2018年11月10日 (土)

精薄児を愛している先生!

1991年8月号の『薔薇族』の「編集室から」で、読者から送られてきた貴重な手紙を紹介している。
 
 
 
「精薄児の面倒をみているという先生から、こんな手紙をもらいましたので紹介します。
 
世間の垢にまみれることのない青年たちは、心身ともにとてもきれいです。
 
特に自閉的、ダウン的傾向にある子は、おしなべて美しい瞳をしていて、まるで神さまが、この世につかわした天使かと見まがうほどの美しい表情をしています。
 
当校の大多数の生徒は、知能の発育はおそいけど、からだの性だけは普通に生育している、いわゆる精薄の子供たちです。
 
ホモへの要因はいろんな説がありますが、性の関心、発育が幼児期でストップした現象ととらえる有力な説があります。
 
私自身は先天的なものだと考えているし、途中で発育が止まったなんて不自然な説は否定したかったのですが、養護学校に勤めていやが上にもこの説を認めざるを得ない。強烈な実証に毎日触れることになりました。
 
 
 
赴任1日目から美高校生が、かたく勃起したチンポをこすりつけて、強引に抱きついてきました。
 
次の日からは自閉症のK君が僕のからだをいじくり回しながら、オナニーを始めました。
 
今では勃起した僕のモノをしごいて大喜びしています。
 
とんでもない不謹慎と思われるでしょうが、あえて僕は自然にまかせています。
 
この子らを無理にノンケにしたところで、どんな幸せが待っているというのでしょうか。
 
生涯独身で女を買う能力もなく、童貞のまま空しい人生を送るしかないのです。
 
 
 
学校の職員の8割は女性です。残り2割の男教師の中にホモがいる確率は低いのです。
 
どの先生も男生徒が抱きついたといっても、それが性の対象としては受け止められず、投げ返したり、ぶったりします。
 
それが原因かどうかはわかりませんが、Mの子も多いのです。
 
 
 
Y君はよくお尻をつねってくるので、思いきりつねり返してやったら、「アーン」と悶え声をあげて、ビンビンになりました。
 
それだけのことで感じる子供たちですから、本気でプレイしたらどうなるか心配でもあります。
 
一度「犯ってしまうぞ」と言って、チンポの上に座っただけで発射してしまったことがあります。
 
ろくに洗ってないチンポですから、教室中に匂いが充満し、女の先生は顔を赤らめていました。
 
彼らがホモなら、ホモのままであり続ける方がまだ良いように思うのですが、いかがでしょうか。
 
 
 
食堂で朝食をしてるときでも、両どなりの高3の子がお尻を触ってきます。
 
短髪の不良っぽい、からだのがっちりした、いい男ばかりです。
 
彼ら同士でも先生の見ていない所でキスしたり、触りあったりが盛んです。
 
精薄の子らは総じてホモか、ホモを拒まないといっても過言ではない。
 
ならば仲間同士でホモだち、恋男を作ることの方がより自然、よりハッピーだと確信します。
 
 
 
現に僕は彼らをとても愛していますし、一生愛し続けたいと思っています。
 
毎朝、勃起した彼らの着替えに付き合い、この世の天国だとつぶやいている僕は罪人でしょうか。」
 
 
 
ホモでない男の子は、女性の先生に抱きついたりしているのだろうか。
 
普通の知能を持っている人は、なんとか苦しい性欲を理性で抑えているけれど、知能が低くて、理性で性欲をコントロールできない子たちは毎日、欲望をどうやって処理し続けるのか。
 
僕の孫が精薄の子を教える学校に勤めているので、一度見学に行ってみたいと思っている。
 

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2018年10月29日 (月)

あぶない、あぶない限界を越えては!

今は亡き藤田竜さんは「ゲイ雑誌は変態の要素を強くしないと面白くない」と、よく言っていた。
 
いろんなハレンチな設問を考えて、読者にアンケートを求めていた。
 
他誌では絶対に考えつかない竜さんの設問で、読者もよく応えてくれていた。
 
「俺ができる大胆なことの限界」のハッテン篇だ。
 
 
 
「おもいっきり小さなビキニをはいて、プールサイドに寝転ぶ。
 
そしてタイプの兄貴がいたら、ビキニの上からもんで大きくして見せてやる。
 
そのとき兄貴が目をそらさなければ、ゆっくりとトイレに行く!(静岡県・兄貴イ・23歳)」
 
 
 
Pって相手を挑発するサインにも使える便利な道具? だ。
 
トイレに入って待っていても相手が入ってこなかったときの気持ちってむなしい。
 
 
 
「小田急線でハッテンすることかな。
 
結構ノンケさんたちは見てるみたいで、この間なんかノンケのカップルが「この車両って男同士でやってるんだぜ」という話をしてました。
 
アンタの隣にいるアタシがやってんのよ! なんて思ったけど、あんましハデにやるのは控えようとも考えた俺でした。
 
あとは2丁目のお店で民謡を歌う。
 
これはかなり大胆だと思いますけど、どうでしょう。
 
でも、結構盛り上がったよ。(東京・若年寄・23歳)」
 
 
 
ぼくも下北沢から新宿まで、小田急線をよく利用していたけど、満員電車じゃないから触られることなかったけど。
 
触られたとしても触った人はガッカリするのでは?
 
