2019年9月16日 (月)

54年も前の新宿の街は!

『薔薇族』3月号(No.16・昭和49年刊)は、間宮浩の」特集号になっている。グラビアの写真も間宮浩が撮影した男たち。ルポ・新宿コレクション・間宮浩の電話相談室・間宮浩さんという人・間宮浩さんの小説・夢の時間
 
こんなに間宮浩さんに活躍されては、藤田竜さんにとっては面白くない。親分はひとりでいい。間もなく間宮浩さんを竜さんは追い出してしまった。しかし、当時の新宿の話は、今となっては貴重だ。長い文章だが一部を紹介したい。当時の新宿の街の匂いが漂ってくるようだ。
 
 
 
「もう新宿に住み着いて10年になろうか、窓を開ければ、東京タワーとホテルプラザが見えて、ときどき空気の澄んでいるときには富士山が見える。そして見下ろせばゲイ・バアの看板も見える。富士山にはゲイ・バアの看板がよく似合うだろうか。
 
新宿とはどんなところか、まだ新宿を知らない方々のためのガイドを承る次第である。
 
新宿とはの質問には東京の第二の副都心で、人口何万と答えるより、眠らない盛り場、と答えればいい。盛り場とは金を持っている人間が、金を落としに来るところと思いがちだが、新宿は若者の街だから金のない人間の方が多く集まるようだ。
 
新宿駅の改札口で、切符と一緒に財布の中身を見せてもらえたら面白いのだけど。初めからお金の絡む話で申し訳ないが、どうか財布は毛糸の胴巻きにでも入れて新宿に来てほしい。
 
とりわけサウナに入りたい人は、必ず受付に財布は預けることだ。どこのサウナでも大きく張り紙がしてあって、貴重品は必ず受付へと書いてある。紛失は責任を持たないことになっている。もっと詳しく説明すれば、ロッカーの中は危ういですよということになる。
 
実をあかせば昨日、ロッカーの中に財布を入れておいて、私が盗まれたから、その体験談をお知らせしているわけである。金のない人間から金を奪う非情な街。新宿をまずお知らせしておきたいのである。
 
非情といえば、トルコ嬢(今のソープランド)が表に引きずり出されて、怖いお兄さんに髪を掴まれて、泣き叫ぶのを踏んだり、蹴ったりされている。
 
そばでトルコ嬢の父親が放心したように立ちすくんでいるところを見たが、誰も見て見ぬふりである。
 
また別の話。黒メガネのお兄さんが交番に助けを求めて、逃げ込んでくる。それを追いかけて、もっと怖いお兄さんが、ドスを持って交番に入ってきても、丁度、電話中のおまわりさんの周りを逃げ回って、二人とも雑踏の中へ走っていった。当のおまわりさんはといえば、長電話の続きである。いったいどうなっているのやら。
 
さあ、毛糸の胴巻きをして、しっかり財布を身につけた人だけをご案内しましょう。つまり何ですよ、角刈、筋肉質、スポーツマンタイプの男たちのいるところを。そしてホモをやっているホモでない男のいるところですよ。青い鳥のチルチル。私はミチルということで……」
 
 
 
この話は今から54年も前の話。新宿も様変わりして今では誰もが安心して歩ける街、明るい街になっている。怖いお兄さんもいない平和な街だから、安心して地方の方もお出かけを。
 
新宿二丁目も15年ぶりにいってみたけど、建物もビルが増えて、今ではゲイの人たちの街とは思えない。女性もひとりで来ても安心な街に変わっていた。
 
あの薄汚いハッテン場だった小さな公園もすっかり整備されて美しい公園になっていた。

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2019年9月14日 (土)

LGBTが持つ旺盛な消費力に目を向けたのは!

毎月、「文ちゃんと語る会」の会場に使わせてもらっている「織部下北沢店」には、日経新聞と朝日新聞が、オープン以来ずっと置いてある。

日経新聞の半5段広告に『国際商業』10月号、今まで全く知らない雑誌だが、「特集・LGBT(性的マイノリティ)が持つ旺盛な消費力」の文字にぼくの目は釘付けになった。
 

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早速、渋谷の東横百貨店7階のジュンク堂書店で購入した。派手な表紙で艶やかな花に囲まれて、9月16日に発売されるという、アルビオンが発売する「フローラドリップ」(160ml=1万3千円、80ml=7千円)のぼくには縁のない化粧液が載っている。

どうもこの雑誌、化粧品の業界誌のようだ。掲載されている広告も化粧品のものばかりだから間違いない。ぼくはひげを剃った後に「資生堂ブラバス スキンコンディショナー・乳液男性用」を塗り、頭を洗った後には「柳家ヘアクリーム」を使っているだけだ。

