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2019年9月 2日 (月)

戦後のエロ雑誌の歴史を追いかけて!

ぼくの仕事部屋、3階建ての建物に住んでいた時は、長男が京都大学に入学して、いなくなった部屋を使っていた。
 
廊下には『薔薇族』の創刊号から、廃刊するまでの382号をきちっと並べてあった。それから2度住居が変わり、今のマンションに住むようなってからは、6畳の部屋がぼくの仕事部屋であり、中古品で買ったシングルベッドが置いてある。
 
このマンション、古い建物で収納する洋服ダンスなどが付いていないから、本箱、洋服ダンスも安物のものを買って置いてあるから狭いのなんのって、その上、『薔薇族』も並べてあるのだから息が詰まりそうだ。
 

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ただ机だけはイギリス製のアンティーク。40年ほど前の景気のいい時に買い求めたもので、引き出しがいっぱい付いている。

フランス映画で美少年に一目惚れした大学教授を描いた映画、題名がふっと思い出せないのだから歳はとりたくないものだ。

人の名前など、忘れてしまっていることが多い。それがしばらくして思い出すから不思議だ。ぼくのブログを読んでくれている人たちだって、87歳になった時、文ちゃんはあんなことを書いていたっけと思うかもしれない。

しかし、友人、知人はみんなこの世にいないのだから、元気でブログを忘れた文字は辞書を見て書き続けているだけでも幸せというものだ。

ぼくの大きな机は、映画の中で美少年に一目惚れした大学教授の部屋に置かれていたのを見た記憶がある。蓋を閉めることもできるが、今はいろんなものを置いてあるので、蓋は閉められない。

 

 

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NHKの名古屋支局の制作で、初めてNHKが『薔薇族』のこと、ぼくが仕事部屋でブログの原稿を書いているところを撮影してくれた。

安田理央著の『日本エロ本全史』紹介しきれなかったので、付け加えたい。



「雑誌というものは、あまりにも量が多い。全部を買い集める訳にはいかない。全て保存しておくわけにもいかない。そのうちにとりあえず創刊号を集めるというテーマが見えてきた。

そうなると、あの創刊号も欲しい、この創刊号も欲しい、というように意識して集めるようになる。気がつけばエロ雑誌の創刊号だけは数百冊を超えるコレクションになっていた(もちろんエロ雑誌以外を含めれば、もっと数は増える)。(中略)

こうして集めてきたエロ雑誌創刊号コレクションから、エポックメイキングな存在となった100冊をまとめて紹介させてもらうことになった。

それは当然、70年以上にわたる戦後エロ雑誌の歴史を追いかける旅となる。2010年代に入って、エロ雑誌は壊滅的な状況を迎えた。今はその命は風前の灯。というよりも、もう寿命を迎えてしまったという気がする」



かつて四谷にある出版クラブで、エロ本ばかり出版している30数社の社長達が集まり「出版問題懇話会」という会を毎月開いていた。もう40年も前のことだろうか。

その時代、警視庁の風紀係から発禁処分を受けたり、始末書を書かされることが多かったので、各社が情報を交換しあっていた。

『薔薇族』も発禁4回、始末書を呼びつけられて書かされたことが20数回。係官に桜田門までの定期を買えと、嫌味を言われたこともある。

エロ本の出版社の社長さんって、みんな真面目な人たちばかりだ。忘年会を開いたり、旅行をしたりしたが、もうほとんどの社長さんはこの世にいない。

『薔薇族』を100冊の創刊号に入れてくれた安田さんに感謝している。ありがたいことだ。

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コメント

私は会社をリタイアした後、素人ゲイ小説を書いている者ですが、もうちょっと世代が前だったら、華やかなりし頃のゲイ雑誌に掲載していただけたかも知れません。
ところで、老作曲家が美少年に熱を上げる、トーマス・マンの書いた小説を映画化したものに、仏伊合作の『ベニスに死す』という映画があります。先生が言われているのは、この映画のことでしょうか。

投稿: 神亀 | 2019年9月12日 (木) 20時14分

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