2019年5月11日 (土)

あのエイズ騒ぎを忘れるな!

NHKのBSプレミアムで、毎週火曜日の21時から23時までの1時間番組「アナザーストーリーズ」で、6月25日(火)にエイズの感染者が多く出て大騒ぎになったころの話を取材して放映するそうだ。
 
エイズのことなど、いろんなことが次から次へと起きるから忘れているが、後の世の人のために残しておきたいと、ぼくも協力している。
 
周りを見渡してもあの時代のことを知っている人はぼくしかいないではないか。
 
帝京大学付属病院の松田先生も診察をやめられて、教壇に立っておられるそうで、74歳になられている。
 
『薔薇族』の1986年8月号に「エイズに気を許すな!」というタイトルで、松田先生に診察を受けた読者が、松田先生に宛てた手紙が載っている。
 
あの時代、自分がエイズに感染したのではないかと、心配する気持ちがなまなましく綴られている。
 
 
 
「心は動揺しながら、手はふるえながら書いています。電話口の先生の声は、まさに神の声に聞こえました。本当にありがとうございました。
 
この1年間、本当に苦しい毎日でした。『薔薇族』に掲載されている症状があまりにも似ている箇所が多かったものですから……。
 
一時は死を覚悟しました。自殺も考えました。夜も眠れぬ日が続きました。しかしながら先生の「大丈夫だよ」とのお声。本当に天の声でした。
 
それにしても私たちだけ、なぜ、このような目にあわなければならないのでしょうか。夜な夜なソープランドなどで欲望を満たす男たちに天罰はないのでしょうか。
 
私たちは何の悪いこともしておりませんのに、ただ同性が愛の対象というだけで、一生苦しい、暗い人生を送っていかなければなりません。
 
重い十字架を背負って、でも、死ぬことをも考えた私です。助けていただいた以上、一生懸命に生き続けます。何が何でも生きていかなければなりません。
 
もう、先生にお会いすることはないと存じます。威厳の中にもやさしさと、慈愛の目に満ちた先生のお姿を一生忘れません。本当にありがとうございました。(心はまだ乱れており、自分でも何を書いているかわかりません)はるか九州より先生のご活躍をお祈りいたします。
 
最後に世間にこのことが知られることを恐れて偽名を使い、やさしい言葉をかけていただいたのに、保険を使わず、自費で治療していただいたことをお詫び申し上げます。
 
このことは先生に対しまして、私の一生の申しわけなさとして残るでありましょう。先生のご健勝をお祈りいたし、お礼とお詫びを心より申し上げます。山崎憲司拝」
 
 
 
33年前の九州からはるばる上京して、松田重三先生に、エイズの検査をしてもらった読者の手紙だ。
 
エイズは感染しても、何年かの潜伏期間があったから、それだけなんらかの症状が出たりすると、不安になったのだろう。
 
松田先生は藤田竜君のエイズに関する質問に、こまごまと答えてくれて、その上、ぼくらが話す読者の現状を熱心に聞いてくれた。
 
「同性愛のことって、医学の教科書には載っていなのですよ」と言って、同性愛の人が多くいることに驚き、「同性愛って病気だと思っていたんですよ」と、笑いながらおっしゃった。
 
『薔薇族』と松田先生との出会いは、本当に読者にとってラッキーだった。
 
松田先生、ぼくの著書の出版を祝う会にも出席してくれて、スピーチもしてくれた。
 
ぼくはなんと人との出会いに運が強いのだろう。

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2019年5月 6日 (月)

『薔薇族』がエイズ予防の防波堤に!

アメリカでエイズが大騒ぎになったころ、日本にも感染者がでるのではと、日本のマスコミは、からだ中にブツブツができたエイズ感染者の映像を、テレビではとくに、くり返し、くり返し放映した。
 
エイズが海を越えて日本に入ってきたとき、同性愛の雑誌『薔薇族』のようなものを出しているから、エイズが広がるんだと、雑誌をつぶされてしまうのではと危機感をもった。
 
その頃、梅毒や淋病に感染した読者も多かった。
 
泌尿器科の医院が近所にあったとしても行きにくいものだ。
 
銀座の三原橋病院の柳沢先生が、読者に対しての理解者なので、先生にお願いして読者を紹介するように「編集室から」に毎号書いていた。
 
病気のことだけでなく、肛門にゴルフボールまで入れてしまってとれなくなり、ぼくに電話してくると、三原橋医院を教えてあげていた。
 
多くの読者が柳沢先生のお世話になったことか。
 
 
 
