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2019年5月25日 (土)

「令和」ってすばらしい年号だ!

『薔薇族』を創刊したのが、1971年のことだから、その翌年ということだろう。
 
中西進さんが1972年12月20日発行の毎日新聞社刊『万葉の心』という本を出されている。
 
今から47年も前で、ぼくが40歳の時だ。
 
女房の久美子と結婚し、中西夫妻が仲人をしてくれたのが、ぼくが38歳だったから、それから2年後ということか。
 
その本にぼくが撮影した着物姿の中西進さんの写真が巻頭に載っている。
 
この本のあとがきにこんなことを中西さんは書いている。
 
中西さんは東大国文科の出身だ。
 
 
 
「故池田亀鑑博士が、授業中に「やさしく書くことが一番むつかしいことです」といわれたことばが、いまだに私の胸にびんびんひびき続けているのです。
 
なお、写真は友人の伊藤文学君がとってくれた。うれしいことだ」
 
と、結んでいる。
 
「友人」と書いてくれたことは、本当にうれしい。
 
 
 
今、月刊文藝春秋の6月特別号に載っている、中西進さんの『令和とは「うるわしき大和」のことです』という記事を何度も読みながら、47年も前の『万葉の心』のあとがきを思い出した。
 
文藝春秋は、中西進さんが「令和」の考案者であることを承知の上で原稿を依頼したに違いない。
 
頭が悪いということはどうにもならない。
 
カメラを買っても、スマホを買っても製品に付いてくる説明書をちらっと読んでも理解できない。
 
こんなぼくに「自信」を持たせてくれた恩人が中西進さんだ。
 
87歳の生涯で、人が出来ないことをいくつもやりとげてきた。
 
多くの人たちの支えがあって、これからもいい仕事を残して、この世を去りたいものだ。
 
 
 
文藝春秋の中西進さんの文章、誰にでも「令和」という年号の意味をやさしく書いて、理解してもらおうという気持ちで書かれていることが伝わってくる。
 
中西進という人間を他人事のようにユーモラスに書いて、いろいろと言われた批判にもうまく答えている。
 
さすがだ。
 
01
 
「和歌という五七五七七で歌われるのは、まず相聞、つまり恋です。日本は恋という命の響きを圧倒的に大事にしてきた文化です」
 
中西進さんは、ぼくが駒大在学中に、斎藤茂吉の弟子で、万葉学者の森本治吉先生から短歌を作ることを教えてもらったお陰で、東大国文科在学中の2年先輩の中西進さんと短歌会の席上で知り合うことができた。
 
ぼくの歌集『渦』の序文で恋の歌をほめてくれた意味が分かったような気がした。
 
「令和が発表された後、ある方が「令」の字は命令の令で、使役の意味があるから元号にふさわしくないと発言しました。しかしそれは令の一面をとらえた解釈に過ぎません。どうして一つの文字の意味をばらばらに理解するのでしょう」
 
学者の頭ってすごい。
 
89歳にもなって、理路整然と批判した人たちをやんわりと反論している。
 
「日本では、花といえば桜なのに、どうして桜ではなく梅を囲んだ宴だったのだろうか、という疑問を持つ方がいるかもしれません。日本人はなんといっても桜が好きです。これはあらゆる時代を通じた価値観で、旅人の時代もそうでした。(中略)外国の文化をよいものとして取り込むきわめて日本的なふるまいであると言えます」
 
 
 
文藝春秋(¥1000)滅多に買ったことがないが、すばらしい雑誌だ。
 
ぜひ、読んで下さい。
 
「麗しく生きる万葉集の精神性、そして旅人の品格のある生き方が「令和」という元号から伝わるよう願っています」と結んでいる。

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