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2019年8月17日 (土)

頭が悪く、勉強ができなくても!

一週間ごとに執筆者が変わる東京新聞夕刊の「紙つぶて」と言うコラム欄、「三田文学」副編集長の糸川麻里生さんの描かれていることには、全て納得できる。
 
短い文章なので引用させていただく。
 
 
 
「私の住む栃木県の片田舎にも学習塾があり、毎晩10時過ぎまで小学生や中学生たちの姿が見られる。これほど多くの児童たちが、これほど長時間、外で遊びもせずに「勉強」をしている国が他にどのくらいあるのだろうか。それでいて子供たちの学力が下がっていると言うのだから、こんな悲喜劇はない。非効率もここに極まれりである。
 
子供たちが塾に通うのは、つまるところは「いい学校」に入るためなのだろう。しかし「いい学校」に入れるのは、少数の「できる子」だけだ。
 
日本の教育は、膨大な「負け組」を作り出すシステムになっている。学校の勉強で挫折感を覚えたことがない人など、日本人の数パーセントもいるまい。そして思うような生活を送れない人の多くは、その理由を「勉強ができなかったから」と考え、黙り込む。
 
為政者たちにとって、こんなに御し易い国民はあるまい。一方で「いい学校」に入れた子供も、やがて就職すれば、コミュニケーション能力やリーダーシップがあり、複数の言語を話す外国人の同僚たちに圧倒されることになるだろう。
 
子供たちが、自分に適したペースで、様々なことを学べるようにすることが絶対に必要だ。習得が早いか遅いかは、大した問題ではない。教育における競争は、ゲーム程度で十分だ。学習が遅れがちな子を「落ちこぼれ」などと呼ぶのは差別なのである。」
 
 
 
ぼくがこんな子供たちのことを気にするのは、一緒に住んでいる次男夫婦のひとり息子、文一(ふみかず)が高校3年で、来年2月に大学受験を控えているからだ。
 
高校3年になって本人も自覚してきたのかゲームもやめて、勉強に精を出し始めているようだ。
 
各大学から豪華な入学案内のカタログが送られてくる。生徒がだんだん少なくなっているのだから、どこの大学でも受験生集めに躍起になっていることは、カタログを見ただけでも感じられる。
 
一流大学といわれる大学の就職先を見るとみんな一流企業で、ぼくの母校の駒大の就職先を見ると、みんな中小企業ばかりだ。親が「いい大学」に入れようと、子供に勉強させているのはよくわかる。
 
この大学のカタログを見るだけでも、「いい大学」を出て、「いい企業」に入った人と「よくない大学」を出て「中小企業」に就職した人との一生の間に入るお金の差は歴然だ。
 
ぼくは87歳まで生きてきて、いろんな人と出会い見てきたが、頭が良くて東大を出たからといって、みんな幸せな人生を送れるわけではない。
 
糸川さんが言うように「子供達が、自分に適したペースで、様々なことを学べるようにすることが絶対に必要だ」その通りだと思う。
 
ぼく自身のことを考えてみても、頭のいい悪いは持って生まれたもので、努力するだけではどうにもならない。
 
昭和の30年代に妹が心臓病の手術で長いこと入院し、いろんな出来事があったが、力を貸してくれたのは朝日新聞だ。マスコミの協力によって、心臓病の人たちのために寄与することができた。
 
日本初の同性愛誌『薔薇族』の創刊も歴史に残る仕事が残せたのは、有能な人たちの支えがあったからだ。ぼくは頭が悪く、勉強ができなくても、いい仕事を残して死にたいものだ。

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コメント


伊藤さんが、頭が悪いとは思いません。今からでも本気で勉強すれば、東大、京大入学の可能性はないわけではないと思います。但し、最初からあきらめていてはだめです。

 駒大卒業の立派な方は、たくさんいらっしゃいます。例えば町職員としての東北の震災時の対応が評価され、その後、町長に当選した方などです。大学のブランドにたよった生き方でなく、ご自分の実力で生きていると思います。

投稿: | 2019年8月17日 (土) 16時48分

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