2011年12月 3日 (土)

抑圧された中で、永遠の解放を憧れ続ける! ―少年愛者の叫び!―

 37年も前に、ひとりの中学校の教師が、少年愛の人たちの世界が、いい方向にと思っていた夢や、希望がだんだんに悪い方に向いてしまっている。
 児童ポルノを持っているだけでも逮捕されてしまうなんて、無茶苦茶な条例が京都府の議会で通ってしまったのだから……。

「私たちは教育に情熱をかけることで、激しい欲望を懸命に解消している真面目な教師なのである。そして毎日、教えているクラスの好きな少年を思い浮かべながら、よい授業をすべく、明日の授業の教材研究に心血をそそいでいる。

 先日、朝日新聞の海外ニュースの欄で、アメリカのある教育学者が、「同性愛者は教育者にふさわしい」という研究論文を発表したことを報じていたが、私もその論旨に賛成である。
 なんといっても子供への愛情は、一般の教師より、ことのほか深いし、「差別と選別のための教育」と問題にされている現在、差別され疎外される者の気持を最もよく理解できるのが、ホモや少年愛のわれわれではないだろうか。非行に走りやすい子供をどこまでもあたたかく寛容に抱いてやれるのも。(中略)」

 少年愛者よ、頑張っていこう。私たちの苦しい姿の一部を紹介した。

 時おり耐えきれなくなって、犯罪者のらく印や、社会的失墜を恐れて、一生を悶々と老いていくのが馬鹿らしくなり、思いきった行動に出てしまおうなんて考えるときもあるが、やはり相手は未成年者がほとんどなんだから行動に及ぶことだけはまずい。
 これだけはお互い厳しく自戒しておくしかない。以前、伊藤編集長も書かれていたが、時おり少年愛の人の犯罪が新聞や、週刊誌にのるのは、気持がよく分かるだけに、とても悲しい。結果は当人と少年双方に、生涯、傷がつくだけである。

 しかし、考えようによれば、厳しく制限され、抑圧される中で永遠の解放を憧れ続ける姿こそ、真の恍惚境かもしれないのだ。よろこびというものは相対的なもので、欲望の解放が完全に保障された中では、真の幸福からは遠ざかる。
 われわれの感じる少年のエロチシズムは、女色者の見る女のエロチシズムより、はるかに神秘的ではあるまいか。

 ところで最後に同性愛に悩む少年諸君へ。一度君の学校のお気に入りの先生に相談してごらん。ひょっとすると、その先生も同じ悩みの持ち主かも知れないよ。とすれば生涯の友となって語り合えるかも。
 たとえそうでなくても、先生というのは普通、いろんなことに寛容で、個人的な秘密はもらさないものだ。
 もし怒ったり、他人にもらしたりする先生であれば、徹底して軽蔑してやればよい。」


 おく・かずひろさんという中学教師からの長文の投稿だ。もうとうに停年でやめられているだろうが、その後どんな生活を送っていることか。
「同性愛者は教育者にふさわしい」というアメリカの教育学者が論文を発表したとあるがぼくもその意見に共感する。

 少年を心底好きで教師になったのだから、教育に熱心なのは当然のことだ。しかし、ある教師と対談したことがあるが、その方は自分の教えた子に手をつけたらダメです。それぐらいの自制をしなきゃ、教職は務まりませんよ。心を抱くというのはやむをえないが、手を出すということは絶対に抑えないといけない。人生を生きていくうちに、タブーというものは必ずある、と。

 少しは、少年愛というものをご理解頂けただろうか。
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第3回「伊藤文学と語る会」 
《『薔薇族』401号刊行記念~少年愛について考える~》
12月10日(土)午後2時~4時(予定) ※途中参加・中途退出も自由です。
会費なし(コーヒー代の実費のみ)
会場:下北沢 カフエ「邪宗門」
住所:東京都世田谷区代田1丁目31-1 TEL03-3410-7858
※ますます居場所を失いつつある〈少年愛者〉の問題について、みんなで考えます。当日は、二代目編集長である竜超による401号(700円)の販売も行ないます。

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2011年11月28日 (月)

人に打ちあけられずに耐えしのんでいる少年愛者!

