2019年12月 2日 (月)

刑務所の中での男同士の欲望は!

ぼくのブログの中で、現在一番多くの人の読まれているのは、刑務所の看守の読者が投稿してくれた「刑務所の中での男の世界」だ。
 
創刊して4年目の『薔薇族』1月号・No15藤田竜君が力をそそいでいた時代。「人生薔薇模様」の読者の投稿欄に「K刑務所での灰色の快楽」と題する(東京・いざわ・さわ男)さんの体験記が載っていて、貴重なものだ。
 
「この体験は私自身の何年か前の体験記です。人間として本能ぎりぎりの禁欲生活は当然、同性にしか求められない欲望は異様でもあり、残酷でもあります。その反面に理想の若者と所内で知り合い、肉体関係をした思い出が、今でも鮮烈に記憶の中に刻み込まれています。
 
所内でのホモ関係は信じられないほどジェラシーが強く、時代によっては三角関係、四角関係になって殺傷事件をひきおこすこともまれではない。
 
かわいいタイプの若い受刑者が新入りとして入ってくると、欲望に飢えた古い連中は、その新入りをマークする。運良く部屋が同じだったら、その喜びようは大変である。
 
もし、その相手が浮気でもしようものなら殺傷事件にまで発展しかねない。それを看守に発見されようものなら、独房に入れられて、相手の受刑者と出所するまで別れ別れにさせられてしまう。所内のホモ行為はタブーであり、きびしい掟でふたりはひきさかれてしまう。
 
刑期は人によって違うが、短い人は10ヶ月から一年半くらい。長い人は5年から10年くらいの人もかなりいる。そのほとんどが再犯者である。
 
中には少年刑務所からきた初犯者もいる。20代の受刑者が大半で、チンピラ、ヤクザ風のものも少なくない。
 
これらは血気盛んで相手とトラブルを起こしては独房行きである。やくざのおにいさんたちは、全身、上半身、下半身と色どりもあざやかな、バラ、ボタン、桜、竜、蛇、観音像といれずみを入れており、風呂に入った時は壮観で、そのからだはたくましく、湯からあがった身体にはられたいれずみは鮮明に浮かび出て、その美しさは目も眩むようである。
 
風呂は1週間に2回くらいで、1回に15人くらいは入れるほどの広さの浴場で、坊主頭の男性たちが一斉に湯船にはいるさまは異様でもある。
 
若い健康そのものの逞しい身体を、お互いに見せ合っているものもいる。中にはペニスを隠さず堂々と入っていて、目の前に大きなものをもってこられると身震いする。
 
仲間のひとりが相手の身体を触ったり、ペニスにも触ったりして、身体を洗いあっている姿を見ていると、受刑者であることを忘れてしまうほどの明るい気持ちにさせられる。
 
朝夕と舎房から工場へ、工場から舎房に行く途中に「検身場」がある。「カンカン踊り」と言われるもので、裸になって両手を上に上げて、「何号、何号」と叫びながら看守に全身を調べられる。この姿は肉親には見せられないつらい光景である。
 
所内でもっとも楽しい行事のひとつに、日曜日に行われる映画会がある。刺激のない作品がえらばれて上映される。この映画会の会場は受刑者たちの顔見せでもあり、所内唯一のデート場でもある。愛し愛されるふたりにとっては絶好なデートのチャンスであり、大胆なことはできないが、結構スリリングな愛撫がひそかにくりひろげられる。
 
出所してからもう何年か過ぎた今でも、若い受刑者の姿が、私の目に現れてくるような気持ちにさせられてしまう」
 
露骨なことは書かれていないが、貴重な体験記で、そこには残酷な愛があったのだろう。

| | コメント (0)

2019年11月30日 (土)

この世は天国と地獄がとなりあっている!

藤田竜さん、『薔薇族』の編集部から去ってしまった。それと同時に若い多摩美大卒のN君が入社してくれた。創刊のころ、訪ねてきてくれたことがある青年なので、前から知っていた青年で、毎日、楽しく仕事をしてくれていますと、「編集室から」にぼくは書いている。
 
竜さんは続いてこんなことを書いた。
 
「俺が考え出した「人生薔薇模様」にしても「男街13番地」にしても本当はこういう形でなかったのだけど、いろんなものは生まれるとひとり歩きしてゆくもので、だから、これからは俺もこの欄を利用させてもらうのに、かえって気持ちいい。
 
あんた、あの雑誌やってていい男いっぱい食ったんでしょ、なんて誤解は多いのであるけれど、実際は一人か、二人と付き合ったくらいで、まずは情けなくもなにもない。お客さまは神さまであるから手をつけてはいけないのだ。
 