 
 
「会社や家庭では人一倍、真面目人間と言われる自分ですが、不思議と大胆になるときがある。
 
露出狂なのかもしれないけど、ノンケに見せるのが好きで、たまにプレイしているところを見せることもある。
 
暑い季節にはトイレで全裸になっていて、ノンケで真面目そうな男がくると、戸を開けてピンコ勃ちのチンポをしごいて見せたりすると、すごく快感を覚える。
 
もっとたくさんの男たちの前でプレイを見てもらいたい。(大阪・露出好き・48歳)」
 
 
 
いい時代だったんだ。
 
今ならこんなことしたらすぐに警察官を携帯で呼ばれてしまう。
 
おおらかな時代だった。すべてが。
 
 
 
「電車で小学生と乗り合わせる。
 
いかにも電車の揺れのせいだという顔をして、肩や背中、むき出しの腕に触れる。
 
私は若い肌のバイブレーションを楽しむ。
 
ズボンを引き下ろし、○○も唇もすべてを奪ってしまい、その子も私におぼれてゆく……そこまではしない。
 
それが私の限界。
 
私がもう一度小学生になったらきっと世界一スケベな小学生になるでしょう。(埼玉・ゼロ・23歳)」
 
 
 
あぶない限界。そのへんでやめておかないと。
 
 
 
「気が小さいから触ったりとか、声をかけたりなんかできない。
 
だから毎朝の電車でかわいい子、かっこいい人を見つけたら同じ車両のなるだけ近くに寄るのがせいぜい。
 
だけど2度以上会うと、かえって恥ずかしくなるので眺めているだけ。
 
それでも最近はもう完全に幸せです。
 
茅ヶ崎から工学院大に通ってる南條豊に似た男が好きです。(神奈川・E)」
 
 
 
その男を工学院大まで付けているのかな。
 
スゴイ執念。
 
『薔薇族』って読者と一緒になって作り出していた雑誌だということがよく理解できる。
 
小説だってプロに負けない、いや、それ以上の作品を書く人もいた。
 
これはトーハン、日販を通して、くまなく全国の書店に並べることが出来たからだ。

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2018年10月27日 (土)

『薔薇族』の相棒、竜さんは変態好き!

藤田竜さんのスゴイハレンチな質問に読者がアンケートを寄せてくれている。1991年1月号「俺ができる「大胆なこと」の限界」
 
 
 
「僕は彼の出張が多いので、よくひとりフィストファックをしています。
 
自分ではそれほど奥までは入りませんが、彼にやってもらったら腕まで入りました。
 
彼もすごく驚いていました。
 
自分でもよくこんなのが入ってしまうと思います。
 
僕は細身でフィストファックは普通無理なのにと彼も言うし、僕もさけてしまわないかと不安だったりしますが、気持ちもよくて週2回くらいはやってしまいます。
 
最近では彼のペニスを入れてもなにか物足りません。
 
彼には腕を入れてもらっています。(フィストファック・22歳)」
 
 
 
アメリカのゲイの映画で、そんなシーンを見たことがあったっけ。
 
ぼくなんか痔の薬を挿入するのが精一杯。
 
読者にはいろんな人がいるもんだ。
 
 
 
「Pがとっても好きなので自分のをくわえます。
 
家で吸うこともありますが、車で山の中や、ちょっと死角の草むらへ入って、ズボンとパンツを脱いでPをくわえます。
 
半分ぐらいくわえるのが限界ですが、見られるんじゃないかと、ハラハラ、ドキドキしながらPの口当たりを楽しんでいます。
 
あとPが料理された姿を想像すると、コーフンします。
 
コンビニで買った弁当の底に穴をあけて、いかにもPがおかずになってるように穴から出して横たえます。
 
それをカメラにおさめ、なにくわぬ顔で現像に出します。
 
今までPのソーセージサンドと、Pカレーライスを撮りました。(山梨・らんま1/2)」
 
 
 
