2009年12月29日 (火)

『薔薇族』的な親友との出会い

 1カ月ほど、僕のブログが更新されなくなって、心配された方も多かったと思う。自分でワープロを打ち、更新できるにこしたことはないのですが、それができません。「お父さん、ブログをやってみませんか」と、次男の嫁が声をかけてくれて、ずっと続けてくれていたのですが、仕事が忙しくなって投げ出されてしまった。

 途方にくれていたときに、「僕がやります」と声をかけてくれた、僕のファンがいて、その方にボランティアでお願いしていたのだ。

 今の世の中、何が起きるかわからない。その方が急に会社を辞めることになってしまって、僕のブログの手助けなどしている状態でなかったようだ。

 やっと落ち着かれて、「今まで通りやります」と力強くありがたい言葉をかけてくれた。

 僕も長い間、執念を燃やして書き上げた『裸の女房』が、全国の有力地方新聞、そして朝日新聞が大きく取り上げてくれたにもかかわらず、売れなかったことにがっくりしてしまって元気をなくしていた。

 時代が変わってしまって、本が売れない時代になり、ネットで本を読むようになるだろうと言われている。今では本になっただけでも満足すべきだとあきらめてはいるが。。。

 
 年の暮れになると過ぎ去りし日のことが思い出される。国学院大学の教授だった阿部正路君、無二の親友といえる友人だが、すでにこの世にいない。

 僕が卒業論文の斉藤茂吉論を書けないことを心配して代筆してやるよとまで言ってくれた。頭のいい阿部くんなら、いとも簡単に書いてしまっただろうが。

 その後、『薔薇族』を創刊してからは、何度も原稿を寄せてくれた。ただし、恩師の折口信夫のことだけは書かないよと言われてしまっていた。

 創刊5年後に、新宿に「伊藤文学の談話室」をオープンさせたときに、「祭」という店名を考えてくれた。目の前の美輪明宏さんのお店が「巴里」だから、「巴里祭」で、いい店名で本当に祭の日のように多くの読者が集まってくれた。

 『薔薇族創刊百号』の記念号に、阿部くんは「若葉の風ー伊藤文学君のこと」と題して文章を寄せてくれて、初めて彼と出逢ったときのことを書いている。

 「まさに若葉の風だった。彼はとっても新鮮で、そして、いつも不意にあわられる。
 伊藤文学。彼は、いつのまにか、僕の青春の、ほとんどすべてだった。
 伊藤文学。彼は、、僕の青春の友であったばかりではなく、今では一層たしかに、僕の壮年の友であり、生涯の友でありつづけるに違いない。
 伊藤文学君と初めて逢ったのは、昭和25年の5月、東京大学の三四郎池のほとりだった。ーーじっといて池の面を見詰めてゐると、大きな木が、幾本となく水の底に映って、其又底に青い空が見える。
 これは夏目漱石の小説『三四郎』の一節だ。僕もまた、あのとき、じっとして、池の面を見つめて、大きな木が、幾本となく水の底に映っているのをながめていた。池の底に青い空が見え、たくさんの鳥たちのように木の葉が遊んだ。まさに若葉の季節だ。すると美しい水の底の青い空に、白い若者の顔があらわれた。いかにも美青年であった。あたかも夏目漱石のえがいた三四郎のように、田舎から出てきたばかりの僕の目に、その美青年の瞳がひどくまぶしかった。それが伊藤文学君であった。」

 なにか『薔薇族』的な、美しく、ドラマチックな出逢いだった。もう半世紀以上も前の話だ。

 友人たちが次々と、この世にいなくなって冷たい風が身にしみるようだが、年が変わってもブログを書き続けるので、ぜひ、見ていてください。

Photo阿部正路君と出逢った頃の僕。

★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから

◆ご感想・ご相談はこちらへbungaku@barazoku.co.jp

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年12月19日 (土)

挫折乗り越え出版した本が朝日に!

