« 2021年1月 | トップページ | 2021年3月 »

2021年2月

2021年2月20日 (土)

世間は少年愛の人たちを病人と!

1997年『薔薇族』10月号・No.297に最後まで少年愛の人たちのために、原稿やイラストを書き続けてくれた稲垣征次君が「少年愛中学教師・強制わいせつ裁判傍聴・被告の全人生を断罪するなんて」と題して、一文を寄せてくれている。長い文章なので割愛せざるをえないが。

 

「今年5月、埼玉の中学教師が教え子の男子生徒に強制わいせつを働いたという容疑で逮捕され、写真誌やワイドショーで派手に取り上げられて懲戒免職になった事件があった。

 

公判で青白くやせ細った中年の被告の涙ながらの反省の言葉。その老いた母親の痛々しいすすり泣きの情景が、今もやりきれなくよみがえる。

 

全面的に自分の罪を認めた被告と、その弁護人の明らかに執行猶予を念頭においたと思われる尋問は、ただただ被告の否定的人生観を跡づけてゆくだけで、その点はなんら検事の追求と異なるところはなく、たんたんと進行し1時間余りで公判終了となった。

 

私は裁判を傍聴したのは初めてだった。私の興味は私と同好の士が法律にふれて裁かれるとき、少年愛というものがどういうふうに判断されるのかという問題が主であった。

 

ところが少年愛のなんたるかや、その是非を問う場面は何もなく、ただ大前提としてのある雰囲気、つまり暗黙の了解の下に言葉がやりとりされていた。それは未成年への性行為は許しがたく汚らわしい。そこには愛情など存在するはずがなく、罪を用意しなければならないという多数者側の一方通行的倫理観なのである。

 

もちろん私は絶対的少数者として予想はしていたものの、やはり空虚でみじめな気持ちなった。

 

私は50年あまり生きているのだから、損して得とれぐらいのことはわかるのだが、被告の全人生を否定的にとらえて弁護人といえるのだろうか。被告にとって少年への愛は人生の根幹であるはずだ。彼の性のすべてであるはずだ。あまりにも人間としての同情心に欠けてはいまいか。(中略)

 

私の友人が判決の内容を知らせてくれたのだが、実刑1年6ヶ月。その理由として、①計画性、②常習生(23年間に及ぶ)、③教師と生徒という力関係を利用した、④ビデオに行為を撮りそれを投稿して他人に見せた、以上の行為は大変悪質で執行猶予に値しないとのことであった。(中略)

 

被告はすでに多大の社会的制裁を受けている。マスコミにたたかれ、地元の人たちの好奇の目にさらされ職も失った。46歳の独身男が、71歳の老母とふたりで、これから生きていかねばならないというのに……。

 

その少年の心を傷つけはしたが、彼のかかわったすべての少年がいやがったわけではなかろう。それは証明されていないのだ。そんな審理などされていないのだ。犯した罪にくらべて罰が大きすぎやしないだろうか? 被害妄想ととられるかもしれないが、みせしめとして必要以上にきびしくしたのではないかという気がしてならない。(中略)

 

「あなたは息子の犯した行為について、被害者宅へ謝罪にゆきましたか」

 

母親が絶句していると、「なぜ行かなかったのですか」と言ったのである。被告は46歳である。成人して26年もたっているのだ。検事の社会常識ってこんなものなのか。

 

少年を好きな私たちに対して、この社会の法と番人は、明らかに私たちを病人の類と見ている。

 

少年の意志を尊重しない限り、愛は成立せず、失うものは大きいことを……。私たちの味方は大変に少ないのである。」

 

この話は24年前のことだが、世間の人の少年ア愛に対する見方は今も少しも変わっていない。むしろきびしくなっているのでは……。

| | コメント (0)

2021年2月13日 (土)

これが本当の親友なのか!