中国の女性たちも日本の化粧品を使ってるそうだし、化粧品の業界誌『国際商業』が、出版不況の時代に長く続いているのは、スポンサーが付いているからだろう。

見出しには、こんなことが書かれている。



「LGBTは、とても身近な存在だ。日本のLGBT層の割合は、人口の8・9%。11人に1人の計算で、左利きの人の割合とほぼ同じである。

カミングアウトの有罪は別にして、家族や友人、同僚の中にLGBTは存在する。我々は、そういう時代を生きている。

日本企業はLGBT対応に取り組んでいるが、その範囲は国内にとどまらない。

欧米が先行していたLGBTの社会的地位向上の動きは、台湾が同性婚を認めるなど、いよいよアジアに波及し始めたからである。」(電通ダイバアシティ・ラボ調べ)



マスコミでLGBTが持つ旺盛な消費力に目を向けたのは『国際商業』が初めてのことで、敬意を表したい。ただ化粧品の業界からの視点での記事なので、LGBT全体の業界の「旺盛な消費力」ではないのは仕方がない。

何年か前に女性の著者が、イギリスの経済はゲイの人によって支えられているという新書本を読んだ記憶があるが、日本でも世間の人には全く知られていないが、その消費力は莫大だと言っていいだろう。

ゲイ雑誌は『サムソン』だけを残して滅亡してしまったが、全国のゲイホテル、ゲイバア、ポルノショップなど、『薔薇族』に広告を出してくれていたスポンサーで潰れたところはなく、今でも繁盛している。

「LGBTに関する主な出来事」が年代順に書かれていて参考になるが、1971年に東郷健さんがゲイであることを公表して、参議院選挙に立候補したことは書かれているが、日本初の同性愛誌『薔薇族』創刊が抜けているのは、寂しいが仕方ないか。

『LGBTを知る』(日本経済新聞出版社)によれば、世界のLGBT人口規模は4億5千万人で、その消費規模は約4千兆円にのぼると推定されている。

日本に限っても、消費規模の推計は約22兆円。これは「店頭でレインボーフラッグを掲げセクシャルマイノリティを安心させる」という現状からさらに深化し、より深い理解で、LGBTをターゲットに捉えた時の市場規模を示している。」

LGBT総合研究所の存在はこの雑誌で初めて知ったが、若い社長さんは森永貴彦さん。「少数派の感性をマーケティングに落とし込む」のページは貴社の質問に森永さんが答えているがご本人もゲイの方で的確に答えていて参考になる。54ページも使っての特集、ぜひ購入して読んでいただきたい。

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2019年8月19日 (月)

昔の子供は親に告げ口しなかった!

今から31年も前の高校の部活では、こんなことが行われていたのかと思うと、世の中変わったものだ。
 
「A県B市のC高校といえば、剣道の強いことで有名である。県内は無論のこと、全国にもよく知れ渡っている。
 
新入生で入部するものは、毎年12、3名はいるが稽古の厳しさなどで、夏休みに入る頃には5、6名に減っている。この剣道部の伝統的な新入生いじめの一つの例を紹介しよう。
 
新入生は4月中に希望する部に入部する。剣道部に入部したものは、5、6月の2ヶ月間に、激しい練習と上級生からのしつけの厳しさに恐怖を感じ始める頃、このいたずらが行われるのである。上級生にとってはある意味では、親しみを込めた遊びなのだが、1年生にとっては死ぬほど恥ずかしい思いであり、そのために退部していく者もかなりいる。
 
(中略)
 
1年生の今日の着替えは、端から順に一人ずつ行う。わかったか。よし、それではその一番端の者、中へ入れ。
 
(中略)
 
彼は着替えのための衣類を棚から出して、マットの上に乗った。「そこで着替えろ」と3年生は命じた。彼が言われるままにマットの上に仰向けに寝ると、2年生たちが1人は左腕と左肩を押さえつけた。他の2人はそれぞれ右足と左足を押さえつけた。彼は緊張したまま逆らわずにいた。暴れたくても動けそうもなかった。
 
やがて3年生の1人が、剣道部の選手たるものは刀が大事である。十分に気合いがこもって、先端からほとばしるものがなくてはならない。今からお前の刀を検査する。そしてその3年生はブリーフに両手をかけて、静かにブリーフを下げた。
 
