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2019年6月

2019年6月29日 (土)

令しく平和に生きるために

2019・6・20の東京新聞朝刊1面、書籍広告ランの8割の1つに「令和」の年号発案者の中西進さんのエッセイ集「令しく平和に生きるために」の広告が載った。
 
新潟に住む女性からも新潟日報に広告が載っていたと電話で知らせてくれたので、かなり宣伝費をかけているのだろう。
 
『令しく平和に生きるために』(潮出版社刊・潮新書・国文学者、万葉学者、中西進著・定価800円)「令和」で話題の著者による最新エッセイ集。「令和」の考案者とされる、万葉集研究の第一人者が綴る「未来へつなぐ平和への願い。
 
これから下北沢駅前の三省堂書店に行って購入しようと思っている。
 
ぼくのブログを読んでくれているみなさんも、ぜひ、ご購入ください。
 
きっと生きる希望が湧いてくるに違いないと思うから。
  
花田紀凱責任編集・月刊Hanada7月飛燕号に「中西進さんと『薔薇族』編集長・新元号「令和」秘話」と題して、10ページも使って、ぼくが書いた中西進さんの人柄がよく分かる文章を載せてくれた。
 
表紙には主な目次がずらりと並んでいる。
 
「消費増税延期、あり得る・萩生田光一・櫻井よしこ」
「「天声人語」が天皇制を批判・有本香」
「令和で今の野党は全部消滅・長谷川幸洋」
「米中貿易戦争で世界は二極化・遠藤誉」
 
といったような見出しばかりだ。
 
雑誌の性格上仕方がないことで、ぼくが書いていることは、この雑誌にはそぐわないことはよく理解できる。
 
年号が「平成」から、「令和」に変わって、日本中が「令和」「令和」でもちきりだ。
 
「令和」の発案者が万葉学者の第一人者で、文化勲章の受章者でもある、中西進さんってどんな人物なのか知りたいと誰もが思っていることだろう。
 
ぼくが書いた記事は、自分でも上出来な文章とは思っていないが、中西進さんが、今から66年も前にぼくに送ってくれた、色が変色して茶色っぽくなってしまった葉書などを保存していたので、それを読むだけでも、中西進さんって気持ちの優しいお人柄だということがよく理解できる。
 
ぼくのすぐ下の妹、昭子(85歳)から聞いた話だと、中西進さんが東大の学生時代に、本郷の東大で催された大学祭に連れて行ってくれたそうだ。
 
月刊Hanadaが、思い切って大きく表紙に「令和」秘話・中西進さんと『薔薇族』編集長と入れ、広告にももっと大きく入れたら、今までのHanadaの読者と違う人たちが購入してくれたのでは。
 
今でも残念でならないのは『薔薇族』が廃刊になり、しばらくして上野に事務所があった、株式会社メディアソフトが復刊してくれた。
 
メディアソフトの社長さんも大変な力の入れようで、こんなにスタッフを使って大丈夫なのかと思うぐらいの人数だった。
 
創刊号にはどうしても目玉が欲しかったので、美輪明宏さんにお願いしたところ、演劇の公演の前で、1日だけ休日がとってあるというので、その日にぼくと対談をしてくれることになった。
 
目黒の雅叙園の豪華な部屋を借りて、三時間近くもおしゃべりした。
 
カメラは美輪さん専属のカメラマン、すぐにお名前を思い出せない。
 
美輪さんが休日を割いてまで、ぼくに協力してくれたのだから美輪さんの写真を表紙に大きく入れて、ぼくとの対談を目玉にしたら、書店もいい場所に置いてくれたに違いない。
 
ぼく一人の決断でなんでもできた幸せな出版人生だった。
 
これも中西進さんが、ぼくに自信を持たせてくれたからだ。
 

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2019年6月24日 (月)

女の人、こんなこと書いてごめんなさい!

