2017年11月18日 (土)

『薔薇族』をどんな人が買うの!

1984年(今から33年前)の『薔薇族』10月号(No.141)の「少年の部屋」のコーナーに、書店でアルバイトをした高校生の投稿が載っている。
 
 
 
「『薔薇族』発売日の1日をレポートします。本屋さんのとある場所に並んでから閉店までの観察です。結構いろんな人たちが買いに来るものですなあ。
 
本誌は当然、雑誌コーナーにあり、当たり前かもしれないけど、表紙が見えないように立てて置いてあるのです。
 
午後5時、オジさんが来て先月号と今月号を交換する。(どういう意味なのか)
 
このコーナーには本誌だけでなく、G誌、S誌など、さらに本誌増刊号、他誌別冊など結構置いてある。ちなみに本誌は3冊『ノック』は2冊置かれていました。
 
 
 
待つこと10分。メガネをかけたお兄さん登場。白のシャツにジーパンという姿。S誌を取りカラーグラビアを見る。活字の部分はパラパラとめくり、結局は本誌をとり、なぜか下向きでレジに行った。早速1冊売れたのである。スゴイ。
 
今度は2人の高校生。2人というせいか、わりと堂々とコーナーへ来た。ひとりはTシャツ、もうひとりはブルゾン。そしてスニーカー。本当にどこにでもいそうなやつである。
 
カラーページを見たり、見せたりしている。そのうち買うのが決まったらしく、S誌とG誌を持ってレジに行った。
 
残念ながら本誌は売れず。しかし、2人で来て、堂々と買っていく姿には感心しましたよ。おそらく回し読みでしょうな。
 
 
 
次に来たのは暗そうな大学生ふうの人。シワシワのシャツに色の落ちたズボン。汚ねえ靴。そして2冊ある本誌の右1冊を取り、じっくり立ち読み。
 
結構時間かけて読んでいる。20分ほどたち、見るところはみんな見たような顔で本誌を元に戻し、その場を立ち去った。まったく20分も立ち読みするなら買えばいいのに。
 
時刻は午後7時30分、あと30分で閉店、と思っていたら来ましたよ。作業ズボンのオジサン。もう頭にはこのコーナーのことしかないらしく、ツカツカと寄り、なんと本誌からS誌、G誌、他誌と全種をとり、レジに向かっていった。
 
すごい! なかにはいるんですな。
 
え? だれがあと1冊を買うのかって? もちろん俺だぜ。決まっているじゃん。
 
「ご来店のお客様に申し上げます。本店は間もなく閉店…」というアナウンスに急かされるように、俺は本誌を1冊持ち堂々とレジに向かい、表紙を上にして買い、小脇にかかえ家に帰りました。
 
みなさんもどういう人が買いに来るのかを見ていると、結構面白いですよ。そして俺のときはカッコいい男は来ませんでした。
 
声かけて本誌を持ってホテルへ、なんて最高じゃん。ひまな人、試してみたら。
 
おしまいに一言。この本買うなら堂々と買おうぜ!」(栃木県・辰徳)
 
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内藤ルネさん最後のイラスト
 
栃木県のどこの町かわからないが、そんなに大きな店ではなさそうだ。『薔薇族』は3冊。発売日に全部売れたのだろう。
 
コンビニが街に溢れるように開店し、雑誌を置くようになって、小さな書店は廃業せざるをえなくなっていく。
 
 
 
文通欄に栃木県の人が5人も載っている。足利氏のプロフィールさん
 
「さりげない毎日より、楽しく過ごすことの楽しさを。君と一緒に何かを考えてみたいんだ。俺まだあまりホモの世界を知らないけど、俺は俺なりの道でやっていくつもりだ。22歳、顔には多少自信あるけど、そんなものどうでもいいんだ」
 
みんな幸せになったのだろうか?
 

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2017年11月13日 (月)

「すみません」と最後の言葉を残して!