陰部丸出しである。彼は、目をつぶって、じっと羞恥に耐えた。3年生はまず陰毛をなぜて、次に睾丸を手のひらに乗せてよく眺め、それから刀を握って、皮を根元までむきあげた。すなわち刀の鞘を払ったのである。そして皮を上下に動かして刀を磨いた。刀は次第に太ってかたくなり、若いために瞬く間に屹立した。
 
「いい反りだなあ」
 
「大きいな」
 
「袋は普通だな」
 
「1年生のわりには、くさむらが濃いなあ」
 
と、3年生の声が聞こえる。
 
やがて磨かれているうちに次第に気持ちよくなってくる。あ〜っと思った瞬間、頭の奥底にじ〜んと快感が迫って、刀の先端からピューッ、ピューッと、ほとばしり出るものを感じた。
 
普段自分でセンズリをかいても、かなり気持ちが良いが、人前で羞恥のうちに発射することの快感を、この時、初めて知った。かくしてこの夕べ、1年生は全員、刀の検査、すなわち「まな板の鯉のぼり」をお披露目したのである。(中略)
 
1年生はほとんど15歳であるが、隠毛の長さは普通3センチぐらいで、中には産毛がちょっと黒ずんだという程度の者もある。
 
陰茎は勃起状態で、一番大きい者は16センチくらい、一番小さい者は10センチくらいである。太いのは4.5センチくらいで、細いのは3センチくらいである。皮の剥け具合は、大部分の者が、2割むけて8割くらい皮を被っているが、全むけの者もいれば、朝顔の蕾のように、すっかり皮を被って、先に皮が余っている者もある。」(後略)
 
 
 
この時代の子供は、親や、先生にしゃべらなかった。ぼくも中学1年生の時、全員が2年生にお説教と称して、放課後、板の間に長いこと正座させられたり、対抗ビンタなんて野蛮なことをさせられたものだ。ひどい話だ。

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2019年8月17日 (土)

頭が悪く、勉強ができなくても!

一週間ごとに執筆者が変わる東京新聞夕刊の「紙つぶて」と言うコラム欄、「三田文学」副編集長の糸川麻里生さんの描かれていることには、全て納得できる。
 
短い文章なので引用させていただく。
 
 
 
「私の住む栃木県の片田舎にも学習塾があり、毎晩10時過ぎまで小学生や中学生たちの姿が見られる。これほど多くの児童たちが、これほど長時間、外で遊びもせずに「勉強」をしている国が他にどのくらいあるのだろうか。それでいて子供たちの学力が下がっていると言うのだから、こんな悲喜劇はない。非効率もここに極まれりである。
 
子供たちが塾に通うのは、つまるところは「いい学校」に入るためなのだろう。しかし「いい学校」に入れるのは、少数の「できる子」だけだ。
 
日本の教育は、膨大な「負け組」を作り出すシステムになっている。学校の勉強で挫折感を覚えたことがない人など、日本人の数パーセントもいるまい。そして思うような生活を送れない人の多くは、その理由を「勉強ができなかったから」と考え、黙り込む。
 
為政者たちにとって、こんなに御し易い国民はあるまい。一方で「いい学校」に入れた子供も、やがて就職すれば、コミュニケーション能力やリーダーシップがあり、複数の言語を話す外国人の同僚たちに圧倒されることになるだろう。
 
子供たちが、自分に適したペースで、様々なことを学べるようにすることが絶対に必要だ。習得が早いか遅いかは、大した問題ではない。教育における競争は、ゲーム程度で十分だ。学習が遅れがちな子を「落ちこぼれ」などと呼ぶのは差別なのである。」
 
 
 
ぼくがこんな子供たちのことを気にするのは、一緒に住んでいる次男夫婦のひとり息子、文一(ふみかず)が高校3年で、来年2月に大学受験を控えているからだ。
 
高校3年になって本人も自覚してきたのかゲームもやめて、勉強に精を出し始めているようだ。
 
各大学から豪華な入学案内のカタログが送られてくる。生徒がだんだん少なくなっているのだから、どこの大学でも受験生集めに躍起になっていることは、カタログを見ただけでも感じられる。
 
一流大学といわれる大学の就職先を見るとみんな一流企業で、ぼくの母校の駒大の就職先を見ると、みんな中小企業ばかりだ。親が「いい大学」に入れようと、子供に勉強させているのはよくわかる。
 