某大学の膠原病内科のM講師(現在は教授)の日本におけるエイズ第1例発見の記事を読んだ柳沢先生がM教授と相談して、日本にエイズの感染者がいるかを調べようとしたが、どうやって集めていいか分からず『薔薇族』に協力を求めてきた。
 
そこでぼくは誌上で「某大学病院研究班と第一線医師によるエイズ特別相談」を秘密厳守で、1985年の7月2日、5日、9日、12日の4日間、三原橋医院で時間を分けて、百名の人を検査することにした。
 
全国からエイズに感染しているのではと、心配している読者が集まった。
 
その結果、百名中、3名の陽性者を見つけ出したのだが、なぜか某大学病院のM教授から報告がなく、しばらくしてその検査のことが新聞紙上で報告されたが、なんと『薔薇族』の協力なしでは出来なかったことなのに、まったく無視されてしまった。
 
柳沢先生がぼくにくれた私信で「当日の検査結果について私にも連絡がなく、一番お世話になった伊藤さんにも失礼の極みで、今日まで心にひっかかっていましたことをお許しください。
 
昨今の報道のごとく、サーベランスの委員連中の真実をただただ隠したいという結果ゆえと思っています。(今にして思えば)」と怒っておられる。
 
 
 
日本のエイズ患者第1号は、本当は血友病の人なのに、アメリカで感染して、日本に帰国していた日本人男性を当時の厚生省と、某大学病院がデッチあげて第1号患者にしてしまった。
 
血友病患者を第1号にしてしまったら、厚生省の責任になるので、某大学病院と共謀してデッチあげてしまったことは間違いない。
 
なぜなら同性愛者同士の殺人事件や、空き巣の事件など、紙上に書くとゲイの世界は狭いから必ず逮捕されてしまっているのに、この第1号にされてしまった日本人は、紙上に書いてもどうしても見つからなかった。
 
確か読売新聞と、週刊ポストの記者が執拗に見つけ出そうとしたが、ついに見つけられなかった。
 
ぼくは今でも架空の患者だったのではないかと疑っている。
 
 
 
その後、帝京大学付属病院の松田重三先生の指導のもとに『薔薇族』誌上で、エイズ予防のキャンペーンを毎号くりひろげ、病院に読者専用のエイズ検査の窓口を作ってもらって、読者を多数送り込んだ。
 
同性愛者のエイズ患者が、それほど多く出なかったことは、エイズ予防の防波堤になったのではと自負している。
 
あの時代、藤田竜君と、ぼくと、あんなにエイズ予防のために真剣に取り組んだことはなかったのでは……。

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2019年5月 4日 (土)

伊藤文学氏は昭和の偉人のひとり

田亀源五郎さんの活躍ぶりは日本だけでなく、海外にまでひろがっていて、ゲイの人で今や知らない人はいない。
 
2019年の4月にポット出版刊の田亀源五郎編『日本のゲイ・エロティック・アート』の3巻目が刊行され完結し、銀座の「ヴァニラ画廊」で華々しく、多くの男絵師たちの作品が展示された。
 
3巻目の中に納められた少年の絵は、10年も前に原画を渡してあり、やっと陽の目を見たと作者の稲垣征次君は、よろこびを電話で伝えてくれた。
 
出版物の売れゆきが落ちるばかりの時代に10年もかけて完結させた、ポット出版の努力は大変なものだったろう。
 
箱入りの豪華本で定価も¥4500+税と高価だが、もうここに納められているような男絵師は現れないと思うほど、ゲイの歴史に残る本なので購入してほしいものだ。
 
2002年3月に刊行された、伏見憲明さんの著書『ゲイという[経験]』もポット出版から発売されている。
 
オビに「伏見憲明の総決算・性愛の未来を予言する」とある。
 
伏見さんは1963年東京生まれの埼玉育ち、慶應義塾大学法学部政治学科卒の頭のいい方だ。
 
ぼくが経営していた新宿の「伊藤文学の談話室・祭」で何度もお会いしたと思うが、お顔は思い出せない。
 
この本の中の「ゲイの考古学=「私たち」はどこからやってきたのか? 日本のゲイの歴史を探訪する」は、よく調べていてゲイの歴史を知りたい人には、ぜひ読んでもらいたい。
 
残念ながら伏見さんは『バディ』で活躍された人だ。
 
藤田竜さんとは一緒に仕事はできなかったろうから仕方がないことだ。
 
2006年7月に河出書房新社から刊行されたぼくの著書『「薔薇族」の人びと・その素顔と舞台裏』の書評を書かれているのを見つけ出した。
 
 
 
