2021年3月20日 (土)

ゲイのことが話題にならなくなった!

1978年(今から43年前)5月号の『薔薇族』の「人生薔薇模様」のコーナーに「関心示さなかった女たち」のタイトルで、こんな記事が載っている。

 

この時代、同性愛を女性週刊誌がよく取り上げていた。

 

「『週刊女性』が、ホモの特集号を出すという。さあ、困った。俺の会社は、ときどきその雑誌に広告を載せてもらっている関係で、広告会社の人が掲載誌を数冊持ってくるのだ。

 

会社の女たちは、それを奪い合っては、むさぼり読んでいるのだから、またまた話題になることは間違いない。ホモについて女たちに深い知識をもたせたくないのだ。

 

その日がやってきた。彼はその号を女たちに示し、「今週は凄いのが載っていますよ」と言われなくても良いようなことを言って置いていった。

 

休憩時間が終わって女たちは、職場へ戻ったので、俺は食堂の整理をするふりを装い、その週刊誌に目をやった。なんと表紙の中央に黄色いでっかい字で「男の同性愛」。ガックン。

 

まだまだ表紙に続々と書いてある。全国で三百万人。芸能界とホモ。ホモホテル潜入ルポ。愛撫の仕方、ホモ鑑別方法などなど。

 

ああ何をか言わんや。俺はマークされる。25ページを一気に読了。こんなこと俺にとっては、新知識でもなんでもないのだが、女たちにとっては興味津々の記事ではなかろうか。この1週間は早く過ぎてくれ。

 

翌日から休憩時間に観察していたのだが、彼女たちはなんと、全然関心を示さないのだ。芸能人の情報はむさぼり読んでも、そのページにくると、さっととばしてしまい、他の記事に移ってしまう。おそらく他の会社の女性たちも、ご同様なのではあるまいか。

 

ひまのある家庭の主婦なら克明に読むかもしれないが、おそらくはアヌスへ突っ込むなどと記されていると、けがらわしいと感じて、読むのをやめてしまうのではないか。

 

これはやはり男性週刊誌が扱うべき記事であって、女性週刊誌に25ページにもわたって掲載したのは誤算だったのでは。

 

読まないから話題にもならないし、俺も鑑別法なるものでテストされずにすんだので、ホッとしているところだ。

 

わが文学氏も写真入りで紹介されているが、こんどばかりは、あまり啓蒙にもならず残念でした。(東京都・襟昌戸)」

 

これは今から43年も前の話だ。最近は週刊誌にゲイのことが大きく取り上げられることはない。話題にならなくなっているからだ。

 

最近のゲイの会社員は、やはり隠しているのだろうか。それとも大っぴらにゲイだと言ってもまわりの人が気にしなくなっているのかも。

 

少年にワイセツな行為をしたというので、ニュースになるが、昔の子供は親や、教師に訴えなかったのでは。

 

少年愛者に対する世の中の理解度は、それほど変わっていないように思う。少年愛者が世の中にどのくらいの率でいるのかは調べようがないが、いつの時代にも同じくらいの率でいることは間違いない。時代によって増えたり、減ったりはしないだろう。

 

18歳未満の少年にワイセツな行為をしたら犯罪になってしまう。それは少年愛者の誰もが認識しているのだろうが、理性で抑えられなくて行動に走ってしまうごく一部の人がいるので、新聞沙汰になる。

 

息子や孫の小学生時代、運動会の写真を撮って、信用金庫のロビーに展示して、父兄に感謝されたが、今はそんなこともできない。いやな世の中になってしまったものだ。

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2021年3月 6日 (土)

みんなに支えられて生きている!