 少年愛についてブログに書くと、読んでくれる人の数が、ぐ~んと増える。それは少年愛の人たちは、自分から声をあげることができない。ぼくしか少年愛者に代わって、その苦しみ、悩みを訴える人はいないからだ。
 
 児童ポルノを規制しようとしている人たちは少年愛の人たちの悩みを知ろうとはしない。どんな人たちが、少年の写真を見たいと思っているのか、その実体をまず理解してから、法律を作ってほしい。
 
 この投稿は、今から37年も前に、『薔薇族』の№22 1974年の11月号に載った、中学の教師の投稿だ。長い投稿なので、2回に分けて紹介しようと思う。
 

「私は少年愛者である。小学校、5、6年から高校3年ぐらいまでの童顔の少年に、激しい欲情を感じ、それが日に日につのるばかりで、正直言って大変に苦しい。
 その気さえあれば、機会はないこともない普通のホモの人たちが、うらやましいほどだ。少年愛は相手が未成年者であるだけに、実行は絶対的に不可能である。倫理的にも許されるものではない。
 生涯この苦しみに、じっと耐えていくしかないのだ。われわれが少年愛者であることは、神のなせるわざであって、われわれ自身の罪であろうはずはない。しかし、これを口にしたり、実行に移そうとしたりすれば、たちまち犯罪者のらく印を押されるし、社会的体面が失われる。
 従って誰もが生涯、人に打ち明けずに耐え続けているのである。
 巷にあふれる少年たちをまぶしく見やりながら、また女好きが、その欲望を思う存分発散させている姿に、激しく嫉妬しながら、考えてみれば、これほどの悲劇はない。
 
 少年愛にもなんらかの方法が、公に認められるという、素晴らしく解放された社会というようなものは、考えられないだろうか。
 せめて少年愛者のために、少年のポルノ写真は大目に見る、というような時代になって、少年たちのとてもエロチックな写真や、映画がたやすく手に入るということになれば、多くの少年愛の人たちが、大いに慰められるのだが。ポルノ解禁は欲望の解放になりこそすれ、決して犯罪を増やすものではあるまい。しかし、これもいささか絶望的である。
 
 ところで私はある田舎の中学校の教師である。教師を志願したのは、もちろん自分の少年愛という性を意識してのことである。世の中で異性への関心から自分の職業を選ぶ人は稀であろう。
 彼らは欲望を満たすということを法律においてさえ保障されている。そうでないわれわれが、少しでも少年たちに接することのできる仕事を選ぶことを誰が非難できようか。先生以外にもいろんな職業がある。少年スポーツサークルの指導員、児童福祉施設の職員、町の少年会の指導員等。
 
 先生になりそこねた人は、極安の少年塾でもはじめたら? 多分多くの少年たちが押しかけてくるだろうし、彼らの去ったあとの少年くさい匂いのこもる部屋で、マスターベーションというのも一方法だ。
 
 教師仕事において、種々の楽しみが生ずることは確かである。例えばスポーツクラブの顧問になることなど。水泳クラブで、競泳クラブで、競泳パンツの少年たちに囲まれているのも楽しいし、レスリングクラブで、彼らと共に汗にまみれるのは、まさにあの行為と変わらぬ興奮を与えるであろう。
 また少年たちをきびしく、しごくのも快感であるし、彼らの練習中、更衣室で脱ぎ捨てられたブリーフ等をこっそりととり出して、匂いをかぐのも自由である。」
(つづく)
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第3回「伊藤文学と語る会」 
《『薔薇族』401号刊行記念~少年愛について考える~》
12月10日(土)午後2時~4時(予定) ※途中参加・中途退出も自由です。
会費なし(コーヒー代の実費のみ)
会場:下北沢 カフエ「邪宗門」
住所:東京都世田谷区代田1丁目31-1 TEL03-3410-7858
※ますます居場所を失いつつある〈少年愛者〉の問題について、みんなで考えます。当日は、二代目編集長である竜超による401号(700円)の販売も行ないます。

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2011年8月 1日 (月)

世の中、変っても少年愛の人の気持ちは同じ!

