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2019年9月21日 (土)

妻と離婚してからが私の本当の人生だった!

1971年に『薔薇族』を創刊して2年後の5月号(今から46年前)は、隔月刊で針金とじ、122ページという薄さ。

巻頭に神山保というペンネームで書いた(当時は一部の人しか知らなかった三島由紀夫作)『愛の処刑』の全文が掲載されている。『仮名美の恋』武田肇、『結婚幻の城』志賀淳、『きみを求めて』須藤孝など小説ばかり。イラストを描く人がいなかったのか、小説の挿絵は写真を使用している。

『愛の処刑』だけは、『アドニス』の別冊『APOLLO』に載った三島剛さんの挿絵を真似て藤田竜さんが描いている。

読者の投稿ページ「人生薔薇模様」に投稿している人は、わずか5人だけ。その中に『結婚 このまぼろしの城』志賀淳のことを書いた「志賀淳を弾劾する」は、(東京・ポレミーク)さんが怒りを込めて書いている。

この話は当時、話題になったが、志賀淳さんが、三島由紀夫さんとの交流を書いて週刊誌に売り込んだのだろうが、その時の週刊誌を保存していたが、今はないので詳しいことは書けない。

「激しく怒りを込めて志賀淳を弾劾する。君は一人の偉大な仲間を売った。しかも、もっともいやしい汚いやり方で。

真実を書くならまだいい。全てがでっちあげの嘘で固めたやり方だ。故人と寝た男など、いくらでもいるが、きみ以外にマスコミに対して、あんな卑しい売り込みをした男は誰もいなかった。それが死者に対するいたわりであり、思いやりというものだ。きみのようなホモ男が軽蔑するゲイボーイだって、彼の死に対しては、悼みの言葉を表白していた。

何という心ないやり方で、きみは佛を汚したことだろう。きみはホモ社会の仁義に背いた男なのだ。何という心ないことをしたことか。

『週刊ポスト』によって、きみの嘘と経歴は全て暴露され、美輪明宏さんとの対決においても、何一つまともに答えられなかったではないか。

美輪さんの真摯な態度に比べて、きみの無残だったこと。性的病人であると同時に、心の病人でもあるきみ。

盲の垣のぞきなどと、傲慢なことを言っているが、決してそうではない。知ってはいても、死者への思いやりといたわりから誰も言わなかっただけなんだぜ。それが仁義というものなんだ。それを風俗雑誌以下の手垢に薄汚れた文章で、きみは嘘八百の売文をでっち上げたのだ。そしてその嘘は全て破産した。

またぞろ、いけしゃあしゃあと『薔薇族』などに手前勝手なことを書いているようだが、素朴な読者をこれ以上、馬鹿にするのはやめ給え。こんなものを特撰ノンフィクションなどと持ち上げている『薔薇族』編集部の安手な態度も告発されてしかるべきものではないか。もっときちんとした価値判断を持つべきだ。全ホモのためにも。」

志賀淳さんが何を書いたのかを載せないと、この人の怒りを理解できない。三島由紀夫さんの好みは、志賀淳さんのような方だとは思えない。三島さんと志賀さんがベッドを共にすることなどなかっただろう。

5月号に載っている志賀淳さんの『結婚 このまぼろしの城』を読んでみると、結婚に対して、しっかりとした考えの持ち主で、軽薄な方ではないことは確かだ。

「妻と離婚して晴れて元の一人に戻った時の水に放たれた魚のようなピチピチした躍動する解放感のありがたさは生涯忘れられないものだろう。あれ以来の13年が私の本当の人生だったような気がする。」と。

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