1987年4月号No.171の「人生薔薇模様」への兵庫県ノビランデル君の投稿。

 

「1987年1月1日、ついに自分がホモであることを告白しました。相手は僕が高校生のとき愛した親友です。

 

高校生のときはふたりともお互いのことを好きで、愛し合っていました。そのときは自分がホモだとか思っていなくて、ただ彼のことが好きだと思って、彼と一緒にいるだけで幸福な毎日を送っていました。

 

初体験も彼でした。キスから始まって肉体関係と続いて……、でも、それは卒業とともに終わり、普通の男同士の親友関係になり、今でも続いています。

 

彼は卒業後、家の仕事を手伝いながら、女の子と付き合ったけど、彼とは違って俺の場合男に興味があって、23歳の時初めて『薔薇族』を手にし、自分はホモだと自覚しました。

 

それからというもの、女性には全然目もくれず、男にばかり目がいってしまうという毎日です。

 

ホモであることで悩んだりしたけど、今ではなんとも思っていません。彼には自分がホモだと言ったのは、彼にウソついているような気がして。

 

「俺たちは今、26歳で結婚の話とかが話題になるんだよね」……そんなとき、口からウソの言葉がペラペラと出てしまって……。

 

そんな思いをするよりは、本当のこと話して楽になりたかったんです。話した後嫌われてもいいと思って、正直に本当のことを話しました。

 

彼はビックリしました。でも「正直に話してくれてありがとう。ホモであろうとなんであろうが親友だよ」って言ってくれました。今付き合っている人がいることも話しました。

 

俺は今、結婚するのが楽しみです。俺が女性を愛せない分、彼には幸福な家庭を作ってもらいたいと思う。

 

親友に自分がホモであることを打ち明けたことを後悔していません。

 

これから先はもう2度とホモみたいなことはないと思うけど、本当の男同士として、親友として長く続くと思います。

 

今でも彼のことを愛しています。でも、それは親友として……。」

 

このふたりのような関係が本当の親友といえる間柄では。「キスから始まって肉体関係と続いて……」そんな関係だったのに。よくも親友関係が続いているなんて。

 

告白してしまって、不幸な結果になることが多いだろうが、このふたりのような関係というのは本当の親友といえるのだろう。いい話ではないか。

| | コメント (0)

2021年2月 8日 (月)

知名度が高くなって書いにくくなる『薔薇族』!

1976年『薔薇族』9月号No.44の「編集室から」に、ぼくはこんなことを書いている。

 

「子供二人と奥さんを残して突然、家出をしてしまった青森県の人、無事に帰ってきたと、奥さんから電話がありました。『薔薇族』のぼくの記事を読んでのことのようです。「なんにも言わないでおきます」と言う奥さん。うまくやってほしいものです。

 

子供さんにカンパをと書いたら甘すぎると言われてしまったけれど、この間にもこんなことがありました。

 

茨城県から老人中の若い子が尋ねてきたのです。近所の喫茶店でお茶をご馳走して、欲しいと言う本を一冊あげて、早く明るいうちに帰りなさいと言って返したのですが、夕方になって「祭」のほうに顔をだしていたら、なんとその子がひょっこり現れたのでびっくり。そして帰りの汽車賃がなくなってしまったから貸してくれ」というのです。きびしく「歩いてでも帰りな」と追い返したのだけど……。

 

いつかも四国からきた青年が東京で遊びすぎて、帰る金がなくなってしまったというので、このときは一万円もたせてあげたのだけど、それっきり。背広を着てきちっとしていたんだけど。

 

・「祭」の経営に悪ノリして雑誌がつまらなくなったと、無記名のハガキが一通舞い込みました。絶対にそう思われたくないと、頑張っているのだけど。

 

そう言われても仕方がありません。徐々にからだも慣れてきたから、そんなこと言わないで欲しい。すべてを犠牲にして「祭」と『薔薇族』に打ち込んでいるのだから。

 

それにしても朝、起きれなくなりました。朝、10時前の電話と、真夜中の電話は、かんべんしてください。と書いてもたまにしか読んでいない人がかけてくるのだから、仕方がありませんね。

 

・ある都内の大学で、どんな雑誌が読まれているか、女性をふくめて調査(無記名で)したら、なんと『薔薇族』が4位になったそうです。これはよろこんでいいのか、悲しむべきなのか、責任は重大になってきました。

 

一番倫理規定がやかましい、福岡県の民政局が青少年の健康に害がある悪書だと指定しているので、ぼくが抗議したこともあってか、最近では一度も指定されていません。心して雑誌を作っているので応援してください。

 

