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2019年3月23日 (土)

極端に同性愛を嫌う人こそ!

『薔薇族』を取次店に通さないで、直接ぼくが運び込む書店では、すぐにカバアをかけて一番上の一冊をむき出しにして、指をさせばさっと渡してくれる店もあった。
 
書店の店員によっては『薔薇族』の読者に対して感じの悪い態度をとることもある。
 
創刊号から購入してくれているという年配の読者からこんな手紙をもらったことがある。
 
 
 
「都内のあるお店で貴誌を購入していますが、どうもこの種の購入者に対する接客態度がよくないのです。それがはっきりしたのが、2、3日前のことでした。
 
70歳近いその男性が、「細かいのを持っているのか」と、高飛車な物言いで、何か悪いものでも買っていく、嫌な奴という物腰でした。
 
不潔なものでも与えるがごとく、早く持って行けとばかり、ありがとうのひと言もありませんでした。二度とこの店に行くものかと思いましたが、受けた恥辱は計りしれませんでした。」(『薔薇族』1992年4月号)
 
 
 
ぼくはこの手紙を誌上で紹介したときに、冷静になって考えてみてくださいと書いた。
 
この意地の悪い書店の親父さんは、じつは同性愛者かもしれない。
 
奥さんや子供がいて、自分の本当の気持ちをずっと封じ込めているならば、堂々と『薔薇族』を買う同年輩の人に対して反感を持ってもおかしくない。
 
極端に同性愛のことを忌み嫌ったり、あからさまに口に出して言う人こそ、男の好きな場合が多いのだ。
 
かつて有名な詩人と一緒にシンポジュウムに出席したときのこと、彼が盛んに同性愛者の悪口を言い、自分はそうではないと発言するのを聞いて、辟易としてしまったことがある。
 
ところがぼくが「そうやってムキになる人ほど本当は同性愛者だったりするものだ」とたしなめると、饒舌な彼はすっかり黙り込んでしまった。
 
そして後日、渋谷の書店に納品に行ったとき、彼が『薔薇族』を買うのをぼくは見てしまった。
 
こんな経験を何度もしているものだから、ぼくは差別や偏見といった言葉を軽々しくは使わない。
 
書店の親父の冷たい態度ぐらいのことならば、読者の心の中に巣食っている、男を愛することがいけないという意識をなくし、後ろめたさを追い出すだけで解決できる問題だからだ。
 
この話は今から27年も前のことだから、『薔薇族』を売るほうも、また買うほうの意識も後ろめたさがあったのだろう。
 
 
 
『現代の図書館』(Vol.56 №4 2018・12)性的マイノリティへの情報サービスの特集号だ。
 
ぼくがいつも通っているカフエ「織部」で日本経済新聞と朝日新聞を読んでいるとブログに書いたら、「公立の図書館に行けばどの新聞も置いてあります」と、コメントを書いてくれた人がいる。
 
ぼくは図書館って行ったことがない。
 
世田谷区にも図書館はあるのだろうが、どこにあるのかも知らない。
 
歩いて行ける近くにあれば散歩がてらに行ってみたいが近くにはない。
 
石田仁さんという同性愛者を研究している若い学者が書いた記事が載っていた。
 
「ゲイ雑誌、その成り立ちと、国立国会図書館の所蔵状況」がくわしく書かれている。
 
『薔薇族』は毎号、納品していたから創刊号から廃刊になるまでの381号まではあるはずだが、6号だけ無くなっているようだ。
 
欠号は1981年10月号、85年6月、9月、10月号、86年2月号、87年9月号だ。
 
誰かが持ち去ったのだろうが、これはなんとしても揃えたい。
 
持っている方がいたらゆずってほしい。
 
後世の研究者のためにどうしても残しておきたいからだ。

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