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2020年11月 7日 (土)

『肉体の門』の田村泰次郎さんの思い出!

友人の朝日新聞編集委員、小泉信一さんが2020年11月8日の朝日新聞夕刊に「『肉体の門』1947年刊(今から73年前)田村泰次郎著「生きてやる焼け跡からの叫び=戦後のニヒリズムと欲望」と題して記事にしている。

 

なにしろ73年も前のことで、たまたま僕は縁があって、田村泰次郎さんを知っていたから、この記事を読んで懐かしく思い出してしまった。

 

1962年(昭和37年)12月(今から58年前)ぼくの親父が女に狂って、出版の仕事を投げ出し、ぼくにまかせきりになったので、ぼくの企画で「ナイト・ブックス」を新書版で出した第1号が、武野藤介の『わいだん読本』だった。

 

その後武野藤介さんの息子さんに嫁さんを世話したりしたので親しくなり吉祥寺に住む武野さん家によく遊びに行っていた。

 

その頃、中央線沿線に住む作家や画家たちが「カルヴァドスの会」を結成し、西荻窪駅前のレストラン「こけし屋」で会を開いていた。

 

NHKの人気番組「トンチ教室」の名司会者・青木一雄さんの司会で年末に会員が集まり、パーティが開かれ、武野さんの紹介で、先妻の舞踊家ミカが仲間の松前美奈子さんと二人で、余興に踊っていた。

 

中央線沿線に住む、有名な文士、評論家、画家、芸能人ら70人が「こけし屋」に集まった。

 

12月の忘年会とクリスマスをかねての華やかで豪華な会合だった。ミカは20代後半の頃で、ぼくは照明係をしていた。

 

2階の宴会場に料理屋お酒が運ばれて宴会が始まる。踊るといってもお客さんは通路の両側に座っていて、そのまんなかの狭い通路を使って踊りを見せるのだから、目の前にいるお客さんを注目させ、圧倒しなければならない。ストリップ・ショウならやりようがあるだろうが、衣装をつけての踊りだから、色気を出すといっても限界がある。

 

当然、アドリブで踊るのだから、表情や、体から発散するミカの迫力は見るものを圧倒していた。酒を飲んでガヤガヤしていたお客さんも、その動きの迫力で息を飲むばかりにシーンと静かになった。

 

踊りが終わって衣装を着替えて宴席に戻ってくると、若い女性は二人しかいないのだから、老人たちのホステス役にならざるをえない。

 

ご高齢の先生方もお酒が回ってくると、ミカたちは餌食になってしまって、抱きついたりするのは当たり前、キスまでされてしまう。それでもミカは当然のように嫌がることなく笑顔で老人たちのお相手をしていた。

 

今年、元気であっても翌年の会には、あの世にいかれてしまう方がいたから、老人方がひとときを喜んでくれたのだ。

 

田村泰次郎さんは毎回、ミカの踊りを見てくれていた。1965年(昭和40年)6月28日の夜に催された「伊藤ミカ・青津嘉子モダンダンス・リサイタル」のプログラムに「伊藤ミカさんの踊り」と題して一文を寄せてくれた。

 

「ふだん、相当に激しい、厳しい練習を積んでいることも、まちがいない。なぜなら、年ごとに彼女の踊りは上達しているように見え、私たちの目を見張らせるほどに、ぐんぐんと自分の道をつきすすんでいるからである。(中略)

 

彼女は黙っていても、踊り自身が伊藤さんの言葉である。ここまで観るものを感じさせるのは、並大抵のことではない」

 

小泉信一さんの記事を読んで、遠い昔のことを思い出した。ミカが亡くなって、もう50年にもなる。

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