「6月に結婚式を挙げ、ハワイに新婚旅行に行くという24歳の男性から相談を受けました。彼は5人兄弟の末っ子、男性は年配の人が好きで、年配の人に可愛がられたいタイプの青年です。男性とはセックスの経験はあるけど、女性とはまったくないそうです。
 
「結婚して女性とセックスできるでしょうか」
 
という心配の電話ですが、受け身のタイプの人はできれば女性と結婚しないほうがいい。毎日が地獄の苦しみでしかないと思うけれど、式の日取りまで決まっているようなので、なにがなんでもうまくいくように考えなければなりません。
 
ためしに女性とセックスしてみて、自信をつけることが大切なことだけど、ここまできてしまっては、ソープランドに行くこともできないでしょう。ソープランドに行ってうまくいかなかったら、それこそ自信をなくしてみじめな結果になることは目に見えています。
 
結婚初夜。この夜は誰だって疲れきっているから、嫁さんだって同じこと。やさしい言葉をかけて、キスしたり、触ったりするぐらいで、「君も疲れているだろうから、明日の楽しみにしよう」と、翌日にもちこむべきです。
 
君も若いのだから、一晩寝て朝になれば、自然にむくむくしてくるだろうから、このチャンスに頑張るべきです。その際、大事なことは部屋をなるべく暗いままにしておくべきです。
 
女性は敏感だから、相手が何を考えているか見抜かれてしまうから、さとられないように注意すべきです。
 
 
 
そしていざ本番、あそこに入れるとき、君が男と寝て一番燃えたときのことを思い出して、あそこに入れてしまえばこっちのもの。
 
ぐいぐい腰を使えばなんとかなるものです。その前に大切なことは、結婚相手の女性はなるべく処女を選ぶべきです。男性経験豊富な女性だと、かなりのサービスをしないと満足してもらえないし、とってもテクニックでは女が好きな男性にはたちうちできません。
 
君がナルシズムが強いようだったら、寝室に大きな鏡をおいて、自分の姿をみるべきです。
 
やはり女性とのセックスも前戯が大切で、キスしたり、からだをなめたり、あそこをさわったり。でも、そんなことやりたくないだろうな。
 
 
 
もうひとつの方法はラブオイルです。なんとしてもあそこへ入れなければならないのだから、この際、仕方がないから自分の息子の先にラブオイルをぬっておいて、ふにゃふにゃであっても無理して入れてしまうのです。入れてしまえばこっちのもので、まさつ行為を繰り返せば、なんとか大きくなってくるものです。
 
結婚したからには頑張って早く子供をつくるべきで、それまでは好きな男とのセックスは我慢すべきでしょう。誰だって結婚したくてしたわけじゃないけど、したからにはある程度の我慢はすべきです。
 
相手の女性は君のことをなんにも知らないのだから、セックス以外のことでは、やさしくいたわってあげてほしい。これは罪ほろぼしというものです。
 
子供が生まれたら、子供は別だから楽しい家庭を作って欲しいものだ。
 
どれだけの人が失敗して離婚したことか。しかし、若者はどうしても、この難関をくぐらなければならない。
 
こんなこと書いて女の人、許してください。」
 
 
 
ああ、ぼくは大真面目に、今考えたら馬鹿げたことを書いたが、30年以上も前は、こう書かざるをえなかったのだ。

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2019年6月22日 (土)

おどす方も悪いけれど、おどされる方も!

「ホモセクシャルの歴史は、まさに忍耐の歴史ではなかったのでしょうか。
 
以前マンションに住んでいたときに一緒だった文化人類学を研究している先生に、しばらくぶりにお会いしたのです。ご主人は東大の社会学の先生で、その奥さん、僕の仕事も知っていてこんな話を聞かせてくれました。
 
 
  
アメリカの西部劇に登場してくるインディアンのスー族。闘争的なたくましい男たちを想像するけど、中には女性的なやさしい男たちもいたそうです。
 
戦いに出かければ当然、女たちを連れてはいけない。そうなればこのやさしい男たちを引き連れて、戦場に臨んだのでしょう。この男たちがよろこんでいたのか、耐え忍んでいたのかはわからないけれど、苦しい思いをしていたのでは。
 
日本の軍隊でも、そうした話を聞いたことはありました。
 
 
 
