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2020年2月24日 (月)

みんなに支えられて「米寿」を迎えます!

株式会社サイゾーのお世話になって、ネットで見られる「薔薇族の人々」と題して、一編が400字詰原稿用紙4枚(1週間分)それを4編書いて、1ヶ月分、『薔薇族』を支えてくれた方々を紹介している。
 
原稿用紙に書き、写真をつけて編集者の方に郵送しているのだが、スマホは2、3年前に購入し持っているが、勉強嫌いのぼくには、ブログとツイッターは、やっと読むことができるようになったが、電話もかけられないし、写真も撮れない。ましてやメールなんてものを送ることも。
 
下北沢の商店街には、スマホを売る店が何件もあるが、最近開店した店で、使い方を教えますと書いた店がある。他社のものでもとあるので参加してみようと思いながら、その店の前を通るが、もうすでに何ヶ月か経っている。
 
思い出せば1971年4月ごろ、その頃はエロ本から秋山正美さんの『ひとりぼっちの性生活』から始まって、方向転換してゲイの本ばかり出す出版社になっていた。
 
父が女に夢中になって、仕事をぼくにまかせっきりになってしまったことが幸い?して次から次へとゲイの人向けの単行本を出し続けていた。
 
書店で買いにくいので、はるばると下北沢のわが家まで遠方から購入にこられるお客さんが多かった。それらの人たちから悩み事を聞き、雑誌を出すことを思い立った。
 
ゲイ向けの単行本の後書きに雑誌を出したいと書いたら、すぐに手紙が送られて来た。『風俗奇譚』にゲイ向けの小説を書いていた間宮浩さんだ。
 
その手紙は今も大切に保存している。間宮浩さんと一緒に『風俗奇譚』にエッセイなどを書いていた仲間の藤田竜さん。すぐに電話をかけて新宿でふたりに出会い、4月に出会って、7月に創刊号を出してしまったのだから、ぼくの決断力はすごい。
 
ふたりに出会わなかったら、雑誌作りの経験のないぼくひとりでは創刊できなかったろう。
 
ありがたいことにぼくは運が強く、多くの男絵師、小説家、多くの有能な読者に支えられて、382号までの30数年間、ゲイの歴史に残るような雑誌を出し続けることができた。『薔薇族』を支え続けてくれた人たちのことをネットに残しておきたいと書き続けているが、ぼくよりも若い人だったのに、みんな他界してしまっている。
 
伊藤さんはノンケだから、男と寝たことがないから、本当のことはわからないと言い続けた藤田竜さん。
 
間宮浩さん、怒った顔など見たことがない温厚ないつもスーツを着ていた方で、やさしい方だった。
 
胸に真っ赤な薔薇のいれずみをしていた三島剛さん。初めて会った日に、画集を出すことを快諾してくれた。
 
幻のSM作家、笹岡作治さん。日本のホモポルノ写真の草分けの大阪のオッチャン。
 
NHKのアナウンサーだった楯四郎さん。男写真の第一人者、波賀九郎さん。縛りの美学を貫き通した大川辰次さん。稚拙さとワイセツ感がよかった裸夢丸さん。
 
まだまだ、多くの人たち、また読者、書店に支えられて、ぼくだけ生き残って88歳。3月19日で「米寿」を迎えます。それと女房久美子と「令和」の名付親・中西進さんの仲人で結婚して50年。
 
3月20日(春分の日)のひる12時から「ふだん着の街、気さくな街」三軒茶屋の田園都市線「三軒茶屋駅」南口A出口前「銀座アスター」で、「文ちゃんの米寿を祝う会」を開きます。お酒も飲み放題、料理も最高。
 
本来なら会費1万円いただかないと開ないのですが、読者のおひとりが寄付をしてくれたので若い人にも来てもらいたいと、会費・3千円にします。くわしくはまたブログやツイッターに書きますが、3月20日を今から予定しておいてください。

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