ロサンゼルスのトム・オブ・フィンランドの館を訪ねたときPをくわえている写真を見たことがあった。
 
軽業師のようなからだのやわらかい人がいるもんだ。
 
こういう人は恋人なんかいらないね。
 
 
 
「体育館の部屋の匂いって最高。すえた汗の匂いがもうたまんねえ。
 
俺、体育会にいたから部屋への出入りは当たり前のことだったけど、入室のたびに勃起させてて、人に気付かれないようにするのに苦労した。
 
ゴミ箱に捨ててある使い古しのサポーターや、Tシャツ類をバレないようにして持ち帰り、何度となくマスかかせてもらった。(東京・GENKI・23歳)」
 
 
 
ぼくはスポーツはやったことがないから、部屋の匂いって想像するしかないけど、強烈だろうな。
 
 
 
「仕事でいろいろな病院で腸造影検査をしますが、患者は下着を控室で脱ぐので、検査を受けている間に私はその下着の匂いをかぎながらオナります。
 
全国の臨床放射線技師のみなさん、職場でのオナニー方法を投稿してください。」
 
 
 
こんなことをする技師さんって、この人だけでは。
 
どこの病院にもいるとしたら、病院に行かれなくなってしまう。
 
 
 
「高校時代、東京にひとりで遊びに来て、その帰りの土産に悪友たちに遊び半分で、コンドームを買ってバラマキましたところ、当時一番憧れていた、まだ仲良くなっていない筋肉ムキムキの同級生から、自分も一個ほしいのでくれないか、と声をかけられたのです。
 
そいつ、かなりオクテの運動バカで、エロ本くらいで鼻血を出したらしく、彼にとってコンドームというのは、未知の憧れだったらしいので、すごくよろこんでくれたのです。
 
それから俺の大胆なこと、そいつをそそのかして、付け方、使い方を知っているかと問いつめ知らないというので……。(東京・イコン26歳)」
 
 
 
それから先は書かなくても……。

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2018年10月15日 (月)

不遇は不幸じゃないんだ!

今から24年前、ネットが普及していなかった時代の「少年の部屋」に投稿してくる高校生の文章力は抜群だった。
 
 
 
「僕は後妻の子でした。腹違いの兄もいます。
 
しかし父は、その異母兄を預からなかったと母に当たっていました。
 
同母兄はそんな父と一緒になって母を馬鹿にし、異母兄と交流を持つようになったのです。
 
父は浮気を重ね、同母兄は非行に走り、家庭内暴力を毎日のようにして、不良グループと学校に放火しました。
 
それが新聞に出てしまい、責任を感じた校長が自殺してしまったのです。
 
しかし、兄は反省するどころか、その校長に勝ったような振る舞いをしていました。
 
結局兄は高校を中退し、父と異母兄の会社に就職しました。
 
 
 
そんなころ、父は人妻と不倫をして異母妹をつくり、蒸発してしまいました。
 
母はいつもの浮気と思っていたのですが、事の重大さを知ったときは、もうおそかったのです。
 
父が家を売ってしまったのです。
 
何も知らない母は、いきなり来た買人と弁護士に裸同然で追い出されました。
 
僕が8歳になる3日前でした。忘れもしません。
 
そのときに思ったのです。母は決して泣かないと。
 
 
 
浮気に忙しく1円もお金を家に入れなかった父に、「そんなにお金がほしいなら、自分で働け」と言われてから、母はそれまで黙って父の仕事を手伝っていたのをやめ、たったひとりで僕を育ててくれました。
 
家庭に一抹の不安を感じつつも、母がいてくれるだけで僕は幸せでした。
 
何も不満なく成長してきました。(中略)
 
母が急に強くなったのは、僕の将来のためと必死に守ってきた「正妻」の権力を行使したのです。
 
家を新築させ、生活費を法的に請求し、養育費を全面的に要求しました。(中略)
 
そして去年、すべてを母に告げました。
 
ゲイであること以外は。
 
それを言ったら理科の先生のことも言わなければならないし、いろんなことが出てきてしまいます。
 
そうしたら母は「上も下もしょうがないわね」って、少し顔をしかめて、すぐに笑ってこう続けました。
 
「ひとりでしっかり生きてゆけるように自分を大事にしなさい」
 
 
 
僕の母に対する最後の感謝の表現は、最後の秘密を一生、母に対して背負うことと、ひとりで生きてゆくことです。
 
それはいつか「親のすねをかじるだけかじってやる」と言っている兄に自立してもらって、こんどは母を遠くから守ってあげることだと思っています。
 
そして母に僕を育てたことを生まれてきた証だと思ってもらいたいと思っています。(中略)
 