 今年の日本シリーズで優勝した巨人軍の阿部捕手がお立ち台の上で「最高で〜す!」と叫んだ、あの気持ちが僕にも当てはまる。

 1970年(昭和45年)の1月11日、33歳の若さで酸欠死してしまった先妻の舞踏家、ミカ(本名・君子)。あれから39年の長い年月が流れ過ぎている。

 マスコミに多くの話題を提供したミカが亡くなった時、週刊誌やスポーツ紙がその死を報道してくれた。

 それらを読まれた女流作家の丸川加世子さんが、ミカのことを小説にしたいという申し入れがあり、日記、写真、週刊誌などの切り抜き帖などをお貸しした。

 仙台の七夕祭りに行く超満員の夜汽車の中でのミカとの出会いから事故死するまでの15年間を何日もかかって話をした。

 1971年(昭和46年)の8月1日発行の『小説現代』(講談社刊)に、「被虐の舞踏家」というタイトルで掲載された。

 その後、1周忌も待たずに再婚し、日本初の同性愛誌『薔薇族』を創刊させたことで忙しさにまぎれて、丸川さんに資料をお貸ししていたことなど、すっかり忘れてしまっていた。

 しかし、ミカにとっては作品の芸術性よりも「裸」ということだけに、マスコミのスポットが当てられてしまったことを気にして、なぜ、裸で踊るのか、なぜ、性をテーマにした踊りを創作するのかということを世の中の人に訴えたかったに違いない。

 それができるのは僕しかと思うと、なんとしても本として残しておきたいという思いがつのるばかりだった。

 なんとすっかり忘れていた丸川さんにお貸ししていた資料が数年前に戻って来たではないか。まさにタイム・カプセルのふたを開けるような思いだった。

 しかし、それからが僕にとって、次から次へと多くの試練が待ち受けていた。『薔薇族』の廃刊、左膝の人工膝をつける手術。75年住み慣れた家と土地を信用金庫にとられての狭いマンションへの引っ越しと。

 6畳2間だけの狭いマンションでは、机に向かって原稿を書いているすぐそばに女房が座っている。

 女房の久美子が知らんぷりしてくれていなければ、この本は生まれなかった。世界大不況の中、ネットの出現で、今や出版界は苦境に追い込まれている。2社に断られ、やっと彩流社が出版を引き受けてくれたが、初刷りはたったの2000部だ。

 6月に出版され、共同通信社文化部が、すぐさま僕の写真入りでインタビュー記事を全国の有力地方紙、30紙に配信してくれたというのに、ほとんど反響がなかったそうだ。

 朝日新聞社会部の小泉信一記者、10年ほど前に、初めて『薔薇族』を紹介してくれた人だ。小泉さんは人情に熱い人で、下町の売れない芸人などを記事にしたりしている。著書に『東京下町』(創森社刊)があり、最近、朝日新聞出版から『お〜い、寅さん』(本体900円)も出された。

 自ら志願して日本最北端の稚内におもむき、支局長を勤めるなどの変わり者だ。そこで記事にした高倉健の話を読んで、朝日新聞の社長さんが感動して小泉さんに電話をかけてきたそうだ。

 小泉さんは自分が書いた『裸の女房』の記事のゲラ刷りを読んで、涙を流したと電話をかけてくれた。短い文章の中に、全身全霊をこめて書く。心のこもったいい記事を書く記者は少ない。そんな小泉記者が記事にしてくれた僕は幸せ者だ。

 もう本は売れなくてもいい。朝日が記事にしてくれたということは大変なことなので、まさに「最高で〜す!」と叫びたいぐらいだった。。

 銀座のキャバレー「白いばら」での出版記念会、この不況のおりに、、大枚1万円の会費を払って集まってくれた多くの友人、知人たち。出席できないのにカンパしてくれた人たち。こうした僕を支援してくれる良き友人、知人たちがいる限り、いい仕事を残して多くの人たちの友情に報いたいと思っている。

★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから

◆ご感想・ご相談はこちらへbungaku@barazoku.co.jp

 

 

 

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2009年12月18日 (金)

ちいさい秋みつけた

 誰もが口ずさむ、サトウハチロー作詞(1903〜1973)・中田喜直作曲(1923〜2000)の童謡だ。

 2009年12月5日(土)の朝日新聞に、この歌の誕生秘話が載っていた。

 「風変わりなハゼの木が1本、東京都文京区の礫川(れきせん)公園に立つ。中央の幹は切り株となり、周囲から5本の枝が天に伸びる。
 樹齢約80年のこの木は8年前まで、約2キロ離れた同区弥生の家の庭にあった。家の主だったのは詩人のサトウハチローだ。
 1955年の秋、ハチローは1階の書斎の床に敷いた万年床に寝そべったまま、西向きの窓を見上げた。目に映ったのは、夕日を浴びて深紅に染まる高さ8メートルのハゼの木の葉だ。この年の秋は寒気の訪れが早く、陽光に透けた葉の赤色が鮮やかだった。」

