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2020年6月29日 (月)

「島を返せ!」の叫び声は!

ぼくのことを一番最初に記事にしてくれた朝日新聞の記者、小泉信一さん。先妻の舞踊家、伊藤ミカのことを書いた『裸の女房』も大きな記事にしてくれた。

 

1991年に小泉さんが自ら志願して、日本の最北端、北海道の朝日新聞通信局(現・支局)に95年まで赴いた時に、浅草のバアで送別会が開かれた。

 

ぼくも出席したが、その時くじ引きで当たった掛け時計が、我が家の壁にかかっていて時を刻んでくれている。

 

毎日、新聞も週刊誌も、テレビも新型コロナウイルスのことばかり報道していて、読む記事がない。

 

そんな時に2020年6月8日から12日まで、朝日新聞の夕刊に5回にわたって「望郷の島々 北方領土」が、小泉信一さんの記事で掲載された。

 

1回めは「現場へ! 色あせない桜の花の記憶よ」のタイトルで。根室の支局に5年もいた小泉さんでなければかけない記事だ。

 

「淡いピンクの花びらが海風に揺れる。北方領土の島々をのぞむ北海道根室市。今年のチシマザクラの開花は5月9日。市観光協会によると例年より9日早いという。

 

満開の桜を愛でながら、元島民らと酒を酌み交わした日が懐かしい。1991年から95年まで、私は朝日新聞根室通信局(現・支局)に勤めていた。長い冬を経てようやく訪れた春の喜び。宴席にいた一人がほろ酔い気分で郷里の歌を口ずさんだのを思い出す。

 

  千島恋しや 朝露夜露 島よ還れとなくかもめ」

 

太平洋戦争の敗戦によって、北方領土はソ連に占領されてしまった。ソ連は国は広いけれど使える土地は少ないから、北方領土を返すわけがない。北方領土に自衛隊の墓地ができたり、米軍の基地ができたらソ連は困るからだ。

 

「ようやく根室市の市街地に入ると左側に大きく島影が見えてくる。オホーツク海に浮かぶ北方領土の国後島だ。

 

「へえー、驚いた。こんなに近いんですね」

 

私が根室に勤務していた頃、東京から視察に訪れた政治家の多くが、手をかざしてこんな発言をした。その度に地元では失笑が漏れた。

 

「冗談じゃない。島はずっと同じ場所にあるのに」

 

笑い話のようだが、おそらく今も同じようなやりとりが繰り広げられているのかもしれない」

 

こんな政治家たちがいる日本に、ソ連が北方領土を返すわけがない。

 

「昨年8月。北海道根室市の祭りを訪ねた私は、馴染みの露天商と一緒に夜の街を歩いた。「フルカマップ」「水晶島」……。懐かしいスナックはどこもシャッターが下りていた。「南千島」というキャバレーもあった。「北海の大統領」と呼ばれた大物船主が経営していた店だった。

 

「昔は景気が良かったなあ」と露天商はいう。確かに飲みに行くと札束を懐に忍ばせた漁師によく会った。「今日は国後まで行ってカニさとってきた」。漁師が自慢げに話していたのを思い出す。悪びれた様子はなかった。

 

「あそこは、もともと俺たちの海。どこにどんな魚がいるかはみんな知っている」。そんな思いが強かったのだろう。

 

ロシアは日本漁船の操業に目を光らせ、違反があれば臨検や連行も辞さない。」

 

今ではロシアからカニなど買っているのでは。

 

「島の帰属をめぐって日ソ両政府の交渉が難航している今、立ち止まり、この北辺の町が歩んできた歴史を見つめ直したい」と、小泉信一記者は結んでいる。

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