もう、フリーだから、これからは薔薇通信も大いに利用させてもらう。ついでだから、ここに書いてしまう。
 
❤︎東京都・渋谷区・ドラゴン 初投稿の35歳。175×73。短髪、やや出腹、ヒゲと胸毛つき。人はやさしい目といいます。(このあと、くわしく希望を書いている)
 
これ、本気なんだからね。『薔薇族』と決別して傷ついている俺を誰かなぐさめてよ。今まで本誌でがんばってきたのだから、男のおあたいぐらいあってもよかろうと思うのだが、どんなものだろう。
 
ひとときでも幸福になりたい人は、ドラゴンさんに手紙を出そう。この文章に腹を立ててる人は、本質的に不幸になるだろう。
 
この世は常に天国と地獄がとなりあっている。そして男好きの男の世界ではその格差が激しい。不幸になる人は、己が罪とはいえ、どんどん不幸になるようになってる。それも人生。ドラゴンさんに気に入られたら、どんどん幸福になる。それも人生。ああ、愉快愉快。
 
ほんじゃ、ま、皆さん、お元気で。ほんとにさようなら。」
 
竜さんの大ファンで、すばらしい小説を書き残してくれたNHKのアナウンサーだった盾四郎さんが「花道から消えてしまった竜ちゃんに惜しみない拍手を!」と題して、うれしい一文を寄せてくれた。
 
「竜ちゃん
 
『薔薇族』から藤田竜が消えるなんて−−。
 
まるで海老蔵が突然引退しちゃったみたいなもので、僕はとっても寂しい。
 
今、僕は創刊号を手に取った時の、あの新鮮な驚きを思い出すのだ。こんな雑誌が発刊されるという予告は、それ以前に週刊誌か何かの記事で知ってはいた。そしておそらく、毒々しい表紙の、乱雑に活字がつまった、あの種の雑誌なのだろうという予想が僕にはあった。だから、今はない上野の地下道の本屋で創刊号をめくった時の清々しさは、むしろショックだと言ってよかった。この種の雑誌でもこんなに綺麗に作れるものなのかと、その発見がショックだったのだ。(中略)
 
とにもかくにも、君は大向こうをうならせて、飛び六法で花道から消えてしまった。チャリンと揚げ幕が閉まったいま、僕は客席より友情を込めて、惜しみない拍手を送るとしよう」
 
読者からも去っていた竜さんをおしむ手紙がたくさん寄せられた。
 
「竜さん、かっこ良すぎるぞ。いさぎ良すぎるぞ。僕はもっと竜さんの絵も見たいし、おフザケも、憎まれ口も聞きたかった。そして、竜さんの弱さもみたかった。(後略)(大阪市・Y)」
 
なんと数ヶ月して竜さん、戻ってきてしまった。新入社員のNさん、いられるわけがない。その後、Nさん、ラジオに番組をもったり、昨年はNHKの同性愛の戦後を描いた番組の主役にもなり活躍している。
 
天才には陰がつきものなのだ。竜さん、ありがとう。

| | コメント (1)

2019年11月25日 (月)

地獄に落ちたのは誰だったのか?

自分の雑誌の読者に対して、悪たれの限りを尽くして、やめてしまう編集者なんて雑誌の世界でいるわけがない。
 
1976年(昭和51年)『薔薇族』5月号・No40に「藤田竜・さよなら大放言・大毒舌「アホは地獄に落ちて、うんと苦しめ!!」と本当にやめてしまったのだった。
 
創刊から5年、やっと軌道に乗ってきて、「薔薇通信」欄も300名にもなり、執筆者も充実し、グラビアの写真もよくなってきているというのに……。
 
「男好きを隠して結婚したのがバレて、中ピ連(世の中の先端をゆく女性たちの集まりで、いろんなことに批判していたと思う)につつかれて500万とられた男がいる。そうかと思えば同棲している男が浮気したと泣いてくる30男がいる。−−こういうアホにつきあうのは、もうごめんだよ。
 
まったく、俺はこの5年間、何を残せたのか。何のために『薔薇族』に力を注いだのか。こういうアホがいる一方で、「藤田さんは肉の情熱ではない。真の愛の可能性を信じていないのではないかと急に不安になった」りする青二才がいる。もう、ね、俺はそういうグシャ(愚者)のために、俺の大切な頭脳を酷使するのはやめたよ。
 