 ハチローはNHKの作詞の依頼で、「大人も子供も歌える叙情歌を書きたい」と考えていた。「全山紅葉の秋でなく、我が家の小さな庭に忍び寄る秋を書こう」とも思っていて、その時、このハゼを見て作詞したのが「ちいさい秋みつけた」だった。

 文化の日に13歳の伴久美子の声でラジオに流れた。放送は1回きりで歌はそのまま忘れられていた。

 だがラジオを聞いて「背筋に電流が走った」ほど感激した人が、キングレコードのディレクターだった長田暁二さん(79)だ。

 ところがハチローはコロムビアの専属、ハチローがフリーになるのを7年も待って、62年にレコード化を持ちかけた。

 長田さんが手がけたボニージャックスが歌った「ちいさい秋みつけた」は、同年のレコード大賞童謡賞を受賞した。その後、長田さんは倍賞千恵子の「下町の太陽」もヒットさせている。

 昭和39年の秋頃だったろうか。この長田さんと僕とは駒沢大学での同期生で、僕は国文科で、長田さんは佛教学部だった。僕は文芸部の部長、長田さんは児童教育部の部長、わずかな予算だったが、いくつかの部で予算をふりわける会議は、夜遅くまで続いた。

 卒業後、キングレコードに入社した長田さんを訪ねて、文芸部の集会室みたいなとことに、歌手や作曲家、作詞家などが団らんしているとことへ良く行ったものだ。

 その頃、『ぼくどうして涙がでるの』を出版しようと思い立っていたときなので、序文をサトウハチローさんにと思い、長田さんに紹介を頼んだ。

 丁度、サトウさんの庭にハゼの木が深紅に染まっていた頃だ。東大裏のサトウさんの家に長田さんと一緒に訪ねて序文をお願いしようと思ったのに、長田さんとサトウさんは仕事の話ばかりして、僕が話を切り出すいとまがなかった。

 結局は詩人の竹内てるよさんに序文をお願いしてしまった。

 「こんど文学さんが出すこの本も、病気をする苦しみは、病んだことのない人にはわからないからといって序文を頼まれました。」と言って素晴らしい序文を書いてくれた。

 「文学さんのすることは、どんなことでも、一つの大きい愛につながっている場面があるのだという信念です。」とも書いてくれた。

 しかし、長田さんは僕の願いを聞いてくれて、僕が作詞して(藤井弘補作)、レコード化してくれた。歌は6人の女性コーラスグループの「ヴォーチェ・アンジェリカ」が歌ってくれた。

 日活で映画化されたとき、タイトルの文字は僕の字で、歌も流れていい気分だった。

 昭和40年の秋の芸術参加作品で、この映画のビデオが出て来たので、「高円寺NOHOHON」で、26日9の3時から見る会を開くので、特に女性の参加を待っている。ネットで「高円寺NOHOHON」を検索して場所を見つけてください。

Photo吹き込み中の長田さん。


★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから

◆ご感想・ご相談はこちらへbungaku@barazoku.co.jp

 

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年10月21日 (水)

「相棒」の新コンビはミスキャスト!

 「テレビ朝日」の人気番組、「相棒」の新シリーズが始まった。主人公・杉下右京(水谷豊)と、長年の相棒だった亀山薫(寺脇康文)が前期で退職、代わりに公安畑から〝飛ばされた〟神戸尊(及川光博)が新たにコンビを組む。

 僕はこの新しいコンビは全く気に入らない。キザな杉下右京(水谷豊)となぜ対称的な役者を選ばなかったのか。ごっつい体育会計の短髪でイモみたいな役者とコンビを組むから見ていておもしろいので、杉下右京に輪をかけたような及川光博のキザっぽさは鼻持ちならない。

