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2020年4月 6日 (月)

男同士の愛は永続きしない

「30代に入ってそれまで築いたもののすべて、人間のつながりすべてを投げ捨てて、男と駆け落ちする切羽詰まった気持ちとはどんなものだろうか。
 
そしてその果て、無一文のひとりぼっちになって、裸から人生をやり直す羽目になったときの心情はどんなくるしさなのだろうか。
 
話の主人公は松本の健ちゃんだ。この春までバー「あっちこっち」で、ひょうきんにしていた健ちゃんは、見てくれは軽いし、話の結末は世間でよく聞くたぐいのものだから、ま、そうは深刻にならないけれど、当人はしんどいストーリーで。
 
健ちゃんは15歳のとき、すぐ近所のおじさんにいたずらされた。そして10年男とはなにもなかった。男には関心があったのだが岡山の田舎町ではホモ雑誌は売ってないし、第一そんな雑誌があることすら知らないのだから、男とデキようがなく、21歳で結婚し、子供を二人もつくってしまった。
 
そのしばらく後、古本屋で『薔薇族』を発見し、この同じ空の下に、とんでもない男同士の世界があることを知って、息が止まるほど驚き、そして喜んだのだ。

 

もうすぐ広告にあった岡山市のバーに行った。福山の店にも行った。そこで高松の人を知って、高松に行き居ついてしまう。遅咲きのせいか「吉備」というバーを始めるまでに男同士の世界にのめりこんでしまった。

 

そこに客として来た同い年のタクちゃんと、生まれて初めての恋に落ちる。そしてわけがあって、貯金を使い果たし店を売り、妻子を捨て故郷を捨て、タクちゃんと手に手を取って東京へ出る。だが暮らせない。そうして二人で流れていったのだが、知る人の一人もいない松本で、もうここでふんばるしかないと、二人で住み込みの仕事をし、頑丈な健ちゃんは夜を日について肉体労働をしたりとにもかくにも店をもとうと、食費も切り詰めて頑張った。

 

愛する人と一緒に店をやる。二人の愛は、やがて実って、好条件の店を手に入れることができた。

 

『薔薇族』に広告を出し、長野県ではたった一軒の二人のホモ・バーはそれなりに好調に、松本の夜の中で育っていった。

 

ああ、だけど、どうして人間ってこうなのだろう。せっかく常連客がつき、旅行者も寄ってくれるまでになったのに、あれほど激しく思いあった二人の気持ちは、いつの間にか冷えてしまった。

 

営業中は二人がカウンターの中に入って、入ればそこに身につけた愛嬌で客には感じさせないけれど、二人の間には風が吹いていた。でも営業中はまだいい。店の上の部屋で寝たり、昼の時間を過ごすとき、ギクシャクしてしまう。愛し合って三年あまりで、お互いの気に入らないところが目につくようになって、ひとたびそうなれば、人間は誰だって急にいろんなことが許せなくなる。口喧嘩の数も増えた。

 

悩み始める前になんとかしなければと二人は思った。初めの約束ではタクちゃんが出ていくことになっていた。だがややこしいいきさつがあって、結局、健ちゃんが飛び出ることになってしまった。

 

とび出ることになってはしまったが、先立つものはない。心ある友人はみんな反対した。それは松本で店を続けていればとりあえずは生活できる。妻子への仕送りも少しだがしてこられた。だが、ザラザラした気持ちにはこれ以上は耐えられない」

 

まだまだ話は続くが、この話は藤田竜さんが聞き出した話だ。ホモの人って二人の愛は長続きしない。竜さんとルネさん何十年も一緒に暮らしたのは、なぜだったのか。

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コメント

越竜殿は去ったのですか?
貧困をおくびにも見せぬ意地は尊敬申し上げます。
今はセージ・サバイバルですか、緩く見守らせて頂こう。

投稿: | 2020年4月25日 (土) 16時17分

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