俺が今までの生き方でつかんだ、いろいろの、薔薇色の、ゲイな、素晴らしい、男好きの男としてのコツやテクニックやらは要するにアホどもにとっては何ひとつ役に立たなかったようで、そうしたアホは、どうぞ地獄に落ちてちょうだい。さんざ苦しみなさい。あんたらが不幸になる一方で、俺はもうなにも、いい男の集まる場所も、ノンケのつかまえ方も生きることへの考え方も、楽しい人生の秘密はなにひとつ教えないで、自分だけでたっぷり楽しみ、何十人分もの幸福をひとりで味わうことにする。
 
アホへのおつきあいは、もう結構ざんす。男はともかく、仕事に飽きっぽい俺にしては本誌には長くつきあった。ただ本誌が四角い背中の立派なものになって、厚みを増してきたころから、実は俺のカラーは薄くなっている。
 
初期の頃の薄い針金とじの号のころのは、今見ても工夫や、美学や、熱気がある。原稿も絵も写真もあまりなくて、それでも少ない材料でひとつの世界をつくりあげている。あの頃は、伊藤文学さんは、男のことも雑誌のこともよく分からなくて、いわば俺の手作りだった。
 
そんなふうな苦労をするのが好きで、今日のように作家も画家も粒ぞろい、特別、大努力をしなくても、まあ、大かたの読者に受け入れられるものが作れる状況になるに従って俺は熱気を失っていった。
 
広くなってしまった読者に応えてゆくうち、俺の本意でないものもいつか入ってしまったし、俺が考えていた「男」の雑誌とは少し違ってきた。これが本音でね。先々月号あたりで書いたことはきれいごと。
 
今までの他の仕事でも一方メドがついて軌道に乗ると、俺はやる気をなくしたものだったけど、本誌の場合は要するに、それが長引いたわけよ。
 
伊藤さんも今や識見を持ち、力をたくわえ、親衛隊もついて、そこに若い編集員も加わったのであるから、俺がいなくても十分にいい仕事ができるだろう。ここらで本誌の匂いを変えるのはいいことだと思う。」
 
藤田竜さんと長いことにっしょに住んで仕事をしていた内藤ルネさんが、よく言っていた。「トンちゃん(竜さんのあだ名)が少しでも相手を思いやる気持ちがあれば……」と。自分の思うままに、わがままに生きてきた竜さん。ぼくはどんな読者でも、わけへだてなく同じように応対してきた。その違いかな。(つづく)
 

| | コメント (0)

2019年11月23日 (土)

男同士がテレビカメラの前でキスを!

今から25年も前に初めて同性愛の世界をテレビを通じて家庭に持ち込んだ作品だ。脚本を書かれた井沢満さん、孫にネットで調べてもらったが、74歳ということだけはわかったが、その後、どんな仕事をされたのかは不明だ。

50歳を越えた人たちしか見てはいないだろう。ぼくも毎週見ていたと思うが、もう内容を忘れてしまっている。

日本テレビのディレクターの細野英延さんがよくぞ舞台裏を書き残してくれたものだ。

男同士がテレビカメラの前でキスをするなんてことは、当時はなかった。

「これこそ全員が初体験である。もちろんカメラアングルでそれらしく見せることはできるが−−。スタッフの間でも賛否両論。「本当にやるべきだ」「いや、そこまでやらなくても」云々。しかし、このドラマ『同窓会』では本当に堂々とやるべきだとの思いが強かったので、A君とB君の意見を聞いてみた。ふたりの意見は「本当にキスをしないでごまかしたら、よけいに嫌らしく映るんじゃないですか。やりましょう!」であった。

撮影開始−−映像は実に美しいものとなり、厳粛な雰囲気のシーンになった。テレビ界で初めてのシーンであるばかりか、男と男の愛を表現できたと確信した。A君とB君に心から拍手を送った。いや、今も送っている。

社会現象となった「同窓会」−−それは作家、井沢満氏の描く文学の世界へ。出演者、スタッフが一丸となって入り込んでゆき、苦しみながらも全力投球した結果、成功したのだと思っている。

放送当日の電話は数多くあった。もちろん賛否両論である。そして『同窓会』への当初は百通を越えている。ある若い女性はレポート用紙にビッシリと30枚も書いてくれている。そして意外なのは若い女性が多いという点である。その中の一人で、小樽のM子さんはこんなことを書いてくれている。

「私も既成概念を超えた表現へ共感を持ったひとりです。男同士の愛がこんなにも綺麗に、そして切なく、いとおしく描かれたのを見たのは初めてです。人を好きになるということ、愛するということ、これを男女間だけのものと決めつけてしまいたくない。(略)これからも真実の愛を考えさせられるドラマを作ってください。」