 まずは中年の少年愛のオジさんの少年愛に対する考え方を最後まで聞いてみよう。

「 5.こちらの愛を受け入れてくれるかどうか早く見究めること

 私の経験から小学高学年から中学生のころになると、やはりこの男の愛を受れるだけのものを僅かでも持っている子と、ぜんぜん持っていない子があることが分かる。
 いわゆるそのケがあるのとないのと、ということであろうか。そのケなんて言うと何だか嫌らしく聞こえて仕方ないが、人間はやはり神に与えられた「性」の度合いは色々であるらしい。
 同性愛的傾向何パーセントということであろうか。それは最初のこちらの働きかけに対する反応でも分かるものである。
 今ひとつ間違ってはいけないことは、少年たちは、まだ愛の行為が固定していないのであるから、ただ何となく優しくしてくれるおじさんの相手となっているだけというのが分かる。
 おじさんを信じているから少年らしく、好きなおじさんなのだから、どんなことでも嫌な気がしない。だから受け入れているんだというのである。
 少年にその気がないとか、あるいはどんなに好きなおじさんでも、そんな嫌らしい行為は嫌だという態度を取ったら、あっさり諦めること。その後はごめんねと謝って、きれいに精神的な愛だけで付き合っていかねばならない。そこが辛いのだ。
 少年愛の男でなければ分からない辛さ。私はそれを何度も経験した。涙が出たこともある。人が聞いたら一笑に付してしまうかもしれないけれど。
 少しでも喜びを感じ、相手になってくれる少年の場合でも、極端に急いではいけない。ごく自然に、出来るだけはやる自分の心を抑えて、付き合っていかねばならない。私の場合、それらの少年たちはみんなある年齢で女を愛し、やがて結婚していった。良かったと思っている。

 6.大人であることの自覚、責任を忘れるな。

 教育的にとは言わない。しかし、あくまでも大人が子どもとお付き合いをするのである。大人同士と同じにはいかないことを絶対忘れてはいけない。出来るだけ少年を善導し、まっすぐに成長していくことを願って、彼らの心を見守ってほしい。大人の責任を忘れないこと。
 行きがかりの少年をだまして、一回きりの性欲のはけ口の相手をさせたりなんて本当に、もっての外である。少年はどんなにでも成長する素晴らしい可能性をいっぱい内に持っているのだ。大人の犠牲にしてはいけない。
 要は少年を本当に愛すること、同性愛的な愛だけじゃなくて、人間的にも愛せる男にのみ少年愛は許される。私はそう思っている。
 少年愛についての悩みや、喜びを味わう者のひとりとして、思いつくままに記してみた。「君のようなことを言っていたら、人生面白くない。何にも楽しめないじゃないか?」と言われる方もあるだろう。そんなことを言わずにどんどんやればいいんだという方も居られるだろう。どうか批判を仰ぎたい。」

 少年愛の人といっても、いろんな人がいる。この人のように理性的に考える人もいるけれど、すぐに行動に走ってしまう人もいる。
 世の中変って、ガードマンが小学校の周りを巡回している世の中だ。子どもにうっかり声も掛けられない。少しでも少年を愛する人が、どんなに苦しんでいるか知ってもらえば幸いだ。(おわり)

Bok


『薔薇族』ご注文の方法は、80円切手7枚を封筒に入れてお送り下さい。
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2011年7月28日 (木)

少年愛は理屈では割りきれない問題だ!

 少年愛の男たちが、どのようにして少年に近付いたかという方法を紹介することが、いいことか悪いことかという問題だが、こうした努力をしているということを知ってもらいたい。

「 2.必要以上に物を与えたり、高価なものを与えないこと。

 少年愛の男たちはとかく少年に物を与えるのが好きだ。私もそうであった。何でもかんでも愛する子にあげたかった。
 以前、中学を卒業する少年に腕時計をプレゼントしたことがあった。心の結びつきがあったから、親からも別に変に思われなかったけれど、後からいけなかったかと、反省したものである。
 それは少年がかえって迷惑すると思うのである。その物がかえって少年の心の負担になるし、親には言えないし、どうしようもないところへ追いやる結果ともなる。だからせいぜい、お菓子を時々与えたり、鉛筆など「もうおじさんのいらなくなった物をあげるんだよ」という調子で気楽に受取るようにしたいものである。