この大学のカタログを見るだけでも、「いい大学」を出て、「いい企業」に入った人と「よくない大学」を出て「中小企業」に就職した人との一生の間に入るお金の差は歴然だ。
 
ぼくは87歳まで生きてきて、いろんな人と出会い見てきたが、頭が良くて東大を出たからといって、みんな幸せな人生を送れるわけではない。
 
糸川さんが言うように「子供達が、自分に適したペースで、様々なことを学べるようにすることが絶対に必要だ」その通りだと思う。
 
ぼく自身のことを考えてみても、頭のいい悪いは持って生まれたもので、努力するだけではどうにもならない。
 
昭和の30年代に妹が心臓病の手術で長いこと入院し、いろんな出来事があったが、力を貸してくれたのは朝日新聞だ。マスコミの協力によって、心臓病の人たちのために寄与することができた。
 
日本初の同性愛誌『薔薇族』の創刊も歴史に残る仕事が残せたのは、有能な人たちの支えがあったからだ。ぼくは頭が悪く、勉強ができなくても、いい仕事を残して死にたいものだ。

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2019年8月12日 (月)

ルネさん表紙絵の『薔薇族』は高価に!

ルネさんが詐欺師たちに、7億円ものお金を騙し取られてしまい、失意のどん底にあったルネさんに、ぼくは『薔薇族』の表紙絵を描くことをお願いした。
 
その頃のことをルネさんは、エッセイに書き残している。仕事が何にもなくなっていた時だから、ぼくのお願いがどんなにか嬉しかったことか。
 
 
 
「人生ってとんでもないことが突然起こるんですね。1990年台の初頭、バブルの時に全く思ってもみなかった事件が私の上に降りかかってきて、当時の金額にして7億円以上も、数人の詐欺師に持って行かれ、すっかり疲れ切って自殺も3回考えました。
 
もう生きてゆくことに絶望してた、その上に、私の大切な関係会社(ルネさんのグッズを製造していた会社)もバブルに巻き込まれ(バブルがはじけて倒産したということか)私の仕事もすっかりなくなってしまいました。少女絵や、マスコット、生活用品のデザインの仕事です。
 
もともと生活するため、食べるために始めた私の絵の生活が、人生で初めてストップして、何もどこからも仕事が来なくなってしまったとき『薔薇族』の表紙絵を描く仕事を伊藤文学さんから依頼され、それは驚きました。それもセクシーこの上もない男たちの絵。ありがたく嬉しかったですよ。
 
そしてわが人生で初めてのセクシーボーイズを描くことのなんという楽しさをこの時知りました。
 
ホモ・マガジンの特性上、とにかくセクシーにしなくてはならず、しかも、どんなに妖しくてセクシーでも、そこに清潔感を出して、店頭に並んでも男性はもちろん、女性たちにも愛されるボーイズを描こうと心に決めました。
 
それからの楽しさ、恐ろしい詐欺事件も、『薔薇族』の表紙を描いたり工夫したりすることで、忘れることができたのですよ。
 
毎回、毎月、もう、しっかりと変化をつけて、思わず頬ずりするような男の子たちを描いて、それが印刷される嬉しさ。幸い皆さんの公表を得ることができ、長く長く描き続けられたことを幸福に思います。
 
今、振り返って伊藤さんと夫人の久美子さんに心より感謝を捧げます。
 
時の流れで表紙をやめることになった時の淋しさ。もっと、もっと描き続けたかったので残念でくやしかったですよ。(私は今だって『薔薇族』の表紙をすぐにでも描きたいのです)
 
幸いなことに、あれだけたくさん描いたルネボーイズの表紙の男の子たちは色あせず、年を加えるごとに、自分で言うのもおかしいですが、輝きを増していますよ。
 
全く見ているだけで嬉しくなってくる男の子たち、それが『薔薇族』のルネ・ボーイズなのです。それはホモ男性に私がプレゼントした少年たちなのです。
 
『薔薇族』の表紙の少年たちを描いているうちに時は楽しく嬉しくすぎてゆき、その時間の経過が私の生活の苦しさを忘れさせてくれました。
 
不幸な時間を忘れさせてくれたルネ・ボーイズたちありがとう!」
 
  
 
『薔薇族』の表紙絵は、全て芸術作品だった。三島剛さんはたった1号だけしか表紙絵を描かなかったけれど、素晴らしい作品だった。
 
『薔薇族』が廃刊になった時、多くのマスコミが取材に押しかけてきた。他誌は静かに消えていくだけだったのに……。
 
中野ブロードウェイの「まんだらけ」の店員さんの話だが、ルネさんの表紙絵の『薔薇族』は高価で売れるそうだ。ルネさん、これはすごいことですよ。ありがとうルネさん!

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2019年8月10日 (土)

かわいい女性を描き続けてきたルネさんが!

