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2020年10月17日 (土)

心が破けてしまいそう!

ぼくは88歳になるまでに著書は12〜3冊出している。一番最初の本は昭和53年(1978)光風社書店刊で、内藤ルネさんがカバーの絵を描いてくれている。

 

この時代は同性愛はマスコミの間でもタブーだったので、単行本として同性愛に取り組んだものとしては、最初だったかもしれない。

 

『薔薇族』の創刊が1971年だから、それから7、8年後のことだろう。ぼくの女房の兄が新潟から上京してきて、本の取次店の大手の東販に入社し、それから出版社に勤め、製本会社「越後堂製本」を創立していた。東販の仕入れの担当者から紹介されて、父が創立した「第二書房」の製本をお願いしていた。

 

光風社書店も「越後堂製本」のお得意さんだった。まだこの時代は本はよく売れていたから、ぼくの最初の著書『心が破けてしまいそう=親・兄妹にも言えない、この苦しみはなんだ』は、今では考えられない1万2千部印刷したと記憶しているが、印税などもらった記憶はない。

 

ぼくの本が売れなかったのが原因ではないが、まもなく倒産してしまった。その頃、同性愛を扱った本などなかった時代なのでそこそこ売れたのだろう。

 

嬉しかったのは女性からの感想文を書いた手紙が多かった。ぼくの本が出る数年前に冨田英三さん、神戸新聞の記者だったが、上京して阿佐ヶ谷に奥さんと二人で住んでいた。

 

冨田さんは文芸春秋社から発行されていた『漫画読本』によく執筆していて、絵も描くし、エッセイもよく書かれていた。

 

若い頃、アメリカに渡って、ニューヨークの芸術家が多く住んでいた、ソーホーに住み、帰国してから「ビザールの会」を立ち上げ、若者を集めて様々なパーティを開いていた。

 

その頃、先妻の舞踊家・ミカと入会し、ご夫妻によくしてもらった。ミカは独立して「ビザール・バレエ・グループ」を立ち上げ、冨田さんにはどれだけお世話になったかはわからない。

 

冨田さんの奥さんは、ご主人がゲイであることを隠していたが、『ゲイ』という本を出版したので、隠せなくなってしまった。

 

この本は少し時代に早すぎたのか、この本が売れなかったのが原因ではないが倒産してしまった。

 

煙草好きで、いつも口に煙草をくわえていたので奥さんが前かけをさせていた。肺ガンで亡くなってしまったので、奥さんがぼくに『ゲイ』を読んでの感想文を書いた手紙やオカマちゃんたちの写真をいただいた。

 

パーティ好きの冨田さんの影響で、ぼくはどれだけパーティを開いたかわからない。

 

『心が破けてしまいそう』を出版した頃は推薦文などを書いてもらうことができなかった。そんなことをしたらゲイじゃないかと思われてしまうからだ。

 

書名は秋田県に住む17歳の高校生から送られてきた手紙から名付けた。

 

「伊藤文学さん、どうにかしてください。むずかしいのはわかるけど、このままでは、からだが、そして心が破けてしまいます」からだ。

 

この時代、地方に住むゲイの人たちがどれほど生きづらかったことか。最後の手紙の言葉はぼくの心を打った。

 

「人間が平等なんてだれが言ったのでしょうか。このごろ、なにもかもいやになってきます。」

 

この高校生、ぼくの本を読んでくれただろうか。きっといい人生をその後、送ってくれたに違いない。

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