« 駒大健児、自信を取り戻せ! | トップページ | 次回「文ちゃんと語る会」のお知らせ »

2019年9月28日 (土)

好みの若者がいたら連れ出して!

昭和40年(1974年)の『薔薇族』3月号に「間宮浩の新宿コレクション」と題する45年も前の新宿での出来事が書かれている。16ページも使っての長い文章で、とっても全部を紹介できないが、古い新宿を知る上での貴重な読み物だ。
 
「映画館めぐり」と題する小見出し。今、映画館も少なくなっているが、映画が多くの人の娯楽の対象だった時代の話だ。
 
「新宿コマ劇場を背にして、右側に見えるオデオン座、左のポルノ映画専門の地下の新宿座、西口のパレス座、南口の国際名画座あたりが有名だ。そのうちでも西口のパレス座が料金が安いのと、駅に近いことのためか一番多くお仲間がいる。映画を見ない観客が、いつも後方のドアのところに立っているからすぐわかる。
 
ここで申し上げておきたいのは、お仲間が好きとは限らないから、ホモのホモ嫌いという方にはお勧めできない。そうした方なら以上の映画館以外のところに行けばお仲間がいないから自由行動できる。ポルノ映画の前方の席には、自家発電をしている若者を見ることがある。そうした若者と話しかけるには、ベテランも免許皆伝の方でないと危険も多い。「おれがいい気持ちになっているのを見て、どうしようというのだ」と、すごむニイさんだっている。(中略)
 
まだ4、5年前のことだろう。ここにウリセンのバアがあった。ウリセンと言ってもわからない人のためにまた説明がいるが、カウンターの中に、ピチピチした若者がズラリと並んでいる。好きな男の子がいたらマスターに話をして連れ出せるシステムの店をウリセンというのだ。
 
確か若者はみんなピチッとネクタイを締めていた。それが何よりも凛々しく感じられた。
 
このようなウリセンという名の店はもうないと言ってもいいだろう。新宿にゲイバアが200軒はあると言われているのに、こうしたズバリの店はない。そのウリセンのマスターが死んだ。それは意外と短い期間の病気であった。気苦労やら無理に無理の重なるこの商売は病気になるとたまらない。
 
「牛乳が飲みたい」
 
病院のベッドでマスターが言った。それまで看病していた子の名前は知らないが、北海道から来た子が牛乳を飲ませたのが最後であった。
 
死期の迫るような病気の看病は、肉親でも大変だが、若い子がよくやったと感動している。そして最後まで大変であったろうと思うのである。
 
今でも私はその北海道の子に会ってみたい。こんな悲しいことを書くのはたまらないが、実は私の小説『野郎花』(第二書房刊)の舞台はここにあったと言ってもいい。主人公のマモルは、この最後まで看病しいた子かもしれないのだ。
 
男の子たちが一緒に寝泊まりしている。アパートの一室などは、寮と言っている店が多い。昼を過ぎた頃、アパートの部屋に行くと、ブリーフ一枚で花札をしたり、側でグウグウ寝ている子もいる。またこれからデートの子が何か探し物をしていたりして、店で見る子と違った雰囲気である。
 
襖を開けると中から履き捨てたブリーフが、ぞろぞろと落ちてくる。下着マニアなら大変に喜びそうな、色とりどりの柄や型のブリーフが一抱えも出てきて、そこのマスターが紙袋に入れて捨てていることもあった。」
 
新宿の街に長くマンションの一室を借りていて、新宿の街を愛していた間宮浩さん。
 
最後は痴呆症になって、誰にも看取られずに亡くなってしまった。

|

« 駒大健児、自信を取り戻せ! | トップページ | 次回「文ちゃんと語る会」のお知らせ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 駒大健児、自信を取り戻せ! | トップページ | 次回「文ちゃんと語る会」のお知らせ »