「人生の黄金の6年間」というくらいルネさんの生涯で忘れられない6年間だったのだろう。
 
「かわいい」という言葉が世界語になっているほど、魅力的な女性を描き続けてきたルネさんのイメージが悪くなってしまうかもしれないが、ルネさんがぼくだけに話してくれた若者との話は残しておきたい。
 
 
 
文学 ルネさんは女性的な人だしね。それが彼みたいなゴッツイ男を奴隷扱いするなんて、想像もつかないね。どんな世界だったの?
 
ルネ 彼には自分にみとれるナルシズムがあり、マゾッ気がたっぷりあったから、とにかく一番良かったのね。あんまり従順だったから、こっちも図に乗っちゃって、軍隊でいったら私は「伍長」にしたかったけど、Mは「軍曹」と呼んでいたの。
 
文学 どんどんエスカレートしたんだ。
 
ルネ エスカレートしちゃってね。やりたい放題。神様への冒涜じゃないかしらってなもんよね。あまりのエクスタシーに。私の今のアイドル「妻夫木聡」よりセクシィだった。
 
文学 ぶったりはした?
 
ルネ それはしなかった。私もサドのケはあるんですよ。だけどね、それはできなかった。そこまではエスカレートはしなかったから良かったですね。痛めつけなくてね。しかし、Mは私からひっぱたかれたかったかもしれない。Mはナルシズムとマゾっ気があったから。
 
文学 そんな人と巡り会えたって幸せだよね。
 
ルネ ありがたかった。今でも愛してますね。今はもう残念ですけど、まさに、まさに、これは奇跡でしたね。そこまで言っちゃうとアレだけど、Mは結婚してね。奥さんもいますけどね。その前にちょっとあるから。とにかくもう本当にハッピーでしたね。Mを知ったってことがね。つくづく私の人生にとってありがたかったです。
 
文学 ねえ。
 
ルネ それでね、とにかく写真はたくさん撮りましたよ。トンちゃん(竜さんのこと)とふたりで。だから写真集出せるくらい、とんでもなく、いい写真がたくさんあります。うん、どっかに伊藤さんが売り込んだらさ。ただ本人が生きてるからね。それが知られなければいいけど、知られた時にね、ちょっとね。
 
文学 だけどもう30年以上経っちゃってるから、今いくつぐらいになってるの?
 
ルネ 私と知り合った時は19歳だったから、50代にはなっているかな。今でもMの写真うっとり見てますよ。
 
文学 50代になっちゃってるんだ。
 
ルネ うん、でも伊藤さんとね、こういう時でもなければ、門外不出の話ね。
 
文学 でも、その6年間は幸せだったね。
 
ルネ うん。私は「人生の黄金の6年間」って言ってますけど、後からバチが当たった(7億円を詐欺師に取られた話)んじゃないかってくらい。アレですよ、ラブラブハッピイでしたよ。
 
文学 それは絵が売れるとか、そんなことよりもっと幸せだね。
 
ルネ 幸せ、幸せ。けど絵も大好きですよ。
 
文学 自分の欲望が全て出せてね。
 
ルネ それでね、両手を上から吊るしてね、磔の形ですよ。その晩、「トンちゃん、手伝って」と言ってMを処刑みたいに吊るしてね。それでね、忘れちゃったの、ちょっと。そしてね、「先生、痛いからもうほどいて」って言われたりね(笑)。様々な愛の処刑を考え出しましたよ。スケッチブックにデッサンしたりして、それを実行するの。
 
 
 
なんともひどい話だけど、人間だれでも自分では気づかないけれど、何かあった時に、想像もつかないことをしでかしてしまうことってあるのでは……。

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2019年8月 5日 (月)

ぼくのことを心配してくれたルネさんが先に!

2006年(今から13年前)ぼくが河出書房新社から「『薔薇族』の人びと=その素顔と舞台裏」を出版したころ、内藤ルネさんがぼくに送ってくれた手紙が見つかった。なんと郵便番号を書くところに電話番号が書いてあるではないか。
 

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「長イキスルタメニ 心して小食にしようね! 粗食ですよ!!」と封筒の裏側にまで書いてある。ぼくの体のことを心配してくれている。
 
「ツヨクカクケド、オコラナイでね!! 私のシンゾー、2度のカゼのナオリがワルクて、そのうち足がムクンできたので入院したところ、私のシンゾーがそうとうつかれ血カンがヤラレテリウのは私の背丈に対して体重が60キロ以上で、オモスギタのが原因でした。フトリスギでした。
 
40キロ台に体重をオトサナイと死ぬといわれ、毎朝ハカリにのることから2ヶ月の入院生活がハジマリ、朝は小さいコッペパンとジャム、マーマレード、ヒルはそば、又はうどん、少なめでしたよ。
 
夜はおかゆ、又は茶ワン一杯のゴハンで、もう気が狂いそうでしたよ。入院していたから出来たのだろうか。その後、伊豆の順天堂病院で3ヶ月の入院で40キロ台にナッタコロ、オペ(手術)になんとか成功したのだそうです。
 
毎朝、ハカリにのって、心して体重をムリヤリヘラサナイとダメです。伊藤さん、久美ちゃん(ぼくの女房)に云ってもムリカナ!?
 