3.相手の少年にも親があり、家族があることを忘れるな。

好きになったらドライブに誘ったり、遊びに来ないかと誘ったり、用を頼んだりしたいものである。
 また前項のように物を与えたりもするけれど、常に相手の少年には親があることを忘れてはいけない。
 逆に親の立場になって考えてみたら、何よりもよく分かると思う。わが家の息子がどこかの中年の男に何かすごく親切にしてもらったり、遊びに連れて行かれたり、時には泊まりに来い、来いとも言うらしい。素直にすんなりとその親切を受けてばかりいてもいいものだろうか。勉強もある。心の揺れ動く少年期の子どもである。悪い遊びも覚えられたら困る。親としての心配は限りなく広がっていく。
 だからまず親に心配をかけないよう、出来たら親とも信頼しあう仲になりたいものである。

4.少年愛者は欲望に耐えられるものである

 相手の心は掴めた。信頼も得た。かと言って一挙にセックスが出来るものではない。やはり子どもなのだ。欲望を抑える「忍耐」が絶対に必要。少年愛者は肉欲よりもむしろ精神的な愛を尊ばねばならない。少なくとも私はそう思っている。
 ホモ小説にはよく最初から感じを出してもだえたり、抱きついてきたり、口の中で舌を強く吸い合ったりするように書かれているけれど、これは絶対にあり得ないことだ。本当に初めてで何にも知らなかった少年ならば、ただ驚いて、年長者のなすままになるばかりである。
 驚きと羞恥心と、でも快感は得られるだろう。男性の性機能を備えているのだから、それでも優しかった、おじさんとこんなことをして、恥ずかしい、お母さんに申し訳ない、お母さんに知られたらどうしようと、少年の心は大きく揺れ動くのである。だからそっと大切に扱って欲しい。」

 このおじさんは妻子もあり、会社でも地位のある人だろう。それでも少年を愛している。自分のことを客観的に見ている人だから、後輩のために、このような少年との付き合い方を書いている。
 少年でも本質的に女性の好きな人は、ある年齢に達すれば、女性を好きになっていく。これは少年愛者には、辛いことでもあり、ほっとすることでもある。(つづく)

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2011年7月27日 (水)

少年愛の男たちの心の傷みを!

少年愛の男たちの心の傷みを!

 少年愛の人って、どんな人で、どんなことを考えているのか、それを知らなければ、少年愛の人たちを理解することはできない。
 もう『薔薇族』は廃刊になってしまっているから、少年愛の人たちのナマの声を聞くことはできない。古い雑誌の読者の投稿から考えてみようと思うが、苦しい思いがじ~んと伝わって来るようだ。

 「私は40を半ば過ぎた中年の少年愛者です。12歳ぐらいの少年の半ズボンの足にうっとりする時もあり、中学生の黒い詰襟の制服に胸が躍ったりもする。いたって平凡な田舎の男だ。世の中には私のような少年愛の人はずいぶん多いと思う。
 ホモの種類を人数別に統計をとったら、どういうことになるか、興味はあるが、少年を美しいと思い、少年に心を寄せる大人が、かなりの割合を占めるのではないだろうか。
 少年愛は対象が子供であるだけに、また問題も多くなる。第一、相手が簡単に得られないこと、うっかりすると大きな社会問題になりかねない。
 また、まだ性の意識が未熟な少年であるから、そのままでおれば、いわゆる正常に成長して、やがて女性に興味を持つようになるであろうものを、少年愛の年長者に目を留められたばかりに、将来の性の方向が普通ではないものになってしまう。
 そういう点から、いつも少年愛の男たちは罪悪感の心を傷めながら、それでもどうすることもできない自分の性向に負けて、またしても少年を追っかける結果になってしまう。
 私の半生も苦しみの連続であった。もう止そう、もうこれでおしまいだと思いながら、どうしても絶ち切ることのできない、この悲しい性・・・・。家庭生活と、社会人としての地位と・・・・。
 そして秘められたこの性、私は時々、もう生きることに疲労を覚えて、現実から逃避したいと何回思ったことか。
 それでも死ぬことなどはとても勇気がなく、また妻子を養う男としての義務感も強く、ずるずると今日に到っている。
 最近、少年愛の男が少年を愛する方法に、行き過ぎがあって、大きな社会問題になったということを耳にした。以前にもそういった犯罪のあったことを記憶している。
 少年愛の人たちのために、私の体験を通して、これだけは気を付けてほしいと思う事もまとめてみようと思う。

