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2021年3月13日 (土)

思いきって『薔薇族』を創刊して良かった!

ぼくの著書に『やらないか!『薔薇族』編集長による極私的ゲイ文化史論』(彩流社刊)、編集部の河野和憲さんが本にしてくれた。もう1冊、先妻の舞踊家ミカとの出逢いから事故死するまdねお15年間を書いた『裸の女房=60年代を疾風のごとく駆け抜けた前衛舞踊家・伊藤ミカ』も本にしてくれた。

 

現在、河野和憲君は彩流社の社長となり、10数名の社員をかかえて活躍しているが、今の世の中、本が売れない。かなり河野君、苦労しているようなので、ときどき2冊の本を取り寄せて、友人たちに読んでもらっている。『やらないか』は早稲田大学教授の丹尾安典先生がすばらしい序文を寄せてくれた。

 

ぼくはブロウを10数年書き続けている。原稿用紙4枚でひとつの話をまとめている。ネットを使えないぼくが郵送すると、土曜日と日曜日に更新してくれる。なんとも感謝のしようがない若者がボランティアでだ。もう何千枚も書いている。

 

11年前にぼくのブログを紙焼きにしてくれたフアンの女性がいたので、その中から選んで本にすることができた。

 

『薔薇族』を出していた時代は、『伊藤文学のひとりごと』という2頁のコーナーを毎月書いていた。それをまとめて本にしたこともある。

 

長年書き続けているので、自分で自分のことをほめるのはおかしな話だが、よく書けている。ぼくは他人さまの本は読まないし、頭もよくないから難しいことは書けないが、思ったことを素直に書いている。

 

『やらないか』を読み返してみると面白い。何部製作して、何部売れたのか教えてくれないから、どのくらい売れたのかはわからない。

 

文藝春秋社の子会社の「文春ネスコ」から『編集長「秘話」』、上製本で立派な本を出してくれた。確か初刷6千部だったと思う。

 

『週刊文春』に1ページを使っての書評。文藝春秋社発行の雑誌すべてに広告が。書店の平台の目立つところに並べられていた。

 

増刷にはならなかったが、数年して全部売れたようだ。何十部か残っていたのを送ってくれた。この本はのちに他社から文庫にもなった。

 

1971年7月の創刊号、日本で最初の同性愛誌ということで、マスコミがとりあげてくれた。

 

創刊号の藤田竜さんの表紙絵もよかったと思う。ウリ専かのボーイを使っての表紙絵だったら『週刊朝日』は取り上げてくれなかっただろう。『週刊ポスト』を皮切りに、『週刊文春』は「ホモでない男が創刊したホモの雑誌」というタイトルでぼくのことを紹介してくれた。

 

『平凡パンチ』と『東京スポーツ新聞』が1ページを使って特集し、一流の週刊誌が真面目に取り上げてくれたことは何よりの喜びだった。

 

文通欄に投稿してくれた読者は、創刊号で7名、2号目には57名、3号目は195名と号を重ねるごとに増え続けていた。どれだけ読者が待ち望んでいたことか。

 

創刊から3年間は隔月刊だったので、発売を待ちきれない読者から、矢のような催促の電話がなり続けることになる。

 

文通欄に出したくても家族がいたりして出せない人も多かったに違いない。どれだけ多くの読者が、地方にいけばいくほど、仲間がほしかったのでは。

 

創刊号の『薔薇族』は一万部、完売だった。大手の取次店である東販、日販が仕入れてくれた力は絶大で、一流書店にも堂々と並べられた。しかし、地方の読者は大変だったようだ。10数軒の書店を探し求めて、やっと手に入れたという読者もいた。創刊して本当によかった。

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