 ひたいにかかる髪の毛を首を振って持ち上げる仕草を見るといやになる。これは完全にミスキャストではないか。

 夫婦だって亭主がおとなしい人ならば、女房は男っぽい女を選ぶだろう。

 これが「相棒」でうまくいくのだろうかと、見るものに思わせなければおもしろくない。同じような性格の「相棒」ではダメなのでは。

 最近のドラマの製作はテレビ局が製作するのではなくて、映画会社の「東映」に製作させているようだ。その方が製作費が安くてすむからだろう。

 テレビ局も、新聞社も、出版社もみんな苦しくなっている。最近はNHKのテレビだけがよく見えて来るから不思議だ。

 「水戸黄門」にしても、「子連れ狼」にしても古い作品の方がお金もかけているし見応えがある。

 「水戸黄門」の助さん、格さんにしても、今放映中の役者の体格が貧弱で、それが多くの斬られ役の役者をバッタ、バッタと打ちのめすのは不自然だ。

 2時間スペシャルの「相棒」は期待していただけに見ていてがっかりだった。

 僕が男の好みを言うのは自分でもおかしいと思うが、長年『薔薇族』を藤田竜君と出し続けてきたので、いつの間にか藤田好みの男が好きになってしまったのか。

 藤田君に聞いたわけではないが、及川光博なんていう役者は、彼も好きではないだろう。短髪でスカッとした男を選んでほしかったと言うに違いないのだ。

★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから

◆ご感想・ご相談はこちらへbungaku@barazoku.co.jp

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月18日 (日)

死のうと思ったら、周囲の人に話せ!

 『薔薇族』の読者から、こんな手紙をもらったことがありました。

 「私がなぜ、この道に入ったのかというと、やはり世間のお定まりのコースを歩んで来たのです。
 あれは中学2年の2学期末の試験勉強をしていて、勉強に疲れた私は外に出たときに、知り合いの人に会い、話をしていて、ふいをつかれて犯されてしまったのです。それ以来というもの、私の体は男にしか反応を示さなくなってしまったのです。
 私は、その人をうらみました。憎しみました。こんな自分になったのをせめ、こんなにさせたその男を・・・。
 高校に入り、1年の学年末、私は自殺未遂をしました。どんなにかこの道から抜け出たいと思いましたが、体がいうことを聞いてくれないのです。
 2年生になり、理解ある担任の先生に恵まれ、その先生に相談していましたが、どうにもならず、2度目の自殺未遂をやったのです。
 先生に支えられて、やっと生きる決心をしたのですが、今度はその担任の先生を好きになってしまったのです。
 こんなことでよいのでしょうか。今でも不安は募るばかりです。」

 「伊藤さんにこの手紙が着く頃には、僕はこの世にいないでしょう」なんて手紙をもらったので、心配して電話をかけてみたら、お母さんが出て、「息子は今、アルバイトに行っています」なんていわれたり、まず死ぬなんて言ってくる人は自殺なんかできません。

 本当に自殺する人は、人に黙って死んでしまいます。我が家と同じように地元のS信用金庫にいじまられて屋上から身を投じて自殺してしまった奥さんの話を書きましたが、今年も自殺者は増えるばかりで、3万人を越すそうです。

 僕の住んでいるマンションの1階にある不動産屋さんの話だと、どのマンションも満室になっているところは少ないそうです。それに入居者に家賃を値切りに値切られるそうで、礼金とか、敷金も1ヶ月分しかとれないとか。莫大な借金をしてマンションを建てた大家さんはみんな返済に困っているようです。

 朝日新聞の10月8日の朝刊に、白夜書房の編集局長の末井昭さんが、「見て見ぬふりせず死者悼ね」という長い記事をのせています。

 ご自分の体験を赤裸々に書いているのですが、小学校に末井さんが入学した頃、お母さんが隣りの家の10歳年下の青年とダイナマイト自殺したそうです。お母さんが32歳のときとか。

 末井さんは自殺について、こんなことを書いています。

 「ひとりで悩んで考えても問題は解決しない。
 だから、まず『死のうと思っている』と周囲に言いふらして、窓を開けることです。死のふちで迷っている人の話は、みんな真剣に聴いてくれるはずです。話しているうちに、何とかなるのに、その発想がなかっただけだった、と気づくこともあるんじゃないかな。
 (中略)
 死者を心から悼んで、見て見ぬふりをしないでほしいと思います。どうしても死にたいと思う人は、まじめで優しい人たちなんです。
 みんなが心から悼んで、1年に3万人も死ぬ事態を議論するようになれば、何を変えなきゃいけないか見えてくる。それが一番の自殺防止になるんじゃないか、と考えています。」

 台風で亡くなった人の話は新聞に大きく報じられて、自殺した人の話は記事にもならない。1年に3万人以上の人が死んでいるなんて、大変な話なのに、近所の人にも自殺したことを隠して内緒にしてしまう。これでは死んだ人も浮かばれないのでは。

Photo


★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから

◆ご感想・ご相談はこちらへbungaku@barazoku.co.jp

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月25日 (金)

トイレで食事を!ひどい世の中になったものだ!

