2011年6月25日 (土)

もう80歳、車の運転をやめました!

 1964年(昭和39年、東京オリンピックが開催された年、「平凡パンチ」が創刊された年でもある)の7月1日に上北沢教習所でお世話になって自動車の免許が交付された。

 なんとか長男の文人が誕生して関東中央病院を退院する日に間に合ったが、ぶつけたりしたら大変とタクシーで帰ってきてしまった思い出がある。

 それから47年の今まで、交通違反は何度もあったけれど、事故というほどの事故を起こしたことがなく今日に至っている。

 6月6日は女房の兄の越後堂製本の社長が亡くなった命日で、そろそろ3回忌を迎える。我が社発行の単行本、『薔薇族』は最終刊の382号まで製本を引き受けてくれていた。

 借金もかなりあったのに帳消しにしてくれた恩もあって、6日の命日には毎月小石川にあるお墓に未亡人を迎えにいって欠かさず墓参りに行っている。

 墓参りをすますと神田に出て、共立講堂の前にある戦前の建物、学士会館の中にあるレストランで食事をして姉さんとおしゃべりをして帰るのを楽しみにしている。

 6日の日、小学4年生の孫が学校から帰ってくる時間がいつもより早いというので、近所のイタリアンレストランで食事をすることにした。

 共同印刷や小石川の植物園に行く広い道で、桜の名所でもある通りに面してレストランがある。

 ちょうど空いているところがあったので、バックして停めようとしたが、前に運転手が昼休みをしている軽自動車が停まっていて、ちょっと入れにくいなと思ったが、バックしたら前の車にかすってしまった。

 運転手に声をかけて少し前に出てもらえば良かったのだが、かすってしまったのであわててしまい、切り替えたのは良かったのだが、無意識にアクセルを強く踏んでしまい、後ろに停まっていたBMWにど〜んとぶつかってしまった。

 後ろの車には人が乗っていなかったのが幸いで、僕の車にも、女房も姉さんも先に降りていたので良かった。

 レストランの人が警察官を呼んでくれた。富坂警察署の交通課の若い人で、事情を良く聞いてくれた。人身事故ではないのでパトカーなども来ず、もうひとり年配の警察官も来てくれた。

 間もなく後ろの車の持ち主が戻ってきたが、30歳前後の若い夫婦で、ご主人はおとなしそうな人で奥さんが携帯電話で保険会社と連絡を取っていた。奥さんの方が強そうな人だ。僕の車にも保険がかけてあるので帰ってきてすぐに連絡を取った。

 あとは保険会社同士が話し合って事故処理をしてくれるそうだ。

 20年ほど前だろうか。その頃、血圧が高かったのか、第3京浜国道を走っているときにめまいがして怖い思いをしたことがあった。それ以来、高速道路を走ると手に汗をかくほど恐怖感がよみがえり、それを直すのには時間がかかった。

 人間の神経って不思議なもので、事故を起こしてから小石川から下北沢まで帰ってきたのに、15日から新潟に行くのでガソリンを入れにいこうと思ったら、自然にブレーキを踏んでしまってうまく走れない。

 そこで車の故障かと思ってJAFを呼び、よく調べてくれたが、故障ではないという。一緒に乗ってもらって走ったら何ごともなく走れた。

 16日の東京新聞朝刊に「歩道4人はねられ死傷 81歳誤りアクセル」の記事。高齢者事故は10年で急増しており、75歳以上は2・2倍だそうだ。

 高齢者講習も教習所で受けて、僕の免許証は「平成25年4月19日まで有効」とある。『薔薇族』編集長の肩書きに誇りを持ってやってきたが、これも竜君にゆずったし、この辺で車に乗ることもやめて、どこへ行くのも歩いて行こうと思う。

 今年も何としても本を出したいし、それに集中しようと考えた。バスも子供料金で乗れることだし、心も子供に帰るべきと...。

★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で1000円の定額小為替を購入し、下記までお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢3-9-5-202 伊藤文学宛

★下北沢に『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」があります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読書好きにはたまらない古書がたくさん置いてあります。電話03-3467-0085です。

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2011年6月22日 (水)

「ロマンの泉美術館」をなんとか残したい!