40キロ台になってオペが終わって、初めてフロに入った。トコロがカガミでみたら、まるでアウシュビッツのミイラで、シワシワになって、ソットウしないのが不思議でしたよ!
 
とにかく伊藤さん、もうムリムリ体重をオトサナイと命取りになるので入院した方がイイと思うけど、あなたのフトリかた異常ですよ!! シッカリ身の詰まった大きなウインナーのようですから、よほどクミちゃんと、キューちゃん(ぼくの息子)がカクゴしないとダメだよ。チエちゃん(息子の嫁)はダメだと思うけど、イトウさんの役にタツカドーカ!?
 
とにかくイトーさん、ミンナのもの笑いのこれ以上、タネになるよね。とにかくカムバックシヨウネ。(『薔薇族』が廃刊になった後のこと)
 
それから河出の本、表紙はゼッタイ、ゼッタイ私の絵にしてね。タノムヨ。裏表紙はトンちゃん(藤田竜)のソーカン号の表紙、それと私の写真とTONの写真、後ほどオクリマス!
 
笹沢作治の作品の小説、ミジカクして、ぜったいにのせること。
 
「『薔薇族』の人びと」は、河出書房新社から大金が入ってこないだろうけど、次のステップには大切な、大切な本ですからね。
 
取り急ぎ、取り急ぎ。
 
内藤ルネ 06・1・20
 
なんでもいって下さい。もうとにかく私の人生ハジマって以来の血もナミダもコオルサムイ冬で、死なないのが不思議な日々です。」
 
 
 
その頃のぼくの体重は、73キロぐらいあったと思う。身長は1メートル60センチぐらいだから、ルネさんが痩せろというのは当然のことだろう。
 
ルネさんの手紙、カタカナだらけ。ぼくはブログとツイッターを書き続けているから、漢字も忘れてはいない。念のために辞書を見ることもあるけれど。
 
ジャパネットタカタで買った体重計、女性の声で教えてくれる。現在、体重は67キロ。体の年齢は70歳代、脚は弱って75歳。心配してくれたルネさん、先にあの世へ。皮肉な話だ。肉も食べ、なんでも食べなきゃ。

 

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花束を抱えているのがルネさん

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2019年8月 3日 (土)

ルネさんの黄金の6年間とは!

人間、外観から見ただけでは、その人の心の奥底まではわからない。今は亡き『薔薇族』の恩人とも言える表紙絵などを長く描き続けてくれた、心優しい内藤ルネさん。

外観から見たらルネさんは、なよなよして女っぽい人に見えるけれど、まさかと思うけれど、ルネさんはサディストの一面を持った人だった。
 
ルネさんを訪ねて伊豆の修善寺の名旅館「菊屋」で対談をしたことがあった。ぼくだけに話してくれたと思うけど、「黄金の6年間」の驚くべき話だった。
 
『薔薇族』の初期の頃、日本初と言える男性ヌードを撮りまくった大阪のオッチャンの写真の中の一人の男性の写真が読者に大反響だったことがあった。
 
長野に住む男性をルネさんと藤田竜さんは大阪のオッチャンから、その男の住所を聞き出して長野に行って青年と会い、一目惚れして自宅に連れ帰ってしまった。
 
地方の子で朴訥で、純情な子で都会ずれしていない若者だった。
 
 
 
ルネ お尻が利いて、もう敏感なの。若いしすぐに燃え上がるの、出るの! それでね、やっているうちに竜さんのあそこのサイズがMちゃんのお尻の穴と合わないってことがわかってきたの。
 
文学 ふ〜ん、竜さんのが大きすぎるの?
 
ルネ 大きすぎるの
 
文学 ぼくも竜さんのあそこを見たことあるから、大きいのはわかるよ。痛がっちゃうわけ?
 