他人さまを使って、お店を経営するのは難しい。もうこの世にいない人だが、キャバレーのドアボーイから、ゲイホテルのオーナーにまでのぼりつめた人が、従業員の使い方や、お店の経営の仕方まで、いろいろと教えてくれた。
 
ぼくは学生時代にアルバイトで、朝顔園での仕事をしたぐらいで、人を使ったことがなかった。
 
渋谷で「千雅」というゲイホテルを成功させた人だ。キャバレーで働いていた時代は、お金をごまかすことばかり考えていたが、自分が経営者になると、従業員にお金をごまかされないように、いつも目をひからせていたそうだ。
 
 
 
ぼくの親父が戦後まもなくの昭和23年に、株式会社「第二書房」を立ち上げた。その年にぼくは駒沢大学の文学部、国文科に入学した。姉ひとり、妹2ふたりで男はぼくだけだから、学生時代から親父の出版の仕事を給料なしで、働かせられていた。
 
大学を出てもどこにも勤めず、出版の仕事を続け、それから他人さまに使われることなく今日に至っている。
 
自分で営業して『薔薇族』を置かせてもらっているポルノショップの売り上げは、自分のふところに入れてしまっていた。そうでもしなければ、なんにも買えなかったからだ。
 
 
 
靖国通りに面していて、となりが新宿厚生年金会館で、邱永漢さん(この世にない)が9階建ての「Qフラットビル」を建てた。
 
1階は駐車場で、2階をお店用に作られていたが、オイルショックのあとで景気が悪く、借り手がいなかった。
 
シャンソン歌手のMさんが、邱さんと親しかったので、一番奥の部屋を借りてクラブを開業した。
 
芸能人のお店って、信頼できる従業員に恵まれればいいが、仕事が忙しくなってお店に出られなくなると、お客は遠のいてしまう。
 
Mさんのお店に何度かお邪魔しているうちにぼくもお店を出そうと考えついた。Mさんのまん前に「祭」「伊藤文学の談話室・祭」をオープンさせたのだ。
 
A
今はない新宿厚生年金会館
 
 
その時代、秀れた従業員を見つけることは難しかった。昼間から店を開けるというぼくの発想は当たったが、ぼくが毎日、店に顔を出すわけにいかない。雑誌の仕事だけで大変だったからだ。
 
女房も着物を着て店に出てくれていたが、親父の看病をしなければならなくなり、お店に行けなくなっていた。
 
 
 
1985年の『薔薇族』8月号(No.151号)は、大スクープ「日本人エイズ患者に単独会見」が載っている。その号の「伊藤文学のひとりごと」のコーナーに、ぼくは「すみませんと言って無念の涙を流したY君のためにも「祭」はやめないぞ!」と書いているが、世の中、急に変化してきて、駅から20分以上も歩かなければならない場所に、読者が足を運んでくれなくなっていた。
 
新宿2丁目にゲイバアが増え、ゲイホテルも何軒もでき、「祭」の役目は終わっていた。
 
Mさんのクラブも店を閉めている。店長が売り上げをもって行方をくらませていた。
 
 
 
店を閉めていたら、ぜひ、やらせてほしいという若者と、若者と付き合っている中年の男が現れた。
 
あまりに熱心なので、店を開けてみたら、ひどい汚れかただった。3日もかけて掃除を終えたら、若者は柔道で高校時代に鍛えた体だったが、腰が痛み出して動けなくなってしまった。
 
東京湾の埋立地で、若者は焼身自殺してしまった。タクシーで若者を送ったが、「すみません」と言ったくやしそうな言葉が最後だった。

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2017年11月11日 (土)

誰にも相談できず、夜ひとり泣いて!

『薔薇族』は男性同性愛者のための雑誌だけど、2割ぐらい女性の読者がいたのでは。女性からの投稿を載せると、嫌がる読者がいたけれど、日本には女性同士の雑誌がないのだから、ぼくはできるだけ女性からの投稿も載せるようにしていた。
 
「夫が男を好きになって!」と題する大阪市のTONさんからの投稿。
 
A
 
「私は25歳、結婚して5年、現在3人目を妊娠しています。主人は真面目で子煩悩で、去年の暮れまでは仕事と家の往復だけの人でした。
 
それが7ヶ月ほど前から外泊ばかりするようになり、浮気しているのかとも思いましたが、私自身3人目を妊娠しているのがわかり、つわりがひどく、自分のことで精一杯でした。
 
ところが先日、主人の口から「好きな人ができた」という言葉を聞き驚きましたが、その相手が男性であるというのを知り、すごいショックを受けました。
 
そんなときに、この『薔薇族』を見つけ、読みつくしました。100%理解できたわけではありませんが、「男と男」「男と女」みんな人間、一緒なんですよね。
 
 
 
それまではとにかく主人が悪いと責めてばかりいたけれど、私も妻として、主婦として悪いところはたくさんあるし、人間として私より彼のほうがステキだったのかもしれません。
 
誰にも相談できず、夜ひとりで泣いていると、たまたま電話をしてきた主人の母に、たまらなくて打ち明けてしまったりもしました。主人のプライドを傷つけてしまったかもしれません。
 