「ある新聞から書評を頼まれた伊藤文学著『「薔薇族」の人びと』(失礼だがあまり期待せずに読んだら)これが非常に面白かった。
 
名著ではないか。伏見はこういう本が読みたかった。そしてゲイの人にはぜひ読んでもらいたい。
 
先日とある公園で高校生らによって同性愛者の男性が襲われ、現金を奪われる事件が起こった。少年たちは同性愛者なら通報しないと思ってやった、と自供しているという。
 
この件は、まだまだ社会に同性愛者への差別意識が根深いことを物語っている。一方で被害者が警察に通報したことは、時代状況の進展も示しているだろう。かつてだったら同性愛者だということで被害にあっても、それを知られないよう泣き寝入りせざるをえなかったからだ。(中略)
 
本書は一つの商業誌の発行を通じて時代と格闘した人々の物語だ。その過程で生まれたエピソードの一つ一つは、新しい時代に光を呼び込もうと奮闘した人びとの物語だ。その過程で生まれたエピソードの一つ一つは新しい時代に光を呼び込もうと奮闘する人間の姿そのものであり感動的だ。そしてどこかユーモラス。
 
この本の他にない魅力は、伊藤氏の人間を断罪しようとしない態度に裏打ちされている。
 
例えば、昨今では犯罪者としか語られない少年愛の人についても、氏はそれを頭から否定するのではなく、どこまでもその人の生きがたさに寄り添おうとする。そのまなざしは宗教者のようであり、お名前のような奥行きを感じさせる。
 
振り返ると、伊藤文学氏もまた、昭和の偉人の一人だと断言できる。」
 
 
 
うれしい書評だ。
 
ハワイからやってきた人がこの本を持ってきてサインをと言われた本だった。

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2019年4月29日 (月)

幸せを夢見ての女性との結婚が!

『薔薇族』を創刊して6年めの1977年の12月号に「君の悩みを編集長が、お答えします。薔薇族相談室」というコーナーがあった。
 
広島県・M・27歳からの相談だ。
 
 
 
「私はなんとかなるさと、安易な気持ちで見合い結婚、そして離婚をしました。大変な苦しい日々でした。
 
幸せを夢見て結婚、一週間を過ぎましたが、彼女のからだに触れる勇気がなく、夜の営みを行うことができません。彼女の方から口づけを求められ、口を合わせました。なんと感触の悪いことでしょう。我慢をして彼女を抱き、胸をさわり、お腹や、ももをさわりましたが、肝心なものがいうことをききません。
 
数日後、再び求められ、私のものを彼女のからだに押しつけてみましたが、やはり反応がなく、不成立に終わりました。(中略)
 
私は心のよりどころとして、彼女同伴でA君と遊んだり、家に呼んだりしました。
 
「あなたはホモではないのですか?」と妻に詰問され、「何を馬鹿なことを言うのか」とその場を切り抜けましたが、事実A君に対し、愛を感じているのです。純情なA君なので、彼の寝ているスキに口づけをしましたが、それ以上のことは、やっと押さえました。彼への想いが彼女を抱かせぬ原因の多くを占めていたのでしょうか。
 
毎日どなったり、わめかれたりの毎日、なぜ、こんな目にあわなければならないのでしょうか。本当につらい毎日でした。
 
とうとう耐えきれなくなり、結婚当初の彼女の言葉である「私、生理がないの。赤ちゃんができなかったらどうする」を理由にしてしまい、半年も経たないうちに、一度も夜の営みを成功させることができないままに離婚が成立しました。(中略)
 
私の結婚生活をはばんだ原因とも思われるA君。彼のブリーフでした。彼が留守をしているとき、干してあったブリーフを手に入れ、寝床の中に忍ばせ、胸や顔に押しつけ、そして口にくわえ、彼との交わりを想像し、欲求を満たしながら眠るうちに、いつしか心を落ち着かせることができました。
 
数日後、兄宛に送られてきた彼女からの手紙を見せられました。結婚生活のつらかったこと、そしてA君との仲はホモではないだろうかと書いてありました。
 
ホモという憎いこの性格が、ひとりの女性を不幸にしてしまったのです。一生をひとりで過ごすことは寂しくて私は耐えられそうにありません。できるものなら好きな男性と一生を……。でも普通の妻子ある家庭をもちたい。また親兄弟に心配をかけたくありません。
 
トルコ(現在のソープランド)に通うか、なにかの方法で女性とのセックスを可能にし、今度は安易な気持ちでなく、心から愛せる女性を見つけたいのですが、どんなものでしょうか?」
 
  
 