自分がグレたのは家庭環境のせいではありません。
 
世の中で複雑な家庭のせいで不良に走ったなんてのがよくありますが、あれはうそです。
 
本人の性格です。
 
僕は自分の意志で戻ってきました。
 
親のせいにするのは甘えであり、逃げているとしか思えません。
 
自分を見るのが、自分の非を認めるのが怖くて、責任転嫁していると思います。
 
それに普通じゃ体験できないような、この家庭環境で、ずいぶん良い勉強をさせてもらったと思っています。
 
人を許すこと。
 
自分を大切にすること。
 
そして不遇は不幸じゃないこと。
 
逆境は力です。
 
この文章を読んでくれている多くの同輩に、後輩に、そしていっぱいの人に、そのことが言いたいのです。
 
死ぬときに「生まれてきてよかった」と言いたいですね。」
 
 
 
こんなしっかりした考えをもっている高校生って今の時代にいるかな。
 
それにしても「少年の部屋」のページは画期的なページだった。

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2018年10月13日 (土)

8分の出会いに燃えて!

『薔薇族』の読者は日常の生活で、ありえないような体験をし、それを編集部に投稿してくれる。
 
 
 
「ラッシュの電車でチンポを撫でるなんて、読むたびに1度は体験したいと思っていた。
 
そして小生、63歳にして初めてバッチリ体験できたのです。
 
JR錦糸町駅発上り8時5分発の後尾。
 
手が隣の人の股間や、尻に押し付けられるほどの満員。
 
小生の右手の甲が55歳くらいのメガネ背広のサラリーマン氏のモモの内側につけられ、あっ、こりゃ、金玉の上だわいと気づいたが、その実年さん、体位をかわすことなく、じ〜っとして、小生の右肩に顔をつけている。
 
そっと、右手の甲を強く、弱く股間のモッコリに押しつけたりしているうちに、男根はカチカチになり、勃起をズボンがきつく押さえだすのがわかった。
 
もう、そうなったら暗黙の了解。
 
その人は小生の一物をまさぐり、包み込み、上下にしこしこ!
 
うーっ、気持ちいい……。
 
8分後、降りて行った。
 
地味な感じの男で好感がもてた。
 
その1週間後、再会。
 
満員電車で堂々? ファスナーを下ろしての本格シコシコ、撫であいを楽しみました。
 
8分の出会いだけに、燃えてはかない人でした。(東京人)」
 
 
 
ぼくの先妻のミカが、満員電車の中で、体育大時代、制服のスカートにべっとり精液をつけられたことがあったそうだ。
 
ぼくは満員電車に乗ったことがあまりないので、そんな体験はない。
 
魅力がないのかな。
 
 
 
「この前、初めて韓国式アカすりというものを体験した。
 
毎朝、風呂に入っているから、それほどでもないのでは? と思っていたのですが、サウナでアカを出しやすくして、いざやってもらったら驚くほどアカが出てくるのです。
 
寝台に寝転ぶと、チンチンを隠していたタオルもあっけなくとられて、スッポンポン状態。
 
しかも若く筋肉質のスイマー体型の男に体をこすられたので、勃つなといくら念じても、グングンとチンチンが勃ってしまいました。
 
やっぱりこのような状況は、とても恥ずかしいですね。
 
体をこすられるたびに触れられたりすれば、別の意味で気持ちよかったりして、ちなみに彼は競泳パンツ一枚の姿でアカすりしてくれるので、持ち上げられた僕の手など、彼の胸にあたったりして、いい肌してるなあ、なんて嬉しかったです。
 
そんな時間はすぐに終わってしまい、仕上げに石鹸で体全体を(尻のきわどいところまで)みがいてくれてコース終了。
 
僕はギンギンに勃ててしまったのですが、ほかのお客でも絶対にいるはず。
 
今度はいつ行こうかと考えています。(子熊のプー太郎)」
 
 
 
今でもこんな場所、あるのかな。
 
ぼくも20年ほど前に韓国に取材で行ったとき、ホテルの地下にサウナとアカすりの施設があって、アカすりしてもらったけど、勃ったかどうかは忘れてしまった。
 
 
 
「電話で知り合った人と会い、プールに行った。
 
そこまでは良かったんだけど、帰りにフェラされ、思わずすぐにイッてしまった。
 
初めてだったもんで……。
 
その日から僕はめざめた。
 
今、思っている人が3人います。
 
元ラグビー部、170×68くらい。
 
ラグビー部、178×70くらい。
 
元テニス部、167×62くらい。(神奈川・ラディ・18歳)」
 
 
 
170は身長、68というのは体重。
 
文通欄にはこうした記号が。
 
最初のめざめの体験があって、みんなさまざまの体験をして大人になっていく。
 
人生って体験の積み重ねだ。

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2018年10月 8日 (月)

ゲイの歴史で残しておきたい出来事!