 
 
話が前後してしまいましたが、『薔薇族』のおかげで、主人に対する気持ち、「愛」を大切にしていこうと思いました。
 
主人を責めるのをやめ、ホモバアでの出来事など、主人の話をすべて聞くようにしました。聞いていると、結構面白かったりして。そのうち機会があれば、一緒に飲みに行こうなどという話まで出て楽しみにしている私です。
 
いまのところ特定の彼はいないようですが、この先のことはわからないし、エイズなどの病気のことも心配です。
 
子供たちが誰からか聞いたりして、自分の父親がホモであることを知って悩んだりするんじゃあないかなあ、なんてこともふと思うときもあるけど、私がしっかりしていれば「普通よりちょっと変わっていて面白いでしょ」なんて感じで過ごしていこうと思います。
 
 
 
人は好きな人ができれば、両思いになりたい、それが叶うと自分だけのものにしたい、などと次々と欲望が出てくるけど、私は主人を男として、ひとりの人間として愛しています。
 
正直に言えば、私だけのものでいてほしいけれど、愛する人と一緒に暮らせるだけでも幸福なことだと思います。
 
今の私は無事に出産することを考えて過ごしています。こんな夫婦、こんな男と女、こんな家庭、みなさんはどう思うかな。こんな私ってへんですか? できればみなさんの意見や考えを聞きたいです。
 
これからも主人と一緒にずっと『薔薇族』を愛読していきたいと思っています。」
 
 
 
この投稿が載った『薔薇族』は、1991年の5月号(26年も前のこと)この奥さん、51歳になっている。3人の子供さんも大きくなっているのでは。
 
夫がホモだとわかると、すぐに離婚してしまう女性もいたけれど、この奥さん、賢い人だ。きっと今でも幸せな家庭を作っていると信じている。
 

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2017年11月 4日 (土)

海軍の裏面史の貴重な記録!

『薔薇族』は1971年の創刊なので、終戦になって軍隊から戻ってきた人たちが、軍隊生活のことを投稿してくれている。これは貴重な体験記なので、記録として残しておきたいものだ。ただ長文なので全部を載せるわけにはいかない。1982年の11月号に載った海野武男さんの海軍時代の体験記だ。
 
A
 
「戦時中に海軍に籍を置いた者に、軍隊生活の中で一番嫌であったことは何かと問えば、たいていの者は甲板整列と答えるだろう。
 
これは巡検(陸軍ならば、就床前の点呼のこと)のあとで兵隊たちが甲板上に整列させられて、その日の課業に対する励み方が充分でなかったことを理由にして、長々とお説教を聞かされたうえ、最後に下士官に活を入れらることである。
 
活の入れ方はいろいろあるが、平手あるいは拳による頬打ちが普通で、その他に樫の棒による肘打ちや、長時間の前へ支え(腕立て伏せのこと)などもよく行われた。
 
多くの場合、下士官によって殴られるのであるが、兵長が代行するときもある。疲れきった体を横にさせてもらう前に、足を開いて歯を食いしばって、一瞬気を失うほどの打擲に耐えねばならなかったことは、兵隊にとって最も辛いことであった。
 
 
 
さて、海軍生活の中で、その次に嫌なものは何であったかと聞かれれば、私は即座に月例検査と答えるだろう。これは毎月1回定期的に行われる健康診断のことであるが、主たる目的は性病の検診である。それに付随して、皮膚病の点検なども行われる。
 
「明日、月例検査を行う」と知らされた日の夕刻は、どの入浴場も大変な混雑である。明日のM検に備えて陰部を清潔にしておくため、全員が必ず入浴するからである。
 
どの兵隊も洗い場に包皮をめくってよく洗っている。なかには勃起してしまう者もいるが、みな比較的無関心に見過ごしている。まれにひょうきんな兵隊が、ふくらんでいる自分の陰茎を周囲の者に見せびらかしている場面もある。(中略)
 
 
 
「受診用意」の号令がかかると、一斉に立ち上がり、越中ふんどしをとって衣類の上に起き、全裸となって医務室左側の入口の前にタテの一列を作る。
 
長い列となるので控室の隅をぐるりとコの字型に囲んで、最後部の者は医務室右側の出口の付近に並んでいる。
 
お互いに性器丸見えである。中には平気で一向に気にしない者もいるが、程度の差こそあれ、なんとなく人の持ち物の形や、大小が気になって、それとなく観察している者もいる。
 