 朝日新聞の9月14日号(日)朝刊の学生欄に、こんな記事が載っていた。「一人で食堂入りにくい・6割=法大教授調べ『便所飯』経験も2%」という見出しで。

 「一人で食べる姿を見られたくないから、トイレで食事をとる〝便所飯〟。
 学生の間で広がっているとされることから、実態を探ろうと法政大学の尾木直樹教授が、同大の487人にアンケートした。
 400人から回答があり、〝便所飯をする〟と応えた学生が2.3%(9人)いた。ほかにも〝一人で食堂に入れない〟〝いつも友達と一緒じゃないと落ち着かない〟という回答もあった。

 尾木さんは毎回、講義の最後に、学生に質問や悩みを自由に書かせている。その質問の一つに〝トイレに食事禁止の張り紙があるって本当ですか〟とあった。
 〝大学のトイレで昼食をとる便所飯〟について〝よくある〟という回答は0.3%、〝少しある〟の2、0%と会わせて、2.3%が便所飯の経験者だった。
 また〝一人では学生食堂に入りにくい〟が〝よくある〟と〝少しはある〟をあわせて6割近くに上った。〝昼食は友達と一緒でないとみじめだ〟が〝よくある〟で31.8%、〝少しはある〟も13、3%あった。
 〝いつも友人と一緒でないと落ち着かない〟は、〝よくある〟〝少しはある〟を合わせて23、5%になった。
 最後に〝学生生活を充実させるために大学へ何を要望しますか〟と聞き、自由記述で答えてもらった。授業料減額を求める声が多い一方、〝たまりば〟〝楽しくしゃべるスペースがほしい〟というものも少なくなかった。
 尾木さんは数年前から〝大学生が変わってきた〟と気になっていた。調査で〝一人でいられない学生の姿が浮かび上がって来た。その突出した現象が便所飯ではないか〟。
 東大や早大で聞き取りをしても同じ傾向が見られるという。〝依存度が高く、他人の目が気になるのは思春期の発達の特性だが、それは小5から、中3の発達段階。高校時代、人との交わりや、生活体験が抜け落ちてしまっているのではないか〟と指摘している。(数字はいずれも速報値)」

 トイレの中で食事をしている学生がいるなんて、昭和一ケタの人間には考えられないことだ。

 今の世の中、一人っ子があまりにも多いということ。我々の時代には、兄妹が4人、5人というのは当たり前だったから、便所飯など考えもつかない。

 この調査では便所飯をしている人が、男なのか、女なのか記していないが、恐らく男子学生に違いない。女子学生には、そんな気の弱い学生はいないのでは。

 一人っ子の男子学生も、母親に可愛がられて、ひ弱な男になってしまうケースも多いが、一姫二太郎の家族も多いから、長女は男っぽく、しっかりとするが、二太郎の方はひ弱に成長してしまうケースが多い。
 
 ひとりで学生食堂で食事をする方が、わずらわしくなくて落ち着いて食事ができていいと思うけれど、それが嫌だという。なんとも情けない話だ。

 今の大学は勉強をしに行くところではなくて、女性の友達を見つけに行くところ、友達とわいわいおしゃべりをするところになってしまっているのだろうか。

 女性に声をかけられない男も多いというし、友達になれてもセックスができない男も多いという。

 今こそヤマジュンの「やらないか!」精神を普及させなければ。積極的に行動を起こそうではないか!

Photo「ひまわり」のようにたくましく。


★伊藤文学〜第1回「やらないかの集い」
 山川純一君が残してくれた、呼びかけの言葉「やらないか!」。これはエッチな言葉ではなく、日本中の人たちが、うつむき加減で、元気をなくしている今の世の中。元気を出して行動を起こせと呼びかけているのではなかろうか。
 
 1971年、日本で最初の同性愛者に向けての雑誌『薔薇族』を創刊した伊藤文学と熱く語り合おう!
 