 人声があふれ、多くの女性達がおめかしをして来館してくれた。売店には、僕が毎月1回は問屋街の横山馬喰町で日本一大きい問屋の「エトワール海渡」から仕入れてきた数々のかわいらしい商品がはなやかに並べられていた。

 レストランも「バイロス館」と称して、シェフが工夫して作った西洋料理が人気で、1時間待ちは常識だった。

 年に何回かは、新潟の人が絶対に見ることができないような浅草の芸人を招いたり、歌手も、売れなかった時代の秋元順子さん、クミコさんを招いた。それが紅白に出場するまで登りつめたのだから、僕としてはこんなに嬉しいことはなかった。

 まさか僕が編集長の『薔薇族』が売れなくなるとは夢にも思わなかった。本の売れ行きだけで一切の費用が出て、広告料はすべてが利益になってしまうのだから、どうしても黒字減らしをしなければならない。莫大な税金ばかりを払っていたからだ。

 昭和56年4月16日発行の「週刊文春」が見つかったので開いてみたら、世界のクロサワの映画「影武者」がアカデミー賞をもらうものと思っていたのが落選してしまったなんていう記事が載っている。

 野球界でもスーパーヒーローのONが欠けて、次の時代は石毛と原だと書かれている。

 『薔薇族』が創刊されて100号の記念号を出した時のことだ。なんと4ページを使って記事が載っている。その見出しを見てびっくり。「ホモ界の朝日新聞『薔薇族』百号記念までの悪戦苦闘」とあるではないか。

 「朝日新聞社側では迷惑かもしれないけれど、とにかくその権威といい、信頼性といい、まさに●界の『朝日新聞』といった存在であるらしい。ホモ雑誌界の雄『薔薇族』が、このほど十周年を迎え、百号記念の特大号を発刊、盛大なパーティまで開かれた。が、ここに至るまでには四回の発禁など悪戦苦闘の連続」と見出しを付けたのだから、朝日新聞は『薔薇族』と一緒にされるとは何事だと怒り心頭、見出しの訂正を求めたが、本文は印刷した後なので、新聞広告などは訂正したようだ。

 広告を取るための営業社員をひとりも雇わなくても、スポンサーの方から載せてほしいと頼んでくるところが、当時の朝日新聞と同じだったので、こうした見出しを付けたのだろう。

 それが時代が変わってしまい、ネットや携帯電話がこんなに早く進歩し普及するとは誰も思わなかったに違いない。

 本業の『薔薇族』が廃刊し、朝日だって部数が落ちて今や苦しいに違いない。

 美術館は3年間、新潟の会社が引き受けて、営業を続けてくれたことは感謝している。先日も若いS君に運転してもらって、弥彦に片付けに行ってきたが、人間が出入りしていない建物というのは廃墟というしかない。

 壊すにもお金がかかる。直すにもお金がかかる。何かに使ってくれるお金持ちはいないものだろうか。このまま朽ち果てさせるのはもったいなさすぎる。

 今でも「ロマンの泉美術館」を忘れられず、外からだけでも見てきたという女性が弥彦のレストラン「マジック・ディッシュ・森」に食事に来られたという。新潟の人に忘れられない思い出だけでも残せたということは幸せだ。

 僕の心の中にも、大きな夢の世界が今でも残っている。それだけに廃墟にしたくない思いは強いのだが...

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2011年6月20日 (月)

扉を開けたら〜ロマンの泉美術館物語3

 よみがえれバイロス!

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バイロス侯爵の自画像入りのエクスリブリス

 これはひとつの快感

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古いピアノはどんな音色が

 東京と新潟の違い

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 新潟の子供たち

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かりんの木と美術館

 女がひとりで

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あざみの花の向うに

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扉を開けたら〜ロマンの泉美術館物語2

 館長の椅子

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屋根上の風見鶏は土屋豊さんの製作

 日本は文化国家?