編集長から「男が好きだからといって、人それぞれ違うから、全部の人に結婚するなとは言えないけれど、君の場合もう結婚しないほうがいい。また前と同じ結果になってしまうでしょう。(中略)
 
能動的な人は男が好きでも、なんとか女性ともできるけれど、受身しかだめという人は女性とのセックスはうまくいかないことのほうが多いようです。
 
君は彼女に対して大変な罪を犯してしまったと反省しているけれど、彼女はなにも知らないのだから、彼女の苦しみは君以上だったと思う。ひとりでの生活が寂しいからといってなにも知らない女性を不幸にしていいわけはないでしょう。
 
君は「ホモという憎いこの性格」と書いているけど性格とは違う、もって生まれたものなのだ。結婚はもうしないほうがいい。」
 
 
 
今、生きている人、この悩みを読んで、どう思うだろうか。

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2019年4月27日 (土)

勝っちゃん、俺と結婚してくれ!

今から42年前の青森県・久光・17歳の高校生、すごい子がいたものだ。
 
 
 
「ホモ。俺はホモなんだ。男が好きなんだ! 俺はホモだ! ああ、すっきりした。だいたい変だよ、世の中。男が男が好きになることが異常だなんて。どうしてなんだろう。人間が人間を好きになるんだから、男が男を好きになったっていいじゃないか。男が女を愛し合うように男と男が愛し合ったっていいじゃないか。
 
ホモだからって他人から変に見られて、こそこそしているなんて俺にはがまんできない。とは言っても両親が俺をホモだということを知ったらどう思うだろうか。心配するかもしれない。でも俺がホモであることを知られたら、どんなことがあろうとも、ホモであることを主張し続けるつもり。そして俺が父親になったころには、子供がもしも男好きならば理解してやるつもり。そのころになったら同性愛は公認になっているかも。
 
ホモか? 俺、いつごろからこんなに男が好きになっちまったのかな。このごろ毎日、男のからだを想像しながらオナニーをしている。もう病みつきになってしまったって感じ。
 
もう、いや! こんな生活、といってもどうにもならないのだから、俺って意志の弱い男。すごくみじめ。
 
ぼくが男好きになってしまったのは、みんな彼がいけないのだ。そう、たしか中学のときの修学旅行のときだった。彼(勝ちゃんというぼくの親友)が、俺が寝ていると、パジャマのズボンをさげて、パンツの上から俺のものに触ったんだ。
 
俺は俺で気持ちよかったから、寝たふりをしていたんだ。そしたら彼がパンツをさげてしまって、突然、口の中に入れてしまったんだ。俺は頭がツンとなって、夢を見ているような変な気持ちになってしまって、俺のものは爆発寸前、それでも我慢しているのに彼、手を動かしたんだ。俺は彼の口の中へ、ドバーってやっちゃった。
 
彼は俺のものを舌で拭いていたみたい。俺、なにがなんだか分からなくなっって、朝までそのまま寝てしまったのだ。
 
次の朝、彼はなにくわぬ顔。ああ、俺って罪な男。彼のあのことによって、俺はすごく彼のものをと思っていたが、その日は彼と別々の部屋。それっきり彼とは交渉なし。それから俺の中の男好きの気持ちが現れだしたのだ。
 
そんなことがあったので、俺は彼がホモなのかと思っていたんだが、俺といるときは、いつも彼女の話だけ。あのことは夢だったのかな?
 
もう一度、彼にやってもらいたいのだ。俺、彼のこと、本当に好きになっちゃったんだ。そして彼のものを見たい。でも、彼とは高校、別々になってしまった。
 
楽しみなものはと言えば、彼からの年賀状と暑中見舞いだけ。
 
俺は決めた。今年の夏休みには、彼の家に遊びに行こうと。そして、必ず彼をものにすると。
 
今夜も、男を思って手を動かす俺。俺はホモなんだ! 勝ちゃんが大好きなんだ。できることなら俺と結婚してくれ!」
 
 
 
スマホばかりにかじりついている今の高校生に、こんな長い文章を書けるだろうか。
 
この時代は、まだ「少年の部屋」の頁がなかった。「チビバラ大くっちゃべり」と題して高校生10人の投稿を載せた中のひとつ。
 
青森県の久光君、『薔薇族』の優等生だ。
 
ぼくが創刊号から叫び続けてきたことを理解して書いてくれている。
 
42年前の高校生、60歳ぐらいになって、このブログを読んでくれているだろうか。
 
君の予言どおりに今の世の中、なっているじゃないか!

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2019年4月20日 (土)

男と男で精神の子を生むんだ!