「ひとりで走るより、ふたりで走る方が」(1997年『薔薇族』9月号・No.296)

 

568頁というぶ厚い『薔薇族』広告の目次をつけるぐらいの広告だらけ。営業活動などまったくしないのに、スポンサーのほうから広告を入れてほしいという電話があって、毎月増えるばかり。それに広告の効果が抜群だというのだから、ありがたい雑誌だった。

 

月刊『文藝春秋』よりも厚くなってしまったのだから驚きだ。経費として落とせないので、毎年、車ばかり乗り換えていたが、それでも税金ばかり取られてしまう。

 

過ぎてしまったことは、今、考えてみても仕方がない。新宿に「伊藤文学の談話室・祭」をオープンさせ、少しでも税金を少なくしようと思ったのに、それが大盛況で利益は増えるばかり。税務署から表彰されてしまったのだから皮肉なものだ。

 

ペンネーム「HEART AND SOUL」君の詩。

 

  まだ寒い夜

  君と初めて出会った

  体だけを求め合う日々の中で

  心だけがひとり走りして

  君を求めに

  ゆっくり流れる会話の中で

  ときどき見える君のはにかんだ横顔が

  僕の心をくすぐる

  初めての夜

  唇の柔らかさに包まれながら

  朝まで抱き合っていた

  いつしか聞こえる君の寝息に

  包まれながら

  このまま時が止まって

  ずっとふたりでいられたら

  何もいらないよ

 

  初めての朝

  君を駅のホームまで見送って

  そのまま家に帰った

 

  今までいつもひとりだった

  季節は変わっても

  僕だけ立ち止まってる気がした

  君と会わない日々

  今までより寂しいけど

  今 風を感じられる

 

  僕たちの思い出は少なすぎる

  これからいろんなことがあるだろうけど

  いつも一緒にいようよ

  ひとりで走るより

  ふたり走るほうが

  きっと楽しいよ

  君を大切にするから

 

 

愛する人ができたよろこびが素直に伝わってくる気持ちのいい詩だ。読者はロマンチックな人が多い。詩を投稿してくれる読者が多いのは当然なことだ。

 

ぼくも詩が好きなので、多くの読者の詩を誌上に載せてきた。

 

「ひとりで走るより、ふたりで走るほうがきっと楽しいよ」と言いきる。それでもどこか不安なんだろうな。

 

ぼくは大学生活も同じ世田谷区内だったのでひとりで下宿生活をしたことがないので、ひとりでいることの寂しさを本当のところ実感できない。よかったのか、悪かったのか。

 

今でも89歳になって女房と、次男夫婦と19歳の孫の大学生との5人暮らし。この3月19日の誕生日で89歳。みんなに支えられてなんとか元気で暮らしている。ありがたいことだ。

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2021年2月20日 (土)

世間は少年愛の人たちを病人と!

1997年『薔薇族』10月号・No.297に最後まで少年愛の人たちのために、原稿やイラストを書き続けてくれた稲垣征次君が「少年愛中学教師・強制わいせつ裁判傍聴・被告の全人生を断罪するなんて」と題して、一文を寄せてくれている。長い文章なので割愛せざるをえないが。

 

「今年5月、埼玉の中学教師が教え子の男子生徒に強制わいせつを働いたという容疑で逮捕され、写真誌やワイドショーで派手に取り上げられて懲戒免職になった事件があった。

 

公判で青白くやせ細った中年の被告の涙ながらの反省の言葉。その老いた母親の痛々しいすすり泣きの情景が、今もやりきれなくよみがえる。

 

全面的に自分の罪を認めた被告と、その弁護人の明らかに執行猶予を念頭においたと思われる尋問は、ただただ被告の否定的人生観を跡づけてゆくだけで、その点はなんら検事の追求と異なるところはなく、たんたんと進行し1時間余りで公判終了となった。

 

私は裁判を傍聴したのは初めてだった。私の興味は私と同好の士が法律にふれて裁かれるとき、少年愛というものがどういうふうに判断されるのかという問題が主であった。

 

ところが少年愛のなんたるかや、その是非を問う場面は何もなく、ただ大前提としてのある雰囲気、つまり暗黙の了解の下に言葉がやりとりされていた。それは未成年への性行為は許しがたく汚らわしい。そこには愛情など存在するはずがなく、罪を用意しなければならないという多数者側の一方通行的倫理観なのである。

 

もちろん私は絶対的少数者として予想はしていたものの、やはり空虚でみじめな気持ちなった。

 

私は50年あまり生きているのだから、損して得とれぐらいのことはわかるのだが、被告の全人生を否定的にとらえて弁護人といえるのだろうか。被告にとって少年への愛は人生の根幹であるはずだ。彼の性のすべてであるはずだ。あまりにも人間としての同情心に欠けてはいまいか。(中略)

 