ある地方で妻子あるい堅い職業についている人が、夏休みなものだから奥さんが子どもたちを連れて実家に帰っての留守、こういうときに羽を伸ばすのは男である以上、仕方がないことでしょう。
 
映画館で知り合った若い男を我が家に連れてきてしまったのです。いまさっき知り合ったばかりのどこの誰だかわからない男、殺されてしまっても文句は言えません。
 
その夜はどんなにか楽しかったのでは。朝起きた時は、なんと若い男はもぬけの殻だったのです。そればかりか奥さんが茶箪笥に置いていった何万円かのお金もなくなっているではありませんか。
 
それだけですめば、あきらめもつきます。ところがどっこい敵もさるものだ。一流会社のエリートサラリーマンであることを名刺で知って、その日のうちに会社に電話がかかってきたのです。
 
「おれの舎弟分をよくも可愛がってくれたな、このオトシマエはどうしてくれるんだ。百万円よこしな!」
 
ふるえあがったサラリーマン氏は、すぐに編集部の伊藤のところまで電話をかけてきたのです。
 
こういうときは誰が考えたって警察の力を借りるより方法はありません。法治国家なのだから、当然のことと言っていいでしょう。そのための警察なのだから。
 
そこで僕の知っている刑事さんにお願いしたのです。サラリーマン氏と刑事さんが入念に打ち合わせをしておいて、お金を渡すところを逮捕してくれたので、やれやれというところでした。
 
犯人はなんとひとり二役で、本人が兄貴役も兼ねていたということです。脅す方はプロです。研究に研究を重ねているのだから、素人にはプロだか、素人だかの見分けはつきません。
 
今回の事件も一件落着で、めでたし、めでたしというところですが、僕が刑事さんを知っていたから、すぐに犯人を逮捕してくれたのです。
 
まったくコネのない警察に行って、果たして話をきいてくれるでしょうか。今回の場合は一流会社のサラリーマンであったことも幸いしたのかもしれません。
 
先日、こんな電話もありました。上野の映画館で、いい男に手を触れてしまったら、その男が怒って「どうしてくれるんだ」と、すごまれてしまった。急いで交番に逃げ込んで警官に話をしたら、その男も入ってきて最初に手を出したほうが悪いと言われ、五千円払って示談にしてしまったとか。
 
一流会社のサラリーマン氏、刑事さんはすぐに結果を報告してくれたけど、サラリーマン氏は、その後、なんの報告もありませんでした。」

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2019年6月17日 (月)

百合族のための雑誌を出したいと!

今から37年前、ぼくは「百合族のための雑誌を!」と題して、1982年4月号の「伊藤文学のひとりごと」のコーナーに書いている。
 
「本気で百合族のための雑誌を出したいと考えていたことがあった。
 
なぜ、男の人たちのそういう雑誌があって女の人のそういう雑誌がないのでしょうか。
 
女しか愛せない女の人が、この日本にたくさんいるのです。薔薇族よりも多いのか、少ないのか調べようがありませんが、厳然として存在していることは間違いないのです。
 
東京には昼間から、男と女が街角のカフエで出逢うと同じようにと、談話室「祭」のような店もあり、数億の巨費を投じてのゲイホテル「24会館」「大番」があり、ゲイバアも増え続けています。
 
いまや行動を起こしさえすれば、仲間を見つけることは、それほど難しいことではなくなってきたのです。
 
それにひきかえ、レズビアンの人たちのほうはどうでしょうか。『薔薇族』が発行されて間もなくのころ、「若草の会」の主催者の女性が、僕の家を訪ねてきたことがあります。
 
この会も主催者の努力で、それこそ細々と続けているそうですが、会員数は百数十人とのことです。
 
女性の読む雑誌は、この日本では戦後37年が過ぎているというのに、創刊される様子はありません。レズバアもあるようですが、気軽に誰もが行けるというお店ではないのです。男性にくらべて、女性を愛する女性たちはあまりにもみじめです。
 