ルネ それで私にまわってきちゃったの
 
文学 サイズが合っていれば、まわってこなかったんだ
 
ルネ そう、やっぱり、やっている時に痛いのは辛いじゃないの? それで私の「黄金の6年間」が始まったの
 
文学 はあ〜
 
ルネ 一緒に過ごした8年間の6年目くらいから女の子ができちゃって、それで最後がきましたけどね。でも、私の全くの思いのままにさしてくれる6年間が始まったのォ!
 
文学 なんでもさしてくれたの?
 
ルネ ええ、私が上官なの。ある時は女王であり、謎の伯爵であり、ね。私の命令はなんでも聞いてくれたの。あのマンションの黒い部屋にMを住まわせて。
 
文学 住まわせちゃったんだ。
 
ルネ あそこの部屋に住んでたの。それでね、目配せするでしょ、するといつでもすぐにMはOKなの。
 
文学 竜さんはもう、諦めちゃったんだ。
 
ルネ 諦めるも何も、もうしようがないじゃないの。Mが痛がっちゃうんだもの。それよりもトンちゃんはどこへ行ってもモテるし、あの頃は一人の人とは、ゆっくり長く付き合わない性格だったからね。
 
文学 彼はお尻に入れられるのが良かったんだ。
 
ルネ ノンケなのに良かったの。とても。とても。
 
文学 その味を覚えちゃったから続いたわけよね。
 
ルネ そう。うらやましかったんですよ。私、お尻なんか利かないもん。うん、なんでこの人は幸せな人だと思いましたよ。そいでね、これは私は書いて欲しいんだけどね、彼は私の奴隷であり、兵卒だったの。「直立不動」って言えばね、長時間ずっと立ってる。「今日は人間棚」って言って板を持たせるでしょ、そこにコーヒーカップを置いたり、ウィスキーをのせたりして、私は椅子に座ってるでしょ。あすこを勃たせて、そこにいろんなものを引っ掛けたり、結んだりして(笑)。さまざまなことをやった」
 
 
 
今でもルネさんがこんなことを信じられない。ゲイの世界って奥深い! (つづく)

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2019年7月 6日 (土)

エイズを忘れてはいけない!

2018年6月には、初めてNHKの番組が『薔薇族』を取り上げてくれて、世の中変わってきたなと実感できたが、年号が「平成」から「令和」に変わって、6月25日夜9時から10時までの1時間番組で、NHK BS3チャンネルの「アナザーストーリーズ」に出演することができた。
 
タイトルが「エイズの衝撃・スターの告白が世界を変えた」で、評判が良かったようで、7月1日、夜11時45分から再放送もされた。
 
この番組を制作したのは、株式会社スローハンドというNHKの下請けのプロダクションで、ディレクターの天谷来翔君が一人で制作した。
 
若い人だから徳川夢声さんとか、中村メイ子さん、大女優の久我美子さん、内藤ルネさん、中原淳一さんのことなど全く知らない。
 
こんな若い人が今やマスコミも書かなくなった、過去の話になってしまったエイズの話を番組にできるのかと思ったが、それが素晴らしい出来栄えの感動的な番組になっていた。
 
我が家の狭い6畳の寝室兼仕事部屋で、カメラマンと音声の人と3人で取材に来て、ぼくは何時間もしゃべりまくった。
 
番組の内容を録画で孫の高3の男の子と一緒に見てくれたのは嬉しかった。
 
年号やアメリカでの出演者などを詳しくメモしたノートが、どこに置いてしまったのか見つからない。
 
最後の3分間だけのぼくの出演だったが、それでピッシリと番組を締めくくっていたので、ありがたかった。
 
 
 
エイズが日本に入ってくるというので、日本中が大騒ぎになった頃、帝京大学付属病院の松田重三先生が『薔薇族』の読者のために、特別の窓口を作ってくれて、エイズの検査をしてくれた。
 
感染しているのではと不安に怯えていた読者が、全国から板橋にある帝京大学付属病院の松田先生を訪ねてきた。
 
ぼくも歳をとったが、松田先生も歳をとられて、今では医学生に教壇に立って教えておられるようだが。エイズの話をしても学生たちは全く関心がないそうだ。
 
そんな時に「エイズの衝撃」を報じたこの番組の意義は大きい。ディレクターの天谷君、カメラマン一人を連れて海を渡り、アメリカのニューヨーク、ロサンゼルスと、現地で通訳を雇って、エイズに怯えたアメリカの様子を当時の医師たちを訪ねたりして、よくぞ取材したものだ。
 
当時のアメリカは同性愛に対する偏見が強い時代で、ハリウッドで人気が一番高かった、女性にも男性にも愛されたスターのロックハドソンがゲイであることを隠し通して、仕事を続けたが、筋肉隆々の肉体を誇るスターがエイズに感染して、瘦せおとろえていく姿はあわれだった。
 