私の友人が判決の内容を知らせてくれたのだが、実刑1年6ヶ月。その理由として、①計画性、②常習生(23年間に及ぶ)、③教師と生徒という力関係を利用した、④ビデオに行為を撮りそれを投稿して他人に見せた、以上の行為は大変悪質で執行猶予に値しないとのことであった。(中略)

 

被告はすでに多大の社会的制裁を受けている。マスコミにたたかれ、地元の人たちの好奇の目にさらされ職も失った。46歳の独身男が、71歳の老母とふたりで、これから生きていかねばならないというのに……。

 

その少年の心を傷つけはしたが、彼のかかわったすべての少年がいやがったわけではなかろう。それは証明されていないのだ。そんな審理などされていないのだ。犯した罪にくらべて罰が大きすぎやしないだろうか? 被害妄想ととられるかもしれないが、みせしめとして必要以上にきびしくしたのではないかという気がしてならない。(中略)

 

「あなたは息子の犯した行為について、被害者宅へ謝罪にゆきましたか」

 

母親が絶句していると、「なぜ行かなかったのですか」と言ったのである。被告は46歳である。成人して26年もたっているのだ。検事の社会常識ってこんなものなのか。

 

少年を好きな私たちに対して、この社会の法と番人は、明らかに私たちを病人の類と見ている。

 

少年の意志を尊重しない限り、愛は成立せず、失うものは大きいことを……。私たちの味方は大変に少ないのである。」

 

この話は24年前のことだが、世間の人の少年ア愛に対する見方は今も少しも変わっていない。むしろきびしくなっているのでは……。

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2021年2月13日 (土)

これが本当の親友なのか!

1987年4月号No.171の「人生薔薇模様」への兵庫県ノビランデル君の投稿。

 

「1987年1月1日、ついに自分がホモであることを告白しました。相手は僕が高校生のとき愛した親友です。

 

高校生のときはふたりともお互いのことを好きで、愛し合っていました。そのときは自分がホモだとか思っていなくて、ただ彼のことが好きだと思って、彼と一緒にいるだけで幸福な毎日を送っていました。

 

初体験も彼でした。キスから始まって肉体関係と続いて……、でも、それは卒業とともに終わり、普通の男同士の親友関係になり、今でも続いています。

 

彼は卒業後、家の仕事を手伝いながら、女の子と付き合ったけど、彼とは違って俺の場合男に興味があって、23歳の時初めて『薔薇族』を手にし、自分はホモだと自覚しました。

 

それからというもの、女性には全然目もくれず、男にばかり目がいってしまうという毎日です。

 

ホモであることで悩んだりしたけど、今ではなんとも思っていません。彼には自分がホモだと言ったのは、彼にウソついているような気がして。

 

「俺たちは今、26歳で結婚の話とかが話題になるんだよね」……そんなとき、口からウソの言葉がペラペラと出てしまって……。

 

そんな思いをするよりは、本当のこと話して楽になりたかったんです。話した後嫌われてもいいと思って、正直に本当のことを話しました。

 

彼はビックリしました。でも「正直に話してくれてありがとう。ホモであろうとなんであろうが親友だよ」って言ってくれました。今付き合っている人がいることも話しました。

 

俺は今、結婚するのが楽しみです。俺が女性を愛せない分、彼には幸福な家庭を作ってもらいたいと思う。

 

親友に自分がホモであることを打ち明けたことを後悔していません。

 

これから先はもう2度とホモみたいなことはないと思うけど、本当の男同士として、親友として長く続くと思います。

 

今でも彼のことを愛しています。でも、それは親友として……。」

 

このふたりのような関係が本当の親友といえる間柄では。「キスから始まって肉体関係と続いて……」そんな関係だったのに。よくも親友関係が続いているなんて。

 

告白してしまって、不幸な結果になることが多いだろうが、このふたりのような関係というのは本当の親友といえるのだろう。いい話ではないか。

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2021年2月 8日 (月)

知名度が高くなって書いにくくなる『薔薇族』!