この時代、今のように女性の職業は限られていたから、男と結婚して専業主婦になるしかなかったのでしょう。
 
最近、『薔薇族』を読んでくれている女性がめだって増えてきています。そのことはうれしいことというよりは、悲しむべきことなのです。『薔薇族』は女の人の読む雑誌ではないからです。
 
新宿の「祭」も、僕は女性も入れてあげたいのですが、従業員たちが女性が来ては困るというのです。お客さんも同じ意見です。
 
僕も女性たちをなんとかしてあげたいと、思っているのですが、『薔薇族』を出し続けるだけで精一杯です。
 
ところが「若草の会」の主催者の強い要請がたびたびあって、なんとかして女性のための雑誌を出したいので、力を貸してほしいというのです。
 
僕が10年前にこの雑誌を出そうとした時、周りの人たちからはやめろという声が大でした。やりなさいという人はひとりもいませんでした。
 
読者の中にも「同性愛者を食い物にしている」という冷たい声もありました。でも僕は永い目で見てもらいたい、そう思って10年間頑張ってきました。いま、ここで女性のための雑誌を創刊させたら、他人はなんというでしょうか。
 
でも、僕は女性のための雑誌を出すことを決意したのです。一つの大きな動機は薔薇族と百合族のお見合いの会を「祭」で開いたのですが、男性は多数出席してくれましたが、女性はひとりも出席してくれませんでした。
 
レズビアンの人たちのための雑誌を創刊させれば、この時代の一番の大きな結婚問題が少しは解決するのではと、僕は考えていたようです。」
 
 
 
結局、レズビアンの人たちのための雑誌は出せなかったけれど、出したとしても成功しなかたのでは。
 
ネットの時代、百合族のひとたちはどうしているのだろうか。
 
池袋にレズバアが多く誕生しているそうだ。
 
いいことではないか。

  

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2019年6月15日 (土)

たった一組だけのうれしいご夫婦!

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1999年(20年前)№314・3月号、表紙絵は野原くろさんだ。
 
なんとページ数が544ページもある。
 
厚さが2.3センチ。
 
もう廃刊になる5年ぐらい前の『薔薇族』だ。
 
広告もたくさん入っている。
 
 
 
ネットとスマホの普及が急激で、あっという間に廃刊に追い込まれてしまったのか。
 
重い『薔薇族』を手にすると、なんとも言えない思いにさせられる。
 
裏表紙には一般企業の「液体の芸術・タンカレー」の広告まで載っている。
 
 
 
「幸せのカタチ」を男女ふたり暮らしの中にみつけて! 『薔薇族』の歴史の中でも革命的な出来事! 「結婚」を考えている読者に「夢」と「希望」を
 
「薔薇通信」の「結婚コーナー」で結ばれた男女の愛の巣を訪ねて……。伊藤文学
 
この夫婦とは年賀状のやりとりをずっと続けているが、ふたりの男の子も大きくなってもう成人しているのでは。
 
「僕は、この雑誌を創刊したころから、読者にとって一番の関心事(今は急激に世の中が変わってきて、結婚しない男女が増えているが)は、「結婚」の問題だろうと考え、そのことをずっと考え続けてきました。
 
僕が読者に何をしてあげられるだろうかということを考え、文通欄の「薔薇通信」の中に「結婚コーナー」を作ったのです。
 
理想は愛する男同士が一緒になることですが、現実に日本では、それがまだ無理なのですから、そこに至るまでのひとつの方法として、男女が理解して結婚したらというのが、僕の考え方だった。
 
「偽装結婚」ではないかという批判もあるでしょうが、そんな言葉では片付けられない問題ではないでしょうか。
 
このコーナーが縁になって結婚した人もかなりの数、おられたと思いますが、今まで誰ひとり僕に知らせてくれた人はいませんでした。それが1999年10月頃、結婚式の写真を刷り込んだハガキが送られてきた。
 