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フランスのアール・デコの時代の照明器具

 ロシアからの手紙

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誰がかぶっていた帽子だろう
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アール・デコの時代の少女のブロンズ

 薔薇の花が好き

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6月を「薔薇祭」にしたい

 興味のないもの

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(残念ながら下北沢の「イカール館」は閉館してしまっている)

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「バイロス館」の入口

(続く)

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扉を開けたら〜ロマンの泉美術館物語

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新潟のラジオ局の名司会者、大倉修吾さんを招いての会、ルネさんがいるのはなぜか思い出せない。

蔵書票との出会い

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一番好きなエクスリブリス

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山形季央氏デザインのポスター

 小さくても光り輝いて

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 日本は文化国家?

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カードの人気No.1のアリスのエクスリブリス

 馬子にも衣装?

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美術館のシンボルマークのエクスリブリス

(続く)

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2011年6月19日 (日)

15年間の僕の至福の日々。

 平成5年11月3日、文化の日に女房の古里、新潟県西蒲原郡弥彦村に「ロマンの泉美術館」をオープンさせた。しかし、残念なことに3年前に閉館して、今は廃墟になっているから、皆さんに見に来てもらうことはできない。

 この美術館は、多くの有能な『薔薇族』の読者から長い間に身につけた感性と美意識の結晶だと思うと言われたから、ゲイ感覚で創った美術館と言っていいだろう。

 多くのマスコミの皆さんの協力によって全国から入館者が訪れてくれて、僕に幸せな日々をもたらしてくれた。なかでも新潟の有力紙「新潟日報」が「晴雨計」というエッセイ欄に週に1回半年ほど連載させてくれた。

 このエッセイをまとめて「扉を開けたら ロマンの泉美術館物語」という本にした。1994年8月1日のことだ。パーティ好きな僕は、京王プラザホテルの大宴会場で300人もの友人、知人を集めての会で新潟から村長をはじめ、僕のファンが駆け付けてくれた。

 とりわけ無名だった秋元順子さん、クミコさんも何度もお招きしたが、苦労の甲斐があって、紅白にお2人とも出場するというまでに成長されたことは僕としてはこの上ない喜びであった。

 しばらくぶりにこの本を読み返してみたら、これはブログで残すべきだと思うようになってきた。今は亡き内藤ルネさんが序文にこんなことを書かれている。

 「時は流れてゆく。残念ながら人はいつまでも若くはいられない」と。その言葉は79歳になった僕の胸にじ〜んとひびいてくる。


 大いなる温かさを持つ人と、巡り会った幸福ーー

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 扉を開けたら時計はいらない!

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(写真はすべて伊藤文学撮影)

 たった一度で...

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(続く)

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2011年6月14日 (火)

僕には「老いの才覚」があるのだろうか!?

 竜超君が『薔薇族』を引き継いで続けてくれるとのこと、そのことをブログに書いたら何人もの人がお祝いのメールを送ってくれたとか。僕も肩の荷が下りたような気分になっている。

 最近は下北沢の駅まで歩くと、20分近くもかかってしまうけど、「淡島」の停留所から渋谷行きのバスに乗れば、東急プラザの真ん中まで、我が家を出て30分もあれば着いてしまう。

 バスを降りて車道を渡るところに、手を高くかざして「THE BIG ISSUE」という雑誌を売っているホームレスの人がいる。

 定価は300円で160円が販売した人の手に入り、ホームレスの自立を応援する雑誌だ。わずか30ページの雑誌だが内容は濃い。街で見かけたら買ってあげてほしい。

 東急プラザの5階に紀伊国屋書店が入っている。その玄関先に「CAFE SHALIMAR」、少々お値段は高いがコーヒーはうまい。いつも大きな花瓶に四季のお花がかざってある。このお花を見ているだけでも心が和む。生け花の先生がお花を生けているそうだ。