1. 心の結びつきを最も大切にせよ

 好きな少年が出来たら、決して焦らないことである。すぐに手を出したらおしまいだ。相手は小学高学年、または中学生だということを忘れてはいけない。何も知らないのである。
 もちろん中学3年生ぐらいになれば、ある程度は知っているものだろうが。私は多くの経験はないけれど、この点だけはうまくやった。
 焦らずゆっくりと、その少年と友だちになることだ。ごく自然に徐々に少年の心を掴んでいくのである。これにはかなりの日数がかかる。日数をかけて段々とお互いに信頼感が湧いてきたら、その心を大切に育てよう。
 用を頼んだり、真心をもって相談にのってやったり、そうしてほんとに人間関係が出来上がったら、遊びに来ないかと誘ってみてもいいのだ。」

 長い文章なので、あと2回ほどに分けて載せていきたい。自分の体験や苦しみを若い人たちに知ってもらいたい。そう思って事細かに書いてくれた人が何人もいた。
 そう考えても少年愛の男たちの心の傷みは、時代が変わっても変わることはないだろう。

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2011年7月26日 (火)

なんでも終わりがある!

 毎日新聞の2011年7月21日の朝刊に「介護のコトバ」(生活とリハビリ研究所代表)と題するコラムがあり、なんと連載の終わりとあった。
 それ以前の三好春樹さんの文章は、まったく読んでいないので、どんなことを書かれていたかは知るよしもない。
 連載のおわりに目がとまったということは何かの因縁かも。タイトルに「ん、がついたら終わり。一番立派な死に方は」とある。
 三好さんという方は、高齢者の介護の仕事をされてこられた方だろう。ぼくも日本人男性の平均寿命と言われる79歳に、いつの間にかなってしまっている。同じくらいの年齢の友人、知人が次から次へと亡くなっていく。
 そんな時に目にとまった、三好さんの文章には、ずっしりと心に感じるものがあった。

 「ん、から始まるコトバは日本語にはない。だから、しりとりでも、最後に「ん」のつくコトバを言うと負けで終わりになる。なんでも終わりがある。この連載も今回で終わりになる。
 老いとは人生の終わりに向かっていくことだ。そこには病気があり、手足の麻痺があり、認知症だってある。介護とはそれに付き合うことだ。(中略)
 私には忘れられない死がある。勤めていた特養ホームで、95歳の女性が亡くなった。老衰だった。通夜の夜が私の宿直だったが、誰も来ない。
 私は親族や社会の冷たさに、一人義憤を感じながら、線香を絶やさぬようにして朝を迎えた。でも私は立派な死に方なのだと。だって誰も悲しませないのだから。
 一番あってはならないのは「名誉の死」なんて言われる死に方である。それは誰かに利用されていると思った方がいい。何より残された家族が悲しむじゃないか。
 老人介護からは人生について多くのことを学んだ。でもそのうちの一番は、私の死の知らせを受けた人たちが「あいつまだ生きていたのか」と驚くような長生きをして終わりたいということである。」

 先日、世田谷区から75歳以上の後期高齢者の健康診断を受診しなさいという書類が送られてきたので、早速かかりつけの医院で検査をしてもらった。お腹まわりに脂肪が付き過ぎているだけで、あとは問題ないということだった。
 お腹まわりが1米を少し越してしまっているので、なるべく野菜を多く食べて、体重を減らそうと努力はしているのだが、なかなか減らない。
 それにしても人に介護されてまで生きていたいとは思わないけれど、こればかりは最後にどんな死に方をするか、分らないのだから、どうしようもない。