初めての月例検査のときなどは、恥ずかしさのあまり、あらかじめ渡されて手に持っている自分の検査表で、人に見えにくいように陰部を隠す者もいた。それをみつけた衛生下士官は、その者を指さしながら「前を隠すな! しゃばっけを出すな」と、怒鳴りつけた。
 
みんな一斉にそちらを見た。その兵隊は顔を真っ赤にしながら、前を覆っていた手をはずした。普通の性器であったが、包茎で陰毛が少なめであった。(中略)
 
今の若い人の陰茎の長さは、平均13.5cmぐらいと聞いている。戦時中の日本人は背も低く、確か平均が、12.5cmぐらいであったと記憶している。大きさや形状はまったく千差万別で、私は自分の粗チンに対して劣等感を持っていたが、あまり気にしなくなって入浴も手ぬぐいで前を隠すことはしなくなった。」
 
 
 
12ページにおよぶ体験記で、よくまあ観察したものだ。軍隊の裏面史で貴重な記録だ。

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2017年10月30日 (月)

老後をどう生きたらいいのか!

『薔薇族』の読者にとっては、異性との結婚の問題が大きな悩みごとだった。これは30年も前の話だ。
 
「伊藤文学のひとりごと」のコーナーに、「独身男が増えているというけれど」と題して書いている。
 
 
 
「新潟県の一読者から、結婚についての手紙をもらいました。
 
結婚問題で悩んでいる人にひとこと。結婚を決意するとき、最低3つのことが必要。
 
①相手の女性を世界一、大切にできるか。
 
②その女性の髪を手でとかしたり、日光浴でオイルを体にぬってやっても、ぬられても違和感がないか。
 
③その女性を思い浮かべ、マスターベーションのフィニッシュを迎えられるか。
 
 
 
①は女性が結婚する時、家族を捨ててくるようなものだから、男性の方も、自分の両親や男友達、どれをとっても、その人を一番大切にできるかだ。
 
男友達と今まで通りセックスして、さらに結婚したい人は結婚するな。女を馬鹿にするにもほどがある。
 
 
 
②は生理的に女性が駄目な人。その女性に触れるだけで、鳥肌のたつ人。触れられても逃げ出したい人。宇宙の果てへとんで行け!
 
 
 
③結婚するには、お互いに努力が必要。その一例に書いたけど、もし、これができたら、君は大いに希望を持っていい。
 
ときには女房に甘える男っていいと思う。女房をときには守ってやれる男っていいと思う。
 
 
 
おれ、結婚3年目。女房と1歳の長男と、女房とお腹の中にひとりかなの3.5人家族。女房に小さな幸せしかやれないおれだけど、休みのとき、近くの公園にピクニックに行って、幸せ!という女房が一番好きだ。」
 
 
 
Y君、もう君の世界は違ってしまった。みんなにアドバイスはありがたいけれど、近くの公園にピクニックに行って「幸せ!」という女房が一番好きだという君。
 
もう、君はあちらの世界の人になってしまったのだから、『薔薇族』は、もう卒業したのだし、読まなくてもいい。手紙なんかよこしてはいけない。
 
君の言っていることは、まったくもってその通り。ひとつも間違っていない。しかし、相手の女性を思い浮かべ、マスターベーションのフィニッシュを迎えられる読者が果たして何人いるか? 君は例外中の例外だったから、女性ともうまくいき、子供も2人もつくることができた幸福な人だ。
 
君がいう条件が3つともかなわなくても、それでも結婚しなければならない読者がすべてなのだから悩みは深い。女がそばにきて、鳥肌たっても、女と結婚しなければならない『薔薇族』の読者の結婚は、業が深いというものだ。」
 
 
 
今の世の中、ノンケの人たちの中にも結婚することのわずらわしさを嫌って、女性と結婚しない人も増えてきている。
 
ただ世間体のために、親や、家族のために地獄の苦しみに耐えて女性との結婚にふみきる必要がなくなってきた。
 
今まで独身できたけれど、50歳を過ぎて、やはり同じくらいの女性、もうセックスをしなくてもいいような女性と結婚した人もいる。誰でも50をすぎれば、1人で暮らすことは不安なことだ。
 
お互いに病気の時など、二人で助け合って生きていかなければならない。年を重ねれば、1人よりも2人のほうがいいに決まっている。これもひとつの老後の生き方かもしれない。理想としては男同士で夫婦のように住んで、お互いに助け合っていくのが最良の方法とは思うけれど……。
 
B
明治時代の絵はがき

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2017年10月23日 (月)

尊敬していた小学校の先生が!