・藤田竜君が大放言で編集部を去って多摩美大卒の優秀なH君が入社してくれました。創刊のころ尋ねてきてくれたこともある青年なので、前から知っていたこともあって、毎日楽しく仕事をしてくれています。

 

自殺未遂をした少年も、ぼくが留守だったとき電話がかかってきたのですが、よく面倒をみてくれたようです。元気になった少年から毎日のように電話がかかってきて、「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と慕われているようです。

 

・ここ1年ぐらい部数がある程度までいって伸び悩みの感があるようです。

 

最近週刊明星、週刊平凡とか週刊プレイボーイに載ったりして、知名度がますます高くなってきているのですが、知名度が高くなると、逆に書いにくくなるという逆効果を生じているようです。

 

最近街角でみかける自動販売機を使ったら買い良いのではと、いま思案中です。

 

君の薔薇族としての人生は、堂々と書店で買うところから始まると思うので、勇気を出して買って欲しいのです。

 

性病の病院だって、なおのこと行きにくいと思うけど、これも早めに行ってください。

 

東京近郊の方は病院を紹介しますから、電話してください。血液検査もしてくれます。」

| | コメント (0)

2021年2月 6日 (土)

竜さん、思い上がりもいいところ!

1976年の『薔薇族』5月号No.40に、「藤田竜・さよなら大放言・大毒舌「アホは地獄に落ちて、うんと苦しめ!!」と題して、3ヶ月ほど編集部から去ったことがあった。

 

『薔薇族』を愛して購読してくれている読者に対してなんということをと思うが、彼は思うことがあってのことだから……。

 

「男好きを隠して結婚したのがバレて、中ピ連につつかれ500万円取られた男がいる。そうかと思えば同棲してる男が浮気したと泣いて電話してくる30男がいる。――こういうアホにつきあうのは、もうごめんだよ。



 まったく俺はこの5年間、何を残せたのか。何のために『薔薇族』に力を注いだのか。


 
 こういうアホがいる一方で、「藤田さんは肉の情熱ではない、真の愛の可能性を信じていないのではないかと、急に不安になった」りする青二才がいる。


 
 もう、ね、俺は、そういう愚者のために、俺の大切な頭脳を酷使するのをやめたよ。



 俺が今までの生き方でつかんだ、いろいろの、薔薇色のゲイな、素晴らしい、男好きの男としてのコツや、テクニックやらは、要するにアホどもにとって何ひとつ役に立たなかったようで、そうしたアホは、どうぞ地獄に落ちてちょうだい。


 
 さんざ苦しみなさい。あんたらが不幸になる一方で、俺はもうなにも、いい男の集まる場所も、ノンケのつかまえ方も、生きることへの考え方も、たのしい人生の秘密は、なにひとつ教えないで、自分だけでたっぷり楽しみ、何十人分もの幸福をひとりで味わうことにする。


 
 アホへのおつきあいは、もう結構ざんす。

 

先月号でもうやめた、なんて言っといて、また書いているのはカッコ悪いけど、あの時はどたん場で決めたから、ごあいさつらしきことも出来なかったし、こだま欄である程度の答は偶然でたようだけど、俺の言ったことが尾をひいているようで落ちつきが悪いよ。

 

男はともかく、仕事に飽きっぽい俺にしては本誌には長く付き合った。ただ本誌が四角い背中の立派なものになって、厚みを増してきたころから、実は俺のカラーはうすくなっている。

 

初期の薄い号のころのは今みても、工夫や美学や熱気がある。原稿も絵も写真もあまりなくて、それでも少ない材料でひとつの世界を作り上げている。

 

あの頃は伊藤さんはまだ男のことも雑誌のこともよくわからなくて、いわば俺の手作りだった。そんなふうな苦労をするのが好きで今日のように作家も画家も粒がそろい、特別大努力をしなくても、まあ大かたの読者に受け入れられるものが作れる状況になるにしたがって俺は熱意を失っていった。

 

広くなってしまった読者に応えてゆくうちに、俺の本意でないものもいつか入ってしまったし、俺が考えていた「男」の雑誌とは少し違ってきた。これが本音でね。先々号あたりに書いたことはきれいごと。

 