 同じ日の朝日新聞の社会面トップに「児童ポルノ愛好者DB化・警視庁・手口・ネットID蓄積」と見出しがあった。
 「(前略)愛好者の多さに驚くと、児童ポルノのDVD販売にかかわった男は記者に言った。ネットオークションで、愛好者にそれとわかる果物の名で出品すると、注文が殺到した。毎月2千万円の売り上げがあった。1枚200円の商品が10万枚売れた計算だ。5分で10枚複製できる機械がフル稼働した。「いま一番売れるのは子供のポルノなんだ。億単位の金を稼げるぞ。」 男を販売に誘い込んだ別の男の言葉に嘘はなかった。」
 編集委員の緒方健二さんは、こう結んでいる。
 自分のコレクションを自慢して見せたり、誰も撮れないようなワイセツな写真をネットに載せる。このような人は、どんなに取り締まってもなくならないし、欲しいと思って買う人もいる。悲しいことだが、なくすことは難しい。
 街の落書きもなくならない。よくもこんな場所に書いたものだと感心させられてしまうが、それが快感であり、自己顕示欲でもあるので、これをなくすのは難しい。
 ほとんどの少年愛の人たちは自制しているのだが、一部の目立つ行為をする人たちのために全体が悪い奴だと思われてしまうのは辛いことだ。

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2011年7月13日 (水)

誰もが年をとるが、年のことなど忘れよう!

 今から26年も前の話だ。『薔薇族』の1985年1月号・No.144に、ぼくはこんなことを書いていた。

 「昭和57年3月29日に亡くなられたマンガ家の冨田英三さんが、お元気だった頃の話だ。日本で一番早く『ゲイ』という単行本を出され、アメリカのグリニッチビレッジの風俗をいち早く日本に持ち帰って、若い芸術家を集めて“ビザールの会”を結成した。
 “ビザール”とは、風変わりなという意味で、ちょっと変った人間ばかり集っていた。
 とにかくいろんなことをやって、ぼくら夫婦も参加していた。その時代は新宿が一番元気があって活気に満ちていた。その仲間のひとりで、Fさんという広告代理店に勤めていた人がいた。
 当時のぼくはまったくゲイの世界を知らなかったから、Fさんのことを気にもとめなかったけれど、ぼくが新宿に「祭」というお店を出したころ、そのFさんがひょっこり顔を出したのでおどろいた。
 すっかりFさんのことなど忘れていたら、電話がかかってきた。下北沢の喫茶店で待ち合わせたら、ぼくより先に来たのに、なんにも注文しないで待っていた。
 Fさんも60歳になっていて、ぼくも52歳、あっという間に20年以上も時は過ぎていたのだ。Fさんは無一文、だからコーヒーも注文しなかったのだろう。
 年をとるにつれてFさんは、ホテルや旅館の下働きなどをするようになり、最近、自殺未遂までして、また東京に舞い戻ってきたとのことだ。
 どこかゲイ旅館などで働くところを見付けてほしいというのが、ぼくを訪ねてきた理由だった。ゲイ旅館を紹介したが、60歳を過ぎた人は雇えないと、みんな断られてしまった。」

 結婚をして家庭があれば、家も建てなければならないし、子供がいれば教育費もかかるしで、欲望のままにというわけにはいかない。
 ひとりの人は自由気まま、見栄っぱりでおしゃれな人が多いから、着るものや、食べるものにぜいたくをしてしまう。それに飽きっぽい人が多いから、ひとつの仕事に長続きがしない。
 若いうちはいいけれど、年をとってくると仕事もみつからない。だんだん惨めったらしくなってしまう。ひとりで生きていく以上は、子供の世話になるわけはいかないのだから、貯金もして老後のことも考えておかなければ・・・・。
 みんな誰もが年をとる。年をとったからといって死ぬわけにもいかない。みんな老後のことも考えよう。
 「誰もが年をとるのです」と、『薔薇族』誌上で、読者にこんな訴えかけをしてから、またぼくも年をとって、52歳だったのが、今や79歳。この時のFさんはすでにこの世にはいないだろう。
 まさかぼくが80歳に手が届く年になるなんて考えもしなかったけれど、友人、知人が次から次へと、この世からいなくなってしまって、ああ、年をとったんだなと考えさせられてしまう。
 今時の若者も10年、20年先のことは考えられないだろうけれど、あっという間に時は過ぎてしまうということを考えて過ごしてほしい。
 昨日も午後の1時に、カフェ「邪宗門」で若い女性と待ち合わせていたのに、うたたねしてしまって、15分も遅れてしまった。
 でも79歳になるぼくの話相手になってくれる女性がいるなんて、なんという幸せなことだろう。「邪宗門」特製のコーヒー入りのあんみつを食べて、3時間もおしゃべりしてしまった。年のことなんて忘れて。

Landar


★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で1000円の定額小為替を購入し、下記までお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢3-9-5-202 伊藤文学宛


★下北沢に『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」があります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読書好きにはたまらない古書がたくさん置いてあります。電話03-3467-0085です。

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2011年6月25日 (土)

もう80歳、車の運転をやめました!