学校の教師にゲイの男が多いと書いたけれど、それを裏付けるような松山の高校2年生からの投稿。
 
 
 
「俺ね、小学校の先生に愛されたんだ。その先生46歳ぐらい。なんとなく俺のこといつも可愛がってくれていた。
 
小6のころだ。特別に勉強を教えてくれていたし、何でもよく教えてくれたもん。小学校を卒業して中学へ通うようになった。
 
あれは夏休みだったんだから中1だよね。キャンプに行こうと誘われたの。いいキャンプ場が近くにあったもんだから、俺大喜びで連れて行ってもらった。
 
俺と仲良しのAとBの3人。テントを張って、飯ごう炊さんやって、遊んで、4人で相撲などやって、歌を歌って……。星空がとても美しかった。
 
 
 
12時真夜中、いよいよテントに入って寝ることになった。ふたりずつ毛布に入ることになった。すると先生は、「二郎お前と先生だぞ」と、さっさと毛布に入ったのです。
 
AとBはきゃあ、きゃあはしゃぎながら毛布へもぐりこむ。俺少し恥ずかしかったけど、先生の横へ、そっともぐりこんだ。
 
なかなか眠れなかった。なぜか先生の体温が伝わってくるもんね。AとBはひそひそ毛布の中でささやいていた。そしていつの間にか静かになって眠ったらしい。
 
俺なぜか眠れない。先生はじっとしている。するとね、先生、くるっと俺の方へ向きを変えて、俺の頭の下へ左手を入れ、右手で俺のからだをぐっと抱くようにして引き寄せて、先生と向き合うようにしてしまったの。
 
当然向き合って体が密着してしまった。うわー、くすぐったいよう、でも俺、黙っていた。先生の息が首すじにかかる。いい匂いだった。先生から足を俺の足に絡ませて、まきこむようにした。もう、ぴったり。俺の耳に先生は唇を当てて、かむようにしているんだ。(中略)
 
 
 
「先生、苦しいよ。きついよう、暑いよう。」と言ったんだ。先生たら「次郎が可愛くてたまらん。もう、離さないぞ!」
 
ああ、やっぱり先生は俺のことを可愛がってくれるている。先生のとこ男の子がいないから、俺のことを自分の息子のように思っているんだな。そう思って苦しかったけど、がまんすることにしたんだ。
 
 
 
先生は腰をぐっと俺の方へ突っ張ってくるんだ。するとね、びっくりしちゃった。その時初めて気が付いたの。先生のチンポがすごくかたくなって、こりこりと俺のチンポとくっついていること。
 
俺のもどうしたのかかたくなっているんだ。いつの間になったんだろう。俺、変な気持ち。いやだ、先生たら、尊敬してた先生がチンポ勃てて…...。頭の中、ぐるぐるいろんなことが回転して、もう暑いのも苦しいのも忘れてた。
 
先生は俺を下に敷くようにして、俺の上に体をのせてきたんだ。こんどは、はっきりとチンポとチンポと、ぐりぐりと当たっている。
 
すると先生は突然、俺にキスしてきた。唇と唇がぴったり。あっ、これがキス。
 
先生の手が下へ伸びて俺のチンポをつかんだ。先生は俺のパンツを脱がそうとする。俺、お尻を持ち上げてやった。するとチンポとチンポがモロにぶつかって、先生、腰を使ってこすりつけてくる。(後略)
 
中学2年のころ、あの白い液が出たよ。それから中学卒業するまで、先生と一ヶ月に2回ぐらいの割で遊んだんだ。(松山市・星二郎)」
 
B
大正時代の年賀状
 
いやらしい感じがしない。むしろ微笑ましい感じだ。少年愛なにが悪いんだ。いい話ではないか。

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2017年10月21日 (土)

『薔薇族』を妻に知られないように焼き捨てて!