 竜君と午後2時に会う約束をしていたが、少し早く着き過ぎたので書店をのぞいてみた。

 曾野綾子さんの「老いの才覚」(KKベストセラーズ刊、本体762円)が目にとまった。帯には「50万部突破、年の取り方を知らない老人が急増してきた!」とある。

 曾野綾子さんは、1931年生まれとあるから、僕と同じくらいの年の方だ。読みやすい本なので一気に読んでしまった。

 こんな老人になってしまってはいけないと注意を書いているのだが、僕には全く参考にならない。書かれていることはごもっともなことなのだが、僕は今でも自分を老人とは思っていないからだ。

 気持ちは青春時代となんら変わっていない。しかし、身体だけは年とともに老化していき、忘れっぽくはなる。自動車の免許を取ってクルマに乗り出してから40数年にもなる。

 高速道路を走って350キロほどの女房の古里へどれだけ通ったことか。高速道路が開通する以前は国道17号線を走って、三国峠を越えて新潟の弥彦村まで何時間もかかってたどり着いた。

 スピード違反とか駐車違反は何度もしたことがあるが、大きな事故を起こしたことはなかった。

 時たまアクセルとブレーキを踏み間違えて、お店に飛び込んでしまったり、ビルの上にある駐車場から落ちてしまったという記事を目にすることがある。

 75歳を過ぎて免許を更新する時には、教習所で講習を受けなければならない。確かに記憶力は落ちているが、反射神経は若い時とさほど変わらない。

 平成22年4月19日に更新された免許証には平成25年4月19日まで有効とあり、「優良」の文字が鮮やかに入っている。

 保険だって事故を起こしたことがないから、年々保険料が安くなっている。それが一瞬にしてアクセルを強く踏んでバックしたために、後ろの外車にドカーンとぶつけてしまった。

 昨日、秋元クリニックに前立腺がんの検査をお願いしてあったので、診察に行ったが問題なしということだった。

 事故でむち打ち症も心配だったので、これも聞いたら手先がしびれたり頭痛がしたりしなければ心配なしということだ。

 さて、我が万年青年、これからどう生きるかだ。僕のブログを見てくれている人がいる限り、いい生き方をしていくつもりだ。

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2011年6月13日 (月)

大スクープのつらい思い出!

 全てのマスコミが成し遂げることができなかったことを『薔薇族』はスクープすることができた。

 テレビや週刊誌は、連日のようにアメリカでのエイズ患者の見るに耐えないような映像を大げさに流して、見るものに恐怖感をあおっていた。

 日本にもエイズは必ず感染者が出るに違いない。それにアメリカではエイズは同性愛者の病気だとされていた。

 『薔薇族』としては、編集部といっても僕と藤田竜君しかいないのだから、二人で相談してホテルや旅館のご主人を渋谷の「千雅」に集ってもらい、まずは外人さんを入館させないということをみんなで決めたが、今になって考えれば意味のない決定だった。

 一度流行してしまった性病というものは、永久になくならないものだと聞いたことがある。梅毒とか淋病とかも、今もってなくならない。

 『薔薇族』としては、銀座の歌舞伎座の手前にあってわかりやすい泌尿器科の診療所を「編集室」の最後のところに入れて紹介していたが、場所を教えてくれという電話は1日に何本もかかってきた。

 この先生は僕よりも何歳か年上なので、もう引退されているだろう。盆、暮れには一番早く贈り物を送ってくれていたので、この時期になるとふと思い出すことがある。

 帝京大学の付属病院の松田重三先生がいろいろと協力してくれて、何かとエイズに関しての相談にのってくれて、読者が気にしないで検査を受けることができるようにしてくれた。

 1985年、今から26年も前のことだが、どうもエイズに感染したのではないかという読者から電話がかかってきたので、その人と会い、悩みごとなどを聞いて記事にしたことがあったが、その人は思い込んでいただけで検査の結果は陰性だった。

