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2019年12月30日 (月)

大波をくらってカメラも修理不能に!

1971年(昭和46年)に『薔薇族』を創刊してから2年目の昭和48年に『別冊・薔薇族No.1』を刊行している。内容は波賀九郎さんの力作、「怒涛」と題する写真がほとんどだ。
 
読み物はぼくの「東北大生・ホモ殺人事件に想う」と、月岡弦さんの「魅惑の裸像」と題する小説だけ。
 
巻頭に波賀九郎さんが「怒涛の男・撮影記」を書いている。六尺ふんどし姿のモデルは、精悍な顔つきで最高。からだもすばらしい。波賀さん、モデルにほれこんで撮影したに違いない。
 

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「夏が終わりを告げた後の海は、しばしば私の写真の絶好の撮影場所ともなる。今回はかねてからの予定地、静岡県の焼津港に出かけて行った。モデルの学生のS君とである。
 
静かな港に一隻だけ男たちが忙しく立ち働いていた。照明、遠洋漁業に出かけるためであろうか。漁具や食料などをさかんに積み込んでいるところであった。
 
港の周辺で少し撮影をした後で、砂浜に出た。そこに沖を向いて並べられた古い墓地があった。S君は私がとくに要求もしないのに自分から進んでポーズをとってくれた。よくみると無縁仏の前であった。おそらくその昔、この焼津の漁の活気をしたって集まってきた各地の漁師たちが、荒波に出ては精一杯暴れ回れて、その終焉をこの土地で果てた人々や、シケにあってついに帰れなかった人たちのものであろうか。
 
私はS君が、ここを撮影場所に選んだ意味が少しわかる思いがした。(中略)撮影がすすんで陽光が西に傾くのも知らず、熱中していた私は、次第に潮が満ちてくるのを気づかなかった。そしてひときわ大きな波のうねりがおそってきた瞬間、S君も私も、そしてカメラもろとも大波をかぶって岩にたたきつけられていた。
 
やっとの思いで波の届かぬ岩にはいあがりよくみると、S君の日に焼けた、真っ黒な肌はずぶぬれで、からだ中、擦り傷だらけになっていた。
 
おかげで日頃から肌身離さず持ち歩いていたカメラは、もう塩水をかぶって修理不能なまでに破損してしまった。しかし、幸いなことにフィルムだけは生きていて、暗室のパットの中の印画紙の上に、まざまざとそのときの様子を再現してくれた。
 
こんな状況で、今回の焼津の撮影は終わった。出来上がった写真をS君に見せると、いつもは無口で言葉少なく、まして滅多に笑い顔など見せたことのない彼が、大きな目を一層大きく見開いて、「わあ、東映のやくざ路線ですね」と言って、カラカラと屈託のない笑い声を立てた。そのとき私は、足の傷や、腰の痛みも、カメラの損出も、すっかり忘れ去って、さわやかな彼の笑顔をただ、しげしげと眺めていた。」
 
まさに命がけで撮影した焼津港での写真。積み重ねられた無縁仏の墓跡の前のS君の写真、手を合わせたくなるくらいだ。
 
波しぶきの前での写真、岩の上での写真、波賀九郎の最高傑作だ。大波を浴びて姿がみえなくなっている写真、こんな写真で別冊を創刊2年目で出せたなんて夢のようだ。
 

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「編集室から」に、ぼくはこんなことを書いている。別冊も藤田竜君とふたりだけで出したのだからすごいことだ。
 
「今年は武田肇写真集『少年たち』、波賀九郎写真集『梵』、栗浜陽三写真集『褌遊』と3冊もひとりで出すことができたことは快挙というべきで、社員を何人も使っている出版社でもできないことをやってのけたことで、ひとりで満足している。
 
これはひとえに熱心な読者がぼくを支えてくれたからだ。「いい本ができました」と、激励の電話で元気が湧いてくる。」
 
ああ、いい時代だった。

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コメント

撮影風景の映像も絵になるかも知れません。もちろん白黒映像で。

投稿: 撮影風景の映像も絵になるかも | 2020年1月 1日 (水) 03時49分

『褌遊』でなく『渾遊』ですね。

訂正して、『梵』と『渾遊』が最高傑作でしょう。

投稿: | 2019年12月30日 (月) 19時17分


『梵』と『褌遊』が最高傑作でしょう。

投稿: | 2019年12月30日 (月) 18時21分

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