『薔薇族』の初期の頃の「少年の部屋」に投稿してくる高校生の文章力は、今の時代の高校生とは比べものにならない。
 
1982年の12月号№119(今から37年前)の「少年の部屋」の投稿欄に、大阪市に住むフューチャーテラー君が、「精神の子を生むんだ」と題して投稿している。
 
A_1
 
「古典の授業中にふと窓の外に目をやると、今まで夏の太陽の中で育っていた木々、草花たちが妙に違って見えていた。
 
窓の外からはもう秋風が吹いてくる。その時、教壇で先生が短歌を詠んだ。
 
 奥山に紅葉踏みわけ鳴く鹿の声聞くときぞ秋は悲しき
 
今の私の心境にぴったし。ああいった歌を作った人たちが生きていた時代にも、やはり秋はあったのだなあ。まったく時間というものが歌の世界にはない。そうだ、きっとこういう人たちの中にもホモはいたんだろうな、などと思ったりもした。本当に人類が生まれてからホモはいたと思う。なんだか当たり前の話だが妙な気分である。
 
僕は今、結婚したい気はべつにない。まだ高二だからだと思うけれど、ただ漠然と考えているのではなくて、真剣にそう思っている。
 
親がどうのこうのと言おうと、僕は結婚しないつもりでいる。それは古い儀式やしきたりに対する一種の反抗でもあると思っている。
 
古来からホモが弾圧されたみたいな形になったのも、もとはと言えば、みんなこの古い儀式、しきたりのためだったと思う。その証拠に、ホモなのに結婚している人が多くいる。ホモだから結婚してはいけないとは思ってはいない。
 
ただ結婚というのは男と女とのセックスから成り立つと思う。口の上ではきれいごとをたらたら言っても、要はセックスが合うか合わないかで、その夫婦の間柄は決まる。僕はホモだ。女の人と結ばれて肉の子供を産むより、男の人と結ばれて精神の子供を生んでゆくつもりである。それは女の人に対しても失礼にあたらない。
 
でも、僕がこういったことが言えるのも時代が時代だからだと思う。今、僕自身、自分がホモであることにべつに悩んだりしてはいない。でも、もしか僕が戦前に生まれ、生きてホモだったら、きっと、産めよ増やせよのその時代の掛け声に従い、結婚していただろう。
 
たぶん、古来から多くのホモたちは悩み続けたと思う。面白くなかったと思う。そういった人たちの気持ち、なんだか心にじ〜んとしみこんでくる。
 
そうだ僕たちは、そういった人たちの後を歩いてはならないのだ。新しい僕たちの世界を僕たちの手で創ってゆかねばならないんだ。だから僕は今、フューチャーアソシエイションといった未来会を創った。
 
現代の若いホモ、理解者を集めて、それぞれの意識を高めようとするために。たくさん全国から手紙が届いている。整理が大変なくらい。なかには変な手紙もあるけど。そんなことにめげずに頑張っている。
 
<パイプライン>というお店にも、若い高校生や、中学生がたくさん集まるから、FAのポスターを貼らせてもらっている。
 
とにかくFAは今、大変大きくなってきている。その分、内容のほうもしっかりしてゆきたいと思っている。僕自身もその組織のために動かなければならない。いろいろと困難が生じてくるだろうが、俺も男、やったるぜ!」
 
 
 
こんな進歩的な高校生がいたとは。
 
思いきっていろんな問題があったけれど、他誌にはない中・高生のための「少年の部屋」のコーナーを創ったからだろう。
 
恐らくこの会、残念ながら長く続けられなかったのでは……。

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2019年3月23日 (土)

極端に同性愛を嫌う人こそ!

『薔薇族』を取次店に通さないで、直接ぼくが運び込む書店では、すぐにカバアをかけて一番上の一冊をむき出しにして、指をさせばさっと渡してくれる店もあった。
 
書店の店員によっては『薔薇族』の読者に対して感じの悪い態度をとることもある。
 
創刊号から購入してくれているという年配の読者からこんな手紙をもらったことがある。
 
 
 
「都内のあるお店で貴誌を購入していますが、どうもこの種の購入者に対する接客態度がよくないのです。それがはっきりしたのが、2、3日前のことでした。
 
70歳近いその男性が、「細かいのを持っているのか」と、高飛車な物言いで、何か悪いものでも買っていく、嫌な奴という物腰でした。
 
不潔なものでも与えるがごとく、早く持って行けとばかり、ありがとうのひと言もありませんでした。二度とこの店に行くものかと思いましたが、受けた恥辱は計りしれませんでした。」(『薔薇族』1992年4月号)
 
 
 