これはうれしかった。このハガキが読者にとっても大きな関心事であるだけに、『薔薇族』の長い歴史の中でも革命的な出来事と言えるだろう。
 
昨年のある日、僕は「結婚コーナー」で結ばれた男女の新居を訪れました。その街はここ数年の間にどんどん開けた街で、活気が伝わってくる街でした。
 
そんな駅前まで迎えにきてくれたご主人と、少し歩くと、まだ田舎の雰囲気が残っていて、大きなけやきの木があったり、お地蔵さんが道端に立っていたりする。
 
静かなところに最近、立てられたマンションの一室が新居でした。新婚夫婦の生活がにじみ出ていて、ほほえましいかぎりでした。
 
12月に入ってFAXが、ご主人から送られてきました。
 
「さて、本日FAXいたしましたのは報告がございます。妻が妊娠していることがわかりました。もちろん私の子供です。
 
現在2ヶ月目で、出産予定日は来年の夏のことです。私は信じられないような気持ちで一瞬、頭の中が真っ白になりました。もちろん、うれしくてです。自分にとって悲願だった子供ができる。その感激と妻への感謝の気持ちでいっぱいです。」
 
同じふとんで寝ていると言っていたけどよかった。ご主人がんばったね。奥さんもハードな仕事についている方なので、無理をしないで、無事に赤ちゃんが生まれることを祈るばかりだ」
 
 
 
「結婚コーナー」で結ばれた優等生のご夫婦。毎年送られてくる年賀状の男の子の写真。わが家の孫と同じ野球少年だった。
 
もう大学を卒業して成人に。
 
忘れられないうれしい話ではないか。

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2019年6月10日 (月)

高校生、苦労して『薔薇族』を買ったんだ!

「僕は県立高校の2年生に在学中の17歳です。僕がこの『薔薇族』を初めて買ったのは、昨年の10月でした。本当はもっと前から買おう買おうと思っていたんだけど、どうしても買う勇気がなくて、本屋に行ってもただただ表紙とにらめっこするだけ。
 
だけど一度だけ本を手に取り、レジへ持って行ったことがあるんだけど、その時はその店の人に、「売られません。あなたはまだ高校生でしょう」と、追い返された、苦〜い経験があったものだから、なかなか買えなかった。だけどやっぱりほしい。買いたい、という気持ちは大きくなるばかり……。僕は本当にマジで悩んだ。どうやったら買えるだろうかと。
 
悩みに悩んだ挙げ句の果てにやったことは、服は大人っぽい地味なものを着て、うすく色のついたサングラスをかけて店に行った。中には年老いたおばはんが一人レジに座っていた。
 
店の中に入ったかと思うと、そのままこの本の置いてある場所に一直線に歩いてゆき、さっと本を手にとって、お金を払うと同時に、すぐさま店を出た。もう心臓はどきどき、冷や汗びっしょり。だが、すぐにやっと念願の『薔薇族』が買えたという、うれしさが、わ〜っとこみ上げてきた。
 
それから家に急いで帰って本を見ながら下半身との格闘ゴシゴシ。おかげで翌日、目の下が真っ黒。学校では「さては、やりすぎかな」とも言われる始末。
 
けれど本当にあんなに興奮したのは始めてでした。それからは毎月、堂々と『薔薇族』を買いに行けるようになりました。たぶん、この「少年の部屋」のコーナーを読んでいるみんなにも、こんな経験があったんじゃないあkと、一人で思い込んでいる僕であります。
 
ところで話は変わりますが、現在僕には好きな人がいます。同じ高校の三年生でノンケです。つまり悲しい片思いなんです。彼は、ラグビー部だから、体ががっしりしていて、なんだって顔がもう最高なんです。やさしい目、濃いまゆ毛、ほんのちょっとの受けあご。ほんと、彼の頭のてっぺんから爪の先まで、彼のすべてが好きなんです。
 