また、かなりの年配であるK氏はこんな手紙をくださった。

学生時代、運動部で一緒だった後輩のN君とは気があって、山へ登ったり映画を観たりと、いつも一緒に遊んでいた。後年、社会人となりK氏は結婚することになった。結婚式当日、N君は来なかった。後日、わかったことだが、N君はK氏の結婚式の日に自殺してしまった。原因はわからず遺書もなかった。

今回『同窓会』を見ていて、N君の想いがわかった。

K氏はN君の墓参りにゆき、30年ぶりにN君に逢ってきたという。

ドラマの中の「アタリと風馬」の友情と愛の関係は、形こそちがえ、多くの人々が経験していることだと思う。ただ、それに気づかないうちに、時間の流れの中で忘れ去ってしまっているのではないだろうか。

『同窓会』は、その内容と表現の激しさから賛否両論の社会現象となってしまったが、私の脳裏には、作家・井沢満氏の言葉が印象に残っている。

「今は騒がれているけど、10年後には『同窓会』も普通のドラマになっているでしょう」」

日本テレビ制作局ディレクター・細野英延さん、『薔薇族』のためにいい文章を残してくれた。最初にやる仕事の大変さがにじみ出ている。全話が4巻のビデオになって発売中とあるから、もう一度、見てみたいものだ。

| | コメント (1)

2019年11月18日 (月)

テレビドラマで初の男の全裸シーンが!

日本で初の同性愛をテーマにしたドラマが日本テレビで連続で放映された。脚本、井沢満さんの「同窓会」は、大きな話題になり、このドラマが放映されている時間には、新宿2丁目の通りには、人影がいなくなったという(25年前のこと)。

日本テレビ制作局のディレクター、細野英延さんが、1994年4月号に「同窓会、マル秘話公開!」のタイトルで、「全裸シーン、男同士のキス、いま明かす話題ドラマの舞台裏」をあかしてくれた。

いつ放映され、何週続けられ、視聴率がどのくらいだったのか、残念ながら調べられない。それに白内障が悪化してきて、老眼鏡をかけても小さい文字がよく見えない。11月の末に手術を片目ずつして、果たしてよく見えるようになるのか。心配だが途切れないように描き続けたい。目が疲れてくるので、休み休み書いている。古い友人で週刊女性の記者をしていて、初めてぼくに記事を書かせてくれた竹内君、目が悪いので喫茶店で話をすると、水の入ったコップで眼を冷やしていたっけ。若くして亡くなってしまったが、いま思い出してコップに水と氷を入れ、眼を冷やしながら書いているとは。

「ホモ・セクシャルを単なる風俗としてとらえないようにお願いします。という作家・井沢満氏からのメッセージがあってから第1回目の脚本が完成した。そして読み終わったスタッフ全員んが、作家の凄まじいエネルギーとパワーに圧倒されてしまった。(中略)

「シャワーを浴びているA君、水しぶき、全裸である」というト書き。男の全裸シーンというのは初めてであり、役者のA君も初めてである。

さっそく前張り(局部のみを覆う)が必要で、スタッフのT君が「前張り担当」になった。T君は研究の末、一枚のタオルで二個の前張りを作ることに成功した。タオル地は俳優さんの大切なトコロを守ためにいいとのことである。T君はタオルを三角形に折り、さらに野球のホームベース状にしてガムテープで形をととのえるんだと説明してくれた。

T君の力作の前張りでA君は全裸のシャワーシーンを撮影し、実にきれいな映像で大成功だったが、事件はその直後に起こった。前張りをはがそうとしたA君は「ギャーッ!」という悲鳴をあげて涙さえ浮かべている。

犯人はガムテープだった。シャワーを浴びても取れないように貼った強力な粘着力のガムテープは、A君の陰毛にバッチリとはりついていたのだ。前張りと共にかなりの陰毛が抜けてしまった。

「痛いなんてもんじゃないっスよ。コレは」

と涙ながらに訴えるA君。「軟膏もってきます」と走る製作者のT君。以後、T君のポケットには「スリ傷、切傷に効く軟膏」が常に入っていた。

C君の場合は寒さの厳しい深夜のロケーションである。風邪をひいたら大変だからC君に、カメラアングルで隠すから大丈夫だと言ったのだが、「いや、ぼくは前張りでやります」と張り切っている。そんなC
君のことを井沢氏に電話したところ、「風邪をひかないように、ホカロンの前張りでやってほしいとC
君に伝えてください。アッハハハハ」。

これはいいアイデアだと前張り担当のT君に伝えたところ、「だめです。ホカロンで大切なところをやけどしたらどうするんですか」と叱られてしまった。幻の前張りホカロンで終わってしまった。

あるときA君が「あの痛さには耐えられないから剃っちゃいました」と。」

それにしても井沢満さん、お会いしたことあるけど、お元気なのだろうか。とにかく画期的なドラマだった。(つづく)

| | コメント (0)

2019年11月16日 (土)

16歳の少年と18歳の少年が愛しあって!