ぼくはこの手紙を誌上で紹介したときに、冷静になって考えてみてくださいと書いた。
 
この意地の悪い書店の親父さんは、じつは同性愛者かもしれない。
 
奥さんや子供がいて、自分の本当の気持ちをずっと封じ込めているならば、堂々と『薔薇族』を買う同年輩の人に対して反感を持ってもおかしくない。
 
極端に同性愛のことを忌み嫌ったり、あからさまに口に出して言う人こそ、男の好きな場合が多いのだ。
 
かつて有名な詩人と一緒にシンポジュウムに出席したときのこと、彼が盛んに同性愛者の悪口を言い、自分はそうではないと発言するのを聞いて、辟易としてしまったことがある。
 
ところがぼくが「そうやってムキになる人ほど本当は同性愛者だったりするものだ」とたしなめると、饒舌な彼はすっかり黙り込んでしまった。
 
そして後日、渋谷の書店に納品に行ったとき、彼が『薔薇族』を買うのをぼくは見てしまった。
 
こんな経験を何度もしているものだから、ぼくは差別や偏見といった言葉を軽々しくは使わない。
 
書店の親父の冷たい態度ぐらいのことならば、読者の心の中に巣食っている、男を愛することがいけないという意識をなくし、後ろめたさを追い出すだけで解決できる問題だからだ。
 
この話は今から27年も前のことだから、『薔薇族』を売るほうも、また買うほうの意識も後ろめたさがあったのだろう。
 
 
 
『現代の図書館』(Vol.56 №4 2018・12)性的マイノリティへの情報サービスの特集号だ。
 
ぼくがいつも通っているカフエ「織部」で日本経済新聞と朝日新聞を読んでいるとブログに書いたら、「公立の図書館に行けばどの新聞も置いてあります」と、コメントを書いてくれた人がいる。
 
ぼくは図書館って行ったことがない。
 
世田谷区にも図書館はあるのだろうが、どこにあるのかも知らない。
 
歩いて行ける近くにあれば散歩がてらに行ってみたいが近くにはない。
 
石田仁さんという同性愛者を研究している若い学者が書いた記事が載っていた。
 
「ゲイ雑誌、その成り立ちと、国立国会図書館の所蔵状況」がくわしく書かれている。
 
『薔薇族』は毎号、納品していたから創刊号から廃刊になるまでの381号まではあるはずだが、6号だけ無くなっているようだ。
 
欠号は1981年10月号、85年6月、9月、10月号、86年2月号、87年9月号だ。
 
誰かが持ち去ったのだろうが、これはなんとしても揃えたい。
 
持っている方がいたらゆずってほしい。
 
後世の研究者のためにどうしても残しておきたいからだ。

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2019年3月18日 (月)

文通欄で出会った時代とネットの時代と!

「ホモの敵はホモ」自分がホモだから、相手の弱みを知っている。
 
文通欄を使って相手を脅す悪い男もいた。
 
 
 
豊島区・M雄 東京で生活して3年。都内のある私立大学に通学しています。通学の途中、太った温厚な年長者を見ると、あんな人と交際したいといつも思っています。ぼくは170センチ、57キロ、ボウリングが好きです。地方から出張で東京にくるサラリーマンを歓迎します。(『薔薇族』1972年7月号)
 
 
 
この大学生は地方から出張してくる年輩者に狙いを絞り、ホテルに誘って、コトが終わったあとに、すごんで金を要求していた。
 
こんな悪い男は文通欄を利用する人の中で数少なかったが、これはどうにもならなかった。
 
しかし、投稿するのには住所を明記しなければならないという脅す側の弱みも持っていた。
 
同じように年輩者を狙い、巧みな文句でワナをかけた男もいた。
 
 
 
新宿区・面影 初投稿。容姿は普通、独身でひとり暮らし。最初にこの道を教えてくれた人が優しい親父さんで、それ以来、年輩者に憧れ、心より話し合える全国の40〜50代の親父さんタイプの方からの便りを待つ。167×57、28歳(『薔薇族』1974年5月号)
 
 
 
この男には20通ほどの手紙が届いたのだが、50過ぎの実直そうな親父さんが被害に遭った。
 
文通2度目でこの男と会い、ホテルへ直行。
 
そのセックスが一方的だったためにショックを受けたので、示談金25万円をよこせと言われたという。
 
警察に勇気を出して被害届を出したところ、幸いなことに男はすぐに逮捕された。
 
 
 
