« 死んだ者は帰ってこない! | トップページ | 新兵ほど裸と縁の深いものはない! »

2020年1月25日 (土)

M検はシャバとお別れの儀式だ!

笹岡作治というペンネーム、これは劇画作家として有名になった山川純一と同じようにぼくが名付けたものだ。
 
『薔薇族』を創刊して2、3年経つ頃から地方に住み発表の場がなかった有名な方から続々と原稿が送られてくるようになってきた。
 
笹岡作治さん、九州に住む方で軍隊経験があり、戦時中の日本の軍隊の野蛮な風習を描いて投稿してくれた。
 
「ああ、M検物語」とタイトルをつけたがこの作品を昭和48年(1973年)7月号No.12に載せたら、次々と力作を送ってくれた。
 
戦時中、入学した世田谷中学にも地方から集められた兵隊たちがいた。
 
2年生から上の学生たちは軍需工場で働かせられていない。
 
ある日、廊下を歩いていたら、窓越しに全裸になって並ばされ、軍医や衛生兵たちにオチンチンの検査をさせられているところを見てしまい、ショックを受けたことがあった。
 
「戦中派といわれる年代にとって、ひそかな含羞を誘う思い出といえば、いわゆるM検にまつわる体験である。それは遠い屈辱の軌跡を滑稽な笑いの中に埋葬するにふさわしい、ささやかな追憶でもある。
 
紅にめくられた亀頭部をつややかに濡らした緊張。『アレ、この野郎気分を出してるぞ』若者の意識から断絶したところで、みるみるうちにふくらみ、立ち上がる肉茎。それは彼のあわてふためきをよそに検査官をたのしませる。
 
ざらざらした掌が開いた蕾をなぜまわす。それから薄皮をゆっくりはがし、ひきつる痛みもなんのそのだ。
 
すっかり立派になった一物に彼は満足し、若者をひやかすように凝視する。腰を落とし、股を大きく開いた肉体のポーズは、羞らいと緊張でかすかにふるえている。
 
精神注入棒を握った衛生兵が床をたたきながらわめき散らす。『会陰、肛門』の張り紙が、若者を羞恥の殿堂に追い込む入口だ。
 
『ふんどしをさっさとはずさんか。一箇所に集まるんじゃねえ。空いてるところにどんどん走っていけ。前のものがやることをよく見ておけ。いいか、最初はオチンチンだ。次は尻。わかったな、まごまごするな。検査官がキンタマを握ったら、おなかをしっかりふくらます。まちがえるなよ』
 
続々とつめかけた若者は、たちどころに素っ裸にされる。フンドシの洪水。四つん這いの列。検査官は尻たぶを両手でこじあける。と、緊張でひくひく痙攣するトンネルの入り口をじっとながめる。そして指の運動がはじまるのだ。
 
肛門に挿入された指は一回転し、そのままそけい部を走りながら、睾丸の付け根に達する。
 
『こら、けつをもっともちあげて、足をいっぱいに開くんだ。尻にでんと力をかけてみろ』
 
恐れの沈黙に閉ざされた順番を待つ若者。不動の姿勢は、すべすべした尻のふくらみをとらえている。それは成熟したばかりの青年のかおりを発散する。
 
尻をたたかれた若者は、立ち上がって検査室へ。走りさる若者の睾丸がおおっぴらにゆらゆら揺れている。
 
『次!』一歩前進。姓名申告。『声が小さい』そしてやりなおし。ありったけの声をふりしぼる。『何だ、何だ、お前のはしなびてるじゃないか。日本男子なら、しっかり立てろ、ほら、ほれ』片手で睾丸を軽くゆすりながら薄皮をさする。若者は真っ赤になる。」
 
女性には理解できない日本の軍隊の人権を無視した光景だ。
 
長い文章がまだまだ続く。

何回か紹介したことがあったが、今となっては面白い話だ。(つづく)

|

« 死んだ者は帰ってこない! | トップページ | 新兵ほど裸と縁の深いものはない! »

コメント


他人事だと思って、今となっては面白い話だというのはどうでしょう。自分がやられてください。
似たようなことは、平成の時代でも大学の体育会系で辱めとして下級生に行なわれたこともあり、自殺者も出ました。

投稿: | 2020年1月25日 (土) 17時16分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 死んだ者は帰ってこない! | トップページ | 新兵ほど裸と縁の深いものはない! »