今日は令和元年11月2日、今月の20日過ぎまでに原稿を書きためておいて、白内障の手術を受ける予定にしているけれど、簡単な手術だそうだが、目の手術というと、なんとなく嫌なものだ。

『薔薇族』って、なんでこんな小さな文字を使っていたのか、一番度の強いハズキルーペをかけてみても、よく見えなくなってきている。80歳を過ぎれば誰もが白内障になってしまうそうだから仕方がないか。

1981年(38年前)10月号(国会図書館で欠号になっている6冊の中の1冊だ)に「ポストの前で待っている君、ゴメンネ」と題して書いている。

「関西に住んでいる18歳の少年が文通欄に載せたのです。それに答えて16歳の高1の少年が手紙を出して、それから二人の交際が始まったのです。両方ともひとりっこでした。

そのうちに、熱烈に愛し合うようになった二人は、とうとう16歳の少年が自由を求めて家出してしまうという結末になってしまったのです。

どう考えたって16歳の少年の方の両親は、たった2歳年上といっても年上の子がたぶらかしたとしか思いません。

それから親同士の争いにまで発展してしまったのです。16歳の少年の親は、自分の子供がホモだなんて信じないから、年上の子が仕込んでしまったとしか思わないでしょう。泥仕合いが今でも続いているのです。

なにも僕は二人の両親を怖がっているわけではないのです。お互いに未成年者同士では、どんなに本人同士が愛し合っているからといっても、両親に理解してもらうことはまず無理です。そして君たちだけで問題を解決することは、まず不可能なことなのです。

両親にしてみれば、『薔薇族』というようなエロ本があるから、子供たちが悪くなる、そうとしか思わないのです。

かつて発売禁止処分になった時も、親の風紀係への投書がきっかけだったようです。責任を避けるように見えるけれど、未成年者同士を紹介してあげるということは難しい問題なのです。すごく僕の立場は弱いとしかいいようがありません。

男が男を愛するということが悪いことだと、世間の人のほとんどの人が思っているのだから……。男が男を愛することが、非道徳的ではないということを世の中の人に理解してもらわなければ、どうにもなりません。

高校生諸君、なんとか良い方法をみつけ、君ら若いもの同士で、友だちになれるようにしてあげたい。

この間も僕が経営している新宿の「伊藤文学の談話室・祭」に立ち寄ってみたら、夏休みなものだから、相変わらず若い子でムンムンしている。

高校生も何人もいて、その中の高2の子が僕に話してくれたのです。「祭」が入っているビル(Q
フラットビル・11階建)のエレベーターを上がったり、降りたりして、やっと度胸をつけて、2階の廊下の一番奥にある「祭」の扉を開けたのだそうです。

もう、今では4回目で、すごくハンサムなお兄さんと友達になって幸せそうでした。それでも「祭」に入るまでの廊下が長すぎるって言っていたけれど。

東京に住んでいる若い子は、その点、度胸をつけさえすれば、友達を作れるけれど、地方に住む若い子はつらいな。

若い子同士なら問題はないけど、年配者と少年となると、親に知られたら悪者になるのは年配者になってしまう。」

ネットの時代、簡単に未成年者が年配者と出会い、問題になってしまう。便利な時代になって、よかったのか、悪かったのか?

| | コメント (1)

2019年10月26日 (土)

同じような人が大勢いる!

『薔薇族』が創刊されたのは、1971年、そのころは隔月刊の頃の8月合、No.19(1974年・今から45年前)まだ「少年の部屋」はなかった。
 
高校生、大学生からの投稿も、少しずつ増えてきていたので、「若い発言」と題して、4人の高校生の投稿を載せている。その中の東京都・M・19歳、大学2年生「だれにも言えないこと」と題する投稿を紹介したい。
 