「80歳に近い老人の私、性に目覚めてから、現在までを書く。
 
当時、尋常高等小学校時代の4年から5年の頃だと思う。留守居をしていて、一人で宿題をやっていると、7つ年上の兄が突然帰ってきて部屋に入り、「勉強か」小声で急に僕の手を持って半勃ちのものを握らされ、ずんずん太く長くなり、大人のはこんなに大きいのかと思い、何とも言えない快感に打たれ、僕のも小さいながら勃った。もう5、6年もすれば、こんなにも大きくなるものかと思った。
 
それからというものは、成人した人の男性器を見たり握ったりしたくなった。小学校を卒業するころになると、仲の良い友達と2、3人でお互いにオナニーをやりあった。
 
卒業すると男ばかりの職場で寮生活に入り、先輩、後輩とやりあった。とくに気の合った2つ年下の後輩が、毎晩のように僕の寝床に入って知らぬ間にパンツより引っ張り出してしごいたが、寝たふりをして快感を味わった。
 
今思うに兄はノンケだったが、僕はホモがかっていたと思う。僕は男ばかりの8人兄弟の5番目で、結婚は25歳の時だった。
 
また男の子ばかり6人が生まれ、職場も男ばかりなのに、男のものが見たくて、それに握りたいと思う心が断ち切れない。
 
駅や公会堂など、となりで用を足す人のがよく見えるようなトイレを見つけて、小用がしたくなくても、気付かれないように並んで、用を足している人の性器がよく見えるような姿勢で盗み見するのが楽しみである。
 
大きくてよい色、よい形に当たると快感を感じ、その日は痛快に暮れ、寝床について、ああ、あれは握ってしごきたかったなあと、やるせない思いにふけりながら、オナニーで一発出してから快い眠りについたことも何度かあった。
 
盗み見をしたとき、気づかれて僕のをわざと覗いて見た人もふたりかいた。
 
団体旅行などで隣の床に寝ている人に手を出して、2、3度、逃げ出した者がいて、なんとかごまかして知らぬ顔をしているもどかしさが、なんとも言えなかった。
 
一方では快く握らせて知らぬふりをして、互いに快感に打たれる者もいて、それらの人とは、2、3度機会をみて扱きあった。
 
なかには近所の結婚している人がいて、留守のときは電話がかかり、僕もひとりの時は知らせて、肛門は互いに使ったことはないが、口と手で思うままにやりあった。年間2、3度は機会があって、最上の快感を味わっている。
 
子供が6人もいるからバレないようにと心配で、毎月『薔薇族』を愛読しているし、妻に知られないように焼き捨ててしまうのも心苦しいが『薔薇族』を読むことによって、大変若返り、妻には10年も前から触れたことがなく、5、6年前までは1年に1度あるかないかだった。
 
妻は冷静で結婚当時でも、5度に2度はオナニーをやらなくては、心が落ち着いて眠れず、そのためか僕はオナニーのほうが、現在では満足で、80に手が届くというのに、月に5回はオナニーにふけるのも『薔薇族』のたまものと感謝している。
 
僕は女性器には魅力を感じないが、男性器は美術的で高価な美術品のように思え、夏の増刊号のデカ男性器のページを切り取って宝物として、ひそかに隠して時々出しては眺めて、これが本物だったらなと思い、心新たに若返るのである(翁)」
 
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イラスト・藤田竜
 
6人も子供がいたというのだから、奥さんにしても子育てに大変だったのでは。経済的なことは書いていないが、貧しい暮らしではなかったのだろう。『薔薇族』がこういう役目を果たしていたとは……。

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2017年10月16日 (月)

こんな人がホモかも?

1998年の『薔薇族』7月号No.306に読者アンケートの記事が載っている。タイトル「こういう理由でホモではないかとニラんでいる周囲の男を報告!!」おそらく藤田竜のアイデアだろう。
 
 
 
短髪上司
 
「妙に野郎言葉を使うわりには気配り行きとどいた短髪の職場の上司。いつだったか休憩所の机の上にカップみそ汁をこぼしたとき「キャ!!」と両手をあげてました。(東京・マリコの屁・27歳)」
 
突然なにかが起きた時、隠していた本性が出てしまうものだ。
 
 
 
ミエミエ教師
 
「私は教員です。授業中、男子ばかり当てたり、女子は除け者にしたり、男子とふざけあっても女子には指一本触れない。
 
部活は男子ばっかりで、ヤケに熱心。そんなミエミエの先公は意外と多い。俺は健全な教師だけど。(福井・ドリアングレイ・40代)」
 
『薔薇族』の読者の中で、圧倒的に教師が多かったけれど、仕事はみんな熱心だったのでは。
 
 
 
体を触る
 
「ぎょうさんいる。用もないのに人の体触ってくるやつとか。酒が入るとそれが更にひどくなる。
 
シラフだと良きマイホームパパなのに。
 
男を見たらまずホモと思え! これが私の正直な気持ちです。(宮崎・しょう丸・32歳)」
 
これはぼくも感じていました。男に触われる仕事に就く人が多いのは当然のことだ。「男を見たらまずホモと思え!」そんなにホモの人が多かったら、『薔薇族』はもっと売れていたのでは。
 