だけど彼は、僕のことをなんとも思っていないでしょう。僕は彼と一緒に話をしているだけで、とっても幸福なんです。それも、とくに嫌らしい話……。
 
もちろん彼は、僕がホモであるということを知りません。だから彼が女性のことについて話すときは、僕もそれに同調して話をするんですが、つらいものですね。
 
Y・M君、どうか僕の気持ちに気づいてください。しかし、こんな願いが通じるはずがないのですけど。
 
近ごろ彼とよく話すことは、自分たちのペニスの大きさ。太さについてです。彼、とても悩んでいるみたいなんですよね。よく僕に聞くんですよね。
 
「お前、太くなる方法知らんか?」って。
 
僕も困っちゃうんですよ。だって僕も自信ないのだから。彼、僕と一緒で仮性包茎なんです。べつに見たことないんだけど……。
 
要するに僕たち亀頭の発育が悪いみたいなんですよ。恥ずかしいけど、サイズを暴露しちゃうと、長さが14センチぐらいしかなくて、陰茎の周りが、一番太いところで11センチしかなくて……。
 
そこで近い将来に「ペニス増大法・包茎完治法」をぜひ特集で載せていただけないでしょうか。もし、そんな方法を彼に教えてあげたら、深い、深い関係になれないだろうか」(佐賀県・飛鳥)
 
 
 
ペニスの悩みまでできる間柄なら、深い関係になるのは目の前では。
 
「包茎」の手術の話は医師にインタビューして載せたっけ。
 
みんな苦労して『薔薇族』を買ってくれたんだ。

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2019年6月 8日 (土)

ひとりひとりが強くなるしかない!

1983年(今から36年前)8月号に、ぼくはこんなことを書いている。「少年のしかばねを乗り越えて前進しよう!」と。
 
宮崎県のデパートの中にある書店で、17歳の少年が『薔薇族』を万引きし、女店員につかまり、警備員室に連れて行かれ、父親を呼び出したために、屋上から飛び降り自殺した話は、読者に大きな影響を与えた。
 
「警備員室の机の上に投げ出された一冊の『薔薇族』それは5月号だったから、木村べん君のさわやかな新人大学生のさっそうとした表紙絵だった。
 
背表紙には「新しくスタートする君へ」と大書してあった。新入社員にも読んでもらいたいという気持ちからのものだ。
 
少年は中身も読まず、ただぼくが作った雑誌を、ほんの瞬間、手に握っただけで、この世を去ってしまった。
 
おそらくこの少年は、以前からこの雑誌を読んでみたいと思っていたに違いない。折角手にした雑誌を取り上げられ、机の上に放り出されいかにも汚いもののように投げ出された『薔薇族』。
 
警備員と君の父親が、君に何を言ったのかは知るよしもないが、この世でこんな汚いものはないというような目で、この本をにらみつけたことだけは想像できる。
 
京都市の大学生からの手紙は、この大学生も高校時代に『薔薇族』を万引きしたと告白してくれている。そのとき万引きしたことに対する罪の意識よりも、やっと手に入れたよろこびのほうが上回り、さらに別の種類の罪の意識が湧いてきたと書いている。
 
家に帰ってどんなにか、わくわくしてこの雑誌を開いたことか。
 
愛媛県の「友達の輪」さんは、『薔薇族』の存在を知ってから、買うまでに2,3年もかかったと告白してくれている。
 
男が好きだという自分の心の中に巣食う後ろめたさのために、『薔薇族』の全読者が、いや『薔薇族』を買うことすらできない、何百倍もの人たちが、どんなに悩んだり、苦しんだりしているか知らないだろう。
 
死んだ少年の近くに住んでいるという、宮崎県のKさん、少年がたたきつけられ無念にも死んでいったデパートのアスファルトの上に立ったというのだ。
 
この雑誌は本当に不思議な雑誌なのだ。読売新聞の「人生相談」に、「私の夫はホモかもしれない」という投書をした奥さんのことを、このひとりごとの欄で紹介したら、すぐにその夫というのは私だと言って、手紙が送られてくるのだ。それほど狭い世界なのかもしれない。
 
この少年が死んだアスファルトの上に、読者のひとりが立っている。ぼくはこの青年にお金を送り、白い薔薇の花束を買ってもらい、この冷たいアスファルトの上に捧げて少年の死を悼んでもらおうと思う。
 
