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2020年4月20日 (月)

父を憎んでいるわけではない!

父、祷一にこんなやさしい面があったとは。祖父、伊藤冨士雄が救世軍(軍隊組織でキリスト教を布教する団体)の将校として、苦界に苦しむお女郎さんを身体をはって、千人近くも廃業させた。

 

53歳でこの世をさった祖父、冨士雄の死を悼んでの「亡き父に捧ぐ」と題する原稿用紙7枚の手記だ。

 

岩手の山奥に育った無学の母親を馬鹿にして、浮気の限りを尽くしていた父。こんなやさしい面があったとは。

 

今でも忘れることはできない。父の母に対する暴力。父の気持ちも分からぬでもない。戦時中、1万円、2万円の生命保険をせっせとかけていたのに、敗戦後、貨幣価値が変わってしまって紙屑同然になってしまった。

 

郵便局の保険勧誘員のすすめで、母は簡易保険に入ってしまった。それを知った父は激怒、髪を掴んで引きずり回し、なぐる、けるの暴力。

 

母と一緒にもう窓口が閉まっていた郵便局の裏口から入って、契約を取り消してもらった。今でも忘れることはできない。そんな父が亡き祖父に捧げた手記。

 

「あなたのお写真と、あなたに対する哀悼の辞が、2、3の新聞紙上に出ました。

 

あなたの大好きな小さい弟(和平おじさん。ニューギニアで戦死、いや、餓死)は、『お父さんの写真だ』と言って、私や母の前にその新聞を広げました。私たちは新しい涙をその上に落とさねばならなかったのです。

 

父上、あなたは私たち兄弟のことを何よりもご心配になっていました。ことに一番小さい弟を愛しておられました。

 

そしてお馬になったり、お話をしたり、遊びになくてはならない相手でした。あなたをなくした弟の心はどんなでしょうか。

 

私はまだ何事も知らない、いたいけな弟をみるたびに涙なしではいられないのです。

 

父上、あなたは私のことをご心配になっておられました。私は行くzのない弱い人間です。卒業後の就職口について、私のために色々とお心にかけてくださいました。そしてA会社の課長さんをたずねられたり、M会社の知人にお頼みになったりして、八方に私のためにおつくしくださったのでした。

 

私はあなたの死後、そのことを知って心からありがたく思ったものでした。あなたは死を予期していたのです。きっとあなたは死が目前に迫っていることを知っていたのです。だからこそ私たち兄弟のために、ひとしお愛情をそそいでくれたのです。今、考えると感慨無量です。

 

父上、私があなたに恩返しもしないうちにあなたは、この世をお去りになりました。しかし、決してあなたは死んだのではないということを確信しています。あなたは一生涯を信仰によって神に奉仕なさいました。そしてあなたは凱歌をあげて、栄誉ある勝利者として神の膝元においでになったのです。

 

あなたの手によって、みじめな境遇に悩む数多くの女性を解放されました。ある人はあなたのことを「自廃の闘将」と言わしめました。またある人は「人道の戦士」だと言われました。いずれにしてもあなたは社会のためにおつくしになったのです。生命を恐れずに戦ったのです。

 

あなたは悲しみのどん底をさまよう、可憐な女性たちのために、何物をも惜しまなかったのです。(後略)」

 

父にこんなやさしい気持ちがあったのか。空々しく聞こえる。母が肺病で入院している時も、一度も見舞いに行かなかった。妹が心臓病の手術で入院している時も、一度も病院に行かなかった。父が亡くなった時、ぼくは、ああ、死んだかと思っただけだ。

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