今まで他の仕事でも一応メドがついて軌道に乗ると、俺はやる気をなくしたものだったけど、本誌の場合は要するにそれが長引いたわけよ。

 

伊藤さんも今や識見を持ち、力をたくわえ、親衛隊もついて、そこに若い編集員も加わったのだから、俺がいなくても充分にいい仕事ができるだろう。 (後略)」

 

こんな悪たれをついたのに、3ヶ月もしたらまた戻ってきてしまった。それから世の中かわってルネさんと竜さんが考え出したグッズが売れなくなってしまい、ぼくが払う給料でふたりが生活するようになってしまった。

 

いろんな読者がいるのは当然のことだ。ぼくはどんな読者でも同じように接してきたので、今でも読者に支えられている。

| | コメント (0)

2021年2月 1日 (月)

子供に近づきたいから教師に!

2021年1月29日の読売新聞・朝日新聞は、社会面のトップに長文の記事を載せている。

 

読売新聞は「許すなわいせつ教員」の見出しで「生かされなかった兆候」と1面と27面で大きく報じている。

 

この問題は『薔薇族』が刊行されていた昭和の時代にも、小さな新聞記事になっていた。18歳未満の少年、少女にわいせつな行為をして、それを親や教師に子供が訴えれば、警察がその教師を逮捕して、かなり重い罪に問われてしまう。

 

『薔薇族』でただひとり、少年愛者の味方となって廃刊になるまで、少年の挿絵を描き少年愛者の記事を書き続けてきたガミさん(あだ名)。

 

藤田竜さんには「少年愛の小説や、写真を載せるな、他の同性愛者も同じように思われてしまうから」と言われ続けてきたが、ぼくは少年愛者は生まれつきであって、好き好んで少年が好きになったわけでないのだから理解してやるべきだという考えから、ガミさんを応援していた。

 

四国の愛媛県に住む小学校の教師(奥さんと子供さんがふたりいる)は、文章を書くのが好きな方で、ぼくに長い手紙をたびたび送ってくれた。

 

この先生から少年愛のことを教えてもらうことができた。先生が山の分校の教師になったときが、一番楽しかったようだ。

 

愛する少年を下宿に呼んで、かわいがることができたのだから。少年の親も先生の下宿にちょくちょく行っていることも、少しも変だとは思わなかったのだろう。

 

街で出会った少年をトイレに連れ込んで無理矢理わいせつな行為をすれば、これは犯罪だが、この先生のように生徒をかわいがって長い時間をかけてのことなら、自然な行為と言えるのでは。

 

読売新聞の記事によると、「関東地方のある小学校には、30代の男性教員の行動について複数の保護者から苦情が寄せられていた。「児童と私的なメールのやりとりをしている」「中学校の運動会に無断で訪れ、写真を撮影していた」。保護者の間では「児童とイチャイチャしている」という情報も出回った。教え子とLINEを交換していたこともわかると、校長は教員を呼び出してやめるように注意した。

 

それから数ヶ月後の2018年7月、事態は急展開する。

 

児童が「先生に変なことをされた」と友達に具体的に話しているのを保護者がたまたま耳にした。すぐに警察に相談し、8月に担任として受け持つ児童への強制性行容疑で逮捕されると、学校内の「密室」で行われた余罪が次々と明らかになった。

 

裁判序は19年12月、教員が13年1月〜18年7月の5年半の間に、勤務していた二つの学校で、6〜12歳の教え子7人にわいせつな行為をくりかえしていたとして、懲役14年の判決を言い渡した。教員は現在服役している。

 

ある保護者は、「一つひとうの情報を学校が教育委員会に報告し、厳格に対応していれば被害者を一人でも減らせたはずだった」と憤る。一連の“兆候”はなぜ生かされることがなかったのか。

 

文部科学省によると、2019年度にわいせつ行為などの処分を受けた公立小中高校などの教員は273人で、18年度に次いで過去二番目の多さだった。このうち自校の児童生徒らへの行為で処分されたのは、半数近くの126人に上った」

 

自分が愛する子供たちと身近に接せられる教師となる少年愛者が多いのだから、この問題はなくならないだろう。朝日、読売がこんな大きな記事にするなんて。

| | コメント (1)

« 2021年1月 | トップページ | 2021年3月 »