1976年『薔薇族』9月号No.44の「編集室から」に、ぼくはこんなことを書いている。

 

「子供二人と奥さんを残して突然、家出をしてしまった青森県の人、無事に帰ってきたと、奥さんから電話がありました。『薔薇族』のぼくの記事を読んでのことのようです。「なんにも言わないでおきます」と言う奥さん。うまくやってほしいものです。

 

子供さんにカンパをと書いたら甘すぎると言われてしまったけれど、この間にもこんなことがありました。

 

茨城県から老人中の若い子が尋ねてきたのです。近所の喫茶店でお茶をご馳走して、欲しいと言う本を一冊あげて、早く明るいうちに帰りなさいと言って返したのですが、夕方になって「祭」のほうに顔をだしていたら、なんとその子がひょっこり現れたのでびっくり。そして帰りの汽車賃がなくなってしまったから貸してくれ」というのです。きびしく「歩いてでも帰りな」と追い返したのだけど……。

 

いつかも四国からきた青年が東京で遊びすぎて、帰る金がなくなってしまったというので、このときは一万円もたせてあげたのだけど、それっきり。背広を着てきちっとしていたんだけど。

 

・「祭」の経営に悪ノリして雑誌がつまらなくなったと、無記名のハガキが一通舞い込みました。絶対にそう思われたくないと、頑張っているのだけど。

 

そう言われても仕方がありません。徐々にからだも慣れてきたから、そんなこと言わないで欲しい。すべてを犠牲にして「祭」と『薔薇族』に打ち込んでいるのだから。

 

それにしても朝、起きれなくなりました。朝、10時前の電話と、真夜中の電話は、かんべんしてください。と書いてもたまにしか読んでいない人がかけてくるのだから、仕方がありませんね。

 

・ある都内の大学で、どんな雑誌が読まれているか、女性をふくめて調査(無記名で)したら、なんと『薔薇族』が4位になったそうです。これはよろこんでいいのか、悲しむべきなのか、責任は重大になってきました。

 

一番倫理規定がやかましい、福岡県の民政局が青少年の健康に害がある悪書だと指定しているので、ぼくが抗議したこともあってか、最近では一度も指定されていません。心して雑誌を作っているので応援してください。

 

・藤田竜君が大放言で編集部を去って多摩美大卒の優秀なH君が入社してくれました。創刊のころ尋ねてきてくれたこともある青年なので、前から知っていたこともあって、毎日楽しく仕事をしてくれています。

 

自殺未遂をした少年も、ぼくが留守だったとき電話がかかってきたのですが、よく面倒をみてくれたようです。元気になった少年から毎日のように電話がかかってきて、「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と慕われているようです。

 

・ここ1年ぐらい部数がある程度までいって伸び悩みの感があるようです。

 

最近週刊明星、週刊平凡とか週刊プレイボーイに載ったりして、知名度がますます高くなってきているのですが、知名度が高くなると、逆に書いにくくなるという逆効果を生じているようです。

 

最近街角でみかける自動販売機を使ったら買い良いのではと、いま思案中です。

 

君の薔薇族としての人生は、堂々と書店で買うところから始まると思うので、勇気を出して買って欲しいのです。

 

性病の病院だって、なおのこと行きにくいと思うけど、これも早めに行ってください。

 

東京近郊の方は病院を紹介しますから、電話してください。血液検査もしてくれます。」

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2021年2月 6日 (土)

竜さん、思い上がりもいいところ!

1976年の『薔薇族』5月号No.40に、「藤田竜・さよなら大放言・大毒舌「アホは地獄に落ちて、うんと苦しめ!!」と題して、3ヶ月ほど編集部から去ったことがあった。

 

『薔薇族』を愛して購読してくれている読者に対してなんということをと思うが、彼は思うことがあってのことだから……。

 

「男好きを隠して結婚したのがバレて、中ピ連につつかれ500万円取られた男がいる。そうかと思えば同棲してる男が浮気したと泣いて電話してくる30男がいる。――こういうアホにつきあうのは、もうごめんだよ。



 まったく俺はこの5年間、何を残せたのか。何のために『薔薇族』に力を注いだのか。


 
 こういうアホがいる一方で、「藤田さんは肉の情熱ではない、真の愛の可能性を信じていないのではないかと、急に不安になった」りする青二才がいる。


 
 もう、ね、俺は、そういう愚者のために、俺の大切な頭脳を酷使するのをやめたよ。



 俺が今までの生き方でつかんだ、いろいろの、薔薇色のゲイな、素晴らしい、男好きの男としてのコツや、テクニックやらは、要するにアホどもにとって何ひとつ役に立たなかったようで、そうしたアホは、どうぞ地獄に落ちてちょうだい。