もっと込み入った悪い男の手口もある。
 
文通欄を通じて知り合った人たちに、裏の写真を見ないかと持ちかける。
 
希望する人からは入会金のようなものをとって会費にし、その人に10日間だけ写真を貸し出す。
 
見終わると小包で送り返すのだが、その小包が雨で濡れて破れ、中身がはみ出し、それがために警察沙汰になったと言って、保釈金として25万円貸してくれとすごむというものだ。
 
創刊翌年の1972年のことで、この頃はまだホモビデオなんてものはないし、そのものずばりの写真を誰もが見たいと思っていたからまんまとひっかかってしまった。
 
ヤクザのような人は、ホモの弱みを知らないから脅すようなことはなかったが、ホモの男が脅すのだからどうにもならない。
 
脅しをひどく恐れるのは伝統的に、教員、銀行員といった社会的に信用を重んじられる職業の人たちだ。
 
写真の事件で脅された人も公務員で、職場にばらされるのではないかと心配で夜も眠れないと言っていた。
 
文通相手はどんな人間かわからないのだから、たとえ好みだとしてもすぐには信用せず、ある程度長い時間をかけて、相手を理解する努力が必要なのだが、どうしても早く会ってセックスがしたいという思いが先になってしまうので、悪い男にひっかかってしまう。
 
 
 
相談を受けると、ぼくは警察に同行したり、連絡を取りもったり、説得に当たったりしたことも何度もあった。
 
警察の人もよく協力してくれた。
 
喫茶店でお金を渡すところを張り込んでいて逮捕してくれたこともあった。
 
 
 
文通欄のデメリットを紹介してしまったが、こんな事件は少なく、いい人と出会って一緒に長いこと住んでいて、上京してくるたびに我が家に訪ねてくれる人もいた。
 
今の時代、ネットで出会う人たちはどんなことになっているのかは、ぼくには分からない。
 
文通欄は時間がかかって出会うわけだし、住所も分かっていることだから、そう悪いことはできなかった。
 
手紙は文章や、文字である程度、相手の教養の程度は分かるが、ネットはどんなことになっているのだろうか?

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2019年3月16日 (土)

『薔薇族』の電話相談室は好評だった!

『薔薇族』では編集室に相談のために来れない読者のために「電話相談室」というのを開いていた。
 
誌上で何時から何時までと時間を決めておくと、その時間からひっきりなしに電話がかかってきて、終わりの時間にはピタリとベルが止んだ。
 
その電話の内容は、さまざまだった。
 
ノンケを好きになってしまった、性病が不安、結婚の悩み、会社の上司に関係を迫られている、親に同性愛者であることを知られてしまった……。
 
ぼくだけでは答えられないこともあるので、この道のことならなんでも知っている今は亡き間宮浩さんにも編集室に来てもらって、読者の相談に答えてもらった。
 
 
 
読者・「私はこの頃あそこが勃たなくなってしまったのですが……」
 
間宮・「おいくつですか」
 
読者・「34歳で、自分で言うのも変ですが、かなり大きいほうです」
 
間宮・「いま特定の方がいますか」
 
読者・「別にいません。ハッテン場も知っていて、遊んでいるのですが、いざという時にいうことをきかないので、相手に悪くなってきて……」
 
間宮・「お話の内容では、かなり遊んでいるようですね。だんだん遊びが激しくなると、好みの範囲が狭くなってくる人がいるのです。あれでもない、これでもないと理想と現実の差が大きくなってくるわけです。つまり食事がぜいたくになってきたのです。最近はいつ頃、興奮したかおぼえがありますか」
 
読者・「そういえば、この間、金を貸した相手が金を返してくれないので、ノンケですが体で返してもらったときは興奮しました」
 
間宮・「今、言われたことで、あなたの性癖が変わってきたことがよくわかります。相手のタイプはどのような方が望みですか」
 
読者・「30歳までの精悍な男が好きですね」
 
間宮・「たとえば映画スターでいうと」
 
読者・「藤岡弘とか、伊吹吾郎とか」
 
間宮・「あなたと付き合ったうちで、ふたりのタイプの男がいましたか?」
 
読者・「そりゃ、いませんよ」
 
間宮・「ホモの中には、あなたの望む精悍な男くさい人が少ないですね。そこにあなたの原因としての問題点があるわけです。定食コースから、活づくりの扱いになったから、なかなか食事が大変なのです。もっと、はっきり申し上げると、ホモを知っている相手では興奮しないことになります。ですから対象を別の方向に定めない限り駄目でしょうね」
 
 
 
間宮さんの言っていること、ぼくには理解できにくい。
 
ノンケには分からない間宮さんならではの答えなのでは……。
 
もうひとりの方の相談ごとは――。
 
 
 