「僕が初めて『薔薇族』を知ったのは、高校3年生の春でした。確かNo.10(3月号)だったと思います。
 
学校の帰りいつも寄る本屋に、その日もちょうど寄ったのです。そうすると男性の顔が表紙になっている見慣れぬ本があったので、なんだろうと思い手にとってみました。はじめにパッと男性のヌード写真が目に入り、僕は正直に言って大変な驚きでした。それまでは僕もそこらへんにいる高校生と同じように、普通に女の子と付き合っていました。映画を見に行ったり、茶店に行ったり、肩を抱いて街を歩くぐらいの付き合いでした。でも何か一つ物足りなさを感じていて、『薔薇族』を初めて見たとき、僕は反射的にその本を元の場所へ戻してしまいました。
 
大変なものを見てしまった。そうゆう気持ちだったのです。それから毎日、僕は『薔薇族』のことがなぜか気になり、本屋へ寄って見る勇気がなかったので、表紙だけを眺めていました。そのうち、一冊しかなかったその本がなくなってしまったのです。
 
その時、はっきりと、ああ、僕は男が好きなんだなあと思ったのです。そして僕は普通の結婚ができない体なんだ。だから当然、子供もできない。適齢期に達した時、果たして親になんと言えばいいのだろう。なんて、色々と悩んだものです。今でもこういう幼稚な悩みが全く消えたわけではありません。
 
それから一年経って、僕は大学になんとか合格して、今は東京に来ています。去年の11月ごろまで、友達と二人で住んでいました。ダブルベッドで二人で寝ていたこともありました。もちろん友達はホモではありません。
 
一度、彼は僕らの知り合いのバーテンをしている人の友達という人がホモらしくて、寝ているときに脚や服などを触られて、「気味が悪くて朝まで寝られなかった」なんて言っていました。それくらいホモを毛嫌いしているのです。僕も彼と寝ていても、不思議に何も感じなかったんです。
 
高校に入った時からの友達で、よくお互いの家へ遊びに行って泊まっていたからかもしれません。それからお互いに東京に慣れたからと言って別々になったんです。
 
それから一人暮らしになって、初めて勇気を出して『薔薇族』を買ったんです。写真を見て、小説を読んでひどく感動し興奮しました。なんとなく男性に興味を持つということに、後ろめたさを感じていたのですが、同じような人が大勢いるということが、一つの心の支えになったことは確かです。
 
僕が興味を感じる男性は、大体学生服を着て、スポーツ刈りにしてて、どちらかというと、アイビー風の格好をしたスポーツをやっている、みたいな人なんです。学校でも、街でもよく見かけます。そんな時、やさしく抱かれてみたい、そう思うんです。
 
この世に生まれてきて、短い一生だもの、自分の好きなように生きていければ最高ですよね。でも、人間生きていく上には、やっぱり厄介な制約がたくさんあるんです。
 
これだけ心の中を描いて、すっきりしました。こんなこと誰にも言えませんからね。」
 
同じような人が大勢いる。それが心の支えになった。『薔薇族』を創刊して良かった。

| | コメント (0)

2019年10月19日 (土)

読者の教師から『薔薇族』は有害と!

『薔薇族』は読者からの雑誌への批判の投稿でも載せていた。そんな批判の投稿などボツにしてしまえばいいのだろうが、ぼくは投稿欄の「人生薔薇模様」の欄に載せ、それに答えている。名古屋市のKさんからのものだ。
 
「有害な雑誌『薔薇族』」と題して。昭和49年3月号(1974年・今から45年前)に。
 
「読者の一人として、また一人の田舎教師として、特に不快で苦々しく思っていることを述べさせていただきます。
 
どうしてこんなにまでして、学校やスポーツクラブを男色と結びつけなければならないのか。私は約18年間、公立の中・高校に奉職し、また各スポーツクラブの直接の指導者として、若人と共に生活をともにしてきた者です。
 
生徒ともに時には喜び、時には涙を流してきました。御誌の小説(大変失礼かもしれませんが、内容は極めて愚劣である)に書かれていることは一度だって起きたことはないと断言できます。
 
スポーツに熱中している生徒は高校生になってもマスターベーションのことを知らないほどに純粋です。発表された小説は、「これでもか、これでもか」というように内容、表現が決まっている。あるのは動物的変態情欲のみである。事情を知らないヤングたちが読んだら、学校のスポーツクラブは本当の男色的発生場所であると思うでしょう。
 
夏になると学校の垣根ごしにカメラを向けている若者を時に見かけることもあるが、はっきりと少年たちの裸体を追いかけています。
 
私は読者として、教師として、学園と関連したものは、たとえどんなフィクションであるにせよ、載せないでもらいたい。最新号には「高校生のつどい」などあったと発表されたが、反吐を吐く思いがする。
 