 1964年(昭和39年、東京オリンピックが開催された年、「平凡パンチ」が創刊された年でもある)の7月1日に上北沢教習所でお世話になって自動車の免許が交付された。

 なんとか長男の文人が誕生して関東中央病院を退院する日に間に合ったが、ぶつけたりしたら大変とタクシーで帰ってきてしまった思い出がある。

 それから47年の今まで、交通違反は何度もあったけれど、事故というほどの事故を起こしたことがなく今日に至っている。

 6月6日は女房の兄の越後堂製本の社長が亡くなった命日で、そろそろ3回忌を迎える。我が社発行の単行本、『薔薇族』は最終刊の382号まで製本を引き受けてくれていた。

 借金もかなりあったのに帳消しにしてくれた恩もあって、6日の命日には毎月小石川にあるお墓に未亡人を迎えにいって欠かさず墓参りに行っている。

 墓参りをすますと神田に出て、共立講堂の前にある戦前の建物、学士会館の中にあるレストランで食事をして姉さんとおしゃべりをして帰るのを楽しみにしている。

 6日の日、小学4年生の孫が学校から帰ってくる時間がいつもより早いというので、近所のイタリアンレストランで食事をすることにした。

 共同印刷や小石川の植物園に行く広い道で、桜の名所でもある通りに面してレストランがある。

 ちょうど空いているところがあったので、バックして停めようとしたが、前に運転手が昼休みをしている軽自動車が停まっていて、ちょっと入れにくいなと思ったが、バックしたら前の車にかすってしまった。

 運転手に声をかけて少し前に出てもらえば良かったのだが、かすってしまったのであわててしまい、切り替えたのは良かったのだが、無意識にアクセルを強く踏んでしまい、後ろに停まっていたBMWにど〜んとぶつかってしまった。

 後ろの車には人が乗っていなかったのが幸いで、僕の車にも、女房も姉さんも先に降りていたので良かった。

 レストランの人が警察官を呼んでくれた。富坂警察署の交通課の若い人で、事情を良く聞いてくれた。人身事故ではないのでパトカーなども来ず、もうひとり年配の警察官も来てくれた。

 間もなく後ろの車の持ち主が戻ってきたが、30歳前後の若い夫婦で、ご主人はおとなしそうな人で奥さんが携帯電話で保険会社と連絡を取っていた。奥さんの方が強そうな人だ。僕の車にも保険がかけてあるので帰ってきてすぐに連絡を取った。

 あとは保険会社同士が話し合って事故処理をしてくれるそうだ。

 20年ほど前だろうか。その頃、血圧が高かったのか、第3京浜国道を走っているときにめまいがして怖い思いをしたことがあった。それ以来、高速道路を走ると手に汗をかくほど恐怖感がよみがえり、それを直すのには時間がかかった。

 人間の神経って不思議なもので、事故を起こしてから小石川から下北沢まで帰ってきたのに、15日から新潟に行くのでガソリンを入れにいこうと思ったら、自然にブレーキを踏んでしまってうまく走れない。

 そこで車の故障かと思ってJAFを呼び、よく調べてくれたが、故障ではないという。一緒に乗ってもらって走ったら何ごともなく走れた。

 16日の東京新聞朝刊に「歩道4人はねられ死傷 81歳誤りアクセル」の記事。高齢者事故は10年で急増しており、75歳以上は2・2倍だそうだ。

 高齢者講習も教習所で受けて、僕の免許証は「平成25年4月19日まで有効」とある。『薔薇族』編集長の肩書きに誇りを持ってやってきたが、これも竜君にゆずったし、この辺で車に乗ることもやめて、どこへ行くのも歩いて行こうと思う。

 今年も何としても本を出したいし、それに集中しようと考えた。バスも子供料金で乗れることだし、心も子供に帰るべきと...。

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2011年6月22日 (水)

「ロマンの泉美術館」をなんとか残したい!