 
 
男に抱きつく
 
「高校時代の同級生。やたらと男に抱きついていたし、あるときには勃起までしていた。今、どこで何をしているのやら。そういう場所でバッタリ会うことを楽しみに、10年が過ぎましたが、一度も会わずじまい。やはりノンケだったのかな。(大阪・アフロピア・32歳)」
 
10年も経てば人相も、体型も変わってしまうし、会ってもわからないかも。会わないで良かったのか。高校時代の良き思い出として残しておいた方が。君だって変わっているのだから。
 
 
 
J系にくわしい
 
「中学時代からの友人M君とは、芸能界、特にジャニーズ系の話では異常に盛り上がります。
 
「アイツむかつくよな」と言いながら、なぜかやたらと詳しい。僕は彼がホモだと信じているし、たぶん彼も僕のことをホモだと思っていると思います。
 
でもお互いにカムアウトしないまま、10年のお付き合いです。(神奈川・カミセン大好き・21歳)」
 
ハッテン場にひんぱんに出入りしているような人は、読者アンケートに投稿してくれないのでは。精神的に純な読者が投稿してくれているようだ。
 
 
 
覗こうとする
 
「僕が転勤してった先の店員S君。僕のモロ好み。彼とはよく目が合うんだよな。
 
トイレでも僕のすぐ横に来るし、ふざけて覗こうとするし……。本当にカッコよくていい子なんだよ。(静岡・金太マカオに着く・28歳)」
 
ヤマジュンの「くそみそテクニック」みたいにトイレのそばのベンチに座っていて、「やらないか」って声をかける。そんなことできない人たちだ。
 
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イラスト・長谷川サダオ
 
読者に問題を作って呼びかけると、みんな答えてくれる。『薔薇族』の読者ってありがたい人たちだった。
 
ネットじゃこんなことできないのでは……。
 

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2017年10月14日 (土)

やらないか! 行動を起こせばチャンスは!

1988年『薔薇族』8月号の「快調! 読者アンケートシリーズ・こんな意外なところで男とデキた」これも藤田竜君のアイデアだろう。
 
今から29年前、ネットもスマホもない時代、読者はどんな出会いで男とデキたのか。
 
 
 
海外旅行同行客
 
「僕は旅行会社に勤めていますが、海外添乗に出かけた時のことでした。ヨーロッパ12日間の旅行の参加者とデキてしまったのです。
 
その方は27歳で別の参加者の女性から誘いがあっても応じず、ひとり参加ということもあってか、なにかと僕に話しかけてきたのです。
 
最後の夜、ホテルで一緒に飲んで、そして誘われるままに、デキてしまいました。僕の口から言うのも変ですが、すごくカッコいい方でした。半年ほど付き合いましたが、僕の東京転勤で別れてしまいました。(東京・メイト・26歳)」
 
旅行会社の添乗員には、ゲイの人が多いのでは。神経が繊細だから、よく気がつくので……。飛行機のパーサーにも。
 
 
 
百貨店回遊
 
「あるデパートで僕の少し前をすごく好みのコが歩いていたので、思わずつけてしまった。エスカレーターで後ろに乗ってケツをじっと見ていたら不覚にも勃ってしまった。
 
大きめで締まっていそうで、ズボンの上からビキニのラインがくっきり見えて、ビキニからはみ出したケツが盛り上がって、すごくセクシー。
 
うろうろつけまわすうちに見失ってしまったけど、俺はジーパンでこすれてビンビン! 気を落ちつけようと屋上に出て、タバコを吸いながらトランクスの中を直した。
 
ふと前を見ると30歳ぐらいの男がじっと見ている。マズイなあと思いながら、デパートの中に入ったらつけてくる様子。もしかしたらと思ったら、また俺のはビンビン。
 
そのあと人のあまりいないブックセンターの隅で声をかけられた。聞くと俺が好みのコをつけてる時からずっと見ていたとか。
 
それでデパートのトイレでやったんだけど、狭いところで人の出入りも激しく、ヒヤヒヤしながら声も出せず尺八したりするのが、妙に興奮してスリルがあった。ああ、あのケツのでかいコとやりたかった。(神奈川・ケツ好き・28歳)」
 
デパートのトイレで、さぞかしスリルがあったのでは。これ以上コメントできません。
 
 
 