本当に今は、この少年の死に何もしてあげられない。でも、ぼくはこの少年の死を絶対に無駄にさせない。必ずや今に世間の偏見をなくしてやる。
 
読者諸君のひとりひとりが強くなって、どんなに冷たい世間の仕打ちにあおうとも負けてはいけない。この少年のしかばねを乗り越えて、ひとりひとりが強くなってほしい。
 
書店の主人や、店員を悪く言ってはいけない。彼らは何も知らないのだから仕方がない。本を盗んだものをつかまえただけなのだから……。
 
それよりもみんなの心の中に巣食う後ろめたさを、自分の力で追い出さねばいけない。男を愛することが悪いという意識をなくすことだ。」
 
 
 
どのゲイ雑誌も5万、10万という発行部数にならなかったのは、いかに買いにくかったからだ。

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2019年6月 7日 (金)

次回「文ちゃんと語る会」のお知らせ

7月の「文ちゃんと語る会」は、7月27日(土)に開催いたします。
 
日時・7月27日(土) 11時~13時
場所・下北沢南口から4分、カフエ「織部」
住所・〒155−0031 世田谷区北沢2—2—3
電話・03—5432—9068
会費・コーヒー代のみ
 
初めての方、女性、おひとりさま、どなた様も歓迎です。
 
ぜひお気軽におでかけください。

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2019年6月 3日 (月)

なぜ結婚しなければならないの!

1996年(23年前)12月号に、ぼくはこんなことを書いている。
 
「東京に住むペンネーム(砂の舟)さんからの投稿で、30歳になる方だ。
 
先日、部屋の掃除をしていたら、古い写真や、思い出の品々が出てきました。幼稚園や、小学校時代のものです。母に手を引かれた卒園式の写真を見ていたら涙がこぼれてしまいました。
 
無邪気に照れ笑いをしている自分を見ていると、この時の自分は何を考え、どんな夢を見ていたのだろうと思ってしまいます。そして何かしら今、そして将来を暗示する愁いの表情もあるように感じてしまうのです。
 
小学校の遠足のときの写真もありました。髪が長くて女の子のようでした。楽しかった思い出もいっぱいあるのに、この時はいやな事を思い出してしまいました。
 
小学校の時の僕のあだ名は「女」でした。最初は「オカマ」だったんだけど、オカマは男っぽい人が女装をしているというイメージですよね。まるっきり女っぽい僕は、オカマじゃおかしかったのでしょう。
 
中学に入ってからは深刻な「言葉のいじめ」にあいました。休み時間には、僕のことをあるクラスメイトのひとりが、「あいつのは小せえぞ」「いや、割れめがあるんじゃねえか」クラス中、笑い声が響き渡りました。
 
仲のいい友達も、女の子たちも、みんな笑っており、ひとり硬直していた僕は、深く傷つきました。
 
 
 
『薔薇族』を知ったのは、それからず〜っとあとのことでした。実際に手にしたのは、さらにあとのことでした。
 
「人生薔薇模様」のコーナーでは、読者の方々のさまざまな心の傷や、悩みを知ることができて、いつもしんみりと読ませて頂いています。
 
社会に出て8年目、仕事もきつい上に親の心配している結婚問題を日に日に、うるささを増しています。
 
3歳年下の弟もこの秋、結婚して家を出て行きました。家に残るのは両親と、30歳になってしまった僕の3人。
 
カミングアウトしても、理解してくれるとは到底思えない厳格な親です。いったい僕はどこへ行くのでしょうか」
 
 
 
この30歳の人、その後、どんなことになったのだろうか。
 
無理やりに女生と結婚させられてしまったのか、それとも独身を通してしまったのか。
 
この時代の読者には、このような人が多かった。
 
女性と結婚してもうまくいかず離婚してしまった人。
 
なんとか努力して子供をもうけて人生を終えた人。
 
さまざまな苦労があった。
 
 
 
最近、長いコメントを書いてくれる人がいて、いいことを書いてくれている。
 
「私はゲイに対して、次第に偏見がなくなってくるとみています。
 
少子高齢化が問題になっていますが、経済的な要因とは別に、多くの日本人が気づき始めたこともあるのではないでしょうか。結婚して家庭を持ち、子供に教育を受けさせ、成人まで育て、家のローン返済のために己を殺して働く。それを良い人生だったと感じる人もいれば、結婚せず好きに生きた方が良かったと感じる人もいると思います。なぜ結婚しなければならないのか、男も女も真剣に考え始めたのだと思います。考えざるを得ない程、余裕がなく切実な問題になってきたのです。」(長文なので後略)
 
難しい問題だが、この方の言われている通りの時代になってきたようで、ぼくももう少し考えてみるつもりだ。

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2019年6月 1日 (土)

「令和」の名付親、中西進さんのお人柄!