1994年(今から24年前)の『薔薇族』6月号の巻頭に「同性愛者の初の人権裁判で、アカーの諸君が勝訴した意味」という記事をぼくが書いている。
 
ゲイの歴史でこれはどうしても残しておきたい出来事で東京都を相手にした裁判だ。
 
「日本で初めての同性愛者の人権を問う裁判として注目された、1994年3月30日の東京地裁の判決は、原告側の「動くゲイとレズビアンの会(通称アカー)」の訴えを一部認め被告の東京都に約26万7千円の賠償支払いを命じた。
 
社会的には同性愛者への偏見が、まだまだ根強く残っているだけに「同性愛者だということでの差別は許されないという司法の判断の意義は大きい」と、3月31日付の東京新聞は報じている。
 
1991年4月に東京都を相手どっての3年もの長い歳月に打ち勝ったアカーの諸君、本当にご苦労さまでした。
 
そしておめでとう。
 
アカーの神田政典さん(28)は、「同性愛についてきちんと議論する機会が与えられ、公平に判断されたことに非常に満足していると感想をのべ、風間孝さん(26)は、「同性愛は人権の問題であり、不当に扱われていることはおかしいということを裁判を通して明らかにすることができた。これを足場に今後も同性愛への理解を深める運動を継続していきたい。」と話していると、東京新聞は報じている。
 
東京都の宿泊施設「府中青年の家」の施設所長の言動、また施設を利用している他の団体の言動というものは、とくにひどいものであったり、悪意に満ちたものでもなく、庶民感覚で言えば、普通の人が持ち合わせている言動であっただろう。
 
一般の人は同性愛者をこの程度でしか理解していないということだ。
 
裁判官のように良識のある人間であるならば、それほど深く同性愛を理解していなくても、これはおかしいぞと思うのは当たり前のことであろう。
 
今度の判決で日本で初めて「法律上」で同性愛の存在を明らかにしたこと、また、それを差別してはいけないということを国がはっきりと認めたことの意義は多大である。
 
今までにもこのようなことはあったかも知れないが、それを法廷の場に持ち出して、はっきりと決着をつけたアカーの諸君の勇気は絶大なものがある。
 
マスコミも、お役所も、同性愛者に対して下手な行動はとれないぞという、牽制の役目も十分に果たしたといえるだろう。
 
月刊『薔薇族』も4回も発禁処分を取締当局によって受けたが、そのたんびに罰金を払って、法廷闘争には持ちこめなかった。
 
その理由は、弁護士を頼んで法廷で争うなど、小出版社ではできるわけがない。
 
裁判というのは長い年月がかかる。
 
それに費やすエネルギーを罰金を払って済ませ、雑誌を出し続けるほうが懸命だからだ。
 
一号、一号を今までどおりに出し続けることが最大の使命だと認識していたし、世間の同性愛に対する理解を深め、読者諸君が同性愛者として誇りをもって、堂々と生きてほしいという願いをこめたつもりだ。
 
今後とも、その姿勢を貫く確信に変わりはない。」
 
 
 
24年もの歳月が流れたが、最近、アカーの会がどんな活動を続けているのか、ネットを見れないのでしることができない。
 
が、地道に活動を続けていると思う。
 
衆議院議員が、同性愛を「趣味だ」と発言したり、「生産性がない、同性愛者に税金を使う必要がない」などと言うようでは、アカーの会もまだまだ頑張ってもらわねば……。

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2018年10月 6日 (土)

女に生まれればよかったのに!

「僕って古風な女性みたい」と題して、1994年11月号の『薔薇族』「人生薔薇模様」投稿欄に、神奈川県に住む19歳の学生君が投稿している。
 
まだ女性とも、男性とも性体験のない気の弱い学生のようだ。
 
 
 
「はっきり言って、僕は普通なのか、それとも普通じゃないのか、自分でもよくわかりません。
 
ただ、なんとなく近頃、自分の心の中のどこかが、少しずつアンバランスになっているような……。
 
うまく言えないけれど、何か変なのです。
 
 
 
僕はもうすぐ19歳になる学生です。
 
見かけはいたって普通の男です。(他人が言うのだから間違いありません)
 