 
 さんざ苦しみなさい。あんたらが不幸になる一方で、俺はもうなにも、いい男の集まる場所も、ノンケのつかまえ方も、生きることへの考え方も、たのしい人生の秘密は、なにひとつ教えないで、自分だけでたっぷり楽しみ、何十人分もの幸福をひとりで味わうことにする。


 
 アホへのおつきあいは、もう結構ざんす。

 

先月号でもうやめた、なんて言っといて、また書いているのはカッコ悪いけど、あの時はどたん場で決めたから、ごあいさつらしきことも出来なかったし、こだま欄である程度の答は偶然でたようだけど、俺の言ったことが尾をひいているようで落ちつきが悪いよ。

 

男はともかく、仕事に飽きっぽい俺にしては本誌には長く付き合った。ただ本誌が四角い背中の立派なものになって、厚みを増してきたころから、実は俺のカラーはうすくなっている。

 

初期の薄い号のころのは今みても、工夫や美学や熱気がある。原稿も絵も写真もあまりなくて、それでも少ない材料でひとつの世界を作り上げている。

 

あの頃は伊藤さんはまだ男のことも雑誌のこともよくわからなくて、いわば俺の手作りだった。そんなふうな苦労をするのが好きで今日のように作家も画家も粒がそろい、特別大努力をしなくても、まあ大かたの読者に受け入れられるものが作れる状況になるにしたがって俺は熱意を失っていった。

 

広くなってしまった読者に応えてゆくうちに、俺の本意でないものもいつか入ってしまったし、俺が考えていた「男」の雑誌とは少し違ってきた。これが本音でね。先々号あたりに書いたことはきれいごと。

 

今まで他の仕事でも一応メドがついて軌道に乗ると、俺はやる気をなくしたものだったけど、本誌の場合は要するにそれが長引いたわけよ。

 

伊藤さんも今や識見を持ち、力をたくわえ、親衛隊もついて、そこに若い編集員も加わったのだから、俺がいなくても充分にいい仕事ができるだろう。 (後略)」

 

こんな悪たれをついたのに、3ヶ月もしたらまた戻ってきてしまった。それから世の中かわってルネさんと竜さんが考え出したグッズが売れなくなってしまい、ぼくが払う給料でふたりが生活するようになってしまった。

 

いろんな読者がいるのは当然のことだ。ぼくはどんな読者でも同じように接してきたので、今でも読者に支えられている。

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2021年2月 1日 (月)

子供に近づきたいから教師に!

2021年1月29日の読売新聞・朝日新聞は、社会面のトップに長文の記事を載せている。

 

読売新聞は「許すなわいせつ教員」の見出しで「生かされなかった兆候」と1面と27面で大きく報じている。

 

この問題は『薔薇族』が刊行されていた昭和の時代にも、小さな新聞記事になっていた。18歳未満の少年、少女にわいせつな行為をして、それを親や教師に子供が訴えれば、警察がその教師を逮捕して、かなり重い罪に問われてしまう。

 

『薔薇族』でただひとり、少年愛者の味方となって廃刊になるまで、少年の挿絵を描き少年愛者の記事を書き続けてきたガミさん(あだ名)。

 

藤田竜さんには「少年愛の小説や、写真を載せるな、他の同性愛者も同じように思われてしまうから」と言われ続けてきたが、ぼくは少年愛者は生まれつきであって、好き好んで少年が好きになったわけでないのだから理解してやるべきだという考えから、ガミさんを応援していた。

 

四国の愛媛県に住む小学校の教師(奥さんと子供さんがふたりいる)は、文章を書くのが好きな方で、ぼくに長い手紙をたびたび送ってくれた。

 

この先生から少年愛のことを教えてもらうことができた。先生が山の分校の教師になったときが、一番楽しかったようだ。

 

愛する少年を下宿に呼んで、かわいがることができたのだから。少年の親も先生の下宿にちょくちょく行っていることも、少しも変だとは思わなかったのだろう。

 