 すべて日本で最初の仕事を次から次へと実行した男。男性ヌードの写真集、少年の写真集、ビデオの製作、「薔薇と海と太陽と」「白い牡鹿たち」「愛の処刑」などの映画の製作。同性愛の世界をリードし続けた35年を語ります。ぜひ、みなさんでお出かけください。

日時:9月28日(月曜日)夜7時から9時
場所:下北沢南口「ONE LOVE BOOKS」
会費:1000円(ワンドリンク付き)

〒155-0031 東京都世田谷区北沢2-1-3
       ☎03(3411)8302

★下北沢の改札を出て、左の階段を降りる。南口商店街を5分ほど歩くと、右側に「餃子の王将」があり、その前の「膳場八百屋」の横を左に曲がると4、5軒目。「足立屋酒店」の前。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2009年9月15日 (火)

伊藤文学〜第1回「やらないかの集い」

 山川純一君が残してくれた、呼びかけの言葉「やらないか!」。これはエッチな言葉ではなく、日本中の人たちが、うつむき加減で、元気をなくしている今の世の中。元気を出して行動を起こせと呼びかけているのではなかろうか。
 
 1971年、日本で最初の同性愛者に向けての雑誌『薔薇族』を創刊した伊藤文学と熱く語り合おう!
 
 すべて日本で最初の仕事を次から次へと実行した男。男性ヌードの写真集、少年の写真集、ビデオの製作、「薔薇と海と太陽と」「白い牡鹿たち」「愛の処刑」などの映画の製作。同性愛の世界をリードし続けた35年を語ります。ぜひ、みなさんでお出かけください。

日時:9月28日(月曜日)夜7時から9時
場所:下北沢南口「ONE LOVE BOOKS」
会費:1000円(ワンドリンク付き)

〒155-0031 東京都世田谷区北沢2-1-3
       ☎03(3411)8302

★下北沢の改札を出て、左の階段を降りる。南口商店街を5分ほど歩くと、右側に「餃子の王将」があり、その前の「膳場八百屋」の横を左に曲がると4、5軒目。「足立屋酒店」の前。

Photo_4山川純一の「もっこり抱き枕」


| | コメント (1) | トラックバック (0)

2009年8月 2日 (日)

児童ポルノ規制法が廃案に!

 自民党が都議会議員選挙で、民主党に大敗し、その後の自民党内部のごたごたがあって、「児童ポルノ規制法」が廃案になってしまった。

 児童ポルノを個人的に持っているだけで罰せられてしまう、こんな法律が通ってしまったら、少年愛の人たちはどうなってしまうのだろうか。やれやれというところだ。

 小学校の校長を最後に定年で辞められた方で、もう80歳になる方だが、数年前に脳梗塞で倒れ、現在は奥さんの力を借りて、リハビリ中の身だ。

 奥さんが留守のときに、今でも僕に電話をかけてくる。まだろれつが回らず、言葉が聞き取りにくいが、僕に電話するしか方法がないのだろう。

 彼からこんな手紙をもらったことがある。

 この方の体験を通して、少年愛の人たちは、これだけは気をつけてほしいと思うことを書いてこられた。

 「1.心の結びつきを最も大切にせよ。
 好きな少年ができたら決して焦らないことである。すぐに手を出したらおしまいだ。(中略)あせらず、ゆっくりと、その少年と友達になることだ。ごく自然に徐々に少年の心をつかんでいくのである。これにはかなりの時間がかかる。日をかけて、だんだんとお互いに信頼感がわいてきたら、その心を大切に育てよう。用を頼んだり、真心をもって相談にのってやったり、そうして本当に人間関係ができあがったら、遊びにこないかと誘ってみてもいいのだ。
 2.必要以上に物を与えたり、高価な物を与えないこと。
 そういうことをすると、少年がかえって迷惑すると思うのである。その物がかえって少年の心の負担になるし、親には言えないし、どうしようもないところへ追いやる結果をなる。だからせいぜいお菓子を与えたり、鉛筆など「もうおじさんのいらなくなった物をあげるんだよ」という調子で、気軽に受け取れるようにしたいものである。
 3.相手の少年にも親があり、家庭があることを忘れるな。
 好きになったらドライブに誘ったり、遊びにこないかと誘ったり、用を頼んだりしたいものである。また前項のように物を与えたりもするけれど、常に相手の少年には親がいることを忘れては行けない。
 逆に親の立場になって考えてみたら何よりもよくわかると思う。我が家の息子がどこかの中年の男に何かすごく親切にしてもらっている。いろいろな物をもらったり、遊びに連れて行かれたり、時には泊まりに来い、来いとも言うらしい。素直にすんなりと、その親切を受けてばかりいていいものだろうか。勉強もある、心の揺れ動く少年期の子供である。悪い遊びを覚えられたら困る。親としての心配は限りなく広がっていく。
 だからまず親に心配をかけないよう、できたら親とも信頼し合う仲になりたいものだ。」