第一印象は「おとなしくて、頭が良さそう」なんだそうです。
 
でも親しくなりはじめると、だんだん本性をあらわして、みんなから「変わってる!」と言われます。
 
人見知りするので、慣れるまで猫かぶってしまうんです。
 
ひょっとしたら、猫かぶったままのほうがいいのかも知れませんね。
 
僕って、なんとなく女っぽいと思います。
 
友達や親しい先輩などからは、「女に生まれればよかったのにな」なんて言われる始末です。
 
なかには「手術して女になれ、そしたら俺がオマエの最初の男になるから」と、そこまで言う先輩もいました。
 
違う。別に意識してやっているわけではないんです。
 
周りから言われて、気がついたというか、「そう言われれば……」みたいな。
 
言葉づかいや、仕草、性格、雰囲気、そういったものすべてが、どうも男っぽくないようです。
 
なんか中性的な感じ。
 
おとなしく黙って身動きひとつしなければ、男に見てもらえるかもしれないけど、そういうわけにはいかないし……。
 
僕としても今更変に男ぶろうと思わないし、逆に女っぽくしてるわけでもない。
 
中性的なのは、僕の本質なのだと思います。
 
これは変えようと思って変えられるものではないと思う(だって昔からず〜っと、こうだから)。
 
変わろうとも思いませんけど、今の時点では。
 
 
 
こんな僕の夢は、恥ずかしいけれど、本気で好きになった彼と、夜のドライブをすることなんです。
 
ふたりで街の夜景を眺めるのなんかいいなあと思います。
 
それから彼が一人暮らしならば、僕が家事をやってあげたり、彼の喜ぶことがしたい。
 
尽くすタイプかもしれないですね、僕は。
 
逆に現実的に「これだけはいや」と思うことは、人目も気にせずベタベタすることです。
 
四六時中、ベッタラ、ベッタラというのは苦手です。
 
あくまでも普通っぽい、サッパリとした関係が希望です。
 
僕は小心者で、やっぱり他人の目を少しは気にしてしまうし、非常にあきっぽい性格なので、ベタベタした関係になってしまえば、気持ちが冷めるのも早いと思う。
 
それにしつこい人って苦手。
 
サッパリした人が好きです。
 
でも好きになった人には尽くす(古風な女性みたい!)タイプなのです。」
 
 
 
この学生君、どんな家庭環境に育っているのかわからないけれど、お姉さんがいて、その次の男の子、もしかしたら一人っ子。
 
よくまあ、いじめにあわなかったようで、周りも彼のことを理解していたのかも。
 
はっきりしない文章で、すかっとしない、うじうじした感じ。
 
心の中の女性的な部分を意識すれば、より男っぽくしたいと、からだを鍛えたりするのに、古風な女性みたいな自分に満足している。
 
このまま年を重ねて行ったのだろう。

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2018年9月17日 (月)

人種、国が違っても、暖かい友情が!

「夕方、電話のベルが鳴った。タドタドしい日本語は、半月ほど前、ふとしたことから知り合ったモハマリさんだ。
 
そばにベンザーさんもいるようだ。私はすぐに迎えに行った。
 
私はひとりで住んでいても部屋は常に清潔にし、誰が来ても恥をかかないように生活している。
 
独身者の生活は汚いという人もいるが、それは住居でなく、「心」がすさんでいる証拠であろう。
 
「心」がすさんでいては、生活もだらしなくなる。
 
 
 
私は牛乳をあたため、買い置きのビスケットなどをお茶菓子にさしだした。
 
小さなこたつは3人には狭すぎる。足先だけしか入らない。
 
誰の足かわからないがサインをする。
 
私はそっとベンザーさんの太ももに手を置いた。下腹が怒張している。」
 
 
 
ここから先は、おきまりの描写だから、ご想像にまかせる。
 
 
 
「彼らの話によればイスラム教では、同性愛は絶対にタブーだそうだ。
 
現場を押さえられて撲殺された人もいるという。
 
キリスト教もホモは厳禁である。
 
ことにキリスト教のある派は「ホモ」に対してはサタンと言っているそうだ。
 
しかし、日本の佛教ではホモに対しておおらかである。
 
大きな僧堂の片隅で男性同士がホモっている。
 
私も若い時、「修行」と称して僧坊で、「なんとか阿闍梨」という偉い坊さんにさんざんコスラれた思い出もある。
 
またK山やA寺の坊さんに20歳代の時、誘われて楽しんだ思い出もある。
 
また、あの軍律の厳しかった軍隊生活で、上級将校の当番兵の時も指名を受けてずいぶん可愛がられた。
 
新兵の時代(20歳)も、なつかしい思い出もある。
 
さらに一時期であったが、黒人兵と仲良く暮らしたこともある。
 
また、昔、京都の教会の布教師(あとでわかった)の牧師さんと、嵯峨野の下宿でねんごろになった。
 
同教会で司祭の服装で何やら大勢の信者さんに語っている姿を見たことがある。
 
人間のサガ、本性を禁じてみても所詮ははかない夢物語である。
 
私は思う、神聖な聖人ぶった人に限って、どろどろとした私生活をしていることが往々にしてあるものだと。
 
私は願う、自分の好きな道で人間らしい生活をエンジョイすることによって、人間らしい偽りのない生活ができ、有意義な人生になることを!
 