 人声があふれ、多くの女性達がおめかしをして来館してくれた。売店には、僕が毎月1回は問屋街の横山馬喰町で日本一大きい問屋の「エトワール海渡」から仕入れてきた数々のかわいらしい商品がはなやかに並べられていた。

 レストランも「バイロス館」と称して、シェフが工夫して作った西洋料理が人気で、1時間待ちは常識だった。

 年に何回かは、新潟の人が絶対に見ることができないような浅草の芸人を招いたり、歌手も、売れなかった時代の秋元順子さん、クミコさんを招いた。それが紅白に出場するまで登りつめたのだから、僕としてはこんなに嬉しいことはなかった。

 まさか僕が編集長の『薔薇族』が売れなくなるとは夢にも思わなかった。本の売れ行きだけで一切の費用が出て、広告料はすべてが利益になってしまうのだから、どうしても黒字減らしをしなければならない。莫大な税金ばかりを払っていたからだ。

 昭和56年4月16日発行の「週刊文春」が見つかったので開いてみたら、世界のクロサワの映画「影武者」がアカデミー賞をもらうものと思っていたのが落選してしまったなんていう記事が載っている。

 野球界でもスーパーヒーローのONが欠けて、次の時代は石毛と原だと書かれている。

 『薔薇族』が創刊されて100号の記念号を出した時のことだ。なんと4ページを使って記事が載っている。その見出しを見てびっくり。「ホモ界の朝日新聞『薔薇族』百号記念までの悪戦苦闘」とあるではないか。

 「朝日新聞社側では迷惑かもしれないけれど、とにかくその権威といい、信頼性といい、まさに●界の『朝日新聞』といった存在であるらしい。ホモ雑誌界の雄『薔薇族』が、このほど十周年を迎え、百号記念の特大号を発刊、盛大なパーティまで開かれた。が、ここに至るまでには四回の発禁など悪戦苦闘の連続」と見出しを付けたのだから、朝日新聞は『薔薇族』と一緒にされるとは何事だと怒り心頭、見出しの訂正を求めたが、本文は印刷した後なので、新聞広告などは訂正したようだ。

 広告を取るための営業社員をひとりも雇わなくても、スポンサーの方から載せてほしいと頼んでくるところが、当時の朝日新聞と同じだったので、こうした見出しを付けたのだろう。

 それが時代が変わってしまい、ネットや携帯電話がこんなに早く進歩し普及するとは誰も思わなかったに違いない。

 本業の『薔薇族』が廃刊し、朝日だって部数が落ちて今や苦しいに違いない。

 美術館は3年間、新潟の会社が引き受けて、営業を続けてくれたことは感謝している。先日も若いS君に運転してもらって、弥彦に片付けに行ってきたが、人間が出入りしていない建物というのは廃墟というしかない。

 壊すにもお金がかかる。直すにもお金がかかる。何かに使ってくれるお金持ちはいないものだろうか。このまま朽ち果てさせるのはもったいなさすぎる。

 今でも「ロマンの泉美術館」を忘れられず、外からだけでも見てきたという女性が弥彦のレストラン「マジック・ディッシュ・森」に食事に来られたという。新潟の人に忘れられない思い出だけでも残せたということは幸せだ。

 僕の心の中にも、大きな夢の世界が今でも残っている。それだけに廃墟にしたくない思いは強いのだが...

★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で1000円の定額小為替を購入し、下記までお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢3-9-5-202 伊藤文学宛

★下北沢に『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」があります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読書好きにはたまらない古書がたくさん置いてあります。電話03-3467-0085です。

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2011年6月20日 (月)

扉を開けたら〜ロマンの泉美術館物語3

 よみがえれバイロス!

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バイロス侯爵の自画像入りのエクスリブリス

 これはひとつの快感

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古いピアノはどんな音色が

 東京と新潟の違い

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 新潟の子供たち

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かりんの木と美術館

 女がひとりで

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あざみの花の向うに

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