街で出会った少年をトイレに連れ込んで無理矢理わいせつな行為をすれば、これは犯罪だが、この先生のように生徒をかわいがって長い時間をかけてのことなら、自然な行為と言えるのでは。

 

読売新聞の記事によると、「関東地方のある小学校には、30代の男性教員の行動について複数の保護者から苦情が寄せられていた。「児童と私的なメールのやりとりをしている」「中学校の運動会に無断で訪れ、写真を撮影していた」。保護者の間では「児童とイチャイチャしている」という情報も出回った。教え子とLINEを交換していたこともわかると、校長は教員を呼び出してやめるように注意した。

 

それから数ヶ月後の2018年7月、事態は急展開する。

 

児童が「先生に変なことをされた」と友達に具体的に話しているのを保護者がたまたま耳にした。すぐに警察に相談し、8月に担任として受け持つ児童への強制性行容疑で逮捕されると、学校内の「密室」で行われた余罪が次々と明らかになった。

 

裁判序は19年12月、教員が13年1月〜18年7月の5年半の間に、勤務していた二つの学校で、6〜12歳の教え子7人にわいせつな行為をくりかえしていたとして、懲役14年の判決を言い渡した。教員は現在服役している。

 

ある保護者は、「一つひとうの情報を学校が教育委員会に報告し、厳格に対応していれば被害者を一人でも減らせたはずだった」と憤る。一連の“兆候”はなぜ生かされることがなかったのか。

 

文部科学省によると、2019年度にわいせつ行為などの処分を受けた公立小中高校などの教員は273人で、18年度に次いで過去二番目の多さだった。このうち自校の児童生徒らへの行為で処分されたのは、半数近くの126人に上った」

 

自分が愛する子供たちと身近に接せられる教師となる少年愛者が多いのだから、この問題はなくならないだろう。朝日、読売がこんな大きな記事にするなんて。

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2021年1月30日 (土)

海が見えるところでの生活があったから!

「『薔薇族』を買ってくると、いちばん先に「伊藤文学のひとりごと」を読むことにしています。(うれしいことを言ってくれる読者だ)

 

いつものように2月号(1978年4月号)を読み出すと、小生の目に涙が溢れ、読み終わるやどうしようもなく嗚咽がもれ、その声を隠すために急ぎ庭へととびだしました。

 

師走の夜空へ顔を上げてみると、そこには北斗七星が輝いていて、探し当てた小生の思いは、K・I君と共通するその心でいっぱいだということでした。

 

こんなにもやさしい青年、お母さん思いの人が実在していたことに感激、感泣するばかりです。

 

同じ夜空の下、きっとK・I君も今この星を眺めながら、どんな思いで過ごしているのだろうか。それを思うと小生はいてもたってもいられなくなってしまい、急に激動に身を突き放されるように、小高い丘から海辺へ続く道を走り出してしまいました。ときどき夜空を見上げるうちに、「ああ、あそこに変わらない星、北斗星があった」その星を追いかけるように、北へ北へ道をくだっていって、いつのまにかず〜っと家から離れた海辺にたどりついていました。遠く潮騒の音が聞こえて、入江の海は静かに光っていました。

 

もう泣いてばかりいてはいけないのですね。もっと辛い思いを乗り越え、一年がかりで強い決心をしていま一生懸命がんばっているK・I君に、小生はいったいどのようにして理解ある励ましの力になってあげられるのだろう。それを長い時間、思案もしてみました。やっぱり小生自身の若い18歳のころの体験を引き出してみようか。

 

小生もK・I君と同じような境遇だった。そんな中で結婚した。そして小生は言うに言われぬ努力の結果、いちおうは成功した。

 

そして小生は、今は、二人の男の子を成人させ、長男のほうはもう恋愛結婚して、ふたりの孫までいるのに、まだまだ小生は40代の働き盛りの人生を過ごしているではないか。

 

突然、小生は夜空につづく海のむこうへ、思いっきり叫んでみることにしました。

 

「心のやさしいK・I君よ、この星空の下にどこにいるんだい? 教えてもらえるものなら、そっと言っておくれ!」

 