 
 
時刻は午後6時となった。
 
保温器のご飯とさっき買った天麩羅で、手早く天丼を作ってあげた。
 
簡単な吸い物とたくあんも添えた。
 
彼らは日本に来て2年目、私のちょっとした心遣いに涙を流してくれた。
 
お互いを大事にする心は通じるものだ。
 
人種・国が違っても、人類共通の暖かい友情に花の開く思いが、フツフツと湧いてくる。
 
彼らとの交際は今でも続いている。(静岡県・千三男)」
 
 
 
千三男さん、おそらく大正生まれの方だろう。
 
もう、この世に居ないと思うが、もっと軍隊時代の話をくわしく聞いておきたかった。
 
この方、軍隊生活も経験されているから、きちんとした生活を送っていた方だろう。
 
部屋をきれいにしていないと、心がすさんでしまい、生活もだらしがなくなってしまう。
 
確かにこの方の言うとおりだ。
 
ぼくはあまりにもきちんと部屋の中をしていると落ち着かない。
 
雑然としている方が仕事をしやすい。
 
なにしろ6畳の部屋にベッドがあり、アンティークの大きな机、それに『薔薇族』のバックナンバーがずらり。
 
ちょっと他人様には見せられない。
 
狭いけれど、自分の部屋を持っているだけでも幸せだ。
 
感謝しなければならない。

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2018年9月10日 (月)

ハッテン場で親父に会ってしまったら!

藤田竜さんのとんでもない暗黒アンケート、こんな企画を考える人は他誌にはいない。
 
「発展場での幸不幸」
 
1991年2月号・よくまあ読書は、アンケートに恥ずかしい話を聞かせてくれたものだ。
 
 
 
「短髪で色の白い、運動部ふうのガッシリ兄ちゃんを茂みの中に追っていって声をかけた。
 
そんなに乗り気ではなかったみたいだけど、強引に体をまさぐってキスしたら、舌を入れてきた。
 
なかなかいい体で毛のないスベスベの肌が気持ちいい。
 
ズボンの中に手を入れたらもう湿っていた。
 
でも濡れかたがちょっと異常。
 
嗅いでみたらそれがツバの匂い。
 
じゃあっていうんで、尻の方に手を入れたら、そこも何やらズルズルと濡れていた。
 
それはもちろんアレの臭いがした。
 
クソの臭いも混じっていた。
 
ガニ股で歩いていたのはそのせいだったのかと、納得すると同時に、急にその気がなくなった。
 
可愛かったけど、あんなにハデにやってる学生もいるんだね。(埼玉県・兄ちゃん・36歳)」
 
 
 
ぼくにはなんともコメントできないな。
 
 
 
「上野の映画館での出来事、後ろから羽交い絞めにされてマラをしごかれているうちに、絶頂を迎えてドクン、ドクンとミルクを出したところが、椅子に座っていた人の襟首。
 
でもその人はハンカチで自分の首を拭いてから「気持ち良かったかい」と言って、そのハンカチを手渡してくれた。
 
私は「ごめんなさい」と謝っただけで、名前も聞かなかったことを、今でも悔やんでいる。(神奈川県・マラ好き)」
 
 
 
お仲間だけの専門館だから、いろんな人がいて、普通なら怒り出すだろうが、こういうイキな人もいたのだろう。
 
 
 
「かなり混雑していた電車の中で、ふいにボッキして困りました。
 
後ろに立った人がチカンしてそうで、してなさそうだったんです。
 
その時は何もなく、目的のハッテン場のトイレまで向かいました。
 
好みの若い子の隣に立ってチンポを出したら、電車でもれていた先走りと、半包茎の皮に挟まれた何本もの陰毛で、情けない形になってしまっていたのです。
 
隣の子と一瞬目があったけれど、あとは想像に任せます。(東京・秋空・29歳)」
 
 
 
いろんな悩みがあるものだ。
 
竜さんはこんなコメントしている。
 
「ボッキしたチンコの先が陰毛でひっついているのを、1本、1本ていねいにはずしてやるのって好きだなあ。ぼく、至福の時。」
 
こんな楽しみ方もあるんだ。
 
 
 
「勇気をだして3回目のサウナにトライ。
 
そこでなんと「毛ジラミ君」をもらってしまった。
 
これが噂に聞く、毛ジラミかあ〜、と、観察したけど、カユミが並じゃない。
 
結局、全部の毛を剃ってツルツル。
 
銭湯なんて行けないから、コインシャワーで体を洗っています。
 
生え揃うまであと何ヶ月かかるか。
 
病気持ちの男、サイテー!(東京・ジュン・26歳)」
 
 
 
