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2019年11月25日 (月)

地獄に落ちたのは誰だったのか?

自分の雑誌の読者に対して、悪たれの限りを尽くして、やめてしまう編集者なんて雑誌の世界でいるわけがない。
 
1976年(昭和51年)『薔薇族』5月号・No40に「藤田竜・さよなら大放言・大毒舌「アホは地獄に落ちて、うんと苦しめ!!」と本当にやめてしまったのだった。
 
創刊から5年、やっと軌道に乗ってきて、「薔薇通信」欄も300名にもなり、執筆者も充実し、グラビアの写真もよくなってきているというのに……。
 
「男好きを隠して結婚したのがバレて、中ピ連(世の中の先端をゆく女性たちの集まりで、いろんなことに批判していたと思う)につつかれて500万とられた男がいる。そうかと思えば同棲している男が浮気したと泣いてくる30男がいる。−−こういうアホにつきあうのは、もうごめんだよ。
 
まったく、俺はこの5年間、何を残せたのか。何のために『薔薇族』に力を注いだのか。こういうアホがいる一方で、「藤田さんは肉の情熱ではない。真の愛の可能性を信じていないのではないかと急に不安になった」りする青二才がいる。もう、ね、俺はそういうグシャ(愚者)のために、俺の大切な頭脳を酷使するのはやめたよ。
 
俺が今までの生き方でつかんだ、いろいろの、薔薇色の、ゲイな、素晴らしい、男好きの男としてのコツやテクニックやらは要するにアホどもにとっては何ひとつ役に立たなかったようで、そうしたアホは、どうぞ地獄に落ちてちょうだい。さんざ苦しみなさい。あんたらが不幸になる一方で、俺はもうなにも、いい男の集まる場所も、ノンケのつかまえ方も生きることへの考え方も、楽しい人生の秘密はなにひとつ教えないで、自分だけでたっぷり楽しみ、何十人分もの幸福をひとりで味わうことにする。
 
アホへのおつきあいは、もう結構ざんす。男はともかく、仕事に飽きっぽい俺にしては本誌には長くつきあった。ただ本誌が四角い背中の立派なものになって、厚みを増してきたころから、実は俺のカラーは薄くなっている。
 
初期の頃の薄い針金とじの号のころのは、今見ても工夫や、美学や、熱気がある。原稿も絵も写真もあまりなくて、それでも少ない材料でひとつの世界をつくりあげている。あの頃は、伊藤文学さんは、男のことも雑誌のこともよく分からなくて、いわば俺の手作りだった。
 
そんなふうな苦労をするのが好きで、今日のように作家も画家も粒ぞろい、特別、大努力をしなくても、まあ、大かたの読者に受け入れられるものが作れる状況になるに従って俺は熱気を失っていった。
 
広くなってしまった読者に応えてゆくうち、俺の本意でないものもいつか入ってしまったし、俺が考えていた「男」の雑誌とは少し違ってきた。これが本音でね。先々月号あたりで書いたことはきれいごと。
 
今までの他の仕事でも一方メドがついて軌道に乗ると、俺はやる気をなくしたものだったけど、本誌の場合は要するに、それが長引いたわけよ。
 
伊藤さんも今や識見を持ち、力をたくわえ、親衛隊もついて、そこに若い編集員も加わったのであるから、俺がいなくても十分にいい仕事ができるだろう。ここらで本誌の匂いを変えるのはいいことだと思う。」
 
藤田竜さんと長いことにっしょに住んで仕事をしていた内藤ルネさんが、よく言っていた。「トンちゃん(竜さんのあだ名)が少しでも相手を思いやる気持ちがあれば……」と。自分の思うままに、わがままに生きてきた竜さん。ぼくはどんな読者でも、わけへだてなく同じように応対してきた。その違いかな。(つづく)
 

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