御誌ははっきりと成人向けのものであって欲しい。表紙にうたって欲しいと思います。現在の私の気持ちとしては、変態性欲を助長するきわめて有害な雑誌として、警視庁風紀係に訴えたい気持ちでいっぱいです。今後の編集を特に考えていただきたいと思います。」
 
「編集部より批判にこたえて」と題して2ページも使ってぼくは答えている。とても長くて全文は載せられないが、要点だけを書いておく。
 
「Kさんは最初に自分は読者であると言われています。読者でない女好きの先生がたまたま『薔薇族』を読まれて、これはけしからんとお考えになってのお手紙なら、一応はご意見として伺うことはできます。しかし、読者のひとりとしての先生のご意見なら黙っているわけにはいきません。(中略)
 
この頃の学生たちが一番、勢力の強い時でもあり、セックスを抜きに考えることはできないでしょう。
 
文通欄での呼びかけを読んでお分かりと思いますが、相手への希望をほとんどの人が「スポーツ刈りで筋肉質で、運動部の学生のような」と呼びかけています。大部分の読者は、そういう若者を友人にしたいと願っているのです。
 
運動部の学生がしばしば小説に登場します。それは読者の理想像なのだから、登場するのは当然のことです。
 
ぼくは男と女のセックスを描いたエロ雑誌と違って、青少年が『薔薇族』を読んで女好きの少年が男好きになってしまうことがないだけに、ある意味でぼくは安心しています。男好きの人しか読まない雑誌だからです。『薔薇族』の読者が理想とする逞しいスポーツマンに憧れる、そしてスポーツマンが登場する小説を載せるのは当然でしょう。」
 
この先生はご自分もゲイであるから『薔薇族』を読んでいるわけで、ご自分の欲望はどう処理されているのか、どんな男性が理想なのかわからないが、中・高生が理想でなく年配の男性が好みであって欲しいものだ。

| | コメント (0)

2019年10月12日 (土)

ぼくはノンケとゲイの人との「こうもり」だった!

三島由紀夫さんを「兄」と呼び、「弟」出会った堂本正樹さんが、9月23日肺炎のため死去、85歳。横浜市出身。葬儀・告別式は家族で行った。喪主は長男彩樹さん。と、2019年10月4日の東京新聞に報じられた。
 
奥さんが喪主ではないので、先に亡くなられたのか。
 
2006年2月発行の『彷書月刊』(古書愛好家のための雑誌)3月号は「特集・アドニスの杯」で、ぼくも「アドニスは薔薇族の原点だ!」の一文を寄せている。
 

01_20191010210901

 
巻頭に「アドニスの杯インタビュー・三人のあいだに・堂本正樹さんに聞く」と題して本多正一さん(写真家・文筆家)が聞き手に。
 
三人というのは、三島由紀夫さん、堂本正樹さん、中井英夫さんのことだ。
 
病床の堂本さんの写真が載っている。年齢は85歳。1933年(昭和8ねん)劇作家、演出家。慶應大学中退。歌舞伎、能演劇への関心から三島由紀夫と交遊を深め、「浪漫劇場」創立にも参加。著作も多いが『回想 回転扉の三島由紀夫』(文春新書)は、三島由紀夫の知られざる素顔を描いて話題になった。
 

0_20191010210801

 
ぼくは堂本さんとは何度もお会いしている。ぼくが経営していた下北沢の「イカール館」に来てくれたし、確かペンネームで、三島由紀夫さんのアソコが大きかったという話を書いてくれた。藤田竜さんは逆のことを書いて論争になった。
 
当時は誰しもだが、自分がゲイであることを極端に隠していた。しかし、女性と結婚しないわけにいかなかった。
 
病気で入院したら奥さんに面倒を見てもらわないわけにはいかない。
 
「毎日、女房が来てくれて、本当にありがたいと思いますが、夜、眠れないので、テレビをつけっぱなしにして、昔は馬鹿にしていたサスペンスドラマも、最近は結構面白く(笑)。家に帰れば、それこそ新しい三島全集が月一回、届いているはずなんですけれど。
 
え? これ孫の写真です。三つ、四つかな。ときどき来てくれるんですけどね。かわいいですよ。「おじいちゃん、ガンバレ」なんて手紙に書いてあると、嬉しいものですよ。ホント、ジジ馬鹿で(笑)。」
 
ゲイであっても女性と結婚して、何とか努力して子供を作る。そばに女性が来るだけでも嫌で鳥肌だってしまうような人もいるし、いろいろなゲイの人がいるけれど、堂本さんは病気になって、奥さんのありがたみを知ったのだろう。
 