そう繰り返し繰り返し呼びかける小生の声はだんだん小さくなって岬の沖へこだまし、やがて沈黙してゆきました。お互いに会えるものなら会って、小生の体験をもっと詳しく聞いてもらいたい。そう思う小生は、あきらめない心でいっぱいなのです。

 

遠く潮騒の音が、近くの海へだんだん押し寄せて来たようです。沖合を眺めていると、伊豆半島の山の中にぴかりとひとつ、それは小さな灯りがひかっているのが見えました。さっき呼びかけてみた、その返事がそこから聞こえてくるように思われました。

 

「決心したんだ、がんばって、がんばってみるんだろうよ! いつか『薔薇族』にも便りが送られてくる日があるだろう」

 

小生はその日を待つことにして、心からK・I君の健闘を祈り続けたいけれど、伊藤文学が言っている「いつでも帰っておいで」という、その言葉の意味において、失敗させたくないのが本心なのです。それは心やさしいK・I君のことを思えばこそであって、そのほかに何を言うことがありましょう。

 

いずれにしてもその日にはよろしくお願いいたします。(神奈川県・岬)」

 

K・I君の投稿にどんなことが書いてあったのか、それを読んでみないと、岬君の本当の気持ちが伝わってきませんが、この時代の読者って、好きでもない女性と結婚して、ふたりの男の子を成人させ、孫までいる。どれだけ耐え忍んで生活をしてきたか。

 

海が見えるところでの生活、それがあったので耐えることができたのだろう。

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2021年1月23日 (土)

女性の方が理解してくれたようだ!

「女性だって応援しています」の投稿。

 

女性の同性愛の雑誌がなかった時代、『薔薇族』を読んでくれていた女性も多かったのでは。

 

「私のような女性から手紙があることは、そうよくあることでもないでしょうが、2年前に購入した『薔薇族』を何度も読み返して、そのたびに新鮮な感動があるので、とうとう手紙まで書きたくなりました。

 

私はおそらく同性愛に関しては、一般の人以上に偏見がないので、私の意見が一般論だとは言えないのですが、一女性の男性間の同性愛に対する考えを書きたいと思います。

 

「ホモ」という言葉を聞くと、私は胸をつかれたようにどっきりします。

 

これが本当にホモの人ならば、もっと激しいショックと苦しみを味わっているのだろうと思います。最近のマスコミはホモというものをなんの理解も共感もなしに、ただスキャンダルとして面白半分に取り扱っています。

 

こんなに残酷なことがあるのでしょうか。これらの発言で同性愛の人たちがどれほど傷ついているかと思うと、とても心配です。同性愛への偏見がマスコミによって、かえって強められているのではないかとも思えるのです。

 

私がなぜ同性愛に関心があるかと言うと、私の心の中に多分にその要素があり、その対象があまりにも背徳的な人だったので、罪の意識と、そのためにかえって強まる情熱に苦しんだことがあるからではないでしょうか。

 

ホモの人たちが同じように苦しんでいるのか、もしかしたらまったく異質の苦しみなのか、それはわかりませんが、共感は感じられるのです。

 

「理解している」とは決して言えないのでしょうが、理解したいと望んでいるのです。私の友人にもホモ的要素のある人がいますが、彼は自分自身をあざむこうとしています。そのように彼に勇気を与えることさえ、私にはできません。もしかしたら女が深入りすることをホモの人々は本当に嫌悪するかもしれません。しかし、私は単なる好奇心ののぞき趣味や、ひやかしで言っているのではなく、決して異常でない同性愛を自分から闇へと引きずり込むことをしたくないだけなのです。

 

人間はここにこうして存在しているかぎり、その人が同性愛者であろうと、三つ目ののっぺらぼうであろうと、異常とは言えないのです。と理屈をこねても現実はままならず、私の力説を友人たちは笑って本気にしませんし、また世間の同性愛、とくにホモの人たちに対する姿勢は冷たいままです。

 

私は同じ人間がなんらかの理由で差別を受けることに我慢ができないのです。アメリカのボールドウィンは私の大好きな作家ですが、彼は黒人で同性愛者で、いろいろと精神的な苦悩を通ってきた人なのですが、彼みたいにある才能で自分を世間に認めさせ、自分のその苦悩を芸術に高められる人は幸せなほうだと思います。もっと多くの人が救われれる日(決して同性愛者でなくなるという意味でなくて)が来ることを私は望んでいます。