ついに隠しきれなくなって、エイズであることを告白したが、それは同性愛者であることも世間に公表したことにもなる。
 
エイズであることを大スターが告白したことが、世間の関心を集め、相手役の大女優エリザベス・テイラーが、慈善事業を始めたりしたので、エイズの進行を止める薬なども開発されるようになってきた。
 
アメリカの話ばかりで、番組は終わってしまうのかと思ったら、最後の3分間、突然下北沢の街を杖をついて歩く、ヨタヨタの老人の姿(ぼく)が映し出され、狭い仕事部屋でしゃべった話で、番組の最後をピッシリと締めている。
 
我ながら見事だ。
 
日本にアメリカからエイズが入ってくるというので大騒ぎになった時代、エイズを防ぐ役割を果たした『薔薇族』の活躍は褒められていいのでは。
 
今度は日本だけの話で番組を作ってもらいたいものだ。
 

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2019年7月 1日 (月)

買うのも捨てるのも大変な『薔薇族』

『話の特集』という月刊誌(今はない)の編集長、矢崎泰久さんが廃刊後、「編集後記」だけをまとめた単行本を出したことがあった。
 
ぼくも『薔薇族』の最後のページに「編集室から」という2ページのコーナーがあって、5段組で小さな文字でびっしり書いている。
 
テレビのCMでひっきりなしに宣伝しているハズキルーペの一番どの強いのを買い求めたからなんとか読めるものの、今まで使っていた老眼鏡ではとても読むことができない。
 
1981年103号8月号の「編集室から」を読んでいたら、電話をかけてくれた本人にしては大変な事件で、笑っちゃいけないけれど、ついつい苦笑してしまう話だ。
 
 
 
「22歳になるこの青年、お堅い会社に勤めているのですが、『薔薇族』をはじめとして、諸々のゲイ雑誌が溜まって百冊ばかり、処分に困って車に乗せて、河原に捨てたというのです。
 
大概捨てるところは河原と決まっているようです。
 
ところが寒いうちは良かったけれど、鮎釣りが解禁になって、釣り人が河原にたくさん集まってくるようになってきたものだから、その雑誌の山を誰かが引っ掻き回したのでしょう。
 
この青年、ドジな男で手紙も『薔薇族』の間に入れ忘れていたものだから、今日、警察から電話がかかってきて、事情聴取されたというのです。
 
子供が拾って読んだら大変というので、誰かが警察に通報したからでしょう。
 
よく雑誌が溜まってしまって捨て場所に困り、発行元の第二書房に段ボール箱に入れて送り返してくる人も年に何人もいます。
 
この方が本当はいいのですが、こんなとき気を利かして地方の名産でも入れて一緒に送ってくれればいいけど、そんな人はいませんでした。
 
いつか演習に行った自衛隊員が、山の中に捨てられていた『薔薇族』を拾って帰り、それから読者になったという人がいましたが、拾う人が違うととんだ悲劇になってしまうから、捨てる場所には気をつけて捨ててほしいものです。
 
先日、伊藤文学の談話室「祭」に立ち寄ったら地方の公務員の年配の方が囲炉裏のそばに座っていました。
 
ぼくのそばには表紙絵を描いてくれている木村べん君や、モデルの青年もそばにいたのですが、その紳士、カバンの中から『薔薇族』7月号を見せてくれました。
 
地方の本屋さんのカバアがきちんとかかっているのです。
 
人口10万人そこそこの町にも何軒も『薔薇族』を置いてくれている本屋さんがあるそうですが、近所では顔見知りで買えないので、町外れの知らない本屋さんで買っているそうです。
 
その本屋さん、心得ていてすぐにカバアをかけてくれるのだそうですが、買うとすぐに表紙を破り捨ててしまうそうです。
 
そうして中の口絵の写真も同じようにしてしまうのです。
 
そばで聞いていた木村べんさん、嘆くことしきり、でも、そんな思いをしても買ってくれているのだし、奥さんや、子供さんがいるのだから仕方がないのかも。
 
そうしてみんなが寝静まってから読むのだそうです。
 
今年から表紙に内容を書いた文字や、写真は一切入れないことにしました。
 
『薔薇族』という文字は取るわけにはいかないけれど、少しは書いやすくなったのでは。」
 
 
 
捨てるのも、買うのも大変な雑誌。
 
「編集室から」は、諸々のことを書いている。
 
まとめたら時代、時代で面白い読み物の本になるかもしれないな。 

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