下北沢の駅周辺には、かつては書店が7,8軒もあった。
 
それが今では駅前のスーパー「ピーコック」が入っているビルの3FのS書店しかない。
 
このビルが建つ前は、ミルクホール「小清水」があり、夏になるとわりばしに棒状の色のついた氷をかためたものを売っていた。
 
そのミルクホールの裏手に木造2階建ての宴会場があり、ぼくのアイデアで作られた豆本(1冊10円)歌集『渦』と、友人の相沢一好君(教育大、現在の筑波大)の学生だった歌集『夜のうた』の出版を祝う会が、昭和28年12月6日に催された。
 
20名の方々が出席してくれたが、今も元気な方は数名しかいない。
 
 
 
5月24日発売の月刊『Hanada』に「中西進さんと『薔薇族』編集長」のタイトル(ぼくが考えたタイトルで、花田編集長も「これはいいタイトルだ」と、採用してくれた)。
 
なんとしても因縁のあるS書店に、『Hanada』を山積みにして、目立つ場所に置いてもらおうと、店長を訪ねた。
 
カフエ「織部」の常連の上品な書道家のおばあさんにお願いして「令和」の文字を書いてもらった。
 

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それを使ってポスターを書き、『Hanada』を置いてもらおうとお願いしたが、若い女性の店長に断られてしまった。
 
何年か前に彩流社からぼくの著書『裸の女房』を出版したときには、以前の店長は快く引き受けてくれた、ぼくが書いたポスターの前に『裸の女房』を山積みにして、目立つところに置いてくれたのに。
 
「売り切れたら、すぐに補充します」の一点張りだ。
 
規則、規則で融通のきかない、嫌な世の中になってしまったものだ。
 
「令和」「令和」とマスコミも、日本中が商魂たくましく、「令和」にちなんだ商品を売り出しているが、肝心の「令和」の名付親の中西進さんが、どんなお人柄の人なのか、誰も知ろうとはしない。
 
5月24日発売の月刊『Hanada』に書いたぼくの「中西進さんと『薔薇族』編集長」の10ページに及ぶ記事は、中西進さんの気持ちのやさしさ、おもいやりの心をもった中西進さんのお人柄の一端は知ってもらえると思う。
 
66年も前にぼくに送ってくれた茶色く変色してしまった葉書、よくぞ保存していたものだ。
 
3度も家を住み替えたというのに。
 
この1枚の葉書は、まさに宝物だ。
 
 
 
「前略
 
ご無沙汰しています。お元気でしょうね。
 
さて、兄の『渦』十冊頂きたいのですが、もうありませんか。何とか一つお願いしたいのですが、よろしく頼みます。何なら再販して……? 大至急ほしいのです。送ってくださるか、もし遊びがてら学校(富士高校)へ来てくださるかしていただければ助かります。
 
学校なら火・金(十一時半〜十二時半)昼をめあてにして下さい。
 
タノミマス タノミマス」
 
 
 
最後の「タノミマス」の文字は、葉書から飛び出しそうになっている。
 
ぼくの歌集を一生懸命に売ってくれたのだろう。
 
この涙が出るほど、うれしい葉書を読むだけでも、中西進さんのお人柄がよく分かるというものだ。
 
ぼくが『薔薇族』を創刊させたものだから何人もの友人が、ぼくから去っていったのに、中西進さんは学生時代からの友情に変わりはなかった。
 
中西進さんは、ぼくに自信を持たせ、それからの人生が変わったが、「令和」の年号は日本人に自信を持たせ、いい世の中になっていくだろう。

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