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2019年9月23日 (月)

駒大健児、自信を取り戻せ!

2019年9月15日、来年の東京オリンピックマラソンランナーを決めるレースが開催された。
 
明治神宮外苑をスタートした選手たち。東洋大学出身の選手がトップを走って独走し、他の選手たちを2千米ぐらい引き離し、そのままゴールするかと思われた。
 
今、大学の中で活気があるのは、東洋大学、青山学院大学、国士舘大学だ。わが母校駒澤大学は数年前に多額のお金を変なものに投資し、それがパアになってその責任を取って理事長以下、総長、学長、理事たちが解任され新しい人たちがそれぞれの役についた。
 
曹洞宗の宗門の中で、そんなに優れた人材がいるわけがない。それから駒大はなんとなく活気を失っている。箱根駅伝も野球もふるわない。長く続いた国文科の同窓会も、通信費の援助がなくなり、続けられなくなってしまった。
 
東京5輪のマラソンランナーを決める大会、30人が出場した。東洋大学出身、ホンダの設楽選手、スタートから飛び出し、ぐんぐん後続を引き離し、中間点で2分1秒差まで拡げ、そのままゴールインと思ったら、37キロ付近で追い上げてきた9人の集団に飲み込まれてしまった。
 
「一発勝負 駆け抜け五輪へ」の東京新聞の大見出し。優勝した中村匠吾選手と駒澤大陸上部の大八木弘明監督と抱き合っている写真は泣かせた。森合正範記者の記事もいい。「駒大の師と二人三脚」の見出し。
 
「師と二人三脚でつかんだ五輪の切符だった。男子の中村選手はトップでゴールを駆け抜け、出迎えた駒澤大陸上部の大八木弘明監督と抱き合った。
 
「よくやった。おめでとう」。師匠の言葉に「ありがとうございます」と、くしゃくしゃの笑顔で応えた。
 
2013年、大学3年の時に東京五輪の開催が決まり、箱根駅伝6度優勝の名将、大八木監督から「マラソンで五輪を目指さないか」と声をかけられた。「監督となら(五輪に)たどり着くかもしれない」本気でマラソン代表を目指した瞬間だった。
 
駒澤大卒業を控え、実業団の富士通から勧誘された。こだわったのが練習拠点を大学に置き、指導を仰ぎ続けること。「自分を知っているのは監督だけ。今後も大学で練習させてください。」師に思いを告げると「本気で見るから、本気でやってくれ。」厳しく、愛情のある返事だった。以降は大学の近くに部屋を借り、一人暮らし。食事は学生寮を訪れ、大八木監督の妻で寮母の京子さんの手料理を食べる。
 
9年の師弟関係。大八木監督は、「無口で芯が強い子。来年はもっと重圧がかかる。潰されないように支えたい」中村選手は「監督に一つ恩返しができた。五輪へしっかり準備する」と師弟で新たな目標を見据えた。」
 
どこかの監督はテレビに出て、タレントみたいになっている。地味だけど大八木監督は素晴らしい。しばらくぶりに駒大健児は活気を取り戻せ。来年の箱根駅伝も優勝だ。
 
駒澤大学の同窓会事務局から「駒澤大学同窓会だより」が送られてきた。「同窓生紹介」のページがあって、初めて知ってびっくりしたのは、「NHKのど自慢」の名司会者、小田切千アナウンサーが(H6・3・法律学科卒)の駒澤大学の卒業生とは。
 
国士舘大学では毎月、広報の立派な雑誌を出している。有能な人材を集めて雑誌作り、雑誌がダメならネットで。もっと、もっと駒澤大学を宣伝しなければ。
 
駒大からNHKに入った人などいないと思っていたが、小田切さんが駒大卒とは。なんで小田切さんをうまく宣伝に使わないのか。欽ちゃんだってやめてしまったではないか。

 

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