奥さんの悪口ばかり書いてくる小学校の校長先生だった読者もいたけれど、脳梗塞で倒れてから、堂本さんと同じように奥さんに看病してもらわなければ、どうにもならなくなってしまった。女性と結婚してよかったのか、悪かったのか、それぞれ違うだろうが、独身で一人で過ごして孤独死してしまう人もいる。ぼくにはどっちがいいとも何とも言えない。ゲイ雑誌の編集長は辛い立場だ。
 
三島由紀夫さん、堂本正樹さん、中井英夫さんの3人は、『アドニス』の会員で親交を深めていたようだ。
 
この本多正一さんのインタビュー記事は、興味深いが長いので紹介できないのが残念だ。
 
中井英夫さんは途中から『アドニス』を引き継いだ方で、「短歌研究」の編集長時代には、寺山修司くんや、春日井健君を世に出した方だ。
 
ぼくはノンケ(女性好きの男)なので、ゲイ雑誌を30数年も出し続けて、ゲイの人と交流はあったが、親友と言える人はいない。
 
イソップ物語か、こうもりが動物でも鳥でもないという話。今、考えてみると、ゲイの人と親友付き合いできなかったのは、こうもりだったからかと。これは仕方がないことか。

| | コメント (0)

2019年10月 5日 (土)

同性愛は趣味ではない!

出版界の業界紙『新文化』は、『薔薇族』を発行し続けていた頃、よく記事として取り上げてくれた。

「風信」というエッセイのコーナーにもよく書かせてくれたが、1999年9月16日号「風信」に、「同性愛は趣味ではない!」というタイトルで、ぼくはこんなことを書いている。

最近はさすがに同性愛の人のことを「趣味」という人は少なくなっている。世の中の人たちに理解されてきたからだろう。

20年前は週刊誌の記者たちも、ましてや世間の人たちも「あの人は同性愛の趣味がある」と、言っていた。

「はっきり言っておきたいことだが、「趣味」で男が男を好きになったり、女が女を好きになる人間は、この世に一人もいないということだ。

岩波書店の『国語辞典』によると、「趣味」とは「専門としてでなく、楽しみとして愛好する事柄」とある。

本当は女が好きなのに、楽しみとして男が好きになる男などいるわけがない。「同性愛」は「趣味」ではなく、「本能」であり、「異常」でも、「変態」でもなく、男が女を好きにということとまったく同じで、持って生まれたものだ。

それなのに日本を代表する出版社である新潮社が発行する『FOCUS』(8月11・18日号)の「新宿2丁目で「トルシエ監督」に「男色」の噂」の記事と、同じく8月25日号の「ミッチーのおぞましい話で逆襲するサッチー」の記事はなんだ。

「サッカーの日本代表のトルシエ監督のことを「男色の趣味があるのでは?」という噂です。ホントかどうかわかりませんけど、よく知られた噂話ですよ(サッカー担当記者)」

と書いている。

浅香光代さんのことも同じように「本誌も独自に浅草で聞き込みをかけた。ミッチーの「趣味」について、「そういう噂を聞いた」との証言が多数」などと書いている。これらの記事は「同性愛を悪いこと」「おぞましいこと」という前提で書いている。

それならば、このお二人が本当に「同性愛者」だとしたらどうだというのだろう。

今や医学界でも「同性愛」は、「異常」でも「変態」でもないことが定説になっているのをこの記者は知らないのか。

岩波書店発行の『広辞苑』の「同性愛」のくだりを見て欲しい。「異常」という文字はすでに亡くなっている。

日本のサッカーのために努力をしているトルシエ監督に無礼な話とは思わないのか! 女剣劇の浅香光代さんが男っぽいのは当たり前ではないか。

なよなよした女だったら、女剣劇の座長が務まるはずがない。

残念ながら、このお二人が開き直って「なんで同性愛が悪いのよ」と、日本ではまだ言えないところが悔しいが、もう少し「同性愛」について勉強して欲しいものだ。

こんな記事を書く記者君こそ、「悪趣味」だと、ぼくは言いたい」

「LGBT」という言葉も、一時マスコミの間で、必ず下に(少数派)という文字がつけられて、話題になったが、最近、次から次へと不可解な殺人事件が起こるので話題にならなくなっている。

家族で山の中でバーベキューを楽しんでいたのに7歳の少女が行方不明になってしまったという事件。多くの人が山の中を探し回っても見つからない。自衛隊にまで応援を頼んでいるようだ。

ぼくの推理では、少女愛の男に車で連れ去られたのでは? 当たらなければいいが。

| | コメント (1)

より以前の記事一覧