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2019年6月 1日 (土)

「令和」の名付親、中西進さんのお人柄!

下北沢の駅周辺には、かつては書店が7,8軒もあった。
 
それが今では駅前のスーパー「ピーコック」が入っているビルの3FのS書店しかない。
 
このビルが建つ前は、ミルクホール「小清水」があり、夏になるとわりばしに棒状の色のついた氷をかためたものを売っていた。
 
そのミルクホールの裏手に木造2階建ての宴会場があり、ぼくのアイデアで作られた豆本(1冊10円)歌集『渦』と、友人の相沢一好君(教育大、現在の筑波大)の学生だった歌集『夜のうた』の出版を祝う会が、昭和28年12月6日に催された。
 
20名の方々が出席してくれたが、今も元気な方は数名しかいない。
 
 
 
5月24日発売の月刊『Hanada』に「中西進さんと『薔薇族』編集長」のタイトル(ぼくが考えたタイトルで、花田編集長も「これはいいタイトルだ」と、採用してくれた)。
 
なんとしても因縁のあるS書店に、『Hanada』を山積みにして、目立つ場所に置いてもらおうと、店長を訪ねた。
 
カフエ「織部」の常連の上品な書道家のおばあさんにお願いして「令和」の文字を書いてもらった。
 

B_2

 
それを使ってポスターを書き、『Hanada』を置いてもらおうとお願いしたが、若い女性の店長に断られてしまった。
 
何年か前に彩流社からぼくの著書『裸の女房』を出版したときには、以前の店長は快く引き受けてくれた、ぼくが書いたポスターの前に『裸の女房』を山積みにして、目立つところに置いてくれたのに。
 
「売り切れたら、すぐに補充します」の一点張りだ。
 
規則、規則で融通のきかない、嫌な世の中になってしまったものだ。
 
「令和」「令和」とマスコミも、日本中が商魂たくましく、「令和」にちなんだ商品を売り出しているが、肝心の「令和」の名付親の中西進さんが、どんなお人柄の人なのか、誰も知ろうとはしない。
 
5月24日発売の月刊『Hanada』に書いたぼくの「中西進さんと『薔薇族』編集長」の10ページに及ぶ記事は、中西進さんの気持ちのやさしさ、おもいやりの心をもった中西進さんのお人柄の一端は知ってもらえると思う。
 
66年も前にぼくに送ってくれた茶色く変色してしまった葉書、よくぞ保存していたものだ。
 
3度も家を住み替えたというのに。
 
この1枚の葉書は、まさに宝物だ。
 
 
 
「前略
 
ご無沙汰しています。お元気でしょうね。
 
さて、兄の『渦』十冊頂きたいのですが、もうありませんか。何とか一つお願いしたいのですが、よろしく頼みます。何なら再販して……? 大至急ほしいのです。送ってくださるか、もし遊びがてら学校(富士高校)へ来てくださるかしていただければ助かります。
 
学校なら火・金(十一時半〜十二時半)昼をめあてにして下さい。
 
タノミマス タノミマス」
 
 
 
最後の「タノミマス」の文字は、葉書から飛び出しそうになっている。
 
ぼくの歌集を一生懸命に売ってくれたのだろう。
 
この涙が出るほど、うれしい葉書を読むだけでも、中西進さんのお人柄がよく分かるというものだ。
 
ぼくが『薔薇族』を創刊させたものだから何人もの友人が、ぼくから去っていったのに、中西進さんは学生時代からの友情に変わりはなかった。
 
中西進さんは、ぼくに自信を持たせ、それからの人生が変わったが、「令和」の年号は日本人に自信を持たせ、いい世の中になっていくだろう。

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