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2021年4月 3日 (土)

「文ちゃんと語る会」は、ぼくの生き甲斐だ!

「1992年・バルセロナ五輪の柔道男子71キロ級金メダリストで、切れ味鋭い一本背負いで「平成の三四郎」と呼ばれた古賀稔彦さんが24日、がんのため死去した。53歳だった。」と、2021年3月25日の朝日新聞が報じている。

 

古賀君は世田谷学園の後輩でもある。母校で金メダルの祝勝会が催された時に、ツウショットの写真を気軽に撮らせてくれた。

 

今、その写真を見ながらこのブログを書いている。

 

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古賀君は福岡県生まれ、佐賀県で育った。小学校を卒業後、柔道私塾「講道学舎」に入門。とある。「講道学舎」は確か世田谷区の上馬にあり、寄宿舎が完備していて、そこに日本中から有能な柔道の選手を集めて指導していた。

「講道学舎」の塾長というか、指導者のお名前を忘れてしまっているが、世田谷文学館で何度もお会いしている。

 

いつも黒いつめえりの服を着ていられて、温厚な方だった。この方の日本の柔道界への貢献は大変なものだ。何年も前に亡くなられてしまったが、娘さんだけなのでその仕事を残せなかったのは残念だ。

 

世田谷学園の柔道部も創部100年だそうで、立派な記念号を出版したが、ぼくも寄稿することができた。

 

戦時中、中学1年のときに講道館の花桐8段に少しばかり教えを受けたが、2度もすってんころりところんだが、そのとき教わった受け身のお陰と書いたが、それは嘘で運が良かったからだった。

 

89歳になるまで、家の中などでもころんだことはなく、脚は弱っているが、区から手押し車を借りて、それを押して天気が良ければ買い物に行ったり、カフエに立ち寄ったりしている。

 

先日、東京医大で3度目のMRIの検査を受けたが、脳の中に出血していたのを薬を飲んでいて、それが効いたのか、脳は正常に戻っていた。

 

今のところ食欲もあるし、毎日歩いているので、まだまだ生きられそうだ。しかし、友人、知人がみんなこの世を去って、話し相手がいないのはさびしい。

 

「文ちゃんと語る会」で出会った若い女性はもう20年近くも続けているのだから、何人にもなる。いろんな事情でそう長くは続かないが、出版社に勤めていた岩崎梓さんは、ぼくの著書『ぼくどうして涙がでるの』を復刻してくれた。

 

横須賀に住むご両親もぼくの催すパーティにも出席してくれて、今では畠をたがやしていろんな野菜を育てている。それをときたま送ってくれるのでありがたい。

 

明治大学の大学院の学生だったイタリア人に卒論のお手伝いをしたことがあったが、もう何年もまで、その後、東京の会社に就職して働いているようだ。3月27日の「文ちゃんと語る会」にしばらくぶりに出席すると、メールを寄せてくれて、息子の嫁が見せてくれた。しばらくぶりの出会いで楽しみだ。

 

「文ちゃんと語る会」で出会ったり、食事をしたりして楽しかった。

 

「文ちゃんと語る会」の出会いが、ぼくの生き甲斐になっていることは間違いない。歩けるうちは続けたいものだ。

 

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