映画館なみ
 
「通勤バスの帰りで、前向きのふたり掛けシートだから誰にも気づかれずにデキたら嬉しい話。
 
初めは当然ひざが触れ合うのだが、その男は離れようとしない。こちらが強く押したら押しかえしてきた。私は大胆になって手で相手のももに少し触れると、相手もそこに手を持ってきた。
 
小指が触れ、絡み合い、ついに握り合った。相手は膝にバッグをのせていた。徐々に股間に手を伸ばしていくと、すでに硬くなったモノがうずいていた。
 
これでOK 。口をきき合う。同じく終点までということがわかり、銭湯での再会を約束していったん別れた。
 
バスや銭湯で人目を気にしながらタッチし合うのは、スリルがあって楽しいものだ。(熊本・活火山・45歳)」
 
行動を起こせば、チャンスはあるものだ。多くは気が弱くてこんなことできない人の方が多いのでは。
 
B
イラスト・長谷川サダオ
 
今の時代、自宅でゲームをしたり、ネットにかじりついていて、外出しない人が多いという。ネットで男がデキたという話はどんなものなんだろうか?

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2017年9月30日 (土)

美輪明宏さんの名回答はさすがだ!

朝日新聞日曜朝刊の「悩みのるつぼ」に、高校3年生の男性が悩みを寄せている。
 
それに対する回答者は美輪明宏さんだ。こんな名回答を読んだことはない。さすが美輪さんだ。
 
 
 
「毎日、大学に進学するための受験勉強と、部活に励んでいます。
 
高校生活は、とても充実しています……と、きっぱり言いたいところですが、実はひとつだけ、とても大きな悩みを抱えています。
 
僕は恋愛に関して、女性よりも、男性に対して魅力を感じるゲイなのです。(中略)
 
このため、信用している友人たちや、(性的少数者の)LGBTに理解を示していると思われる自分の親に対しても、まだ本当の自分のことについては告白できていません。(中略)
 
このまま黙って、自分を隠して生きていくのが賢明なのか、それとも誰かに思いきって打ち明けて、オープンにして生きていくべきか。あるいは、まったく別の方法があるのでしょうか?」
 
 
 
美輪さんの回答が長文なので、全部を紹介しきれないが、「成人になるまで待ちなさい」ということだ。大事なところだけ紹介したい。
 
 
 
「そもそも自分が同性愛者であることを広く触れ回る必要なんてありません。異性愛者の男性で、「私は女が好きで、好きで…」と言いまわっている人、いますか?「私、男好きなんです」という女性だって、周囲から頭がおかしいと思われるでしょう。それなのに、なぜ同性愛者だけが「カミングアウト」しないといけないのでしょうか。その認識から間違っているのです。
 
世の中は昔から、様々な種類の人間が共存しているのです。同性愛者も異性愛者も、ともに自然の法則の中で生きています。
 
罪を犯したわけでもないのですから、堂々と胸を張って、同じように生きていけばいいのです。
 
よくテレビ番組の演出で、ゲイという理由だけで、みんなの前で他の男性タレントに抱きついたりする場面がありますよね。ああいった形で笑いものにする人や、笑いものにされることを許容する人がいるから、同性愛者が蔑まれるのでしょう。
 
プロデューサーやディレクターの狙いなのでしょうけれど、理解に苦しみます。最近は東京でも同性愛者に理解のある区などもありますが、そもそも同性愛者を「異常」と思っている人が多数いるからこその演出なのでしょうね。自分が生きている世界が「標準」だと思い上がっている人がいかに多いかを考えさせられます。
 
それから親に関しては、そのうち薄々とわかってくるものです。それでも、あえて自分から両親に「同性愛者だ」という必要はありません。普通でいいのです。
 
とにかく今は高校生なのですから、今後の人生のためにも学校生活を優先して学業に励んでください。」
 
 
 
これだけの名回答は他にはあるまい。学校の教師はよく読んでほしいものだ。教科書にだって載せてもらいたいものだ。
 
男性同性愛者は、男性100人の中に6,7人はいると言われている。この数は決して少ない数ではなく「少数者」と言えないだろう。
 
日本にキリスト教信者は、1%しかいないそうだ。同性愛は異常でも変態でもないのだから、わざわざカミングアウトなどするべきではない。
 
自分がゲイだと高校生ぐらいの時に気づいたとき、悩むだろうが、今は朝日新聞までが「悩みのるつぼ」欄に載せるようになってきている。
 
ぼくが『薔薇族』を出していた時代は、朝日新聞は同性愛など取り上げなかった。やっと、いい時代になってきたのでは。
 
A3
こんな笑顔してたんだ。
(撮影・御堂義乘)

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