読者・「私は24歳のときから彼と付き合って、もう15年にもなります。ふたりとも独身だったのが、家庭をもちお互いに子供までできたのですが、最近になって彼の方が冷たい態度のようになってきました。他の人と付き合ってみたいと思いますが、どうでしょうか?」
 
間宮・「15年とひと口に言いますが、24歳から15年では、現在、38歳ですね。そして相手の人は」
 
読者・「私より3歳上ですから41歳です」
 
間宮・「15年もうらやましい。ホモ仲間では1年ももてばいいとされているので、15年は大変なことです。私が言いたいのは、夫婦の間でも15年の間には、出るの別れるのが始まるのです。ましてすでに家庭ぐるみの付き合いが始まっているのでしたら、もう肉体的な関係は遠くなっても、もっと精神的なものにウェイトをおかれてゆくべきだと思います。浮気はしないほうがいいでしょう」(1974年3月号より)
 
 
 
さすが間宮さん、いいアドバイス。
 
『薔薇族』を長いこと支えてくれてありがとう。

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2019年3月 4日 (月)

カミングアウトなどする必要はない!

2019年2月19日の東京新聞朝刊の記事、世の中、ネットの時代になり『薔薇族』を出し続けていた頃とは、すべてがオープンになったと思っていたが……。
 
「アウティングなき社会へ・下」とあるから連載したものだろう。
 
タイトルは「善かれと思っても「暴露」=打ち明けられたら対話を」とあり、「亡くなった男子学生がよく着ていた服を手にする母親=愛知県内で」とある母親が手にする写真が載っている。
 
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1971年に『薔薇族』が創刊され、次々と出し続けていた時代は、同性愛者だということを親に知られて自殺をしたり、会社をやめたりする人が多かった。
 
ぼくは創刊以来、同性愛者であることは、異常でも変態でもないのだから、胸を張って堂々と明るい太陽の下を歩こうと言い続けてきた。
 
『薔薇族』が廃刊になってから、すでに15年の時が流れ、いろんな意味で世の中が変わり結婚をしない男女が増え、結婚しない男性や女性も周りの人たちから変な目で見られないようになってはきている。
 
そんな時代になってきたというのに、校舎から転落死した一橋大法科大学院の男子学生(当時25歳)の事件は新聞で読んで知ってはいたがショックだった。
 
『薔薇族』の読者で自殺した若者たちの顔が思い出されてくる。
 
今の時代の若いゲイの指導者たちはカミングアウトすることをすすめている人が多いようだ。
 
 
 
人間、弱い者、皮膚の色、障害のある人、ある地域に住む人などを差別したり、偏見の目で見たりするのは、悲しい本能かも知れない。
 
だからひとつの差別や、偏見をなくすには途方もない長い時間と、それをなくそうとする人たちの努力がいる。
 
この記事にはこんな実例が書かれている。
 
 
 
「レズビアン(女性同性愛者)の大路香里さん(33歳)も数年前、告白した女性にばらされ、共通の知人間で広まってしまった。
 
「関係性を変えてしまう繊細なプライバシーだから、信頼し、心を許した相手にしか言わなかったのに、ショックでした」
 
性的少数者の相談を受けてきたNPO法人「共生社会をつくるセクシュアル・マイノリティ支援全国ネットワーク」代表理事の原ミナ汰さん(62歳)は、「この人ならと信頼して打ち明けた人にばらされるので、アウティング被害は、ショックが大きい」と語る。
 
相手が親しい関係のために被害を言い出しにくく、周囲には当事者間の問題として距離を置かれやすい面が「性暴力に構造が似ている」と話す。」
 
 
 
ぼくは両親や、兄妹、友人などにも自分が同性愛者であることを告白することは、まったくする必要はないと考えている。
 
なぜなら女が好きな男が、いちいち人に「おれは女好きだ」と言う人はいない。
 
男が好きな男、女が好きな女、今や医学的にも異常でも、変態でもないと証明されているのだから、当たり前のことなので言う必要はまったくない。
 
まだまだ同性愛者を異常視し、不潔だと思っている人が多いのだから、同性愛であることを告白したら、よくない結果になることの方が多いと思う。
 
 
 
「亡くなった一橋大の男子学生の両親は、生前、息子から直接、ゲイだと聞くことはできなかった。
 
アウティングという形ではなく、もし、今、生きていてゲイだと話てもらえたら――。
 
母親はちゃんと受け止め、声をかけてあげたかった。
 
「いいパートナーができたら、連れていらっしゃいね」と。」
 
 
 
もう、二度とこんな悲劇が起こらない世の中にしたいものだ。

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