もしくは才能ある啓蒙家が出る必要があると思います。その意味で伊藤さんの仕事はすばらしく意義のあることだと言えると思います。

 

ともかく伊藤さんのお仕事に感動し、感心し、感謝までしたい気持ちの女性がいることを覚えていてください。(東京都・M・S)」

 

女好きの男は同性愛者を気持ち悪いと思うだけで、ぼくの仕事に協力する人はいなかったが、女性のほうがよく理解してくれていたようだ。ありがたいことだ。

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2020年12月21日 (月)

空港まで薔薇の花束を抱えて!

アメリカのロサンゼルスに渡って、25年にもなるという日本人。その相棒はイタリアからの移民の背の低い男、若い頃は航空会社で仕事をしていたという。

 

彼らとどう知り合ったのかは、まったく覚えていない。彼らと出会わなかったら、ぼくら夫婦がロスのゲイパレードに、オープンカーに乗って参加することはなかった。それも3回も。

 

サンフランシスコのゲイパレードにも。当時の黒人の知事から、ぼくの仕事に対しての表彰状をいただいたこともある。日本ではぼくのゲイの人たちへの働きなど、ほめてもらうことはなかったのに。

 

彼らがなんの税金かわからないが、払わないと刑務所に入れられるというので、女房が350万も貸したことがあった。2、3度は数万円振り込んできたが、あとはそれっきりだ。彼らと出会わなかったら、アメリカのゲイパレードに何度も参加したりできなかったと思えば仕方がないか。

 

ロスの昭和天皇も泊まったという名門のホテルに何度か泊まり、ラスベガスにも連れていってくれた。

 

美輪明宏さんも彼らの案内で、ロスに行ったこともある。イタリア人の男は文章を書くことがうまくて、アメリカのゲイの情報を『薔薇族』に何度も寄せてくれた。相棒が翻訳してれて。高い原稿料になってしまったが仕方がないか。

 

空港まで薔薇の花束を持って、出迎えてくれたので助かった。車であちこち連れて行ってもくれたし、メキシコの国境沿いの街、古いホテルもあって、落ち着いたいい街だった。

 

日本人はガンで亡くなり、イタリア人がその後、どうなったかは不明だ。

 

彼らに感謝しているのは、モーリスさんという、ゲイの指導者を紹介してくれたことだ。ウェスト・ハリウッドというゲイの人が8割ぐらい住んでいるという、人口、4万人ぐらいの街。そこの広い道路で、毎年、ゲイパレードが催される。道路に面しているお店は、ゲイの人が営業しているので、センスのいいお店ばかりが、ずらっと並んでいる。

 

そこに集まる男たちも、ボディビルで鍛えた人たちなので、そのたくましさは見事だ。カメラを向けても、どの男たちも自慢の肉体をほこらしげに撮らせてくれる。

 

彼らに紹介されて、ウェスト・ハリウッドの市庁舎を訊ねたが、市長をはじめ議員も4、5人しかいない。日本みたいに小さな村役場に議員が10何人もいるということはない。

 

『薔薇族』と同じようなゲイマガジン『フロンティア』のオーナーであり、編集長であるロバート・グレイグさんと恋人のフランス人と出会うことができた。

 

オーナーの家に招待されたことがあったが、30代のフランスの恋人は、料理が上手で、アメリカの料理は量ばかり多くて、おいしくないが、フランス料理をフルコースで、ご馳走してくれた。その味は見事だった。

 

英語などしゃべれなくても、目を見ていれば通じると言ってくれた。このお二人を女房の古里、弥彦村の「ロマンの泉美術館」に招待したことがあった。

 

芸者さんを何人も招いて、ホテルで宴会をひらき、よろこんでくれた。なんとこのお二人もエイズで亡くなってしまった。

 

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お二人ともエイズで亡くなられて!

 

お墓参りに翌年、うかがったが多摩墓地なんてものではない。公園墓地でハリウッドのスターたちの眠るお墓もあり、お花が絶えることがない。お姉さんは高校の教師を長いこと務めていた方で、上品な方だった。

 

日本人でゲイパレードにオープンカーに乗って参加した人はいない。いい思い出になっている。

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