイの本質に迫る、秀逸なネーミング『薔薇族』」と題して、おほめの言葉を寄せてくれた。
 
 
 
「『薔薇族』が創刊300号を迎えるという。世に3号雑誌という言葉があるように、3冊を発行するくらいで、ぽしゃってしまうものが多いのである。似たタイトルでいえば、澁澤龍彦さんが主幹であった『血と薔薇』は、4号で廃刊になっている。
 
いまさらながら300号というのはすごい数だと思う。ホモ・セクシュアルなテイストの草分け的存在であり、今なお充足を続けるこの雑誌に心から祝福を捧げたいと思う。
 
ところで『薔薇族』というネーミングは秀逸だと思う。薔薇という植物が、ホモ・セクシュアルのメタファーなのか、どうかはぼくには分からないけれど、ジュネの『花のノートルダム』(この「花」は、どうもバラのようだと思う)や、ロジェ・バディムのレズビアニズムの匂う映画『血とバラ』、三島由紀夫を撮った細江英公の写真集『薔薇刑』というように、野生と高貴が内在し、しかも、少しばかり病んだ感じ、内側から、これでもか、これでもかという気構えで押し開いてくる花弁のオブセッション。
 
精神の内側に張り詰める壁紙のようなビロード質。読者のあいだに飲む覚醒と耽溺の味ローズ・ティー。花束が大きければ、大きいほど声高に愛を叫ぶ花。
 
14歳の少年すら魅了する耽美と犯罪の匂いのする、たった2文字で34画ある薔薇。
 
そうして今やホモ・セクシュアリティの代名詞のように使われる『薔薇族』なのだからすごいと思う。」
 
 
 
こんなにまで、ぼくが命名した『薔薇族』のネーミングが秀逸だと言ってくれた宇野亜喜良さんに感謝するばかりだ。
 
最後の頃、『薔薇族』の表紙のデザインを担当してくれたり、「ロマンの泉美術館」の催し物チラシのデザイン、レストランのランチョンマットの素敵なデザインもしてくれた。
 
50年も前には先妻の舞踊家、ミカが舞踊化した『オー嬢の物語』『愛奴』『静かの海』と3点もシルクスクリーンの豪華なポスターを製作してくれた。
 
ポスターだけでなく、チラシ、カタログ、チケットのデザインまでも。
 
『薔薇族』を創刊した時、表紙に「薔薇」とあるものだから、書店員が「園芸コーナー」に並べてしまったという、笑い話のような本当の話があった。
 
現在の大型書店で、本のありかを尋ねると、すぐに答えてくれるが、当時の書店はのんびりとした時代だった。
 
 
 
ぼくは駒沢大学に入学して、万葉集の研究者であり、斎藤茂吉の弟子で「白路」という短歌結社の主宰者でもあった森本治吉先生に師事して短歌を作るようになったので、長いものを短く表現することを覚えた。
 
それで書名を考えたり、小説の見出しを考えたりすることが上手になった。
 
創刊の前に誌名を考えて『薔薇』とつけたかったが、すでに他社で商標登録されていたので、やむなく全国に散らばっている多くの読者のことを思い、連帯感を持ってもらいたいという願いをこめて、「族」という言葉を下につけたというのが、本当の話だ。
 
カミナリ族、暴走族、みゆき族など、大人に理解されない60年代の活気にあふれた当時の若者たちが、なぜかみんな「族」と呼ばれていたのも気に入っていた。
 
大学を卒業する頃の世の中は不景気で、就職口はなく、親父の出版の仕事を継がざるをえなかった。
 
それがよかったのか、悪かったのか、自分でもよくはわからない。
 
A
B
宇野亜喜良さん(伊藤文学撮影)

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コメント

読めても書けない単語、しかも二文字とも。す薔薇しいネーミングです。

投稿: 読めても書けない単語 | 2019年3月 3日 (日) 01時28分

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