 その記事を読んだひとりの男性から電話がかかってきた。その記事の人と会ってみたい、あまりにも不安にかられているので、その人とできたら一緒に住みたいとも言っていた。

 藤田竜君と僕と2人で、その人の住んでいるマンションを訪ねた。そのマンションは靖国通りにあって、以前はホテル本陣でお城のような建物だった。

 昭和30年代後半に妹が心臓手術のために入院していた東京女子医大の病棟から、ホテル本陣が見えた。妹と同室の5歳の坊や、芳っちゃんを連れてよく窓から眺めたものだ。

 その跡地に建った大きなマンションで何階か忘れてしまったが、藤田竜君と訪ねたら男の部屋とも思えないほどキレイに整頓されていたのでびっくり。

 壁面にはクラシックのレコードが棚にびっしりと並べられていた。クラシックの音楽が好きで、ウィーンには行ったことがあるが、演奏会に行っただけで男と遊んだことはなく、どこで感染したのかわからないという。

 カルピスかなんかを出してくれたが、気にしていたようだが、僕は平気で飲んだ。

 いろんな質問に答えてくれたのをテープに録って、それを記事にした。それを雑誌に載せる前に、厚生省は5人を患者と認定したが、既に亡くなったり、入院中の人もいて、自由な人は彼だけだった。

 もっとたくさん患者がいると彼は思っていたのに、あまりにも少なかったので、彼はびくついてしまい、ゲラを見せてくれと言い出した。

 ずいぶん削られてしまったが、大スクープであったことは間違いない。仏壇に線香がたかれていたが、あの時の煙を忘れることはできない。

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2011年6月 9日 (木)

そろそろ自動車の運転を止めるべきだろうか?

 先妻の舞踏家、伊藤ミカ(33歳で事故死)が師事していた井の頭線の駒場駅近くにあった邦千谷舞踏研究所の邦千谷(くにちや)先生が5月12日、心不全で死去した。100歳。葬儀は近親者で営まれた。

 1960年代に音楽家や美術家らと幅広く交流し、前衛的なパフォーマンスを繰り広げた。70年度の舞踏批評家協会賞を受賞している。訃報が朝日新聞に載ったのがなんと6月6日の朝刊だった。

 ミカの舞踏仲間だった友人から亡くなったということは聞いて知っていたが、ネットですぐにニュースが流れるという時代に、あまりにも遅過ぎた間抜けな記事だ。

 東京新聞の6月6日(月)の朝刊には、「劇団風の子」多田徹会長逝く、と10段も使って報道しているが、朝日新聞にはまったく死亡記事も載っていない。

 多田徹(本名・岸享)さんの自宅は下北沢の北口にあり、そこが劇団の発祥の地だ。世田谷学園から駒沢大学と僕の同期だった池田茂雄君が「劇団・風の子」を創立した頃から劇団員として活躍していたので、多田さんとも面識があり、下北沢の路上で出会ったりすると、よく立ち話をしたものだ。

 「子供の幸せを一番に考える人だった」とかつての劇団員の松山峯子さんが語ったそうだが、児童劇団を長い間続けてきた努力は大変なものだったに違いない。

 最近、朝日よりも東京新聞の記事の方がずっと感銘させられることが多い。先日も哲学者の中島義道さんのことを書いたら、僕のブログを読んだ人がぐ〜んとはねあがったようだ。

 今回は、ノーベル化学賞を受賞した名古屋大特別教授、野依良治さんに聞くという記事で、中村禎一郎さんという方が話を聞いてまとめている。

 「『地球は有限』自覚を 科学者の『想定外』は言い逃れ」という見出しだ。僕はこの記事を読んで、読者に伝える読解力がないのでうまく書けないが、昨日読んで頭にこびりついていたことがあった。

 「リスクがゼロの技術はない。問題の核心はリスクと恩恵のバランスにあります。例えば、自動車は便利ですが、国内で年間数千人が事故で死亡し、数十万人が負傷するリスクもある。それでも『自動車を止めろ』とはならないでしょう」

 原発も同じことだという。6月6日は女房の兄、小林忠さん(第二書房の書籍・雑誌の製本をすべて引き受けていた越後堂製本の社長)の命日なので、毎月6日には必ず小石川にあるお寺にお参りに自動車に女房を乗せて行っている。

 小林さんの未亡人を自宅に迎えに行って、一緒にお墓参りをしている。お墓参りの後は、3人で食事をしておしゃべりをするのを楽しみにしていて、最近は神田の神保町にある共立講堂前の学士会館のレストランで食事をしている。古くて重厚な建物で落ち着いているので、僕のお気に入りのレストランだ。

