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2019年3月30日 (土)

みんなに支えられて87歳まで!

「文ちゃん87歳誕生日を祝う会 2019年3月13 於 銀座まじかな」での会が1回目、80歳の誕生日を祝う会も、オープンしたばかりの「まじかな」で盛大に開いたが、あれから7年も経っていた。
 
地下鉄銀座線で渋谷から浅草行に乗って新橋で下車。5番出口から階段をやっとこさのぼって表通りに出て数寄屋橋の方へ向かって歩き、しばらく歩くと向かい側に高級なカフエがある。そこを左に曲がると、友人のカメラマン、中嶌君が経営する「音楽バア・まじかな」に……。
 
カフエは大きな窓ガラスから店内が見える。なんとなく店内をのぞいたら、中から制服姿の女店員が飛び出してきた。
 
「伊藤さん、誕生日おめでとう」と声をかけてきたのは、「文ちゃんと語る会」を毎月開いている下北沢のカフエ「織部」でオープンした頃、働いていた女性だった。
 
ブログで「まじかな」での会を予告していたのを読んで、ぼくが店の前を通るのを待ってくれていたのだ。
 
手には赤い薔薇一輪と贈り物の手提げ袋をさげて。
 
なんというありがたい話ではないか。
 
お名前だって忘れてしまっている。お顔には覚えはあった。
 
ぼくのブログを読んでくれているので、ぼくに親しみを持ち続けてくれていたのだろう。じ〜んとこみあげてくる思いがあった。
 
「まじかな」の店内に入ると、顔見知りの人もいるが初めてお会いする人も……。
 
壁にはぼくが自分で書いてきたポスターを貼った。
 
大きなケーキを作ってもってきてくれた女性も。
 
13人ほどの集まりだったが、シャンソン歌手の方もいて、「百万本のバラ」と「ろくでなし」を熱唱してくれた。
 
 
 
2回目の祝う会は、3月19日、この日が本当の誕生日。
 
下北沢駅前の大庄水産下北沢店で、世田谷学園の同期生5人が祝ってくれ、ぼくの飲食代はみんながおごってくれた。
 
5人とも一流大学出、東大出身のM君は大学の教授を定年まで勤めていた方だが、からだは丈夫なのに頭はボケてしまって、みんなの名前もわからない。
 
銀行員だった人、お役人だった人。ぼくがおせっかい役で出欠のはがきを出し、会場を決めたりしての30年。
 
5,60人も集まっていたのが年々他界して今や6人だけ。
 
会の始まる前に健康の話は、みんなどこかしら悪いのだからやめようと言ったのに、結局は病気の話ばかりに。
 
ぼくらが入学したのは、空襲のもっとも激しかった敗戦の1年前。
 
その頃の世田谷中学はヨタ中と言われていたが、今は都内でも有名な進学校で、今年は東大に15名、早慶などは何十人も入学している。
 
世田谷学園の卒業生の有名人は、なんと言っても三谷幸喜君、2番めは伊藤文学だと言ってくれたのは世田谷学園の国語の教師を定年まで勤め、今は俳句の先生のK君だ。
 
もちろんお世辞だけど。
 
世田谷学園の名声を汚さないように、いい仕事を残していかねば。
 
 
 
3回目の祝う会は3月23日「織部」下北沢店で午前11時から13時まで。
 
朝日新聞の小泉信一記者が、ぼくの写真入りで2日前の都内版に予告記事を載せてくれた。
 
新聞を読んで参加してくれた方も5,6人。
 
1月の会に初めて出席してくれた中学2年生の少年が横須賀から参加してくれた。
 
この少年ぼくのブログを読んでくれていて、ぼくのことをなんでも知っている。
 
しっかりしたこの少年、成人したら大物になるだろう。
 
ハワイでぼくのブログを読んでくれた豊さん。中学時代から『薔薇族』を読んでいて、アメリカ人と同性婚。一時帰国を兼ねて参加してくれた。
 
レイをぼくの首にかけて抱き合った。
 
20数名も集まってくれて大盛況。
 
こんなに他人さまに祝福される老人はぼくだけ。
 
多くの人に支えられて87歳まで生きてこられたのだ。
 
感謝の言葉しかない。
 

A

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