 まだまだ続くが、元校長先生がくれた、この手紙は、30年ぐらい前の話だし、四国という地方での話だ。世の中、変わってしまって、小学校にはガードマンがいるし、父兄であることを証明する札を下げていなければ校内に入れない。

 第一、子供の遊びも違っているし、意識も変わっている。こんなこと元校長先生が少年愛の後輩に教えることが、いいことなのか、悪いことなのか難しい問題だが、少年愛の人がいなくなっているわけではない。少年愛の人たちの心理は、今も昔もそう変わりはないのでは。

 どんな手段を使って少年に近づくのか。やはり今はネットだろうか。廃案になって喜んでいていいものなのか。少年愛の人たち、今こそ真剣に考える時なのではないだろうか!

Photo


★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから

◆ご感想・ご相談はこちらへbungaku@barazoku.co.jp

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月20日 (月)

「沖縄タイムス」の見出し「肉体をたたきつけた舞踏」に感動!

 共同通信社の文化部から、全国の有力地方紙の30紙に配信された、僕の著書「裸の女房」のインタビュー記事が載り始め、5日の日曜日の読書欄に載ったものが彩流社から送られてきた。

 地方の新聞に載る記事の中に入る僕の写真なので、あまりラフな格好では印象が悪いのではと考えて、ネクタイをきちんと結んだスーツ姿にした。

 掲載された紙面を見て、ちょっと堅かったかなと思う。記事の内容は文化部の記者の人が書いたものなので、各紙とも同じだが、見出しは各紙の文化部の記者の人が、それぞれ考えて付けている。まだ8紙しか送られてこないが、その見出しがそれぞれ違うのが面白い。

 「中国新聞」は「舞踏一筋 芸術性評価を」、「四国新聞」は「舞踏に打ちこんだ亡妻」、「沖縄タイムス」は「肉体をたたきつけた舞踏」とあり、小さく「亡き妻を思う」と付け加えている。

 「宮崎日日新聞」は「命かけ舞踏芸術追求」、「徳島新聞」は「舞踏に打ち込んだ亡妻」、「信濃毎日新聞」は、僕の写真をカラーにしてくれて「舞踏一筋の人生伝える」とある。「高知新聞」は「舞踏に命かけた亡き妻」、「南日本新聞」は「舞踏に命かけた叫び」としている。

 新聞社の文化部の人が、記事を読んで、どうすれば強く訴えるかを考えて、見出しをつけている。

 30紙もの新聞の読書欄に掲載されるのだから、宣伝費に換算したら、大変な金額になるだろうから、取材をして記事を配信してくれた共同通信には感謝の言葉もない。

 いくら本を読まなくなったとはいえ、読書好きの人は読書欄を読んでいるだろうから、それなりの反響があってもいいはずだ。ところが本が書店の店頭に並んでから、すでに1カ月が過ぎている。書店は次から次へと取次店から新刊がおくられてくるから、、売れないとみると、すぐさま返品してしまう。

 書評を読んで買おうと思って、書店に足を運んでも読みたいと思う本がないとあきらめてしまう。取り寄せるように頼むお客は少ないだろう。

 彩流社にどのくらい反響があったのか、電話をしてみたら、驚くほどの注文はないという。これがネットの今の時代の現実なのだろうか。

 思い起こせば昭和20年代の後半に、第二書房から刊行した「匪賊と共に チチハル脱出記」、終戦後、満州で日本の女性が、ソ連軍の兵隊などにひどい仕打ちを受けた体験記だ。

 「週刊新潮」が「性のいけにえになった女性群」という4、5頁の記事にしてくれた。その反響はものすごく注文が取次店から殺到し、仕入れの人が増刷したら何部欲しいと頭を下げて、世田谷の我が家まで訪ねて来たものだ。これは最高の気分だった。