 ところが今日に限って女房がスパゲッティを食べたいと言い出したので、小林さんの自宅近くのレストランに自動車で行くことにした。ちょうどレストランの前が空いていたので、バックして入ろうとしたが、前に停まっていた自動車の後ろを少しだけかすってしまった(傷はなく持ち主も許してくれたが...)。

 そして、今度は、あわててハンドルを切り直してバックした時にあせっていたのか、アクセルを強く踏んでしまったので、後ろに駐車していたドイツ製の高級外車にドスーンとぶつかってしまった。そろそろやきがまわってきてしまったのか。とんだ厄日だった。

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2011年6月 8日 (水)

僕の出版人生に悔いなし!

 本にしても、映画にしても、その題名によって当たる、当たらないが決まるといっていいだろう。

 先頃亡くなった東映のドンといわれた岡田茂さんは、監督が決めていた映画名をバッサリと変えてしまうことで有名であったそうだ。それが映画名を変えたことによって大当たりしたそうだから、誰も文句を言えなかった。

 日活で昭和40年度の秋の芸術参加作品に選ばれた、僕と妹の紀子が原作の「ぼくどうして涙がでるの」の映画名を、どたんばになって日活の首脳部が変えると言い出したのだ。

 東海テレビでドラマ化された時も、NHKで内村直也さんの脚本で放送劇になった時も題名は変わらなかった。

 それを、十朱幸代さんが初の主役としての映画化なので、十朱さんの青春映画のような題名にしようというのだ。僕は強く抗議したが、その話を伝え聞いた「報知新聞」の文化部の記者(恩人のお名前を46年も前のことなので忘れてしまった)が、安易に映画名を変更するのは良くないと大きな記事を書いてくれた。そのお陰で映画名が変わらなかったのでベストセラーになった。

 映画のタイトルも僕の文字で、バックに友人のキングレコードのディレクターだった長田暁二君が作ってくれた曲が流れる。一生に一回だけだったけれど、あのときの感激は忘れることはできない。

 宇野重吉さんが父親役で娘役が吉永小百合さんの「父と娘の歌」との二本立てで文部省選定映画になったので、子供達が学校全体で観に行ってくれて映画はヒットした。

 あと昭和30年には田中絹代監督で映画化された「乳房よ永遠なれ」。これは若月彰という「時事新報社」の文化部の記者が北海道に住む歌人の中城文子と死の床に過ごした一ヶ月を描いたノンフィクションだった。

 若月彰さんは、このとき22、3歳の若さできりっとしたいい男だった。田中監督が「あなたがやりなさい」と誘ったそうだが、あの時代、素人が映画に出るなんてことはなかったので、結局、新人の葉山良二さんが出ることになってしまった。

 あのとき若月さんが出演していたら、彼の人生も変わっていたろうに、その後、若月さんは新聞社を辞めてしまった。文化部の記者だからみんながちやほやしたのに、辞めてしまえばただの人だ。2、3冊は本を出したが消えてしまった。

 我が第二書房は、これまで歌集のようなものばかり出していたのを思い切って一般書にかじを切り替えた。

 日活で映画化されたのは「やくざ先生」と「ニコヨン物語」。新東宝からは「女の防波堤」。これは残念ながら発禁に。

 大映からは「初夜なき結婚」、東宝からは「女探偵」。僕は映画会社の宣伝部を訪れたが、活気があったのは日活の宣伝部だったろうか。

 本当のところ、僕は映画会社の宣伝部に入りたかったが、卒業式まで学校に通っていたのに卒業論文を書かなかったから卒業させてもらえないし、全く勉強しなかったから、とっても就職は望めなかった。

 しかし、映画化になった本の題名を変えられることがなかったのは、元々書名が良かったからだろう。

 二畳打、三畳打も何本も出したし、僕の出版人生は楽しかった。それに『薔薇族』のネーミングも良かったし、35年も続けられたのだから、多くの読者に感謝するばかりで何も思い残すことはない。

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