一時毛ジラミが大流行したことがあった。
 
日本には毛ジラミなんてなかったのに、東南アジアの方に遊びに行った人が持ち帰ったもののようだ。
 
『薔薇族』でも毛ジラミ退治の大キャンペーンを繰り広げたことがあった。
 
そう「スミスリンパウダー」という粉ぐすりを宣伝したものだ。
 
 
 
「深夜のHサウナで大学の先輩にばったり会った時は、本当にびっくりした。
 
キャンパスで会うたびに妙に意識してしまう。(東京・JB大・21歳)」
 
 
 
次回は感度的な美しい話を紹介します。お楽しみに。

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2018年9月 8日 (土)

今、俺がいちばん興奮することって!

1991年8月号No.223に面白い記事が載っている。これも藤田竜さんの企画だ。
 
「いま俺がいちばんコーフンすること」
 
このアンケートに対して、多くの読者が答えてくれている。
 
 
 
「小さいころから父さんのトランクスをかいだり、自分で作ったスカートをはいて、マリつきをして遊んでいました。
 
25歳まではキスや乳首など、どうってことなかったのです。
 
年をとるにつれて、そっと唇を近づけて触れただけでコーフン。どうにかなりそうです。
 
乳首も運動をしているせいか、コーフンします。バックも入り口だけ、ちょっとクリームつけてオナったりしています。(滋賀県・マーボー・28歳)」
 
 
 
何か寂しい話。
 
ひとりでコーフンしたしてるだけ。
 
 
 
「満員電車で週1回の割合で触られて、時々ビキニの中でイッちゃうんだけど(これはあとが気持ち悪い)、びっくりしたのはチャックを下ろして引っ張り出して、モロにいじってきたりする。
 
さすがにコーフンしてたまらず手の中へ出しちゃうんだ。
 
だけど、その人、そのあとヌルヌルの手どうするんだろう?
 
若いサラリーマンふうの人だったけど、それからオレと同じくらいの年の学生服のヤツにさわられた時は、ア然としてしまった。
 
コーフンするというよりは、なんかへんな感じ。(KAZU)」
 
 
 
これは今から27年前の話。
 
藤田竜さんのコメントは、ヌルヌルの手は、そしらぬ顔してOLの服で拭く、だって。
 
その頃は電車の何台目とか、お仲間が多く乗る車両は決まっていたようだ。
 
今はそんなことする人いないと思うけど。
 
 
 
「俺のアパートの真向かいに、すっげーかっこいい奴が住んでいる。
 
年は俺より一つ上かタメくらいで、もう最高。
 
タンクトップに短パンなんかはいちゃって、とにかくセクシー。
 
毎日、窓全開。
 
夜になると俺、電気消してのぞいていた。
 
短パンのもっこりだけは見えるんだけど、それ以上は見えなくてイライラ。
 
蒸し暑い夜、そいつトランクス1枚で、股広げてて、横からでけ〜キン玉がモロ丸見え。
 
結構そんな夜があって得した気分。
 
そいつのおいしそうなキン玉袋の匂いかぎて〜。
 
まあ、とりあえず、ノゾキはコーフンしちゃうよね。(千葉県・デカマラ・20歳)」
 
 
 
今は亡き有名なお方が、何回かノゾキで捕まったことがあったっけ。
 
 
 
「銭湯の湯船の中から出てゆく男の後ろ姿を見るのが楽しみ。
 
ふやけた袋の中に、玉が2つだらんと下がって、しずくの落ちるさまは美しい。
 
その袋から垂れ下がったマラが首を出している時は数倍も楽しい。
 
あの長いマラが鎌首をもたげ、怒張したらば、さぞかし立派な肉棒だろうなんて想像してると、私のマラは湯の中でガチガチに太く長くなってくる。
 
それが落ち着くのを待っている間、湯につかっているのでクラクラすることもある。(神奈川県・マラ好き)」
 
 
 
こんな楽しみもあった銭湯も少なくなってしまった。
 
今の時代、マラ好きの人はどんな楽しみ方をしているのかな。
 
 
 
「可愛い高校生の学ラン姿。
 
あの制服の下に半分、大人で半分子供の体があると思っただけでコーフンするもんですよ。
 
想像しただけでギンギンに勃ってしまいますからね。
 
これ書きながら勃つくらいですから。(大阪・学ラン好き)」
 
 
 
読者の中には制服マニアが多かった。
 
警察官が好きだった『薔薇族』のスタッフのひとり、先にあの世へ行ってしまった。

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