 今の時代、、ベストセラーを出すということは、宝くじを当てるよりも難しい。出版社も次から次へと新刊を出し続ける自転車操業だから、1冊、1冊に面倒は見ていられないのが実状だ。

 8紙の新聞の見出しを見て、僕が一番気に入ったのは、「沖縄タイムス」の「肉体をたたきつけた舞踏」。僕の心を打った。読者は自分が読んでいる新聞しか見ていないのだから比較はできないが、沖縄の読者には胸に響いたのではなかろうか。

 これらの記事がきっかけになって、本が増刷になればいいのだがーー。

★伊藤文学著『裸の女房』(彩流社刊・定価2100円)

T_2


★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから

◆ご感想・ご相談はこちらへbungaku@barazoku.co.jp

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月15日 (水)

竹久夢二の女性遍歴の底にひそむもの

 抒情画を描く画家に、なぜかゲイの人が多い。内藤ルネさん、その師匠の中原淳一さん、藤井千秋さん、高畠華肖さんなどだ。

 ゲイの人は心の奥底に女性の部分を持っているから、女性になったらこんな女性になりたいという願望があるから、美しい女性を描くのだろう。

 女性のためのファッション・デザクィなーもゲイの人が多いのは、女性になったら、こんな可愛い服を着たいという願望があるあkらだ。

 竹久夢二さんだけは、何人から女性と結婚を繰り返し、子供さんもいるから、誰もが夢二をゲイだと言う人はいない。

 僕は以前から夢二はゲイであったのではと確信している。確か夢二は兄姉が多く、その末っ子だったのでは。確率からいってゲイの人は末っ子に多いことは間違いない。それは母親が溺愛してしまうからである。だからといって末っ子がすべてゲイになってしまうわけではない。

 夢二は母親よりも一番上の姉に憧れていたようだ。夢二の作品を見ても、病的とも思える女性を描き、美人画だけでなく、デザインの世界でも、様々な仕事をしている。その繊細な感覚は、女好きの芸術家にはとても持ちえないものだ。

 女房の古里の弥彦村に建設した「ロマンの泉美術館」のオープンした頃、出会った燕市在住の詩人、松井郁子さん、美術館を賛美する文章を「新潟日報」に寄せてくれたりもした方だ。

 「ロマンの泉美術館」が閉館することになり、6月9日の夜に、弥彦温泉の「みのや」旅館で、お別れの会を僕のファンが開いてくれた。

 前新潟県知事の平山征夫さん、新潟大学教授の栗原隆さんなど、多くの人が参加してくれた。松井郁子さんも駆けつけてくれて、そのときに雑誌などに発表された論文などをコピーして持って来てくれた。その中に「金沢文学」に発表された「夢二式美人画に潜むもの」と題する一文に、僕の目は釘付けになった。

 僕が夢二に対して考えていたことと、同じようなことを書かれていた。

 「夢二は女と心身を共にしながら冷めていく自分を視ていたに違いない。他万喜(たまき)にしても、彦乃、お葉にしても夢二にとっては画のための人形でしかなかった。人形は次の画のために取り替えなくてはならなかった。取り替えた先に、また別の〈艶麗な、かつ不幸な女〉を夢見なければならなかった。それはどこに起因するのだろう。
 そこには不幸だった母、也須能(やすの)と、最愛の姉、松香への思慕が潜んでいた。夢二の父には愛人がおり、そのために松香は婚家を追われた。夢二はこの姉を終生、敬愛したという。あの美人画からにじむ哀感は、也須能と松香の苦悩する姿であった。夢二の女性遍歴もそこにある。母と姉、この〈かけがいのない二人の女性〉を追い求めて、夢二は漂泊した。しかし、その〈二人と同じ女性〉には永遠に出会うことはなかった。夢二は愛した女たちの中に、悲しみを負った母と姉の面影を見ようとしたのではなかったかーー。」

 何度も女性を替えたのは、女が好きで性欲のためにしたのではないということだ。

 松井さんは夢二の美術館を訪れて、そこの館長と出会っている。館長は「夢二は女の人を真剣に愛した。だからこそ真情まで表現されている。」と松井さんに語ったそうだが、館長としては、どうしても夢二が女好きでないと困るのでは? それは館長ご自身がゲイであることを隠し、後ろめたさを感じていたからではないだろうか。

Photo

★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから

◆ご感想・ご相談はこちらへbungaku@barazoku.co.jp


| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